異世界日帰り漫遊記

御結頂戴

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ラゴメラ村、愛しき証と尊き日々編

36.縁の下の力持ちも、大事な仲間です

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 あまりに突拍子もない言葉過ぎて、よく状況が解らない。
 とにかく詳しい話を聞かなければと思い、俺はロサードを椅子に座らせると、落ち着かせるために温かい麦茶をれて相手に渡した。

 最初はロサードも「こんな時に何を悠長に……」と焦っていたけど、温かい飲み物を飲んだ事で少し心に余裕が出来たのか、先程の自分の焦燥を恥じるかのように所在無げな顔をして、それからゆっくり俺とアドニスに話を聞かせてくれた。
 ロサードが慌てて持って来たその話とは、こうだ。

 ――以前、シアンさんが世界協定に無実の罪を着せられ、身動きが取れなくなっているという話を聞いたが、現在の状況はその時よりも遥かに悪くなっているらしい。

 というのも、シアンさんが裁定員として働いてきた実績に陰を落とす、彼女自身の事情による不信感が、世界協定の一部で問題視されているようで……そのため、元々シアンさんと仲が悪かった裁定員の何某なにがしかが「ウァンティアこうは神族の国でも問題を起こしていた」だの「災厄の象徴である黒曜の使者を不当に庇い囲っている」だのと吹聴して、シアンさんを失脚させようとしているのだと言う。

 ロサードが言うには、かつての事――恐らく、ブラックとシアンさんが他の数人とパーティーを組んで旅をしていた頃――のことも問題に上がっているらしく、実際のところその頃の色々なやらかしが尾を引いて、今更問題になっているんだとか。

 その“ブラックや他の仲間とパーティーを組んでいた頃”というのは、俺はまだ話をして貰ってないし、アイツも言いたくなさそうだったから聞いてなかったんだが……ヤンチャ時代の頃はやっぱりシアンさんにとっても黒歴史だったんだろうか……。

 うーん……俺は“アナン・レウコン・ダバーブという伝説級の地図製作者が仲間にいて、そこそこブラックと仲が良かったらしい”みたいな事と、ブラックが昔は冒険者の間でもSランク的な扱いのパーティーに居たって事しか知らないからなあ……黒歴史水戸黄門ショー……。

 だから、イマイチよく事情が呑み込めないんだが、これに関してはロサードも知らないらしく、そのような伝説的なパーティーがいる事は知っているけど、メンバーにブラックがいたかどうかは把握していなかった。だもんで、初対面の時もブラックの名を聞いても「あの伝説の……!」とはならなかったらしい。うーむ……ブラックはクールキャラみたいに一匹狼で行動してたのかな。

 所々首を傾げる部分は有ったが、しかしそれを今考えてもどうしようもない。
 ひとまず置いておくことにして、俺は話の続きをロサードに聞いた。

 とにかく、シアンさんが今回のプレイン共和国クーデターの容疑を掛けられている事と、過去のヤンチャを罪に問われている事は解った。
 それに、その事をネタにして失脚させようとしている悪い奴がいることもな。

 でも、それと俺達の召喚がどう言う関係が有るんだろうか。
 大体の見当は付くけど、話して貰わない事には身の振り方も決められない。
 と言う訳で、そこの所をロサードに聞くと。

「簡単に言うと、ツカサやブラックの旦那の“安全性”が問われてるわけよ。水麗候すいれいこうの言う事が本当に正しかったのかどうか、本当はツカサを使ってプレイン共和国を滅ぼそうとしたんじゃないかってな」
「えぇ……そんな、俺達を道具扱いするみたいな……」

 いやまあ道具っちゃあ道具なのかもしれないけど。
 でも、シアンさんがそんな事する訳無いじゃないか。あの人は、裏から手を回して美味いこと漁夫の利を得る暗躍系の方が上手いのに。
 しかし……シアンさんの言う事ってなんだろう。

「シアンさんは、俺達の事を他の裁定員に何て言ってたの?」
「俺も良くは分かんねーんだけど……『今回は違う、その証拠に彼の起こした問題は無い』なんて感じかなあ。今まではそれで抑え込めてたらしいんだけど、そこに今回のプレイン共和国崩壊の事件だろ? しかも、国内には水麗候が目を掛けているお前達が居て、崩壊のカギを握ってるってんだから……そりゃ、まあ、なあ……」
「う、うーん……疑問に思われても仕方ないかも……」

 そりゃ俺だって怖いと思うわ。
 でも仕方がないよな、安全な内は誰も文句を言わないし、安全じゃないなんて疑いもしないんだから。それで崩壊が起こってから騒ぎ出したって、理不尽だろうが仕方は無いと言える。

 誰だって、疑ってかかって真実を明らかにするためだけに労力は使えない。
 信頼できる人が「大丈夫」って言ったら信じる方が誰にとっても都合が良いんだ。だから、そこでは手放しに頷いてしまうことだってあるんだから。

 ……でも、今までずっと頑張って来た事が一度の事で崩れるなんて怖いな……。
 しかもそれを引き起こしたのが俺達だってのも、物凄く申し訳ない。

 あの時はああするしかなかったとはいえ、後悔が消えるワケじゃないし……むしろどんどん自分の愚かさと弱さが身にみて、返す返すも申し訳ないというか……。
 今更そんな事を言ったって仕方がないのは解ってるけど、シアンさんが責任を取らされるとなると、そうも言っていられなくなる。

 俺達が出頭すればシアンさんの容疑は晴れるのかな。
 でも、きっとそんな簡単な事じゃないんだよな、きっと……。

「やれやれ……実験を行う前にもう召喚とは、ずいぶん急いでますね。先方は」

 俺が言葉を失っている間に、アドニスが呆れたように言う。
 その言葉に、ロサードもまいったと言わんばかりに溜息を吐いた。

「それがなあ……今、世界協定にはとある御仁が来ててな。その御仁ってのが、どうにもこう……なんつうか……水麗候の罷免ひめんを強く望んでてなあ……」
「えらく恐れ知らずな相手ですね。あの水麗候に対して罷免を望むとは」
「うーん……ちょっとそこは俺もよんどころのない事情が有るんで言えないんだが、その御仁は異様に敵意剥き出しでな。しかも権力も有って、水麗候の過去の事の証拠がない訳でもないんで、結構俺達の側は劣勢っていうか……」
「それじゃあ、俺達が出て行っても変わらないんじゃ……」

 俺達がやれる事と言ったら「無害で~す」アピールだけだし、ブラックやクロウはともかく、俺は頭脳戦なんぞ出来ない赤点常習犯だぞ。何が出来るというんだ。
 召喚には応じざるを得ないだろうけど、でも今の状態で大丈夫かな……。

 そんな事を思って顔を歪めると、ロサードはテーブルの向こうから手を伸ばして、俺のほおをむにっと掴んで引っ張った。

「やる前からしょげた顔をすんじゃねえよ。すぐそこに商機があるのに見逃すのは、商人じゃなくても情けねえ事だぞ。戦う負けから負けてどーすんだよ」
「ロサード……」

 歯を見せて陽気に笑う相手に思わず声を漏らすと、ロサードはエメラルドの瞳で俺をじっと見つめて、明るく邪気のない表情を百戦錬磨の商人の不敵な笑みに変えた。

「多少の時間稼ぎは、俺がなんとかしてやる。その間に何ができるかは、お前達次第だ。……なーに、あちらさんも清廉潔白な輩って訳じゃねえからな! 俺が稼いでるその間に、きちんと下調べをして対策でも練ってくれや」

 自分だってリュビー財団の事で色々と忙しいだろうに、俺達の事まで親身になって考えてくれている。
 それがどうしようもなくありがたくて、思わず涙ぐんでしまいそうなくらいに心が温かくなって、俺は思わずロサードの手を握った。

「ありがとう、ロサード」

 恩義があるからなんて言葉だけじゃ済ませられないほどに、ロサードは協力してくれている。それも俺達を心配してくれているからだと思うと、なんだか感謝せずにはいられなかった。

 だけど、ロサードはそんな事をおくびにも出さず、俺の感謝の言葉に顔を赤くすると、俺から目を逸らし頬を掻いて照れるだけで。

「よ、よせやい。照れるだろうが。……お、俺だって、まあ……ツカサにゃ世話になってるしよ、それに……俺には止められなかったコイツも、止めてくれたからな。このぐらいじゃ、まだまだ恩は返せねえし……」
「素直に『ツカサ君に良い所を見せたい』と白状していいんですよロサード」
「バーッ!! んなわけあるかふざけんなよお前!」

 おお、ロサードの顔がかつてないほど真っ赤に。紅ショウガか。
 やだなあロサードったら、別にそんな理由でも良いのに。俺だって人には格好良く見られたいし、仲間にも一目置かれたい気持ちはあるもの。男なら当然なことだし、全然恥ずかしがることじゃないのに。
 あーでも人に悟られるのは確かに恥ずかしいわな。そりゃそうか。
 まったく、アドニスも意地悪だ。

「ロサード、大丈夫だから! お前今ちょー格好いいぜ、っていうか救世主だ!」

 だから、心配するな!
 と、サムズアップして、ロサードは格好いいと褒めて安心させたかったのだが。

「………………ありがとよ、ツカサ……」
「……媚薬、貸します? 利息トイチで」
「ふざけんなぶっ殺すぞお前」

 何故かロサードとアドニスが殺す殺さないの取っ組み合いを始めてしまった。
 ……何でだ……。



   ◆



 その日の夕方。俺は改めて、ブラックとクロウにシアンさんが危機に陥っているという話をした。まあ、俺がって言うか、ほとんどはアドニスが話したんだけどな。
 ……だって俺の説明じゃ分かりにくかったんだから仕方がないだろ。

 ゴホン……ま、まあ、それはともかく。
 夕食が終わった後の時間だったので、俺達四人には満腹による幸福感が訪れている時間帯だったのだが、その話のせいか雰囲気はかなり暗い物になってしまっていた。
 特に、ブラックは酷くショックを受けたようで、話を聞き終わらない内からもう「行こう」と即座に決めて、後から俺達に「良いよね?」と、聞いて来る始末だ。でも、それは仕方が無かった。

 だって、シアンさんはブラックを見守って来た、お母さんみたいな存在なんだ。元々の家からは受けられなかった愛情を、ブラックは彼女から注がれている。だからこそ、ブラックはシアンさんにだけは気を許していたし、甘えてる所もあったんだ。
 そんな相手が斬首刑になるかもなんて知ったら、誰だってそんな風になるよ。
 自分達が助けられるんじゃないかって思えば尚更。

 だから、俺もクロウもアドニスも、反対なんてしなかった。
 ……だって、俺達全員がシアンさんの事を仲間だって思ってるからな。

 俺も、計り知れない優しさをシアンさんから貰った。自分一人じゃ解決できなかった苦しさを、婆ちゃんのように取り除いてくれたんだ。
 そんな人をむざむざ死なせるなんて、出来るはずが無い。
 絶対に阻止しなければいけないと、その場の誰もが強く思っていた。

 でも、そうは言うけど……ブラックは、初めての事に動揺しているのか、寝る段になっても妙にソワソワしていて、落ち着きが無かった。
 一緒にベッドに入ったら、すぐに「ツカサくぅ~ん」なんて調子のいい声を出して抱き着いてくるってのに、今日はそうじゃなくて……なんだか必死な様子で、俺の体を引き寄せて来て。
 その腕が小さく震えているのを感じ取ってしまい、俺は胸が痛くなった。

「…………ブラック」

 そうだよな。怖いよな。
 自分の大事な人が殺されるかもしれないなんて、誰だって怖いよ。
 俺だって、アンタが死ぬと思った時……本当に心臓が止まるくらい怖かったんだ。そんな事はもう二度と体験したくない。ブラックだってそうだっただろう。

 何度失っても、大事なものを失う事を考えるのは怖い。誰だってそうだ。
 大事であればあるほど不安になって、心が落ち着かなくて混乱して、どうしようもなくなる。俺だってずっとそうだ。アンタと同じ。ずっと、怯えてるんだよ。

「…………」

 自分を抱き締める腕の中でもぞもぞと動いて、ブラックの方へと顔を向ける。
 暗闇じゃ何が何だか判らないけど、でも、彫りが深くて男らしい顔が目の前にあるのだけは何となく分かって、俺はその表情を確かめるように優しく顔を撫でた。

「つかさくん……」

 情けない声が、泣きそうな調子で震えている。

 ……ほんとにもう、すぐに態度に出るんだから。

 俺だって人の事は言えないかも知れないけど、でも、良い歳した大人なのに、俺の前でだけは子供みたいに素直すぎる態度になるブラックは、ちょっとずるいと思う。
 だって、そんな風に素直にされたら……怒りようがないじゃないか。
 怒ったら、もう俺の前では素直になってくれないかも知れないんだから。

「……一緒に、考えよう。俺、あんまり頭良くないけど……頑張るからさ。一緒に、シアンさんを絶対に助けられる方法を探すんだ。俺達になら、きっと出来るよ」

 なんてったって、俺達は黒曜の使者と紫月しげつのグリモアだからな。
 人を救うのに分不相応と言う訳じゃないはずだ。むしろ、俺達では力が有り過ぎるかもしれない。なんたって、俺達の仲間は凄い奴らばかりなんだから。

 ラスターだって「力は使い方次第で、善にも悪にもなる」って言ってたんだし……そのくらいは、自惚うぬぼれたってかまわないはずだよな。……だって……――――

「ブラックの力は、俺が一番知ってる。俺を何度も俺を助けてくれた……凄い力だ。だから……大丈夫。俺を救えるんだから、きっとシアンさんだって救えるよ」

 俺は、ブラックの力がそういう物だってそう信じてるから。

 暗がりに沈む相手の顔をまっすぐに見つめて、そう言うと。

「ツカサ君……好き……好きだよ、大好き……」

 後頭部を大きな手が優しく覆って、吐息と影が近付いて来る。
 微かに震える唇が、その恐れを消すように強く俺の口に被さって来て、何度も何度も角度を変えて接触して来る。伸びた無精髭のチクチクした感触と、あつい吐息と、カサついた弾力のある唇に翻弄されて息が荒くなるけど、離せとは言えなかった。

 ただ、ブラックの成すがままを受け入れて、相手の服の胸元を掴む。
 そこに相手がいて、今も怖がっている事を感じながら、キスの合間に告げた。

「俺も……あんたのこと……好き、だよ……」

 やっと、痞えずに言えるようになってきた言葉。
 いつもなら言うたびに胸がぎゅうっとして、ブラックの顔なんてマトモに見れなくなるけど、でも……この暗闇の中でなら。
 不安に怯えている相手になら、勇気を持って言える。

 ――そんな俺に、ブラックは一瞬息を大きく吸い込んだかと思うと、また俺を強く抱いた。俺の体がきしむんじゃないかと思う程に、強く。

 言葉は無い。だけど、ブラックはその体勢のまま動く事は無く、眠りにつくまでずっと俺の事を抱き締め続けた。
 まるで、子供が安堵あんどするために母親に抱き着くかのように。











※次はツカサの視点とブラック視点が混合です
 
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