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イスタ火山、絶弦を成すは王の牙編
受容
しおりを挟む何が起こったのか、いまだに理解が出来ない。
だが確かに、事は起こった。
目の前で燃え続けていた炎の壁が、一瞬にして消え去ったのだ。
「なんだ、これは……一体どういう事だ……!?」
レッドがブラックから逃げ出し炎の壁でツカサと分断してからというもの、こちらではどう壁を破ったらいいかと三人で不毛な言い合いを続けていた。
水の曜術を使えれば、相手との力量差が有ろうともなんとか相剋の関係で穴くらいは作れたのだが、いかんせん自分達の中には水の曜術師が居ない。
それぞれがグリモアだとは言えど、相性の悪い上にグリモアで最高位の攻撃力を持つ炎のグリモアの術を破る事は容易ではない。
ここに土のグリモアが居ればなんとかなったかもしれないが、無い物ねだりをしても仕方がない。しかし、だからと言って諦める訳にはいかなかった。
そう思い、どうするべきかと話していた所に、唐突に炎の壁が崩壊したのだ。
中で何かが有ったのは確かだろう。だが、何が起こったと言うのか。
まるで溶岩のようにどろどろと流れて消えて行く炎の壁に目を見張っていると――その触れる事も出来ない物を乗り越えて、数えきれないほどの植物が這い出てきたのだ。植物に、曜術の崩壊。それが何を意味するかは、ブラックも理解していた。
「ツカサ君……!」
まだ消えきれない炎の壁を飛び越えて中へと入る。
背後に二人付いて来ている気配を感じたが、構っている暇はない。
剣を抜いて向かって来る植物を切り捨てながら内部へ進むと、あまりの密度に絡み合い動けなくなった植物の塊がそこかしこに見えてくる
既に動けない状態だと言うのに、それでも増殖を続けようと言うのか、触手のように脈打ち蠢いてさらに成長しようとする。その様は、まるで内部で何かが育まれているかのようにも見えた。なんとも薄気味悪い光景だ。
しかし、あのような絡まった場所には人の気配はないようだ。
一体どこにツカサがいるのかと流れて行く植物の群れの中を見回すと、少し離れた場所で鋭い音がして、植物が一気に薙ぎ払われる光景が見えた。
誰かと思ったら、先程急にツカサの近くに現れた熊――確か、ツカサが前に助けたドービエルという老いた熊だったか。
「ぬっ……ブラック殿!」
こちらに気付いたドービエルが植物を蹴散らしながら名を呼ぶ。
どの、と言われて妙な違和感があったが、今は情報を聞くのが最優先だと思い爪を振るって植物を寄せ付けないようにしている熊に近付いた。
「ツカサ君は!?」
熊の爪が逃した分を剣で切りながら問うと、相手は眉間に皺を寄せた。
「あの場所……植物が湧いて出ている場所にいるが、安否は解らぬ。あまりにも凄まじい量の植物で近付く事が出来んのだ」
「お前は土の曜術が使えないのか」
「残念ながら今の状態では出来ん。だが、生半可な曜術ではこの植物はどうしようもなかろう。お主達ですら、どうしようもないのだろう?」
そう言う老熊に、背後から二人分の唸るような声が聞こえる。
「確かにそうですね……先程から木の曜術で操ろうとしていますが、まったく術が言う事を聞きません。植物をぶつけても、力負けしてしまうでしょう」
「俺の術もお前達と大体似たような物だからな……お前らが無理だというのなら、俺にもどうにも出来んだろう」
たしか黄陽のグリモアにも特殊な【法術】があったはずだが、それすらも通用しないという事だろうか。まあ、色々と事情のあるこちらが何かを言う権利は無いだろうが。
ともかく、危険があると言うのなら使わないに越した事は無い。
まだ状況も解っていないのだ。一刻も早くツカサの居る場所へ近づきたかったが、今は情報が足りない。依然として縦横無尽に伸びて来る植物の蔓やら蔦やらを薙ぎ払いながら、ブラックは老熊に事の次第を聞いた。
ツカサに何かあったのは確かだろうが、この異常事態を発症したという事は、彼は殺されたり自分自身の身に何かが起こった訳ではないと解っている。
彼がこうなるのは、自分の為ではない。
何度もこの暴走状態を見て来たブラックには、ツカサに“何が起こって”この状態になるのかの見当が付き始めていた。
だからこそ、今ここまで冷静で居られるのだろうか。
焦っているのは確かなのに、それでも冷静で居られる自分が妙に思えたが、その事を深く考察している場合では無い。
老熊の話を聞いて、大体の事を纏めると、ようするにツカサがギアルギンに攻撃されそうになり、それを庇ったあの女領主が倒れた事で、こうなってしまったらしい。
老熊はあのクソガキとやり合っていたので、間に合わなかったとの事だが、仮にも守護獣として召喚されている身であるのに、主を守れないとはいかがなものか。
これでは小動物のほうがよほど役に立つのではないかと思ったが、あのクソガキがこの老熊の相手をしていたから、最悪の事態が起きなかったのかもしれない。
そう、ツカサが「支配」されるという最悪の事態には。
(この熊の話じゃあの駄熊はまだ起きてないらしいし、色々やってくれなかったら危なかったな。怪我の功名と言うか、ツカサ君がこの熊を召喚できるくらいには強くなったのは良かったというか……にしても、強くなったって衝撃を受ければ脆いもんだ)
決してツカサの心が弱いとは言わないが、しかし彼は人の死に対して繊細過ぎる。いや、自分のせいで人が傷付く事に極度に反応してしまうと言うべきか。
とにかく、今はツカサを鎮めなければ。そう思い――――ふと、ブラックは有る事に気付いた。
「……おい熊、ここにも黒籠石がばらまかれていたはずだが、どこに行った?」
そう。この広場一帯にはあの諸悪の根源がばらまいた加工済みの黒籠石が無数に転がっている。アレのせいでロクな対策もしていない若造二人が先頭不能に陥っていたが、しかしあのクソガキも例外では無く、何か対策を取っていたようだがそれでも動きがわずかに鈍っていた。それほどの威力があったのだから、ツカサにもその力は有効なのではないかと考えたのだ。
だが、この場所には何故か黒籠石が無かった。
どういうことだと蔓を一撃で切り捨てながら問うと、老熊は祖に質問にも何だか答えにくそうな顔をして口を開いた。
「…………どういう事だか判らんのだが……あの植物が湧いて出て、飲みこまれぬように必死に戦っていたら、いつの間にか消えていたのだ」
「消えていた……?」
老熊にも何が起こっているのかよく分からないらしい。
まあ、この量がいきなりやって来たら気を取られるのも無理はないが、しかし何か納得できないものが有る。
あれだけの量のものがどうやって消えたと言うのか。
「とにかく、早くツカサの所に行かなければ。あのレッドとかいう不届きな男が、ツカサをどうにかしないとも限らん」
背後の傲慢貴族に同意するのは物凄く嫌だが、確かにこれ以上話していてもどうしようもないだろう。まずはツカサを捕まえなければ。
「おい、他の敵二人はどうした」
「向こう側に炎の光がちらちら見えた。どうもツカサの所へ行こうとしているようだが、わしはこの通り図体がデカくて、中々進めんのだ。わしが一気に切り開くから、お主達もツカサの所へ行ってくれぬか」
「言われなくても行きますよ。……しかし、敵が居るのは厄介ですね」
陰険眼鏡の考え込むような言葉に、傲慢貴族が言葉を返す。
「だが行かねば仕方あるまい。ツカサに近付く方法はこれしか無いのだからな」
誰もかれも思う事は一緒だった。
この場にいる者は全員ツカサを想っている相手なのだから、当然と言えば当然ではあるが……やはり、気分が良い物ではない。
だが今はどんな物でも利用してツカサをなんとか止めてやらねば。
あのクソガキがツカサのすぐ近くにいると言うのなら、なおさら。
「行くぞ」
「わしがお主達の周囲の草を刈る。気にせず真っ直ぐに進むがいい」
それは願っても無い申し出だ。
やはり長い年月を経た物はそれなりに色々と気を使えるらしい。
これには素直にありがたいと思いつつ、ブラックは剣を振り回しながら進んだ。
(植物自体は別に普通の物っぽいけど……何か、ちょっといつもと違うような)
これまでの暴走は、有無を言わさぬ絶対的な力を見せつけるような物だった。だが、今回の植物の大繁殖に関してはそうではない。
何の意思も無く、敵味方問わず暴走しているかのような風に思えた。
それに……この植物には、攻撃の意思がまるで感じられない。【工場】でツカサが暴走した時は、まさに「侵食」という言葉が似合うほど木々は全てを飲み込もうとしていた。なのに、この植物は浸食と言うより……――
(ただ成長し、伸びているだけ……みたいな……)
ブラックは木の曜術師ではないので植物の事はよく分からないが、しかしツカサの事はよく分かっているつもりだ。もし本当にツカサが暴走しているのなら、こんな風に無意味な行動はしないはずだが……と、考えながら植物を切り捨てていると、何か強烈な炎の曜気が流れてくるのを感じだ。
(これは……)
まさか、あのクソガキがツカサを襲っているのでは。
そう思うと異様に胸の奥が焼けるようになって、酷く気分が悪くなる。殺意にも似た感情が沸き上がって来て、思わず足が動いた。
「おい! 一人で先に行くんじゃない!」
「煩い、僕に指図するな!」
目の前の蔓を細切れにして、炎の曜気が流れて来る方へと向かう。
忙しなくはなるが一人分の道を切り開く事など容易い。ブラックは剣を動かしながら曜気の出所へと向かう。奥へと進むにつれて段々と薄くなってきた植物の壁を薙ぎ、青々と茂る葉の覆いを切り裂いたと。
「……!」
真っ先に、生木が焼けたような不快な臭いが鼻を突く。
思わず顔を歪めたその先には、焦げた植物が地面を埋め尽くす様と――幾つもの植物が寄り合わさって出来た球体を炎で攻撃する敵の姿が有った。
(あいつら……!!)
思わずカッと腹の奥が熱くなる。
考えなくともすぐにわかる。あの植物の球体はツカサが入っているもので、あいつらはツカサを引き摺り出そうとしているのだ。
剣を構えて切りつけてやろうかと考えたが、一筋縄ではいかない事は解る。
となれば、やる事は一つ。あの二人が球体から無限に這い出てくる植物に気を取られている間に、中にいるであろうツカサを死角から奪取するのだ。
視界を遮る程の炎が植物を焼き捨てる様を見ながら、その炎の陰に隠れて球体の背後へと向かう。勿論その動きを察知して植物が向かって来たが、切って捨てた。
しかし、あの植物群の中心ともなるとやはり簡単には近付けない。
敵意は無いが、しかしやはり暴走は暴走なのだ。
幾ら剣で薙ぎ払っても、無限に湧いて出る植物には対処しきれない。
どうするべきかと考えあぐねていると、植物を大きく薙ぎ払う音が聞こえて、老熊と他二人がついに最奥部へと入って来た。
「な……なんだこの有様は……!」
「植物の檻……?」
「む……ツカサはあの中に居るようだぞ」
その三人の声に、ついに敵が気付いてしまった。
「貴様ら……!!」
植物を薙ぎ払っていた相手がこちらを向き、その手に再び炎を宿す。
こちらに攻撃をして来るのかと構えたが――その前に無数の蔓が全方向に一気に放出されて、その場の全員が蔓に気を取られ攻撃の手をそちらへ向けた。
相手を排除しようと思っても、集中する事を許さない植物の前では詠唱する事すら難しい。このような時、曜術のみで戦う者は何もできないだろう。
しかし、それが結果的にツカサを救う事になっている。あの二人に考える時間を与えない程に膨大な量の植物を放出し続けているからこそ、今までツカサは支配もされなかったのだろう。怪我の功名、とはこの事か。
だが、これではブラックとて何時まで経っても近付けない。
このままではツカサもいつかは力尽きてしまう。そうなると、術も消え去りあの男がツカサを攫えとクソガキに命じて連れ去ってしまうかもしれない。
それだけは避けなければ。しかし、どうしたらツカサはあの植物の檻を開いてくれると言うのだろうか。考えようとしたが、攻撃に邪魔され纏まらない。
何度か植物の進撃を避け、薙ぎ払い、そうしてブラックは――――決めた。
(ええい、もう面倒臭い……!)
植物を薙ぎ払いながら進もうと思っても、間髪入れずに放出されるそれを切り捨てながら球体に近付く事はとても難しい。であるなら。
「ツカサくーん!! 僕だよー!!」
間延びした声で愛しい恋人の名を呼び、植物が自分達の方に飛び出てきた瞬間に飛ぶ。しかしそこで植物を切る訳では無く、ブラックは一番太い蔓に乗ると、そのまま道を走るかのように蔓の上を駆けた。
もう少し。あと少しで球体に辿り着く。
だが、そんなブラックに気付いたのか、蔦や蔓の混合物が折り重なり絡みながら、こちらへと向かって来る。やはり、排除するという意志は変わらないのか。
そう思った刹那、その凶悪な混合物がこちらへと向かって来てブラックを遠ざけようとする。それを見越してブラックは思わず言葉を発していた。
「ツカサ君、僕ここにいるよ、すぐそばにいるよ!!」
言いながら、近付く。
もう目と鼻の先に凶悪な植物がいて、近付く事すら困難になる。
だからこそ、名前を呼んだ。
――――すると。
「えっ……」
目の前まで飛んで来ていた人の腕以上に大きい植物が……急に、止まったのだ。
そして。
「ぶ……ブラック……?」
二三歩先にある植物の壁から、不安そうな声が聞こえる。
しかしその声とは裏腹に、ブラックに向かって来ようとしていた植物が何故か避け始めたのだ。それはもう、迷惑が掛からないようにとでも言わんばかりに。
(やっぱり、ツカサ君は正気だ。……良かった、無事だったんだ……)
しかも、自分だけを避けるようにしてくれている。
これが無意識だとしたら末恐ろしいし、分かってやっているのではればどうしてこのような事をしでかしたのだろうか。
気になる所は有ったが、ブラックは構わずそのまま球体へと辿り着き、中にいるであろうツカサに向けて再び呼びかけた。
「ツカサ君、大丈夫? これって一体どうしたのさ」
「そ、それが俺にも解らなくて、逃げようと思ったんだけど、今手が離せなくて……!」
呼びかけると、不安そうな、助けを求めるような声が返ってくる。
その声音が可愛すぎて思わず抱きしめたくなったが、この植物を切るのは骨が折れそうだ。そう思っていると――ブラックが触れている球体の一部がぐにゃりと曲がり内部の様子を見せた。これもツカサの能力なのだろうか。
「ツカサ君? 入っていい?」
「は、入って良いから助けて……! ヒルダさんに気を送るので手一杯で、俺、この状況をどうしたらいいのか解らないんだよ!」
「ま、待って待って。とにかく何が有ったのか教えてよ」
中に入ると、背後で植物が再び合わさるような音がした。
……これはつまり、ブラックは信頼しているから、入れてくれたという事だろうか?
そうであれば、不謹慎ながらとても興奮してしまうのだが。
思わぬところで嬉しい事になったと思いつつも、ブラックは植物の床の上で座り込みこちらに背を向けているツカサに近付いた。
→
※だいぶおくれちゃってすみません……(´;ω;`)
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