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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編
19.小さなことの積み重ね
しおりを挟む新たな曜術を習得する。
そうと決まったらうかうかしてはいられない。
俺はひとまず寝て英気を養う事にして、これからどうするのかを考えながら眠りについた。希望が見えて来ると何となく元気になってくるのだから、人間って言うのはホント不思議な生き物だ。ま、俺としてはありがたいんだけどね!
そんなこんなでぐっすり眠って、翌日。
少し寝惚けつつ目覚めた俺は、レッドに起こされてバツの悪い思いをしたものの、身支度をしっかりと整えてレッドの部屋に輸送された。
……うん、今日もまたお姫様抱っこだったので……まあ、それはどうでもいい。
やることが決まった俺は、今日もしおらしい態度を続けながらレッドの私室を探る気マンマンになっていた。
表面上は言葉少なでレッドに依存している感じを醸し出すが、頭の中は至って冷静。周囲を観察して少しでも脱出の為のヒントを探るのだ。ふふふ、俺ってばスパイな行動にもハクが付いて来たな。
良い案を思いついた途端に調子に乗り出すのは自分でも少々恥ずかしいが、しかし逆に言うと、テンションを上げて行かないと乗り越えられない事態なのだ。ちょっとくらいは自惚れさせてくれ。
……閑話休題。
今日も今日とてレッドの隙を窺おうと思いつつ、だぼだぼのレッドの服に着替えて準備万端で望もうと思っていたのだが……今日は、何だかレッドの様子が違った。
妙にそわそわしていて落ち着きが無く、俺と話していてもチラチラと扉の方を気にしていたのだ。
何かを待っているような感じもしたが、それにしては妙にソワソワし過ぎじゃないだろうか。どういう事かなと不思議に思っていると、レッドはぎこちなく俺に微笑みつつ、はぐらかすような会話ばかりしてきて。
明らかに何かを隠しているが……一体なんなのか。
しかし“レッドに依存している状態”みたいな演技をしている俺には、そこを冷静に問う事が出来ない。結局どうしようもなくて、ただ与えられたお茶を飲んでいると――――トントンと、ドアをノックする音が聞こえてきた。
何だろうかと思ってドアを見た俺に、レッドは慌てて立ち上がった。
「あっ、つ、ツカサはここに居てくれ。いいか、動くんじゃないぞ」
肩を掴まれて強引に椅子に押し付けられ、俺は何が何だか分からず頷く。
レッドは俺の素直な態度に安堵したように溜息を吐くと、早足でドアに近付き何かを警戒するように、ほんの少しだけドアを開けた。……何かごにょごにょ話しているが、よくわからんな。
でも気にしてじっと見ている訳にもいかないし……。
「むう……歯がゆい……」
俺が“聞き耳”とかの便利なスキルを持ってれば良かったんだけど、生憎とこの世界はスキル取得制じゃないからなあ。
せめて読唇術でも使えたら違ったかもしれないんだけど、と思っていると、レッドが話を終えたのか戻ってきた。
「レッド、どうしたんだ?」
椅子に座ったまま相手を見上げると、レッドは先ほどの落ち着きのなさなど忘れてしまったかのように自信満々で微笑むと、俺の頭を撫でた。
おい、なんだ。撫でるのやめろ。俺は撫でられたぐらいで絆されねえからな。
「いや、その……なんだ。ツカサの為に、ちょっとな……ああ、そうだツカサ。ちょっとだけ付き合ってくれないか?」
「え? な、なに……?」
付き合ってって、どこかに行くのかな。
何をするんだろうと思っていると、レッドは俺の肩を掴んで立たせると、俺の事をじいっと見下ろしてきた。
「……?」
青い目がなんだか真剣な光を帯びているみたいで、思わず見返してしまう。
なんだろうかと考えていると、レッドは俺の頬に手を触れて来た。
……やんわりと包み込んで、そのまま動かない。
どういう事なのかよく解らないが、レッドを騙し続ける為にはここで拒否をしてはいけない。仕方なく黙って目を瞬かせていると、レッドは少し悲しそうな顔をした。
なんだ。今のじゃ何か不満だったんだろうか。
思わず眉を顰めてしまうと、レッドは慌てたように「気にするな」と言って、少し躊躇うようにぱくぱくと口を動かして……今度はおかしなことを言い出した。
「ツカサ……反応してくれ……」
は、反応……?
あ……もしかして、ほっぺたに触れてる事に反応して欲しいんだろうか。
でも、どんな反応をしたら良いんだろうか。レッドの顔からすると笑い飛ばすのはちょっと違うだろうし、かといって怒ったり嫌がるのは論外だし……。
どうすれば良いんだろうかと思っていると、何故かレッドは急に嬉しそうな顔になって、俺を見返してきた。
んんん? 何がレッドを喜ばせたんだ?
でも、レッドが喜んでるなら良いって事なのかな。
よくわかんないけど、まあ、喜んでくれるなら……レッドがよろこんでくれるなら、俺も嬉しい、かも、しんない……し……。
……うれしい。うれしいのかな? うれしい……?
なにが嬉しいんだ……?
「ああ、ツカサ……」
レッドの手が、俺の頬をゆっくりと指で擦って、ゆっくりと下へ降りてくる。
そうして、俺の首筋を撫でながら、手が胸の真ん中に降りて来て――
「っ、ぁ……」
なんだか、よく解らない声が出る。
うれしいのに嬉しく無くて、はずかしくないはずが恥ずかしい、いや、変。変だ、俺、何が嬉しいんだ。こんな声を出すなんて、恥ずかしいはずだ。なのに、何で恥ずかしくないなんて。あれ、なにこれ。どうなって……?
「ツカサ……やはりお前は、俺を受け入れてくれているんだな……!」
段々と熱くなってくる頬に感極まったかのように、レッドが俺を抱き締める。
その性急な行動に思わず背筋に鳥肌が立った。
はず、なのに。
なのに、俺の心臓は異様にドキドキと脈打っていて、体が熱くなってきて。
急激な変化に意味が解らなくて混乱する俺に、レッドはまた妙な事を言い始めた。
「それなら……尚更、お前の事を手放す訳にはいかない……。ツカサ、お前は俺が必ず守ってやる。だから……もう、怖がらなくていいんだぞ。ギアルギンとの事も俺がなんとかしてやるからな……」
「……? う、うん……」
よく解らないけど……レッドの俺への気持ちが高まったって事なんだろうか。
まあ、レッドも黙ってればイケメンだし、敵意はないし……。だから、抱き付かれたら誰だってドキドキくらいはするよな。うん、俺は何もおかしくない。
おかしくない……はず……なんだけど……。
強烈な違和感を感じるのは、何故なんだろう。
◆
レッドとの事がよく解らない内に昼食になり夕食を済ませ、俺は再び自分の部屋へと戻されてしまった。
でもまあ、レッドも「また明日」って言ってたし、俺が猫被ってるって事はバレてないんだよな……? じゃあ、とりあえずは安心だけど……色々と解せない。
レッドの変な態度もそうだけど、あの時ドアの向こうで誰と話していたのかも気になるし、それになんでレッドが急に俺の胸に触れて来たのか解らない。
何だアレ、急所の確認か。殺す気だったのか俺を。
「うーん……考えても仕方ないか……」
まったく意味が解らなかったが、しかし済んだ事を色々言っても仕方ない。
レッドが何も言わないんだから確認しようがない訳だし。
なので、とりあえず今はラトテップさんが呼びに来るまで曜術の練習をしよう。
部屋の照明を落として扉番の兵士達に気付かれないようにすると、俺は扉の方から見えないようにベッドの影に座り込んで、【ライト】を発動させた。そうして、例の破った紙を取り出す。
「いやー、本当便利な術を思い出して良かったよ」
俺がブラックと作った【ライト】は一時間程度なら普通に光り続けるし、重ね掛けも有効みたいなのでわりと使い勝手が良い。
とは言え、明るいけど光の範囲は小さな卓上ライト程度なので、通常の照明として使う事は出来そうにないんだけどね。
そう言うのはやっぱり普通の炎の曜術の【フレイム】の方が向いているみたいだ。
新たに作り出された曜術……とは言っても、やっぱし一長一短はあるんだよな。
まあ、光る範囲をできるだけ抑えて、なおかつ強い光量を得たい今の俺にとっては、この曜術はとてもありがたいんだけども。発火の心配も無いしね。
「えー……と、旋風を起こす【ゲイル】のやり方は……と」
俺の持って来たページには、次のように書いてあった。
【ゲイル】
気の付加術における“風を操る”技法の一種。
小さな竜巻とも言える旋風を引き起こす術で、中級曜術相当の威力がある術。
殺傷力は期待できないが、初級の【ブリーズ】では風量が足りない場合に使える。
風を出力し操る修練の際に生み出された術で、使い道はあまりない。
発動方法は【ブリーズ】を重ねるような想像を加え、竜巻の姿を形作ること。
ただし、しっかりと竜巻を想像出来なければ渦を巻く事が出来ないので、この術で段階を踏みたい場合は、必ず竜巻の姿を確認しておく事。
「……竜巻の姿を確認って……竜巻って想像できない物なんだろうか?」
一応、項目の下に竜巻のイラストが描いてあるが、これでは駄目なのかな。
そう思って、俺はふと自分の世界との差異に気付いた。
「あ、そっか……この世界じゃ竜巻の映像なんてホイホイみれないんだっけ」
しかも、そのメカニズムを開設する本もないし、なんなら簡単にカラーの図で解説してくれる教科書すらない。下手をすると、竜巻という存在自体を知らずに暮らしている地域すらあるかも知れないんだ。
だったら、竜巻をしっかり想像する事……なんて言葉も出ちゃうよな。
「そっか……この世界じゃ、物を知る事すら難しいんだよな……」
そう考えると、俺ってやっぱり恵まれてたんだなあ。
改めて自分が生まれた世界の優しさに感謝しつつ、俺はさっそく【ゲイル】を発動させてみる事にした。
……とは言っても、難しい事は無いはずだ。
【ブリーズ】を何重にも発動させて、重ねて小さな竜巻にするイメージ。
それを、言葉で縛って明確な形にする。……ってぇと……。
「えーっと、例文とかないのかな?」
探してみるが、それらしい言葉は無い。
うーん……曜術を発動させる時の呪文って、曜術自体の名前の部分以外は人によって違うらしいから、例文を書けなかったのかな?
千差万別って事は、その人にとって相性のいい言葉があるって事なんだろうし。
要は、自分がイメージを固めやすい言葉で呪文を唱えろって感じか。
「じゃあ、改めて……」
ゴホンと咳をして気分を整えると、俺は目の前に小さく両手を出し、その手が覆う範囲で旋風が出るようにイメージを固める。
小さな旋風……そう、コップくらいの、小さな旋風だ。
まずは、直接術の名前だけで行ってみるか。
「――――【ゲイル】……」
大地の気を手が覆う範囲で放出させ、竜巻を作るイメージで発動する。
が……風量が弱くて、風が纏まり切らない内に消えてしまった。
……うーん、やっぱりイメージ不足か……。
「直接旋風を想像するよりも、ブリーズの重ね掛けって部分を強く考えた方が良いのかな……? 風の層を重ねるイメージで、その重ね掛けのブリーズを固定する呪文を考えて……ううむ、い、意外と難しいなコレ……」
そもそも俺、そよ風の【ブリーズ】も常用はしてなかったしなあ……。
「……初級魔法を何度も試して感じを掴んでから挑戦した方が良いかも」
イメージで発動するって言っても、やっぱり発動した時の感覚は大事だ。
それを覚えているのと居ないのとでは、だいぶ違ってくる。
自分に害が無くても、炎なら熱いと思うし水ならそれなりに冷たいと感じるのだ。だから、風を操る術だって……その感覚が必要なはず。
「よし、今日はとことん【ブリーズ】やってみっか」
ブリーズを発動する時の感覚を呪文で思い出すように出来れば、なんとか多層の風っていうイメージが固めやすくなるかもしれない。
こう言う事は、千里の道も一歩からだ。
ブラック達のためにも、早く俺が使いたい曜術を“創れる”ようにならないとな!
→
※次ちょっと別視点
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