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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
59.靴を鳴らすためには歩かねばならない1
しおりを挟むやっと会えた親子だ。二人で積もる話もあるだろう。
その団欒の場に他人が居座るのもどうかと思ったので、俺とブラックはそっと部屋から退場した。必要なら後から呼びに来てくれるだろう。
なんにせよ、クロウが目覚めて、そのうえに心配事が一つ減って良かったよ。
ただ、キスと唾液で起きるってのがなんかこう……納得できないものが有るが。
「ツカサ君ちょっと顔洗って来ようよ。それから僕とキスしよ」
「お前は本当ブレないな。というかクロウをばっちいもの扱いするのやめろ」
気持ちは解らんでもないけど、今この状況で言う必要はあるのかそれは。
そういうと、ブラックはフグのようにむくれて俺に抗議する。
「だってツカサ君は僕の恋人じゃないかっ! 恋人が他の奴とキスしたら怒るのはとーぜんだし、普通に顔洗って来て欲しいじゃん! 上書きしたいじゃんかあ!」
「そりゃまあ……そういうのは判るけども……」
なんかアレだよな、漫画とかで良く有る、他人が触れた所に触れるのはプライドが許さないから、とりあえず体を綺麗にさせるみたいな奴。
あと、泥水で口を濯いでキスを無かった事にするのと同時に「おめえのキスは泥水以下のきたねえ汚れだ」みたいなのをナチュラルにやってしまった奴もあるな。
俺はクロウに対して嫌悪感は無いから、キスされようが関節チューになろうが別段気にしないんだが、ブラックはクロウを身内と思っている訳ではないらしい。
……まあ、本来なら男同士でキスとか勘弁してくれって感じだしな……。
しかし、男女問わず食い荒らしてきた奴がそんな事を言うのは納得いかない。
他人の物だってお構いなしにチュッチュしてきただろうに、何で俺だけは口を濯がなけりゃならないんだ。それは不公平と言う奴ではないのか。
俺が処女厨的な奴だったら、ブラックの事を蛇蝎を見るかのような目で見て、絶対に近付かなかっただろう。今だろうが昔だろうが、許せない人は許せないのではないだろうか。でもまあ、それを俺が言うのもどうかと思うが。
ヘタにつついて、口喧嘩であっけなく負けるような醜態は曝したくない。自慢じゃないがというか情けないが、俺はそういうのはからっきしダメなんだ。ヤブヘビになる前に俺から大人の対応をしないと。
……なんかちょっと納得いかないが、まあ、俺が口を洗えば済む話だ。
ブラックがやいのやいの言う前に、さっさと済ませてしまおう。
というわけで、俺はブラックと共に台所に戻って顔を洗うことにした。
「……そういや、丁度良いタイミングで部屋に入って来たけど、なんかあったの?」
移動する途中でふと思い出してブラックを見上げると、相手は一瞬キョトンとした顔をしたが……すぐに思い当たったのか「あ゛」という変な声を漏らした。
な、なんだ?
「そ……そうだ。そーだよツカサ君っ! あんちくしょう、やりやがった!!」
「え? あ、あんちくしょー? だれ?」
「ギラ……ギザ……ギン……ギンギラギン……いやもうなんでもいーや! とにかくアイツ、この制御区域にまで入って、滅茶苦茶にしてやがったんだ!!」
「え……!? ちょっ、ちょっとまて、どういう事!?」
いきなり話が見えなくなったぞ。
とにかく最初から説明しろとブラックを落ち着かせると、相手はガシガシと髪の毛を掻き乱しながらぎゅっと眉根を寄せた。
「ツカサ君達がみつけたこの場所を、改めて調べてみたんだけど……」
そう切り出したブラックの話をまとめると、次のような事になった。
――俺達が見つけたこの生活感が有る区域は、どうやら俺の推測の通りこの施設や火山内部のダンジョンを制御するコントロール・ルームだったらしく、あの球体は、他の古代遺跡と同じくコンピューターのような役割をするものだった。
そこまでならまあ良く有る発見だなってトコどまりだが、コトはそう穏便には行かなかったようで。……ブラックがその球体を調べると、なんとダンジョン内の全ての機能が停止させられており、そのうえコンピューターの補助装置のようなものが奪われていて、かなりの機能が制限されてしまっていたらしい。
ブラックの手でなんとかダンジョンの機能はリセットさせて、ついでに魔物の生成をストップしたりと復旧させる事が出来たらしいのだが、ブラックが見つけたと言う“源泉を制御する装置を守るセキュリティ”のようなものが、停止させられなくなってしまったとか……。
その辺りは俺もなんだかよく解らないんだが、まあ、炎が使えるグリモアか黒曜の使者が居れば出入りは大丈夫らしいので、そこはひとまず置いておく。
最も問題なのは、補助装置が奪われているという点だった。
ブラック曰く、その“補助装置”とは球体コンピューターのもう一つの脳みそみたいなモンで、コレがなくなってしまうと機能が大幅に制限されてしまうようだ。
しかし、問題はそこではない。問題は……その“補助装置”を、ギアルギンが持って行ったと言う点だった。
「ツカサ君も知ってると思うけど、空白の国なんかの古代技術は莫大な利益を齎す。それはお金だけって事じゃなくて、所有者の能力や権力、とにかくありとあらゆるものが底上げされる可能性があるんだ」
「まあ上がらないって事はないよな。とにかく、最低でも小銭くらいにはなる」
「そうだね。だから、呪いでも掛かってない限りは、持って行って損をしたなんて事は無いんだけど……しかし、アイツが持って行ったものが問題なんだ」
そう言うブラックは、どことなく焦っているようにも思える。
だけど、何に焦っているのか俺にはイマイチ解らなかった。
ギアルギンが盗んで行った……いや、この場合は奪って行った、か。そうした事は、まあアイツには必要だったから持って行ったんだろうって事が分かるが、しかしそれなら黒籠石が根こそぎ奪われた時にもう驚いた事だしな。
それとはまた別に何か危惧すべき事が有ると言うのだろうか。
「なにが問題なんだ?」
「その補助装置ってのは……モンスター生成装置の核なんだよ……」
――――――なん、だって?
魔物の、生成って……。
「そっ、それって、生成装置が奪われたってことで……いいの……?」
問いかけると、ブラックはゆっくりと頷いた。
「まあ、他にも諸々機能があったような痕跡は有ったけど……アレが物凄く危険な物だってのはツカサ君にも解るよね」
「うん……」
「正直、どうやって見つけたんだとかどうやって引っこ抜いたんだとか疑問に思う所は色々あるけども、それ以上に“モンスターを創り出す装置”を奪われた事自体が非常にヤバい。何に使う気なのか考えたくもないけど、あんな物のみならず、大量の原石まで持って行ったってのは……かなり頭が痛いね」
「下手するとモンスターの軍隊でも出来ちゃったりして……」
「出来ちゃうからヤバいんだよ。……正直、モンスターの生成装置については『世界協定』にも話したくなかったけど、そうも言ってられないかもね……」
ああ、そうか。俺達が前にこの装置と同じ物を見た時、そっとして置こうって事で誰にも離さずに隠していたんだっけ。
でも、こうなると隠しても居られないか……。装置を持って行ったのがただの冒険者でも問題になるが、相手は大陸の支配を目論む一派に手を貸した奴だもんな。こうなると、俺達だけではもう手におえない。
巨岩の内部にある遺跡の事を言うつもりはないが、こちらだけでも世界協定に報告しておかないとな……黙っていたせいで最悪の事態になった、なんて事に成ったら、もう目も当てられない。
……だけど、また根掘り葉掘り聞かれると思うと非常に頭が痛いな……。
「…………また遭遇する事になるのかな……」
「さてね……でも、もしそうなるなら色々考えなくちゃなあ」
そう言いながら、ブラックは俺の肩を抱いて引き寄せて来た。
「ぶ、ブラック、歩きにくい……」
「ねえツカサ君……僕さあ、もう君のこと見失いたくないんだけど、首輪とかつけちゃダメ? アレって何か大体の位置が把握できるらしいから、ツカサ君が危ない時にはすぐに駆け付けられると思うんだけど……」
「駆け付けてくれるのは嬉しいけど、奴隷みたくなるからちょっと……」
位置が把握できるってのは良い案だと思うし、俺もピンチの時にはありがたいなあと思うけども、しかし常時首輪を付けているだなんて耐えられない。俺は犬か。
もうちょっと良い案は無いのかと胡乱な目で見やるが、ブラックは心底残念そうな顔をして、首を捻っていた。
「首輪は駄目? う~ん、でもなあ、またこんな事が有ったら困るしなあ」
「そういうのを付けるのは良いけど、頼むからもうちょっと俺が奴隷に見えないような奴にしてくれよ……。はぁ……しかしなんつうか、色々と問題が山積みだな……。まあ、ゴシキ温泉郷に関しては、何も問題なさそうなのだけが救いだけど……」
「んもー、またツカサ君はそうやって話を強引に終わらせるう」
「じゃかしい! 今は温泉郷と装置の話が先だろ!」
俺に首輪を付ける云々はまあ後で話すとして、まずは温泉郷に曜気の湯を取り戻さないとな。話はそれからだ。
ヒルダさんも回復はしてきているが、まだ本調子じゃないし……クロウと爺ちゃんの話がひと段落ついたら、みんなでダンジョンに向かおう。
「ツカサ君」
これからの予定を頭の中で反芻していた俺に、ブラックが不意に話しかけて来た。
なんだろうかと思ったら、唐突に手を繋いでくる。
指の間には太い大人の指が割り入って来て、しっかりと固定されてしまった。
「む……」
「早く顔を洗って、キスしよ? 僕、早くツカサ君とイチャイチャしたいなぁ」
「こ、こんな時にそんな事いうか!?」
さっきまで真面目な話をしてただろうがと眉を吊り上げるが、しかし見上げた相手はニコニコと機嫌良さそうに笑って、俺の手を強く握り返してきた。
「だって、僕はツカサ君の恋人だもん。今までずっと一緒にいられなかったんだから、これくらい甘えたっていいでしょ?」
「ずっとって、数時間程度じゃん……」
「僕にとっては、すっごい長かったの! ツカサ君と駄熊がセックスしてないかとか考えて不安だったんだからね?」
そう言いながら、ブラックは手を強く握る。
それだけでどれほどブラックが心配していたのかを感じ取ってしまい、俺は思わず何か気の利いた事を言おうと思ってしまったが……首を振って、いつものように相手を見上げてぶっきらぼうに返した。
「す、するわけないじゃん。……でも、心配かけて悪かったよ」
本当はヤりかけたんだけど、アレは未遂だったからノーカンだ。
それよりも、後でアドニスやラスターにも謝んなきゃ。薄らそんな事を考えながらブラックを見ていた俺に、相手は拗ねたように口を尖らせて続けた。
「ほんと、心配したともさ。……でも、ツカサ君がたっくさん甘やかしてくれたら、許しちゃうような気がするなあ~。膝枕とかしてくれたら癒される気がするな~」
「ぐ……お、お前なあ……」
「だって、僕達恋人同士じゃん。……だからさ、いいでしょ?」
さっきからやけに「恋人」という単語を繰り返し使いたがる。
それってもしかして、クロウに対して嫉妬しているって事なのかな。
だとすると、なんだか……胸の奥がどきどきして痛くなってくる。
それはやっぱり、ブラックを意識しているからなんだろうか。喜んでいるからなんだろうか。嫉妬されて嬉しいなんて、凄くヤな奴だって自分でも思うけど……でも……俺をそれだけ思ってくれていると思うと、どうしてもどきどきは止まらなくて。
「ね、ツカサ君……せめてキス! キスはしよ!? 他の事は後にとっとくからさ、キスはちゃんとしようよぉ。僕もツカサ君とイチャイチャするの、我慢する。脱出するまで我慢するからさぁ~!!」
とかなんとか情けない事を言いながら、ブラックは俺にだだをこねてくる。
はた目から見たら大人げないオッサンのたわごとだけど……。
「…………仕方ないなあ……一回だけだぞ……」
今、こんな風にふざけていられるという事は、俺達が全員無事に助かったという事なのだ。それを思うと何だか俺もちょっと変になってしまって、ブラックのおねだりについ甘い顔をしてしまった。
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