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世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編
6.王座からは手が届かない花1
しおりを挟む「やべぇ奴に先手を打たれちまったな……」
今日はもう閉廷だからとあの暗がりの部屋を追い出されて、レイさんの案内のもと世界協定本部――カスタリアの内部にある宿泊施設に案内された俺達は、そこそこ広い大部屋の小さいテーブルに肩を寄せ合って、今後どうするかの相談を行っていた。
普通に済めば良かったんだけど、残念ながら今日はまだまだ油断が出来ない。
だって、シアンさんの妹と言う絶世の美少女……レクス・エメロードさんに加え、裁定員全員と顔を合わせる宴をセッティングされてしまったんだから。
俺としては「あぁあ困るぅう……」という程度のお困り具合だったのだが、事態はそれ以上に深刻だったようで、俺以外の大人達……と言うか、特にロサードが深刻な顔をして、さっきから冷や汗をだらだらと垂らしまくっていた。
何がそんなにマズいのかと眉根を寄せつつ、ロサードにハンカチ代わりの布を渡すと、相手は礼を言いながら冷や汗を何度も拭う。しかし、汗は全然止まらなかった。
「実はまだ話してなかった事が有るんだが……それが、あのお姫さんの事なんだよ」
「姫って……まさか本当にお姫様って訳じゃないよな?」
「ムゥ、冠を被って着飾っていたが、そのような宝飾品も有るというしな……」
ブラックもクロウもまだ信じきれていないのか、彼女の服装から判断材料を探している。だけど、ロサードは二人の迷いを一刀両断するように首を振った。
「残念だけど、マジで姫っす。彼女はレクス……女王の名を頂いた、神族の実質的な統治者……つまり、王様ですよ。神族の王様」
「えっ……」
「ハァ!? 王様!?」
思わず声を上げたブラックに、ロサードはギシギシとぎこちなく頷く。
「女王様ってだけでもヤバいのに、相手は“世界の監視者”と言われる神族っすよ……当然、この世界協定でも圧倒的権力で誰も逆らえねえんすよ……それに、一番ヤバいのが……」
「なんですか」
「…………件のお姫さん、あの人が一番……シアンさんを失脚させたがってんだよ」
……え……なっ、なんで!?
さっきの話からすると、シアンさんは彼女のお姉さんなんだろ!?
だったらどうしてそんな事……いや待てよ、姉妹だからって仲が良いとは限らないし……それに、仲が良いからこそこんな所に居させたくないって人も居るんだよな。
ううむ……この場合は、どっちなんだろう……。
「なあ、ロサード……そのエメロードさんって、シアンさんと仲は良かったの?」
「……正直、判んねえ……。ぶっちゃけた話、世界協定でさえ神族には干渉できねえらしくてよ、多分他の裁定員も神族の女王は知ってても、内情までは解らんはずだ」
「でも、お前はシアンから何か聞いてるんじゃないのか?」
「き、聞いてはいますよ? でもその、なんつうか……言っていいのかなぁ、これ」
ブラックに指摘されて、ロサードは困ったように頭を掻く。
しかし今は口籠っている場合じゃないと決心したのか、居心地悪そうに背中を丸めながらも、言い訳をするかのような口調で呟いた。
「水麗候は……姉君との関係は、血は繋がってるけどもう何百年も会ってないし、あちらさんが自分を遠ざけていたって言ってました……」
「……それって、どう考えても姉はシアンを嫌ってるって事じゃないか」
「じゃあ、エメロードさんが直々に世界協定に出向いたのって……ガチでシアンさんを失脚させたいからってこと……?」
まさか、そんな。
一国の女王が自ら動く事もおかしければ、実の妹に追い打ちをかける為にわざわざ人族の大陸くんだりまで乗り込んでくるなんて、どう考えても正気じゃない。
そもそも数百年と言う長きにわたって絶縁してたのなら、もう関わらなくていいじゃないか。なのに、なんだってこんな時に……。
「それほど憎しみを抱くほどの何かが有るという事ですかね? それとも、水麗候が失脚する事で彼女が得をする何かが有るのか……」
「あ、アドニス……その……純粋に『こんな仕事を妹ちゃんにやって欲しくない』っていう姉心とか、そういう可能性は無いの……?」
「あると思いますか? 世界協定の裁定員に有無を言わさず宴をやらせるような女傑が、哀れに膝をついて妹の命乞いをする必要があると?」
「…………」
そ、そうだね。裁定員に有無を言わせぬ権力が有るのは、あの時の仮面達の押され具合から明白だし……何より、彼女には言い知れぬ迫力が有った。
見た目はお花畑が似合う物語の中の美しい少女なのに、さすがは女王の称号を持つ存在と言った所なのだろう。……だけど、そんな権力が有るのなら、どうしてシアンさんを助ける方に動かないのかな。憎んでたって、大事な家族なのに。
――そこまで考えて、俺は「いや」と頭の中でその考えを掻き消した。
『身内だから』。
それが命綱になるなら、ブラックだってとっくに自分の一族を許してるはずだ。
でも、そうじゃない。ブラックは一族の仕打ちに深く傷ついて、彼らを信じる事が出来なくなってしまったじゃないか。それを考えたら、俺の考え方が必ずしも正しいなんて事は絶対にないんだと確信できる。……悲しい事だけど……血が繋がっているからこそ“誰よりも憎らしく思えてしまう”という事も、きっとあるんだろう。
……だから、エメロードさんは、トドメを刺そうと思って乗り込んで来たのかな。
なんだか酷く寂しくなって声を抑えた俺の隣で、クロウが先程の言葉を継ぐように、眉根をぐっと寄せつつ難しげな顔で唸った。
「だが、だとすると件の姫は凄まじく厄介だぞ。彼女の命令で傾く判決もあろう。神族は、神に最も近い存在だ。オレ達と同じ命ある存在とは言え、格が違う。それに、水麗候のように未知の能力を有している者も多い。どの宗教でも、神族は神の使徒として信仰の対象だ。……だから、逆らえるものは……まず居ないだろう」
あ……。そう、か。神族だもんな。
俺はつい「エルフ」の方で考えちゃってたけど、そもそもシアンさん達は「神様が作り上げて、神様が人族には教えない事を教えた」存在なんだ。つまり、特別な種族って事で……だから、人族が平伏しても仕方がないんだよな。
俺達はシアンさんとエネさんしか知らないから、ただ単純に良い人だ悪い人だってしか思ってなかったけど……そうか……神族って、凄く権威の有る存在だったんだ。
と言う事は……。
「あ、あのお姉さんがヤレって言ったら、シアンさん今度こそ首ちょんぱされちゃうじゃん!! わー!! どっどっどうしよどどどどうすれびゃ」
「ツカサ君落ち着いて! 相手も僕達を宴に誘ったんだし、すぐに動き出す事はないはずだよ。とにかく……相手の情報をどうにかして探らないと……」
ブラックに背中を擦られて、俺は何とか落ち着く。
ぜーはーぜーはー、そっ、そうだな……まだシアンさんがどうこうされるって訳じゃないんだ。今焦っても仕方ないし、急いては事をし損じるって言うからな。
落ち着いて、クールに行かなきゃ。
でもそうなるとシアンさんの方からの話も聞きたくなるんだけど……。
「なあロサード、レイさんに頼んでシアンさんと面会とか出来ないのかな」
「うーん……面会にも承認がいるからなあ……。頼んではみるけど、期待はしないでくれよ。すぐに承認されるかどうかも解らんし」
「というか、随分と慣れてますねロサード。そんなにココに出入りしてたんですか」
アドニスの言葉に、ブラックもそう言えばと言ったように言葉を続ける。
「確かに、いくら番頭役筆頭と言っても、ここまで食い込んでくるのは少し変だな。リュビー財団と世界協定は何のかかわりが有るんだ?」
四人にジッと見詰められて、再び冷や汗が噴き出したロサードだったが……ここで嘘を吐く事は出来ないと思ったのか、観念したかのように肩を落として口を割った。
「……どうせ後から説明されるとは思いますけど……実は俺、前々から水麗候に依頼を受けて、財団の調査をやってたんスよ。オーデル皇国での一件や、プレインのアレとはまた別件でね。……んで、その事でこの本部にちょいちょい来ている内に、今回は水麗候の代理ってことで担ぎ出されまして」
「その“別のこと”と言うのは何だ」
クロウの問いに、ロサードは居心地悪そうに椅子の上でもぞもぞと動く。
「…………詳しい事は水麗候の許可が無いと言えないっすけど……とある“品物”を、不正に取引している奴がいるらしくて、そいつの見当を付けてくれって話で……これは他の裁定員も知ってる話ですが、一応機密ってもんが有るんで」
「今更じゃないか」
「商人は信用が一番大事なんすよ」
そう言いきられてしまうと、これ以上追及も出来ない訳で。
まあ……何でロサードが裁定員の人と顔見知りなのかって事は解ったから良いか。
とにかく全員と面識があるって事だよな。だったら、多少はシアンさんとの面会も多めに見て貰えるんじゃないかと思うんだけど……。
「しかし、楽しくない宴になりそうですねえ」
他人事のようにアドニスは言うが、でしょうねとしか返しようがない。
せめて宴の時間まで何かすべきではないかと考えたが、残念ながら今の俺達では何も思いつかなかった。
◆
お堅い世界協定と言えども、人をもてなすためのパーティーを開けるホールは有るらしく、人が二十人ほど収容できるそこそこ広い部屋には、俺達を含め数人の人間が集まっていた。
俺達以外は……レイさんを入れて、七人。それと、御付きのイケメンエルフを二人連れたエメロードさんだ。
相変わらず眩いばかりの美少女っぷりだが、ロサードから話を聞いた今となっては、どう接したらいいのか戦々恐々と言った心地である。
……だって、俺達が一言でもエメロードさんを刺激するような事を言ったら、彼女は激昂してすぐにシアンさんをどうにかするかもしれない。
いや、そんなアグレッシブな人だとは限らないし、話を聞いただけで判断するのはいけない事だけど……でも、用心するに越したことはないんだ。
特に、俺はうっかりしやすいし、なるべくボロは出さない方が良い。
しかしそう思うと余計に緊張してしまう……。
ああ、見た目はものすごく好みなのに。おっとり系の可憐な美少女でしかもかなりの爆乳って、そんな子俺は間近で見た事も無いんですよ。まるで深夜アニメから抜け出て来たかのような、男の夢の権化たるエルフさんがそこにいらっしゃるんですよ。
人の命が掛かって無けりゃ俺だってルパンダイブ決め込むくらい興奮してたのに、シアンさんの事を思うとエメロードさんで興奮するのも憚られてしまう。
色々と観察すべきなんだろうけど、どうしても従者二人を吊れたエメロードさんの動向が気になってしまって、俺はテーブルにどんな料理が並んでいるのかすらも覚えきれていなかった。
しかし、ブラック達は流石大人と言うべきなのか、それとも酒とメシが有ればどうでも良いのか、好き勝手に立食しながら自分達を遠巻きに見る七人を観察していた。
「うーん……なんかどいつもこいつもどっかで見た事有るような奴ばっかだなあ」
「私も見覚えのある方ばかりですよ。しかし裁定員だとは知りませんでしたねえ」
「え……二人ともあの人達の事知ってるの?」
さすがは知識の人ズ、いや、ブラックとアドニス。
凄いなと見上げると、二人ともちょっと得意げな顔をして口を開こうとした。が。
「ああ、来て下さったのですね、みなさま」
ブラック達が喋るより前に、可愛らしい声が聞こえてヒールの音が近付いてきた。
この場でハイヒールを履いている女性なんて、一人しかいない。振り返った俺達に、彼女は花のように微笑んだ。
「わたくし、ずっとお待ちしておりましたの」
そう言いながら、彼女は俺達に軽く会釈をして……また一歩、近付いた。
「貴方にまたお会いできて……光栄ですわ。ブラック様」
綺麗な金色の瞳が見つめるのは、たった一人だけ。
俺が見ているエメロードさんの横顔は――――ブラックだけを、見上げていた。
「あの……」
「わたくし、貴方様に再びお会いできる日をずっと……ずっと、待ち焦がれておりましたの。よろしければ……今から、お相手をして下さらないかしら」
そう言いながら、状況がよく呑み込めていない様子のブラックの手を取って、彼女はブラックにだけ綺麗に微笑む。
その横顔は、ほんのりと頬を赤らめていて。
とっても、綺麗で、まるで……――――
まるで、その、顔は…………恋をする、少女のようだった。
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