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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
残されたもの2
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木の曜術には、植物を強制的に枯らす事の出来る【ウィザー】という術が有る。
アドニス曰く「植物の持つ木の曜気などを吸い取ることで、対象の植物を枯らす術」である……らしいのだが、アレはさすがに物体その物までは消滅しなかった。
つまり、さっきまで俺が出現させていた植物が塵になって消えた現象は、通常ではありえないことらしい。
確かに全ての物はいつか砂や塵のように細かくなって消えて行くが、それでも痕跡が残らないという事は無い。もしそれが可能だとしたら、別の生物に取り込まれた時だけだ。俺の術のように消えてしまう事は非現実的なのだそうだ。
……となると、あの植物は俺の黒曜の使者の能力で出現した「限りなく幻影に近い実物」に、なるらしいのだが……何か変なんだよなあ……。
自分でも上手く言い表せないんだけど、こんなポンと消えるもんだっけ……。
オーデル皇国で生やしてしまった世界樹だって、アドニスの態度を見る限り消えてないどころか元気みたいだし、今までの物は出してそのままだったりその場にある物を活用したりしてたから、こんな風になる事なんて無いと思ってたんだけどなあ。
そもそも、今まで起きた事が無かった“夢遊病”にどうして急に……いや、今までも何かいつの間にか事が済んでたなんて事はあったし……。うーん、考えても解らん。だけどまあ、危機は去ったしイスタ火山のシステムはブラックが解き明かしてくれたみたいだし、黒籠石も手に入れた。あとは温泉にエネルギーを供給したらめでたくミッションコンプリート、だったんだけど。
「……どういうことだろうね、これは」
ブラック達に経緯を話して“黒籠石の洞窟が見つかった”と伝え、その場所に案内したは良いのだが……――まさか、トンネルに埋め込まれていた黒籠石の全てが消えてしまうなんて、まったくの予想外だった。
そう、俺達が見つけたはずの異常なトンネルは、ただの土のトンネルになってしまっていたのである。ブラックの言う通りどうしてこうなったんだ。
「ツカサ君、間違いなく黒曜石がここに埋まっていたんですよね?」
アドニスが不可解だと言わんばかりに顔を歪めて周囲を見回している。
ラスターも「本当にあったのか」と言わんばかりの顔をして、天井を見上げていた。ああ、そりゃそうだろうな。今じゃこの場所は穴ぼこだらけの洞窟だもん。
俺だって黒籠石をバッグに入れてなかったら夢だったかと思う所だ。
「俺の持ってる原石が証拠だよ」
「……ってことは……あのクソ野郎どもが持ってったって訳だね」
ブラックの推測は正しいだろう。
こんな事が出来るのも、黒籠石が必要なのも、あいつらしかいない。
ギアルギンが洞窟の黒籠石をすべて持って行ってしまったんだ。
「しかし……この穴ぼこの様子からすれば、相当な量の原石を持って行った事になりますね。あれほど水晶をばらまいていたのに、なぜ持って行ったのでしょうか」
「そう言われると確かに……」
「あの場所から急に消えたから、代わりを持って行ったんじゃないのか?」
ラスターの単純な答えに「そんなことあるかい」とツッコミを入れたかったが……しかし、そう言われてみるとそのような単純な理由である気もする。
真相が思ったより単純だったなんて事はいくらでも起こりうることだし、なんでもかんでも複雑に考えてちゃいけないような気も……。
ううん、よく分からん。
「しかし、その黒籠石の水晶だって何故消滅したんでしょうね。あの水晶は体感では本物の黒籠石でしたよ。なのに、全てが消え去るなんて事あるんでしょうか」
「それは……ツカサ君の術の作用じゃないのか」
「まあそれは充分ありえそうですが……それだと、余計にツカサ君の暴走状態が理解不能な物になりませんか? なんでもかんでも不明で片付けるのもどうかと思いますけどね……」
ですよねー。とは言えど、それ以上議論しても仕方がない訳で。
現状、俺達には確かめる術はないし、これからやらなければならない事とは関係が無い。だから、いくら気になろうが今は横に置いておくしかなかった。
……にしても……今回ほどギアルギンとレッドの行動が奇妙な事は無かったな。
ヒルダさんを陥れるわ、どこからか突然この場所に現れるわ、挙句の果てに、殺すような素振りを見せながらも殺さずに、ぐだぐだやった挙句黒籠石を全部奪って逃走するなんて。結局何がしたかったのか解らない。
もしかして、全てはあの黒籠石のトンネルに訪れる為の策略だったのか?
それとも、まだ何かほかに目的があったんだろうか。
考えようにも、この事もヒントのない状態では考えようがない。本当に、あいつらに関してはどうしようもなく無知だ。
そのせいで黒籠石の原石を奪われてしまった事が、悔やまれてならない。
あいつらの目的が見えてさえいれば、先回りして封じる事も出来るんだろうけど……よくよく考えたら、俺達の目的はギアルギン達を追う事ではない。
そもそも、俺達は現在旅をする目的すらないんだ。
俺は自分の能力に関して、一応の決着を得た。行くとしても、シアンさんに頼んで神族の国に向かうくらいで、後は使命とかそう言うものはない。
クロウだって……お父さんと、やっと再会できたんだ。だから、もうこれ以上旅をする理由が無かった。……無かったのに……いまだに、クロウは目覚めてくれない。
せっかくドービエル爺ちゃんが今傍にいるのに、ずっと眠ったままだった。
「…………クロウ……」
黒籠石のトンネルから戻り、俺とクロウが見つけた【施設】の制御エリアっぽい場所でクロウとヒルダさんを寝かせて、二人が体力が戻るまで待っているつもりだったのだが、困った事にクロウが全く目覚めてくれない。
あの呪いだか何だかわからない黒い靄を俺の術で晴らした後から、クロウはずっと眠り続けているのだ。大地の気を送っても、土の曜気を送っても、反応は無かった。
ヒルダさんは適度に起きたり少しずつだが食事もとったりして徐々に回復しているのに、クロウは目を開ける事すらしない。
ただ、昏々と眠り続けていた。
俺達が周囲を調査したり、食事を作ったりする間は、ドービエル爺ちゃんが大人より少し大きいくらいの熊の姿になって、クロウが眠っているベッドの横で寝そべって起きるのを待っていてくれている。
だけど、それでも、クロウは起きて来なかった。
……クロウも心配だけど、ドービエル爺ちゃんも心配だ。
爺ちゃんがあまりに根を詰めているので心配になり、俺はブラック達がコントロールルーム的な場所を調査している間に温かい麦茶を持って行ってやろうと思い、台所で二人分のお茶を淹れると部屋を訪れた。
「……おお、ツカサか……」
クマの姿でも、明らかに憔悴しているのが解る。
ただ待つだけってのも、本当は辛いんだよな。待っている間に色々と考えてしまうし、万が一の事なんかも頭をよぎったりしちまって、余計に心配になっちゃうんだ。
ベッドの上で戦っている人も辛いけど、それを支えて元に戻って欲しいと願う人も、心の中で辛い物と戦ってるんだよな。
爺ちゃんの心労は、俺以上の物だろう。そう思うとやりきれなくて、俺は少しでも爺ちゃんがほっと出来ればいいのだがと思いながら麦茶を渡した。
「爺ちゃん、どう……? クロウ、なんか変化あったかな」
相手は器用に指代わりの長い爪で麦茶を取り、長い舌で適温のお茶を舐めて飲む。その姿を見ながら黙っていると、爺ちゃんが不意に喋り出した。
「相変わらず、眠り続けておる。……よほど体に負担が掛かったのだろうな」
「……俺、やっぱりなにか失敗したのかな……」
「いや、お主はようやった。……ただ、相手が強過ぎたのだ。それに、あの時ツカサが呪いのような物を取り出してくれなければ、息子は死ぬところだったのだ。感謝はあっても責める事は何もない」
「爺ちゃん……」
「…………だが、目が覚めても……何を言ってやったらいいか、判らんのだがな」
そう言いながら、爺ちゃんはどこか懐かしげにクロウを見つめている。
爺ちゃんのその目は、大事な家族に向けられる物だ。熊の姿であろうが、大事な人に向ける眼差しは変わらない。爺ちゃんの視線は、ただクロウに注がれていた。
……ちょっと、羨ましい。
俺だって、家族が恋しくないと言えば嘘になる。そんな事、男が簡単に口に出せるかよって思うから言わないけど……本当は、両親に会いたい。
どれだけ意地を張ったって、結局は俺の大事な家族なんだ。当たり前のように一緒に居た肉親に甘えたくないと言ったら嘘になる。俺が甘ったれなだけかも知れないが、そういう気持ちは誰にだって少しはあるだろう。
だからこそ、心配してくれる親が傍にいるというのが、羨ましかったのだ。
……でも、それもクロウが元気に目覚めてこその羨望だ。
本当に、どうしたら目覚めてくれるのだろう。
ベッドで横たわるクロウに近付いて、頭を撫でる。だが、ぴくりとも動かない。
このまま目覚めなかったらどうしようかと思うと、泣きたくなって仕方なかった。
ああ、このまま眠り続けるなんてそれこそ童話の眠り姫じゃないか。そんなの良い歳をしたオッサンがやったって仕方がないのに。
オッサンならむしろ眠り姫を目覚めさせに来る側だろう。
なのにどうしてこんな事に。
これが王子とお姫様なら。キスをしてそれで全ての呪いが解けて万々歳のハッピーエンドになるだろうに。でも、クロウはオッサンだしなあ。
だから、眠り姫にはなれない……と、そこまで考えて……俺はふと、クロウの顔を見つめた。静かに眠っている、まさに眠り姫状態の顔を。
「…………」
そういえば……キスは試した事なかったな。
いや、ていうか、普通は思いつかないだろうよ。だって普通ならしないんだし。
でもここは異世界で、クロウは人族の分泌するありとあらゆる液体を好む相手だ。
もし……もしかすると……クロウが目覚めないのは……栄養が足りなかったりするのかな。だから、どれだけ気を送ろうが全快しなかったとか……。
………………考えられない事じゃない。
だったら……やってみても、いいのではないだろうか。
「ツカサ君、ココにいたの」
考えていると、丁度良いタイミングでブラックが部屋に入って来た。
今考えていた事を話すと怒られそうだけど……でも、クロウを助けるためだ。
いや、俺がクロウを呼び戻したいんだ。こうなったら、ブラックのどんなお叱りも甘んじて受けよう。
ぐっと気合を入れて、俺はブラックを振り返った。
「ブラック」
「いや、ちょっと大変な事が解ってね。だから、ツカサ君にも聞いて置いて貰いたいんだけど……何、なにかあった?」
俺の様子をすぐに読み取って不可解そうに片眉を顰め相手に、俺は伊を決して――クロウを助ける為にキスをしたいと、頼み込んだ。
――最初は目を見開いて固まっていたブラックだったが、やっぱりと言うかなんというか、すぐに正気に戻ると、ブラックは猛烈に反対しだした。だが、ここで引く訳にはいかない。クロウを助けたい一心で、必死に食い下がった。
「頼むよブラック、俺どうしても試したいんだ」
「だ、だからってツカサ君からキスするとかっ! ツカサ君は僕の恋人なのに、こんな駄熊に与えてやるとか普通に考えて我慢できないよ!! ツカサ君の全部は僕の物なのにぃいいい」
「誰がお前のモンじゃあ!!」
聞き分けのない子供のようにだだをこねるブラックに、俺はすかさずつっこむ。
こっ、こ、恋人だからってそういうのに流されたりしないんだからな!
「だっ、だから、俺は大事な仲間だから、出来る事は何でもやっときたいと……」
「嘘だあ! 僕わかるもん、ツカサ君はこの駄熊を憎からず思ってるから、そんな事をパッと思いついて実行できちゃうんだ! そんなのヤダヤダ許さないぃいい」
「ッ……! あ、ああもうっ……」
そりゃ、そうだよ。
だって俺はブラック以外であんな風になっちまうのなんてクロウだけだし、それは、黒曜の使者のクソッタレな補助機能で引き起こされるもんではない。
クロウだから、俺はいやらしい目的で触れられても拒否が出来ないんだ。
でもその気持ちは、誰にでも抱けるもんじゃない。
クロウだからこそ……深く悩んでしまうくらいに、簡単に「やらしい所にも触れて良い」と思ってしまったんだ。その気持ちをもう否定はできない。
クロウが何故ああも暴走したのかという事を思えば……嘘はつけなかった。
ブラックも、それは解っているだろう。
だけどやっぱり、恋人、が、自分以外の相手にそんな感情を抱くのは、男としては複雑に違いない。けど一緒にいる事や俺に触れる事を許したのなら、ブラックだってクロウが俺に対して本気で、しかも二番目の雄という立場を順守しているというのを理解しているだろう。
だからこそ怒ってしまうと言うのはなん当然だけど……。
「ブラック、頼むよ……。クロウはずっと我慢し続けてくれたんだぞ。俺達と一緒にいて充分に助けになってくれたんだ。俺は、もうクロウを特別な存在だって思ってる。ブラックだって、本当はそうだろう? あんなに気の合う仲間なんだぞ」
ブラックは自分で自分の事を理解してないかも知れないけど、二人が友達のように気を許しあっている事を俺は解っている。
俺の事を頼むくらい……ブラックは、無意識にクロウを仲間だと思ってるんだ。
だからこそ、許して貰いたかった。ブラックの為にも。
俺のそんな思いを、ブラックはなんとなくでも理解してくれたのか、物凄く嫌そうな顔をして腕を組み、うんうん唸っていたが……やがて、諦めたかのようにがっくりと項垂れて、降参の白旗を振った。
「……まあ……今の所、シモ方面で一番信用出来るのはそいつだけだしな……。二人きりでも結局ツカサ君を襲えなかったんだから、その価値はあるのかもしれない」
「じゃあ……!」
「でも!! ツカサ君の全部は僕の物で、ツカサ君は僕の恋人だからね!? キスを許したのだって許してないんだからね!!」
「どっちなんだよ」
思わずツッコミを入れてしまったが、でもブラックも断腸の思いで決断してくれたのだろう。色々つっこんで「やっぱ取り消し」と言われるのはイカン。
……そりゃ、俺だってキスは恋人とだけするものだって思うけど……でも、クロウには散々迷惑をかけて来たし、甘えさせるって決めたんだ。それに、俺達の関係は元から変なんだから、今更キスがどうこうって物でもないだろう。
そもそもなんで下半身弄繰り回すのは良くてキスはダメなんだよ。ちんちんも充分だめだろ普通に考えたら。やっぱ頭おかしいわこの関係。
だから、まあ……い、いいよな別に。減るもんじゃないし。
そういうのをしたって、俺がブラックと、その……そういうのは、なにが有っても絶対に変わんないし……。
「ツカサ君なに赤くなってんの、まさか駄熊……」
「ち、違う違うっ! ていうか実のお父さんの前で駄熊駄熊いうな! と、とにかく、試してみるぞ。やるからな! 見んなよ!!」
キスはいいんだけど、やっぱ人に見られるのは恥ずかしい。
だから、二人にそっぽを向いて貰い、俺はドキドキしながらクロウの枕元に立つと、ゆっくりと腰を屈めて――――クロウに、顔を近付けた。
「っ……」
微かに息が漏れる唇に、触れる。
本当に、眠り姫の童話みたいな事になってしまった。
だけど、キスしてる中腰の俺は格好良くもなんともないだろう。その事にちょっと悲しくなりつつも、俺はちろりと相手の唇を舌でなめた。
「っ……」
クロウに必要なのは、俺から出る液体だ。
だから、手っ取り早く唾液を摂取できるように……と、俺はクロウの顎を取り、ゆっくりと優しく開いて道を確保すると、恐る恐る舌を入れた。
ん……んんん…………。
我ながら、いつものキスと違うぎこちない感じだなと思ってしまうが、怯む訳にはいかない。口を開けてなんとか舌を差し込むと、俺は唾液を送った。
……ブラックとしてるようにするのは、その、今そう言うアレじゃないから……。
「ん……ぅ……」
自分がやっている事を考えると非常に恥ずかしくて顔が赤くなるが、仕方がない。
これでクロウが栄養を取って目覚めてくれればいいのだが。そう思っていると――
「ッ……!! んっ、んん!?」
舌を差し込んでいた口が緩く動いたと思ったら、舌を伸ばして俺の舌に絡みつこうとしてきた。まさかの反応に思わず身を引いてしまうと、クロウの口が名残惜しそうに、小さく動くのが見えて……。
こ、これってもしかして……成功した!?
固唾を飲んで見守っていると、クロウの体はぴくぴくと動き、薄らと目を開けて――一番近くにいたドービエル爺ちゃん……いや、お父さんに目をやった。
「………………」
クロウは何を見ているのか解らないようにぼうっと相手を見ていたが、ドービエル爺ちゃんは、ただ優しい眼差しでクロウを見返していた。
やがて、クロウも何を見ているのか解ったのか、熊の耳をぎこちなく動かしながら、自分を見つめている熊に――――嬉しそうに、目を細めた。
「父、上…………」
それ以上の言葉は出ない。
だけど、爺ちゃんはそれだけでもう嬉しかったのか、つぶらな目から涙をぽろぽろと流しながら、出来うる限りの優しさを以って、クロウの頭を熊の手で撫でた。
「すまなかった。すまなかったな、息子よ…………」
その言葉に、クロウが頷くように瞬きをする。
二人が本当の親子なのだと、心の底から思えた瞬間だった。
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