異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編

 王座からは手が届かない花2

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「えっと……」
「さあ、参りましょう」

 そう言いながら、エメロードさんはブラックの腕に手を絡めて、軽く引く。
 しかしブラックは困り顔で、どうしたものかと言わんばかりに俺達の顔を交互に見比べていた。さもありなん、こんな展開じゃブラックだって戸惑うだろうよ。

 だけど、ロサードとアドニスはすぐに正気に戻ったみたいで、すぐに鬼気迫る顔で「行け!」とブラックにジェスチャーを繰り返している。
 ロサードはともかく、アドニスまで必死でジェスチャーをするなんて意外だ。

 いや、でも、これは千載一遇のチャンスなのかもしれない。
 よく解らないけど、エメロードさんがブラックに好意を持っているのは確かみたいだし、ならば、ブラックに頑張って貰って情報を聞き出せば事が有利になるかも。だったら、迷っている暇などない。俺の顔を心配そうに見つめたブラックに、俺も力強く頷いた。

「みなさま、少々ブラック様をお借りしてもよろしいですわね?」

 よろしいでしょうか、ではなく、良いですよねと念押しをするような言葉。
 その台詞だけで彼女がブラックに並々ならぬ感情を抱いている事を知ってしまい、俺は先程とは違う、ぎこちない頷きだけで返してしまった。

 そんな俺にエメロードさんは満足げに微笑むと、ブラックとお供の男二人を連れてホールを出て行ってしまった。そりゃもう、後ろなんて振り返る事も無く颯爽さっそうと。

「…………あの姫君は、何故ブラックを……?」

 クロウもこの事態には思わず「わけわからん」と困り顔だ。
 当然だよな、俺達はただホールに呼ばれただけなのに、いきなりエメロードさんがブラックに近付いて来て、なんか凄く恋する乙女モードで話しかけて連れてっちゃったんだもん。俺だってどういう事か意味が解らないよ。

「……好きそうでしたね、お姫様。あのヒゲ無しでもむさ苦しい中年を」

 倒置法でアドニスがそんな事を言うが、ツッコミも入れられなかった。

 …………そっか。そう、だよな。あの表情ってそう言う事なんだよな。
 たぶん……エメロードさんは、ブラックの事をこの場に居る奴らの中から一番好きだと思って、俺達になんて目もくれずにアイツに近寄って行ったんだろう。
 ブラックの事が、一番好き、だから……。

「えっ、あれっ、アレそういう事なのやっぱ。ブラックの旦那ったらいいのかよ!? ツカサという恋人がありながら……っ」
「だっ、大丈夫、大丈夫だからロサード。だって、エメロードさんに呼ばれたんじゃ仕方ないし、拒否するとシアンさんが危ないかもしれないし……ハナから、こうするしか無かったんだよ。……むしろ、大変なのはブラックだと思うし……」
「ツカサ……」

 そうだよ。大変なのは、俺よりもブラックの方なんだ。
 俺は、ブラックの恋人で、ブラックもそう思ってくれてるから、だから……信じて待つくらいは、当然の……ことだし……。だから、別に、気にしてないよ。気にする訳がない。

 だって、恋人なら、こういう時こそ信じて待ってたりする物なんだろ。……それに、最初から解ってたし。ブラックは大人だし、元々は女も男もとっかえひっかえのプレイボーイだったんだ。だから俺だって、最初から「こんな事になっても仕方ないか」って、そう、思ってたし……。

「ああもうたまんねえなあもう! 元気出せってツカサ!」
「ム、ツカサを抱き締めるのはオレの役目だ。お前は失せろ」
「うぐ」

 なんかロサードが心配して近寄って来てくれた所に、すかさずクロウが割り入って来て、俺をぎゅむっと抱き締める。どうやら、二人とも俺のことを慰めてくれているようで……。

 ……俺ってばまた顔にでも出てたんだろうか。
 ぐうう、なんでこう俺って奴は……いや、そ、そんな事より、その……慰めてくれようとした事に感謝しないとな……。本当なら、この程度で一々落ち込んでらんないんだし。

「二人ともありがと……大丈夫だから。なっ」

 心配させないようにニカッと笑ってやると、クロウはやっと安心したのか俺を解放してくれた。

 そう。一々落ち込んでちゃいられないんだ。
 ブラックだって今一万匹の猫を被って頑張ってるんだし、俺だって頑張らなきゃ。
 さしあたってまずは……俺達から離れた場所に居る、あの七人の裁定員の顔と名前を覚えなければ。唸れ俺の記憶力。

「なあロサード、裁定員のこと教えて。シアンさんと対立してるかどうかも」

 そう言うと、ロサードは相変わらず俺の事を心配そうな顔で見ながらも、渋々説明してくれた。

「じゃあ……とりあえず先に要注意の対立してる二人を教えておくぞ。あそこ見ろ」

 そう言いながらロサードが顔を向けた方には、こちらをいぶかしげに見つめている中年の男性と、われ関せずとばかりに酒を飲んでいる二十代後半くらいの男がいた。

 前者は口の上に整った髭を乗っけていて、右だけ前髪を垂らした茶髪の紳士っぽい髪形の人。後者は、いかにも「クールな一匹狼です」みたいな感じのオデコが見える青い短髪とモノクルを付けた、なんだか軍人っぽい一際大柄なヤツだった。

 青い髪の人は軍人っぽい。たぶん、身長は百九十くらいあるんじゃないか?
 クロウもブラックも高身長だけど、あの人と比べるとちょっと小さく見えるな。

「茶髪の方は、アランベール帝国で王立中央学術院の学院長をやっている、カウカ・テオドシアス氏。あっちの青髪の厳つい軍人系のお方は、ベランデルン公国の現国主であらせられる、ガムル・ホーコンソン大公殿下だ。別名で『豊かの海の賢者』とも呼ばれるお方だぞ」
「え゛っ……でっででで殿下!?」

 おいウソだろなんで王様クラスの人がここに居るんだよ!
 つーかそう言う人が世界協定に入っていいの!?

 目を丸くしてロサードを見ると、相手は俺の疑問を把握したのか言葉を続けた。

「世界協定は、力を持たない賢者達の集まりだからな。ライクネス王国の属国であるアコール卿国と、オーデル皇国から大公が選出されるベランデルン公国は、実質的な軍事力は無いとされてて、それで王様と言う立場からの意見を述べる為に、世界協定の裁定員になってるんだよ。他の裁定員も、各国での地位は高いけども戦争を仕掛けたり国に対して働き掛けるような事は出来ない立場の奴らばっかりなんだ」
「へぇ……でも流石に大公が出て来るとは思わなかったな……」

 ロサードはアコールの国主卿こくしゅきょうも、と言っていたから、あの中に居るんだろうな。
 俺には誰が誰だか判らないんだけど……とにかく、あの二人の事を聞こう。

「それでその……学院長と大公殿下はどの派閥なの?」
「残念ながら罷免ひめん希望だ。ホーコンソン殿下は、人族の大陸の食糧庫を握っていると言っても良いかただからな。どこか一国でも潰れれば、ベランデルンにも被害が及ぶ。その事を憂慮して、水麗候すいれいこうに責任が有れば追求しようと考えておられるんだ」

 そ、そっか……プレインの件って、プレインだけの問題じゃないんだ……。
 他の国にも当然影響は出るし、その中でも食料や鉱石の輸出を国の産業としている大陸の食糧庫であるベランデルンは、他国よりも色濃く影響を受けてしまうだろう。
 しかも隣国だし、金の曜術師の国であるプレインには、食料だけじゃなく色んな物を輸出していただろうしなぁ……。そりゃ疑わしい奴には腹も立つだろう。

 まあ……俺の簡単な考えみたいに、疑わしきは罷免しようって訳じゃないんだろうけども。多分なんか他にも大人的にはマズい理由が有るんだろうな。
 でも、それならあの学院長って人はどうして罷免したいのか。

 ロサードにカウカって人の事を聞いてみると、彼は曜術師が曜術を学ぶための学院の中でも、最高クラスに権威のある学術院の学院長らしく、そのため知識も豊富で、歴史の研究なんかもしているんだそうな。彼がシアンさんを追い出したがってる理由は、そもそもが神族と言う立場に懐疑的で、無神論者と言う立場をとる彼としては、納得がいかないんだとかなんとか。

「無神論者ってこの世界にもいるんだな……」
「この大陸では9割が何かしらの教会にお世話になってるからなあ。そんな罰当たりな事を言うのは、アランベールのよく解らん学者共ぐらいだ。しかしまあ……カウカ学院長はあなどれない相手だし……迂闊うかつな事はしない方が良いな」

 そうだな、頭の良い奴には勝てないからな、俺は。
 とにかく、対立してるのはあの二人だと覚えておこう。じゃあ、他の四人は中立と擁護かな。

「中立派は、アコール卿国の国主であるローレンス・レイ・アコール国主卿と、ハーモニックでも最も古い部族の一人と言われる“ソグード”という部族の長……ケルティベリア・ソグディアン。そして、プレインの金の曜術師達を実質的に束ねていた、オーリンズ・アンブロージだ」
「誰が誰やら……」
「あのマスクを付けて鼻から上を隠してるのが国主卿。ケルティベリアさんは、まあみたまんま、部族っぽい恰好の人だな。んで、あの美男子がアンブロージだ」

 一番偉い人が一番良く解らない格好をしていたとは……。
 なんかオペラ座の怪人って感じだけど、正装してるし良いのかな……。ま、まあ、国主卿の事は置いておこう。今は他の人の事を覚えておかねば。

 ケルティベリアという若い男の人は、砂漠の砂の色みたいな混じりけのない綺麗な黄土色の髪で、民族調の紋様が刻まれたハチマキみたいな物を装備している。
 裸チョッキなのは部族的な理由からだろうか。腰から下は綺麗な色糸で模様を編み込まれた腰布を巻いて、ズボンもハーモニックらしい下膨れのズボンだ。

 オーリンズって人は、美男子と言うだけあってサラサラの金髪にベトナムの民族衣装であるアオザイみたいな服を着ている。けど……なんか……美男子って言うより、今流行りの男の娘っぽいと言うか、それよりちょっと大人びてるって言うか……。

 なんだろう。何か、色気のあるお姉さんっぽい。
 これが本来のメス男子って感じなのかな。
 とにかく俺とは全く違う人種である事はしっかりと理解した。

「一応聞くけど、あの人メスの人なの?」
「アレでオスだったら驚くな俺は」

 ですよねえ。
 ……じゃなくて。ええと、じゃあ残りの一人が擁護してくれてる人なのかな。
 けれどその姿が見えない。どこに行ったんだろうかと思っていると、視界の外からカツカツとコッチに近付いてくる音が聞こえてきた。

「……?」

 なんだろうかと振り返ると、そこには国主卿と同じ感じで……っていうか、国主卿よりも酷い、マントで全身を隠して顔を覆う白いマスクを付けた何者かが、そこに立っていた。
 ……もしかしなくても、この人がアレですよね。擁護の人ですよね……。
 何で唯一の味方がこんな格好してるんですか。勘弁して下さい。

「やあ、クグルギさん。良く来て下さいました」

 そう言いながら、仮面の人は近付いて来て、俺の手を取り強引に握手をする。
 流れるような仕草で思わず成すがままになってしまったが、驚く暇もなく相手は己の胸に手を当てて、うやうやしくお辞儀をしてみせた。

「私は……ローリーとお呼び下さい。ライクネスで貴族の末席に名を置かせて貰っている、しがない貴族です。以後お見知りおきを」
「あ、ど、どうも……。あの……ローリーさんは、どうしてシアンさんを擁護しようと思って下さったんですか?」

 初対面ですぐに問いかけるのは失礼とは解っているが、聞かずにはいられない。
 だって、ちゃんとした理由じゃないと何だか納得できないし……。

 そんな俺の懸念を察知したのか、ローリーという壮年の男性らしき声を出す相手は、くすりと笑い俺の言葉に嫌な声一つ漏らさず答えてくれた。

「それは簡単な事です。私が、彼女の事を良く知っているからですよ。それに……仮にあの国を崩壊させようと考えていたとしても、彼女ならこんな派手な事はしませんからね。他の方々は付き合いが短いのでお解りにならないでしょうが、私は何十年もここにいますので」
「なるほど……」

 そっか、旧知の仲だから信じてくれたんだな!
 だったら理屈とか何とかあんまり関係ないよな。人間誰だって自分と仲が良い人を疑いたくはないんだし、それに信じていればこそ確信を持って「違う」と言える事も有るわけだし。

「これから色々と大変でしょうけれど、私達はクグルギさんや貴方達の味方です。悪いようにはさせませんので、あまり気を張り詰めないように……。中立派も、どこで罷免すべきだと思うかは解りませんし……余計な事にばかり気を回していては、判断を見誤りますからね」

 そう言いながら、ローリーさんは手を握る。
 ……なんだか、今日はよくデジャブを感じる日だな……。

 知ったような声の人が沢山居るような気がするし、なんならこの手も前にどっかで握った覚えがある。
 でも、誰だったか思い出せん。

 そもそもオッサンとかの声なんて、ずっと一緒に居る人以外は似たようなもんだと思っちゃうもんだし、手だって大人の手なら大体同じだからなぁ……。

「あまりツカサに馴れ馴れしくするな」

 手を握られたまま悩んでいると、クロウが唐突に俺達の間に割って入って来た。
 どうも蚊帳の外にされていたのが気に入らなかったらしい。
 だけど、ローリーさんはその事に怒りもせず、大人の余裕たっぷりでフフフと笑うと、俺達から一歩離れた。

「……それよりも、当面の問題は彼女……レクス・エメロード様です。ツカサさん、彼女には充分お気をつけて」
「それは、どういう意味ですか?」

 今まで黙っていたアドニスも、近付いて来る。
 なんだかまた周りが背の高い奴らだらけになって来たなとゲンナリしていると、ローリーさんは少し間を開けて、ひそめたような声を仮面の口から漏らした。

「レクス・エメロード様の目的は、シアン様を失脚させるということの他に……もう一つ。今しがた連れて行かれた御仁ごじんを取り込む事も考えておられるのですよ」
「え……」

 思わず、心臓がぎゅっと痛くなる。
 胸の急な変化に戸惑っていると、ローリーさんは仮面の口元に指を立てた。

「彼女は“いつくしみの聖母”です。くれぐれも、重要な駒を取られないように。……おっと、擁護派の私が貴方達と長々お話しをしていたら、勘繰かんぐられてしまいますね。今はなるべく接触は避けましょう。検査などが一段落したら、また改めて。それでは」

 そう言いながら、ローリーさんは深々とお辞儀をして、俺達から離れて行った。
 と、ロサードが「しまった」と吐き捨てながら、いきなり頭を掻き乱し始めた。

「あぁあ……そうか、そうだったのか……まずいってぇ……」
「な、なにが? なにがマズいの?」

 唐突にブツブツ呟き出した言葉が不穏過ぎて仕方ない。
 どういうことだとクロウと一緒に詰め寄ると、ロサードは「後で教える」と小声で返す。その様子を見ているだけで、また頭が痛くなるような情報を教えられるのだと予想が付いてしまい、俺とクロウは思いきり顔を歪めてしまったのだった。












※情報集め期間なのであんまり進んでませんね(;´∀`)
 ひと波乱はこれからであります。
 
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