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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
57.あなたのことを思っている
しおりを挟むなにこれ、どうなってんの。
俺、ヒルダさんが俺を庇って倒れたのを見て、それで頭が真っ白になって――
そんで気付いたら、ヒルダさんの怪我した所を圧迫して血を止めながら、何か……周囲を植物だらけにしていて……。
「え……これなに……なに、なんだこれ!」
勝手に腕から緑色の光の蔦がわんさかでて肩の所まで絡まってるし、下には鳥の巣かいと思うほどに青々とした蔓やら蔦やらが絡み合っていて、周囲を鳥籠のように覆っている。ついでに魔方陣のおまけつきだ。
だが、俺はこんなこと望んじゃいないし出したいと願った事も無い。
そりゃ、ギアルギンからヒルダさんとクロウを守らなきゃとは思ったけど……何でこんな事に……。い、いや、そんなこと考えてる場合じゃないな。
とにかくまずはヒルダさんの傷の治療だ。沢山回復薬を持って来てて良かった。
止血しながら回復薬を取り出して、ヒルダさんの服を捲し上げる。
女性……しかも年上の美女の服をどうこうするというのは、こんな状況でも何だか気まずいしドキドキしてしまう。邪まな事はしてないのに、非常に申し訳ないような悪い事をしているような、でも役得でもあるような……いや邪念だらけじゃねーか。
いかんいかんと首を振って冷静さを取り戻すと、俺は血が溢れ出てくる患部に回復薬を掛けた。すると、まるで逆再生のように傷が塞がり始める。
回復薬は体から欠けたものは元には戻せないけど、裂傷や打撲などの怪我だったら表面上は治せるから本当にありがたい。……ただ、血は足りないし体力を戻す訳でも無いから、そこらへんはやっぱり使った人の自己治癒力に頼るしかないんだけどな。
だから、ヒルダさんの傷が治っても、まだ大丈夫とは言えなかった。
冒険者なら気力でなんとかなるけど、彼女は俺より強いとは言ってもやっぱり貴族だし、普段は屋敷の中で事務仕事ばかりをしているはずだ。
すぐに動けるようになるという訳ではないだろう。
だから、すぐに大地の気を注いで彼女の自己治癒能力を高めなければ……。
そう思って、俺は大地の気を出そうと力を込めたのだが。
「あ……あれ……?」
思うようにいかない。というか、力が入らない。
通常、イメージして曜術を放つ時は気合を入れてしまうもんなんだが、何故かその力が今はすっかり入らない。うんともスンともいかないのだ。
もしかしてこれって……黒曜の使者の能力を発動しているからなのか?
にしたって、こんなの変だ。
俺はもうやめたいのに、そう思ってもちっとも状況は動いてくれない。
それどころか、一生懸命やめようとしている所をめがけて、何かが衝突してきた。
「ヒッ!?」
何が何だか判らなくて思わず体を震わせると、鳥籠の一面が嫌な臭いを立ててジワジワと焦げて行く。そりゃもう、かなりの広範囲で。
これってまさか……外にはギアルギンだけじゃなくレッドもいるってこと……?
「う、嘘っ。まさか爺ちゃんが倒され……い、いや、状況を考えろ俺、この感じだともしかしたら外まで植物がわーってなってる可能性があるぞ……! そういやこの鳥籠なんかウネウネしてるし、それで分断されちまってレッドがこっちに来たのかも」
現に、焼け焦げて穴が開くと思っていた鳥籠はすぐに新しい蔓や蔦が這い出て来ており、焼け焦げた所を塞いでしまう。ここまで侵食が早いんだ、外に広がっていないとは言えない。何にせよ、爺ちゃんが無事ならいいんだが。
そんな事を考えている間にも、外では何かが起こっているようで。塞がれた直後に轟々と音が聞こえたが、植物の鳥籠はまったく揺れもしなかった。
とか何とか言っていたら、また壁の一部が焼け焦げて、新しい壁が補充される。
これを俺がやっているなんて信じられないが……自覚が無いからこそ、恐ろしい。
「ど……どうしよう……もし本当に外にまで触手みたいにウネウネと進出しまくってたら、ブラック達が危ないじゃんか……! ええいもう、事は一刻を争うのになんで力が制御できないんだよ!」
なんとかして大地の気を出そうとしているのに、まったく腕が言う事を聞かない。
ヒルダさんは今も苦しそうにしているし、一体どうすれば良いんだ。
このままでは彼女の身が危ないかも知れない。そうなったら【アクア・レクス】を使う必要も出てくる。なのに、これではそれすら出来ないじゃないか。
どうしよう、こんなこと初めてでどうしたら良いのか解らない。
ああ、外はどうなってるんだ。俺が出した植物が誰かを攻撃なんてしてないよな。誰も傷付いてないよな? 外の状況が知りたいよ。でも、どうする事も出来ない。
術を発動している時は大きく動けない。俺はヒルダさんの傍にいるしかないんだ。
でも、薬を使う以外何にもできない。
どうすれば ……。
「っ……ぅ……」
「あっ、ヒルダさん! 動かないで……!」
焦る俺の前で、ヒルダさんが苦しそうに唸って体を少し丸める。
派手に動いたら傷口が開くかもしれないと思い、俺は慌てて彼女を寝かせた。
そんな俺に、ヒルダさんは薄らと目を開いて視線を合わせて来る。
「ツカサ、さんが……助けて、くれたの……?」
「は……はい! はい……!」
はいしか言えない。だけど、ヒルダさんが無事でよかった。本当に良かったよ。
思わず泣きそうになってしまった俺に、ヒルダさんはどこか夢現のような表情で俺を見上げて、自嘲するように笑った。
「あのまま、見捨てても……良かったのよ……」
「え……」
見捨てて、って……あのまま死なせるって、こと?
ヒルダさんの顔を見返した俺に、彼女は悲しそうに笑った。
「私は……結局、貴方を許す事が出来なかった……。ゼターが悪い事は、分かっている。私が悪い事も、分かっている。だけど、それでも……どうしても、貴方の事を、許せなくて、逆恨みして……結局、悪事に手を染めてしまった……」
「ヒルダさん……」
「貴方は正しい事をした……なのに、私は…………。だから、いっそ……あのまま、死なせてくれた方が良かった……。貴方に立派そうな事を言っておいて、結局は私もあの男と同じ愚か者だった……貴方の優しさを利用して……本当に……生きていても仕方のない女……。ごめんなさい……ごめんなさいね……」
苦しそうに顔を歪めて、泣きそうな震え声でヒルダさんは俺に何度も謝る。
その顔は、俺に「もう気にしないで」と言ってくれた時の穏やかな表情とはまるで違う、泣きだす前の子供みたいな悲しげな表情だった。
でも、だからってその表情に頷く事は出来ない。
俺は首を振ると、少し体を屈めた。
「謝る必要なんてないんですよ。俺だって、きっと……ブラックが何か悪い事をして捕まったとしても、きっと捕まえた人を恨むと思います。少なくとも俺は……ヒルダさんのそう言う気持ちを、否定できません。だから俺は、ヒルダさんを恨む事なんて出来ないし、放って置く事も出来ないんです。俺も……大事な人を失う痛みは、もう知ってしまっているから」
「ツカサさん……」
「それに俺、もう嫌なんです。……俺のせいで人が死ぬの……」
俺の言葉に、ヒルダさんはゆっくりと目を瞬かせる。
どういう意味かと問いかけて来るような目に、俺は静かに答えた。
「……俺、前にもこうして庇って貰った事があるんです。だけど……その時の人は、俺を庇ったせいで死んでしまいました。……だからもう、俺のせいで誰かを死なせたくないんです。それに、ヒルダさんには、ヒルダさんの事を大事に想ってくれている人がいる。だから、その人達のためにも、死のうなんて考えないで下さい」
「けれど、私は……」
「自分が死ねば全部解決するなんてことは、絶対にないんです。だから、俺は貴方を助けます。何を言われようとも助けますから。絶対に死なせませんから……!!」
そうだ。もう自分のために人が死ぬのは沢山だと俺は思っていた。だから、絶対にヒルダさんを死なせたくないと思ったんだ。
あのままだとヒルダさんはギアルギンにとどめを刺されていた。
だから俺は駆け寄って、頭が真っ白になって――――
「…………」
そういえば、ラトテップさんが命を落とした時にも、俺はこうやって暴走した……とか言ってたよな。自分ではまったく記憶が無いけど、もしかしたら今も半分くらいその状態なのかもしれない。自分で思うより、俺は混乱しているのかな。
だから、俺はいつまで経っても術を解除できないんだろうか。
よく、分からない。だけど、今は……ヒルダさんと話す事が出来たから、それほど悪い事でもないのかも知れないと思ってしまった。
外では相変わらず炎の音が聞こえるし、自分でもいつまでこうして居られるか判らないんだから、悠長にしている暇なんてないんだけどな。
だけどなぜか、さっきから妙に安心するような気持ちが湧き上がっていた。
「貴方は……私の事も、許そうと言うの……?」
「許すとか許さないとか、俺には解らないです。……そもそも、ヒルダさんにそんな気持ちを抱いた事がありません」
「え……」
「俺にとってヒルダさんは、凄い人で、優しい人で、強い人です。……恨まれていたとしても、そう思った事はずっと変わりません。今だって、そう思ってますよ」
だから俺はヒルダさんの事を恨むなんて考えた事もないし、助けたいと思ってる。
それ以上でもそれ以下でもないんだ。
……そんな思いを込めた言葉だったが、ヒルダさんに伝わっただろうか。判らないけど、彼女は辛そうな顔で目を閉じて……涙を流していた。
「ヒルダさん……」
どうしよう。女の人が泣いても、どうしたら良いのか解らない。
涙を拭うべきだろうか。でも、俺がそんな事しても良いのかな。
俺は彼女にとって許せない存在だ。恨みたくなくても恨んでしまうような、どうしようもない相手なんだ。そんな奴が、彼女に触れても良いんだろうか。
そう思い、迷っていると――――外から声が聞こえた。
「ツカサ!! この植物を生やすのを止めろ!」
外から再び轟音が聞こえて、また鳥籠が焼ける。
でも、幸いこの暴走状態は俺達の身を守るように発動しているから、いくら紅炎のグリモアであるレッドの曜術でも中までは焼けないはず……と、安心していたのだが。
「げっ……!」
今度は本気で曜術を発動したのか、何度も炎を受けて来た部分が一瞬で焦げて炭のようになってボトボトと下へ落ちた。
ぽっかりと穴が開いてしまった鳥籠の先には――――出来ればもう顔を合わせたくなかったレッドと、ギアルギンがいて。
「ツカサ……!」
ギアルギンを置いて、少し遠い場所からレッドが駆け寄って来ようとする。
思わず鳥肌を立てて思いきり緊張してしまったが、そんな俺の気配を察知したのか、鳥籠が一気に植物を生やし穴を塞いでしまった。
……も、もしかして……制御は出来なくても、感情には左右されるのか?
ということは、俺がレッドを拒否している限りは、攻撃はされない……のかな。
でも、いつまでもこのままじゃ困るぞ。
早くヒルダさんを治療しなきゃいけないし、ブラック達とも合流したい。クロウがまだ目覚めてくれないから、クロウの方も診なきゃいけないってのに。ああもうっ、どうすりゃ良いんだよ……!
そう思って頭を抱えたくなったのに――何故か急に、鳥肌が治まった。
さっきまであんなに怖がっていたのにと不思議に思っていると、外から轟音とは別の音がはっきりと聞こえた。
「ツカサ君!!」
…………あ……この、声は……。
「ブラック……ブラック、来てくれたんだ……!」
炎の壁を越えられたのかな。この声の感じは無事だって事だよな!?
良かった、ブラックもあの後何もなかったんだな。
「ツカサ君、僕ここにいるよ、すぐそばにいるよ!!」
その言葉に、心臓が脈打った。
「ぶ……ブラック……?」
自分でもおかしくなるくらい、不安そうな声になってしまった。
だけど、そんな俺の声を頼りに近くまで来てくれたのか、鳥籠に小さい何かがぶつかるような音が聞こえた。これは多分……手で叩いてるのかな。
「ツカサ君、大丈夫? これって一体どうしたのさ」
「そ、それが俺にも解らなくて、逃げようと思ったんだけど、今手が離せなくて……!」
再会して早々こんな風に助けを求めるなんて情けない。
だけど、ブラックなら俺を助けてくれると知っているから、俺はどうしても甘えてしまう。自分ではどうにも出来ないのに、どうして他人のブラックがどうにか出来ると思うんだろう。その事を考えると不思議な気もしたけど……俺は、ブラックがすぐそばに居てくれると言う安心感に浸ってしまっていた。
「ツカサ君? 入っていい?」
「は、入って良いから助けて……! ヒルダさんに気を送るので手一杯で、俺、この状況をどうしたらいいのか解らないんだよ!」
どうやって入って来るのかは解らないけど、助けてくれるなら助けてくれ。
早くヒルダさんの容体を確かめないと、安心できないんだ。
思わず焦ってしまうと、外から同じように焦った声が聞こえた。
「ま、待って待って。とにかく何が有ったのか教えてよ」
ああやっぱり、ブラックだ。
ブラックが、助けにきてくれたんだ。
無意識に息を吐いて、安堵してしまう。
すると――不思議な事に、背中側の鳥籠が開いていた。
光が漏れる場所を振り返ると、赤い髪の大柄な男が入って来ようとする姿が見えた。レッドじゃない。やっぱりブラックだ。
「ブラック……!」
こんな風に名前を呼んだら、自分が焦っていたのがばれてしまう。
だけど……今はただ、一番信頼できる相手がやって来てくれた事が嬉しかった。
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