異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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世界協定カスタリア、世界の果てと儚き願い編

7.聖母にも色々な解釈がありまして

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 “いつくしみの聖母”と聞いたら、誰もが聖母マリア様のような清らかなイメージを思い浮かべるだろう。俺だって、多少胸がはだけちゃったりしてているが、ちゃんとそういう人を想像出来る。
 キリスト教なんかを知っていたら、当然そっち方向になるだろう。

 そう、聖母は清らかであり惜しげもない愛情を与えてくれる存在。
 偉大な母であるという認識がある言葉なのである。

 ……しかし、ロサードが説明してくれたことは……なんというか、聞いたら聞いたで非常に反応に困るもので。

 件の“慈しみの聖母”が戻ってこないまま、従者のイケメンエルフがやって来て、「盛り上がらないぱーちーは終了です」と言われて流れ解散し、その足で部屋に戻ってきた俺達は、再びテーブルで肩を寄せ合ってとんでもない話に混乱していた。

「あの……俺、聖母って普通清らかな母上様の事だと思ってたんだけど」
「奇遇ですね私もですよ」
「それはどういう意味で”せいぼ”なのか迷うぞ」

 アドニスとクロウが混乱してるんだから、俺が混乱しない訳がない。
 しかしロサードは一言一句間違ってはいないのだと言わんばかりに繰り返した。

「だからマジなんだってば。レクス・エメロード様は、望まれれば誰とでもベッドに入る、天性の優しさを持つ女性なんだよ。相手に懇願されちまうと、それこそ乞食こじきとだって寝ちまうんだ。だから、“聖母”とか言われてんだよ」
「いや、あの……まあ、そういう人がいるのは良いんだけど、相手女王様だよね? 神族の長なんだよね? そんな人がそうホイホイ人の子種受け入れていいものなの……?」
「まあ人族は精子や愛液だけでは妊娠しませんから、恐らく神族もそうなのでしょうが……それにしても、一国の主が色狂いとは中々に神族も頭がおかしいですね」

 はっきり言うなあアドニス……。
 確かにこの世界は普通にえっちしても妊娠しない世界だ。子供を産むためには、男女ともに何かのタネを体に植え付ける必要があるらしくて、その行為を行わない限りは、例え女性でも子供を産む事など出来ないらしい。そのせいか、この世界の人達はとにかく性に奔放ほんぽうであけっぴろげだ。
 街で声を掛けたらベッドインなんて地域も多々あるのである。

 まあ、中出しし放題だからな。夢の世界だな。……じゃなくて。そんな感じの世界なので、望まぬ跡継ぎが出来たなんて事には絶対ならないんだけど……。

 それにしたって、礼節を重んじる女王様がそれってどうなんだ。
 いや俺もビッチ属性は好きですけど、現実となるとなあ。

「俺だって、未だに信じらんねえよ。まあ、神族には娼姫も裸足で逃げ出すとんでもねえお方が居るって話は聞いてたし、一度お願いしてえもんだと思ってはいたが……けど、まさか、お姫様が下民の相手をするなんて普通ありえんだろ?」
「まあ……確かに……」

 そりゃロサードも「まさか」と思うはずだ。
 俺だって流石にその設定のエロゲは思いつかないぞ。有るのかも知れないけど。
 でも……そんな美少女にブラックが連れて行かれたってことは……。

「…………やっぱしブラックも……今のかな……」

 だって、そうだよね。普通なら、するよね?
 俺だって可愛い女の子に「えっちして良いよ」って言われたら興奮するもん。
 そりゃあ男なら好みのタイプに誘われれば「あわよくば」なんて考えるし、一夜のあやまちって奴だって犯してしまうかもしれない。

 ブラックだって男だし、そもそもアイツ俺と会う前は男も女もとっかえひっかえだったし、ヒゲをそってキチンとしてたら格好いいオッサンには違いないんだから、いろんな奴からモテても当然なわけで……。
 …………うう……。

「ツカサ、心配するな。ブラックはお前以外の奴にはとことん冷酷になれる最低な男だから、きっと大丈夫だ」

 何を思ったのか、クロウが横から俺の肩を抱いて引き寄せて来る。
 一瞬何でそんな慰めるような事をするのかと思ったが、俺は自分がどんな風に見られているのかを察して、慌てて否定した。

「あっ、いやっ、別にそういうんじゃないからな!? 俺はその、あの……アレだ。綺麗な女の子となんて羨ましいって思っただけで!! っていうか他の奴に冷酷ってそれはそれで問題が」
「ツカサ……お前って奴は……」
「今更ですけど本当になんであの男にこの子が落ちたんでしょうね」

 おちたって何だコラ意味解らんぞ。
 どういう意味だと問い返そうとした、と、同時。ドアが勢いよく開いて、ブラックがベソを掻きながらドタドタと部屋に入って来た。

「うあぁあ~~~やだよ~~~ツカサ君慰めてぇ~~~」
「えっ、ええ?!」
「なんだこのオッサン」

 ロサードへりくだるの忘れてんぞおい。
 しかしそんなツッコミも出来ないままに、俺は情けない顔で泣きべそを掻きながら帰って来たブラックに攫われて、一緒にベッドへダイブさせられてしまった。

「あうぅううう、ツカサ君の匂いツカサ君の柔らかさぁああ」
「シャツの中に顔いれるなああああ!! 帰って来たと思ったら何なんだお前は!」

 肉を噛むな揉むな入ってくんな!!
 ヤメロと言いながらも俺がブラックの腕力に敵うわけがなく、ベッドの上で暴れるしかない。そんな俺を見かねてか、クロウがブラックを引き摺り出してくれた。
 は、はあ、助かった。

「そんな事をしている暇が有ったら、何が有ったかを早く話せ」
「チッ……このクソ熊……」
「旦那ァ、喧嘩してる場合じゃないっしょ。何が旦那をそうさせたんスか」

 ツカサも困ってますよとロサードが言うと、ブラックは俺の方を見て眉をハの字にすると、また抱き着いて来て今度は頬ずりをしつこく繰り返してきた。
 ああもう何なんだお前は。

「何がもどうもないよ。興味のない奴と笑いながら世間話を一刻くらい延々やらされるって、拷問以外のナニモンでもないだろ。僕は早くツカサ君の所に戻りたかったのに、なんか知らん庭園とかをぐだぐだ連れ回されてさあ。最悪ったらないよ」
「お、お前な……」

 美少女に言い寄られてそんな事を言うのはお前だけだぞブラック……。
 いやまあ、好みじゃ無い人と一緒に居るって辛い事なのかもしれないけども。

「何か重要な話をしたのではないのか?」

 クロウの言葉に、俺もああそうだと思い直す。
 だよな、彼女はシアンさんの姉なんだし、相手も俺達がシアンさんとは密接な関係であると知っているはずだ。ならば、その事に関係する情報も出してきてもおかしくないはず。しかし、ブラックはそんな俺達の予想を裏切るように、心底嫌そうな顔をして首を振る。

「そんな気の利いた話するワケないだろ。こっちは興味ないって態度に出してるのに、延々と花の話をするわ自分のドレスの事とか聞いて来るわどうでもいいわ」
「お前なあ……花の事とか詳しかったんじゃなかったっけ?」

 俺と旅してる時とかは植物の話とか聞いてくれたじゃん。
 その感じで話せば、相手の好感度も上がったかもしれないのに。
 思わず眉根を寄せて言うが、ブラックは子供みたいに口を尖らせてぶうぶう不満を漏らす。いつも以上にストレスが溜まっているようだ。

「ツカサ君と話す時は楽しいからいいもん。あの女の話、中身が無いんだよ中身が」
「お姫様相手にそんな事言えるのは、大陸広しと言えども旦那だけですよ……」
「まあ、女性は感覚や目に鮮やかな物を大事にする生物ですからね。ふわっとした話が多いのは仕方がないかと」

 アドニスも生物学的な所から話すのやめて下さい。
 でも普段の話ってそう言うもんじゃないのかなあ。意味のある会話ばっかりする人とか、俺は想像出来ないぞ。楽しく話せれば何でも良いと思うんだけど、しかしこういう不満が出るって事は相当楽しくなかったんだろうな、お姫様との会話……。

 うーん……ブラックは冒険者だし、話が合わないのは仕方がないのかなあ。
 俺の野草の話と、お姫様の綺麗な花の話だとわりと違うだろうし。
 個人的には、楽しければ綺麗な花の話でも良いんだけどなぁ。俺的には。アレッ、俺ってば今凄くモテるような発言してる? ガイヤが俺に囁いてたりする?

「この話の流れで妄想して悦に入るのも凄いですねツカサ君」
「も、妄想してません!! とにかく、その……ブラック、他に何か話さなかったの? シアンさんに関係する事とか、今後の話とか……」

 俺を抱き、ちょっとヒゲが伸び始めたチクチクしてる頬を押し付けてくる相手に、必死で牽制しながら訊いてみる。
 すると、ブラックは不満げな顔をして頬を膨らませながら俺を見た。

「…………ツカサ君、嫉妬とかしてくれないの?」
「あのなあ、そんな場合じゃないだろ……」

 ……そりゃ……ちょっとは俺だって、心臓がぎゅってなったけど……そんなことを正直に言える訳がないし、話をするだけでキーキー怒ってたら、相手の事信じてないみたいで何かヤだし……。
 ネチネチ言って相手に嫌がられたら、それこそ意味ないじゃんか。

 男はどっしり構える物だって言うんだから、俺だって、せめて気にしてないぞって態度ぐらいは取りたいよ。そう思ったから「別に気にしてない」という態度を取ったんだけど、ブラックの野郎は更に拗ねたようにほおを膨らませて、俺に不満げな表情を見せつけて来る。どうでも良いけどオッサンがする顔じゃない。

「ツカサ君の意地悪ぅ……」
「な、なんだよ。意地悪な事なんて何もしてないだろ」
「それより旦那、お姫さんはどうだったんスか。何で旦那だけ呼ばれたんですか? 場合によっちゃあ相手から情報を引き出せるかもしれねえ。話して下さいよ」

 水麗候の為ですよ、とロサードが良いタイミングで話を放ると、ブラックは拗ねた顔をしつつもぶっきらぼうに話し始めた。

「何で呼ばれたって、僕の方が聞きたいよ。何か知らんけど、相手は僕の事知ってたみたいでさあ。会いたかったのなんだの言って来て、腕を組んで来るわ興味のない話をしてくるわで、僕も良く解らないまんま帰って来たんだから。次も会いたいとか言ってたけど、会う気しないなあ」
「………………」

 そんなに……。
 何話したんだろう。普通の事? 興味ないって言ってたけど、相手からしたら結構踏み込んだ話をしてたかも知れないよな。物凄いラブラブ光線が出てたのかも。
 腕も組んでたって言うし、会いたかったと言うなんてどう考えても熱烈歓迎だし。
 っていうかブラックの奴、腕組ませてたのかよ。
 そんなの、普通はしないのに。他の奴にはそんなこと、させないのに…………。

「次も会いたいと言うのなら、これはいよいよ面白い事になってきましたね」
「他人事で茶化すな」
「まあ落ち着いて。なんにせよ、相手は積極的に接触しようとしているのでしょう? だったら、うまくあしらって相手の真意を探ってはいかがです?」
「え……」

 アドニスのその声に、俺は思わず顔を上げる。
 ブラックと声が被ってしまったが、顔を見合わせる事が出来なくて、目が泳ぐ。
 そんな俺を見ながら、アドニスがにっこりと笑った。

「ツカサ君もよくやる事ではないですか。アレも成功率は高かったんですから、この際あなたも水麗候の為に一肌脱いでみては? ねえ、ツカサ君」
「っ……え……」

 それって、まさか……ブラックにエメロードさんを誘惑させろって事?

 ……そりゃ、確かに俺だってそう言う事はしてたけど、でも……。
 い、いや、そこで「でも」は不公平だ。ブラックだって最後には納得したじゃないか。解決しなきゃ駄目な事だからこそ、真っ当な大人らしく不満を飲み込んだんだ。

 なら、俺だって「なんかモヤモヤするからヤだ」なんて言う、ふわっとした感じの言葉だけで拒否する事なんて出来るはずもない。俺だってこの世界では成人なんだ。大人の振る舞いをしなければ。
 わがままなんて、言ってる場合じゃない。そんな余裕なんてないんだから。

「ツカサくぅん……」

 ブラックが不安そうに俺を見つめて来る。
 その菫色すみれいろの瞳を見て、また視線が逃げそうになってしまったけど……俺は、今こそ意地を通す時だと思い、精一杯元気に笑ってやって、ブラックの頬を手で優しく包んでやった。

「アンタなら出来るって。……だって、昔はブイブイ言わせてたんだろ? 今だってそんなに変わりゃしないんだから、大丈夫。出来るから」
「でもぉ……」
「ブラック、男らしくないぞ。ツカサもやったのだから、覚悟を決めろ」
「ぐぅう……」

 クロウにそう言われてしまうと言葉に詰まるらしく、ブラックは俺を抱いたまま項垂うなだれた。納得すべきだが、納得できない、とでも言わんばかりに
 不満が有るが、ブラックだって今の状況が千載一遇のチャンスだという事は解っているからか、嫌だとは言えないようだった。普段なら嫌なものは嫌と言う奴だけど、今回はシアンさんの命が掛かってるもんな……だから、仕方ないんだ。

「……ブラック、お願い」

 ちょっとしおらしく、ブラックの綺麗な目を見ながら言ってみる。
 我ながら懇願しているようにすら思えない、どこか情けない声だなとは思ったけど……何だか不満顔のブラックは、俺を見つめ返しながら渋々と言った様子で頷いたのだった。









 
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