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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
58.残されたもの1
しおりを挟む「ツカサ君、これ一体どういうこと? これはツカサ君の術なんだよね?」
入って来るなり矢継ぎ早に問いかけてきたブラックに、簡単に経緯を説明する。
すると、ブラックはある程度予測していたのかふむふむと頷いていた。
「なるほどね。ってことは……ツカサ君は“夢遊病”にかかってるんじゃないかな」
「は?」
俺起きてるんですけど。なんで夢遊病なの。
意味が解らないと顔を歪めると、ブラックはうーんと唸りながら腕を組んだ。
「平たく言うと……意識と意思が剥離してる状態みたいなものかな。剣を強く握って戦った後に、暫らく手が剣を握った形に固まる事があるだろう? アレみたいに、体に纏っている気が強い意識に縛られたままで暴走してしまう状態を“夢遊病”って言うんだよ。まあ呼び方は他にも色々あるんだけどね」
つまり……意識が混濁しすぎて体がバグッたってこと?
でも自分ではよく分からない。俺がやってるんじゃないんです! と責任転嫁しているような事しか言えないくらい、自分でやっているという意識が無いんだ。
そこを考えると、確かに夢遊病と言えなくもないんだけど……。
「とにかくこれ治す方法ないの!? 俺、ヒルダさんに大地の気を渡したいんだけど、体が言うこと聞かなくて困ってるんだよ!」
「わ……渡す……? よく分からないけれど、私の事は構わないで下さい……ぶ……ブラックさん、ツカサさん達をどうか安全な所に……」
ああもうヒルダさんたらそう言うこと言う!
それじゃ意味ないんだよ、だから早くこの状態をどうにかしたいんだよ!
「まあまあ落ち着いて。ツカサ君、これはツカサ君が無意識に自分や周囲を守ろうとして起こってる事なんだよ。だから、君が一度落ち着かないと周りが植物だらけになってしまう」
「そ、そんなの困るよ。どうしたらいいんだ?」
「簡単な事さ。一度気付けして体を驚かせてやってから、正気に戻せばいい」
きつけ。なんだ、あれか、リモナの実とか思いっきり噛めばいいのか。
要するに、驚いて一瞬頭を真っ白にさせればいいんだよな?
ああでもレモン程度じゃ酸っぱいだけでどうしようもない気がする。でもこのままこうしてたらいつまでもヒルダさんを元気に出来ないし、俺だって動けないしぃい。
どうしたもんかと思っていると、ブラックが近付いてきた。
「ツカサ君、僕に良い案が有る」
「えっ、本当?」
「こっち見ててね」
「う、うん」
なんだろ、リセットする術でも思いついたのかな。
何にせよありがたい、やっぱりブラックは頼りになるぜ!
流石は亀の甲より年の功などと思いながらブラックを見上げていると、相手は俺の顎を取って、そのまま――キスをして来た。
「ん゛んん゛!?」
ちょっ……なっ、何やってんだ!!
ヒルダさんが見てるのに、なんでこんなことっ、いや、つーかそんな場合じゃないだろ何でキスなんかするんだこらこのスケベオヤジ!!
「ツカサ君……」
「んっ、ぅ、んんん……! んっ、ぅ、んむっぅ」
やめんかと言おうとするけど、舌を強引に淹れられて体が硬直してしまう。
こんな状況なのに、ヒルダさんが見てるのに、ブラックの生温くて厚みのある舌が口の中をくちゅくちゅと掻き回すと、腰が痺れるようになって力が抜けてしまって。
そのまま、崩れ落ちそうになり……ブラックが俺を抱きとめてくれた。
「っ、は……はぁっ、は……」
「あは、ツカサ君可愛い……! あぁ……ツカサ君、数時間ぶりのツカサ君だぁあ」
「ぅ、うぅ、は、はしゃぐなぁぁ……」
こっちは人前であんなにっちゃにちゃのキスさせられたってのに、何をお前はキャッキャしとんねん。くそう、もうヒルダさんの顔が見れないじゃないか、軽蔑の目を向けられていたらと思うと怖くて見れないじゃないかああ!
何してくれとんねんと関西弁で言いたくなる俺に、ブラックは満足げにニコニコしながら、俺の背中を撫でる感じで叩いた。なんか寒気がするのは気のせいか。
「まあまあツカサ君。ほら見てよ、なんかの紋様が消えてるよ?」
「え……」
そう言われて目だけで地面を見てみると、確かにあの緑色に発光していた魔方陣が全て消え去っていた。そういえば腕全体に絡みついていた光の蔦もない。
植物も動いてはいないようだった。ということは……。
「ひ……あ、あの、ヒルダさん」
「は、はい」
「ごめんなさいですけどちょっと顔を背けててくれますか!!」
「ツカサ君言葉遣いおかしいよ」
「うるさい!」
めっちゃ恥ずかしいけど、めっちゃ反応見たくないけど、でも恥ずかしがっている暇は無いんだ。でもめっちゃ恥ずかしいからヒルダさんには申し訳ないけど俺の顔を見ないでほしいんだ! だから、申し訳ないけど顔を見ないで欲しいって言うか見られたら俺が死ぬって言うか発狂するって言いますかああああ。
「わ、分かりました……これで大丈夫ですか」
俺達の勢いに押されてか、ヒルダさんは変なお願いに応えてくれたようだ。
恐る恐る振り向くと、彼女は目まで閉じて俺達の居る方から顔を背けていた。
ああ本当にありがたい……本当色々すみませんヒルダさん……。
ブラックに抱き着かれたまま、力が入らない体でずりずりとヒルダさんに近付き、手を翳す。さきほどの反動か手が震えて気合を込めるのに苦労したけど、ヒルダさんの事だけを考えて息を吸った。
「ツカサ君、大丈夫だよ。僕が支えてあげる……」
「っ……」
耳元でそう囁かれて、居た堪れなさに喉が動いてしまう。
だけど、ブラックが俺の手を支えてくれると、何故か震えがとまるようだった。
我ながらゲンキンで恥ずかしい。でも、ブラックが俺を“いやらしい目的”だけじゃなく助けようとして支えようとしてくれているのがなんだか嬉しかった。
まだ自分一人じゃしっかり立てそうにないけど、でも、やれる気がする。
そう思ったら金色の光の蔦が掌から緩やかな速度で這い上がってきて、ヒルダさんの体が淡い金の光に包まれ始めた。
「温かい……これは……ツカサさんが……?」
そっぽを向いてくれていたヒルダさんが、自分の体の変化に気付いて目を開ける。
最初は何が起こったか分からなかったようだけど、手や足を小さく動かした事で体が楽になっている事を理解したのか、ゆっくりと起き上がった。
さっきまでは具合が悪そうにしていたヒルダさんだったけど、今は顔色も良いし、なんとか持ち直したみたいだ。良かった、これでもう大丈夫だな……。
思わず顔を緩めると、ヒルダさんは微苦笑して俺を見上げた。
「あなたは本当に……どうしようもなく、お人好しなのですね」
悪口を言ってるんじゃなくて、本当にそう思っているだけの言葉だ。
ヒルダさんの中でまだ引っかかる物が有るのかも知れないけど……でも、これならもう、大丈夫だよな。ヒルダさんだって死のうなんて考えないはず。
「ん~、ツカサ君いつもより温かいね~。熱が有るのかな~?」
「お前はもうちょっと空気をよめ!!
人がせっかく和解の瞬間を喜んでいるというのにええい鬱陶しい! ひっついてくるな頬ずりしてくんなああ! ヒルダさんが生温い笑みで見てるじゃないかあああ!
こんにゃろホント頬でも抓ってやろうかと頑張って体勢を変えようとする、と。
「ッ……!!」
どん、と巨大な何かが激突するような音が聞こえて、鳥籠が大きく揺らいだ。
それと同時に生木を焼くような嫌な臭いが漂って来て、俺達は同時に臭いが漂ってくる方向へと頭を向けた。すると、そこには完全に穴が開いた植物の壁が有り、その向こう側には…………――
「あ……」
「貴様……ッ、どうやってそこに入った……」
や……ヤバ……レッドが居た……つーか、今のこのブラックと抱き合ってる状況はレッド的にはヤバいのでは……。
「あ、そういやあんな奴いたな」
「わーっ!! ブラックばかっ!!」
何挑発するような事言って
「ツカサから……離れろぉおおおお!!」
獣の咆哮のような鋭い声が響いた瞬間、レッドの周囲におびただしい量の炎の輪が出現し、その輪の中から――こちらに向かって緩くカーブを描いた炎の線が勢いよく放たれた。
「おまえなんで挑発するようなああああ!」
「えーだって本当に忘れてたんだもん」
だもんじゃないよだもんじゃ!
そうこう言っている内に無数の炎がすぐそこまで迫ってくる、が、ブラックは俺を抱えるとヒルダさんの腕を強引に取ってクロウのいた鳥籠の端に素早く移動した。
と、炎が今まで居た場所に突き刺さり、その場所が一瞬にして溶ける。
……溶ける?
お、おい、溶けるって相当高温の炎ってことじゃ……。
ブラックこの野郎っなんでお前は毎度毎度人の神経を逆なでするような事ばっかりするんだよばかばかばか!
「んじゃまあ、ツカサ君からキスも頂いた事だし、真面目にやりますかね」
「頼むから最初から真面目にやってよお」
何でお前はそう一々俺にツッコミを入れられるような態度から始めるの。
今までのシリアスがぶち壊しになるからやめて、と嘆きたくなったが、ブラックはこういう男なんだから今更ツッコミを入れても仕方がない。
まあ、でも、ヒルダさんも呆気にとられてネガティブな感じにはなってないから、結果オーライなのかなあ……はあ……。
宝剣・ヴリトラを振り回しながら鳥籠から出て行こうとするブラックを見て、それから俺達の方を睨み付けているような険しい顔のレッドを見る。
が、俺は違和感のある光景に気付いて目を瞬かせた。
あれ、そういえば……ギアルギンは……?
「レッド様。ご苦労様でした。こちらはもう終わりましたので結構ですよ」
この声、ギアルギン……?
ヒルダさんをクロウの傍に置いて、俺はそろそろと穴に近付き外を見やる。
外にはレッドと……いつの間にかギアルギンがいて、平然と会話をしていた。
だが、レッドは何か納得がいかないようで拳を握りしめている。
「ふざけるな! 俺はまだアイツを……」
「殺すのは、次の機会に。そう約束したはずでは? どうせすぐですよ。それは最早予定調和と言う物なのですから」
ギアルギンは、手に小さな箱のような物を持っている。
黒かと思ったらそうではなく、光に輝く事で紫だと解る色の小箱だ。
しかし、箱を出している理由が解らない。
それに「こちらはもう終わった」とはどういう意味だろうか。一瞬考えてしまった俺達の隙を突いてか、ギアルギンはマントの中に手をやる。
瞬間、ガスを抜いた時の音のような物が耳に届いて、白煙が一気に広がった。
「――ッ!!」
これでは周囲が見えない。だが、ブラックは慌てることなく【ウィンド】と唱えて、風を巻き起こし白煙を蹴散らした。
「ッ、くそ……。逃げられたか……」
ブラックの言葉にあたりを見回すが……確かにもう誰も居なかった。
ということは、本当に逃げてしまったのだろうか。
何だかどこかで罠を張ってるみたいで迂闊に動けないな……。
「…………あいつらっぽい気配は無いな。どうやら本当に逃げたみたいだね」
せっかく剣を抜いたのに……なんてブツブツ言いながら、ブラックは剣を収める。
ブラックが気配が無いって言うんだから、安心していいんだよな。
そう思った瞬間、メキメキと音を立てて植物の鳥籠が崩れ出した。
「うおおおお!? ひ、ヒルダさん逃げてー!!」
く、クロウも連れて行こうとしてるんだけど重いっ、筋肉が重い!!
今の力の抜けた状態じゃ引き摺りきれないぃいい!
「あーもーしょうがないなあ!」
俺まで埋れたら困ると思ったのか、ブラックは再び剣を抜いて俺達の傍に来る、と、崩壊し始めた天井を切って捨てた。
……うん、いや、簡単にやってるけども、木みたいな太さの蔓とかを難なく切って捨てたのは流石に人間業ではないような……。
「ツカサ!」
「ツカサ君、無事ですか」
あっ、この声はラスターとアドニスだ。
ドスンドスン言ってるけど……これはドービエル爺ちゃんの足音かな。
そんな事を思っていると、広場を占拠していた植物達が一気に枯れて小さくなり、やがて灰のようになって消えてしまった。
鳥籠だけじゃない。周囲を埋め尽くしていた、おびただしい量の植物全てが、だ。
「…………ツカサ君が本当に安心したから、全部消えたのかな」
ブラックの言葉に、俺は自分の事だというのになるほどと思ってしまった。
ヒルダさんを守りたいと言う思いと、ギアルギンとレッドに対しての恐怖が混ざって頂点に達した結果、自己防衛本能的なものが作用して、あんな風な植物の大繁殖を引き起こしてしまったのだろう。
魔方陣が出現していた事から、これも黒曜の使者の能力の一つのような気がするが……アレはもしかしたら、イメージを練り上げる事もせずに無意識に発動させてしまった、失敗作なのかもしれない。
まあその失敗作のお蔭でヒルダさんを助けられたり、ブラック達やドービエル爺ちゃんにも危害が及ぶ事は無かったから良いんだけどさ……。
「とにかく……助かった、のかな……?」
そう言いながらクロウを見るが、彼はまだ眠っている。
ホッとしたはずなのに、何だかまだ危機は去っていないような気がして、俺は言い知れぬ不安感に自分の腕を掴んだのだった。
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