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ラゴメラ村、愛しき証と尊き日々編
35.導火線
しおりを挟む「おや。ツカサさん、随分とその……お疲れのようですね」
朝霧が薄れる前に家へと帰ってきた俺は、部屋に入ろうかとしている所に、爽やかイケオジ紳士のラリーさんに声をかけられた。
それほどだっただろうかと思わず立ち止まってしまったが、自分の耳にイヤリングが嵌ってる事を思い出して、思わず耳を抑えてしまう。そんな俺にラリーさんは苦笑しながら、こっちに来てくれと手招きをした。
この状態じゃ恥ずかしいんだけど……し、仕方ないか……。
髪で片方だけのイヤリングが隠れないかとモゾモゾしながら門に近付くと、相手は兜を外し、いつものように穏やかに笑った。
「この前から新しい方が入って来て大変そうですね」
「あ、いえ……一人増えるも二人増えるも一緒ですから」
確かに洗濯は大変なんだが、まあ俺体力有るし。食事は量が増えただけだしな。
そう思って素直に応えると、ラリーさんは何故か苦笑した。なんでだ。
「ツカサさんは、本当に“淑花のコルネリア”のようだ。弱音を吐かず、常に前を見て堂々としている。……まったく、尊敬の念に堪えません」
「んん? ば、ばいかの?」
「ああ、いえ、気にしないで。それよりも……あまり根を詰めるのはいけませんよ。貴方は毎日、その小さな手で色々な事を頑張っている。だが、一度……休む事も大事なことです。なにもかもを忘れて、休むべきだ。……一日くらいは、ね」
「ラリーさん……」
穏やかな笑みで俺を見つめるラリーさんに、俺は何とも言えなくなる。
そんなに疲れた顔をしていたのかと思うと何だか気になってしまって、思わず自分の顔を触った俺に、ラリーさんは心配そうな顔をすると肩に手を乗せて来た。
「……予想外の事は、いつだって突然にやってきます。それは……避けようがない。ですが、そんな時は深呼吸をして、美味しいお茶を飲む事です。決して激情に流されず、貴方の心が本当は何を欲しているのかを、どうすべきなのかを考える為にも」
「は、はい……」
なんだか、偉いお坊さんの説教を聞いている気がして来た。
よく解らないけれど、自分を見透かしたような……でも、なんだか不思議と素直に聞いてしまうような、言葉。だけど、冷静になるのは大事な事だよな。
怒って勢い任せに言葉を吐きだして失敗した事なんて、沢山あるし……。
だから、俺はラリーさんの言葉を素直に受け取って頭を下げた。
……なんだか、イヤリングの事も気にならなくなっちゃったな……。
意外とどうこう言われないモンみたいだし、まあいいか。
俺は改めてラリーさんにお礼を言うと、朝食を作るために家に戻った。
――――それからは、大体毎日同じような感じの生活が続いた。
四人の朝食を作ってブラックとクロウを門の所まで送り出すと、その後は、もう少しでちゃんと吹けそうな笛の練習をしたり、ペコリア達と遊んだり、アドニスに術を習ったり……。
とにかく、とんでもない約束をしたワリには平和そのものだった。
……もうコックリングにもちょっと慣れちゃったしなもう!!
まあ伸縮自在だし拘束具としてはまってる訳じゃないから、苦しさもないしね!
……ご、ごほん。まあ、それはそれとして……。
あ、そうそう。術を習ってるって言ったけど、俺はアドニスから、木の曜術の中級術……植物の曜気を吸い取って枯らす【ウィザー】という術を習っているんだ。
前々から練習したいと思ってた術なんだけど、なまじ“枯らす術”なんで怖くて練習できなかったんだよな。だけど、木の曜術をマスターしているアドニスが隣についていてくれるなら別だ。もし俺が失敗しても、周囲の植物を守ってくれるもんな。
それに曜気の計測にも良いって事で、アドニスは快く教えてくれていた。
最初は「アダルトグッズの実験体になってくださいね」なんて言っていたアドニスだったが、俺が曜術を学びたいと言って来たのが嬉しかったのか、今のところ変な事はしてこない。修行に集中してるのかめっちゃ健全だ。
こう言う所が意外と真面目なんだよな、アドニスって奴は。
……まあ、俺が術を失敗すると「本当に君は不器用ですねえ」とか「その不器用さ、人を煽るくらいに素晴らしいですねえ」とか、言葉の槍でブスブスと俺を刺してニヤついてるけど。ドSめ。
まあ、スケベな事されるよりは万倍マシなのでいいけどさ。良いけどさ!
とにかく……そんな事をしながらも、別の事もしっかりやってるぞ。空いた時間には“虹の水滴”の糸玉に五属性全ての曜気と大地の気を注ぐ作業を行ってたりな。
そう、俺はプレゼント作りを再開したのである。
やっと作る物の目星もついたので、今は糸に属性付加の最中と言う訳だ。
幸いたくさん貰って来たので、それぞれの糸玉にたっぷり曜気を注入していく。
これもアドニスに「やってもいい?」と問うたら、通常時に曜気を放出したらどのくらいで枯渇するのかを見るには最適と言われ、むしろやれと推奨されてしまった。
うむ……考えて見りゃそうだよな……。
術などを発動せず、グリモア以外に曜気を与える場合の俺の状態を見るなら、この糸玉を相手にするのが最適だ。ただ単に放出するよりよっぽど良い。
それにまあ……俺としても、作業が進むから別にいいんだけど……。
色々スッキリして、ようやく俺も何に糸を縫いこもうか決めたからな。
で、何に下かって言うと、結局糸玉の長さや兼ね合いから、俺はちょっと大きめのバンダナを作る事にした。これならいざって時に傷口も覆えるだろうし、水を入れる袋にもなるだろう。冒険の時にはぴったりだよな!
色気のないプレゼントになってしまったが、相手が重宝してくれるような物を渡したかったしな……まあ、冒険者に渡すプレゼントが宝飾品ってのはなんか変だし……俺がブラックにイヤリングとか指輪とか渡しても、サマになんないし……。
……ブラックが、ゴツいピアスとかドックタグのネックレスをするのは、格好いいとは思うけど……。
…………な、ナシナシ。今のナシ。
とにかく、アレだ。喜ばれるものをプレゼントしたかったし、足のニオイの消臭剤とかを一番に渡すってのは避けたかったからな、うん! いわば前哨戦みたいなもんだからこれは!
アドニスも「しばらくは通常の曜気の計測をしますので、性行為はナシで」とか言ってたので、心穏やかに過ごそうじゃないか。うむ。
――と言う訳で、俺は二日ほどそんな風なスケベなこともない生活を続けていた。
相変わらずブラックは帰って来るなり俺に抱き着いて来たり、寝る時も絶対添い寝だったけど、でも最近は細かい事は気にならなくなっていた。
アナベルさんの良い香りがしても、ブラックの帰りがちょっと遅れても、平気だ。
今となっては何にショックを受けていたんだと思うくらいの調子だった。
まあ、アレは俺の独りよがりな暴走だった訳だから、冷静に考えれば最初から何も心配はいらなかったんだろうけど……あの時は仕方ないよな。
家にずっと一人で、二人が何をしているか判らない状態で不安だったんだし。
ほら、俺ってば思春期だから! 心が揺れ動くお年頃って奴だからさ!
時々はこうなっても仕方ないわな! 思い出すと恥ずかしいからもうやめよう!
とにかく、何も憂いは無いんだから別にいいよな!
ってなわけで、俺達四人は小競り合いをしながらも波風らしい波風は立てず、俺もそれなりに充実した日々を送っていたのだが。
「……おや? 誰か来たようですね」
今日も朝から蜂龍さんの所に行って、朝食を用意して、昼からはアドニスと一緒に【ウィザー】を習得するための修行を続けていたのだが……そんな時に、アドニスが何かに気付いたかのように不意に呟いた。
誰かが来たって、誰だろう。
不思議に思ってアドニスを見ると、相手は俺に座ったままで居ろとジェスチャーを見せて、席を立ってドアを開けた。そして、数秒じっと待っていると――――
「おいおいおいおい! 用意がいいなお前!」
大声で焦りながら近付いて来る何者かに思わずビクッと震えると、いきなり何かが飛び込んできた。アドニスを避けて、家に転がり込んで来たのは……――
なんと、ロサードだった。
「ろっ、ロサード!?」
数日後には来るとは言ってたけど……それにしては荷物がないな。しかも焦って入って来るなんて只事じゃないぞ。どうしたんだろう。
何だか嫌な予感を覚えながらも、俺はロサードに駆け寄って彼を起こした。
「おっ、おう、すまねえ……ちょっと、水くれるか……」
「ツカサ君、何も出さないで良いですよ。このうるさい男は、喉が枯れてるぐらいがちょうどいいので」
「お前俺を殺す気か!!」
「お、落ち着いて」
アドニスの言う事は気にしないで、とりあえずロサードに水を差しだすと、相手は喉を動かしながらゴクゴクと一気に飲み干してしまった。
そんなに喉が渇くほど焦ってココに来たって事は……どういうことなんだろうか。
「あの、ロサード……そんなに急いでどうしたんだ?」
とりあえず、このままじゃ落ち着けないだろうから座って話そうと着席を促すが、相手は素早く何度も首を振って立ち上がった。
その表情は、真剣そのものだ。
流石にアドニスも相手の態度がおかしいと気付いたのか、訝しげに眼を細めた。
「何か、あったんですか?」
静かな問いに、ロサードは頷いた。
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