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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編
18.新たな術
しおりを挟む「お……お恥ずかしい所をお見せしてすみません……」
換気ダクトを四つん這いで歩きながら、目の前のラトテップさんに震える声で再度謝る。顔は熱いまま元に戻らないし足は震えるしで本当にもう情けない。
あ、あんな、恥ずかしい所を見られてしまうなんて……というか、何かもう本当にあの場で外を警戒して貰ってすみません本当にごめんなさい。
しかしラトテップさんはアハハと笑いながら、俺に優しい言葉を賭けてくれる。
「いやあ……まあ、なんというか……君のような可愛い人が恋人なら、ブラックさん達みたいになっても仕方ないかと……。まあ、あの、私何も聴いてないので、気にしないで下さい。忘れましょう」
「う、ううう……はぃい……」
本当にもう返す言葉も無い。
あんなに人のいる場所では恥ずかしい事しないようにしようって思ったのに、何でブラック達にお願いされちゃうと駄目になっちゃうんだろう俺……。
でも、牢屋で大人しく待っているブラックやクロウの事を考えると……なんていうか、今回は例外っていうか……とにかく、その……ああもうっ、忘れよう!
せっかくラトテップさんが無かった事にしようとしてくれてるんだから!
…………しかし……今回の事で色々と解った事があるな。
そのほとんどはラトテップさんが頑張って調べてくれた事だけど。
“黒曜の使者”を組み込んで使用する為の【機械】が、組み立てられてすらいない事や、設計図がまだギアルギンの手の中に有るかも知れないんだよな。
そして、マグナを何としてでも引き入れたい理由が、恐らく【機械】を組み立てる際に「マグナでなければ出来ない事」があるのではって話だった。
今までのギアルギンの行動から考えて、これは非常に信憑性がある。
アイツの俺への行動の矛盾は、そうでもなければ説明できないんだからな。
これで、ブラック達をそれなりの待遇で牢屋に捕えている理由も納得できる。幾ら俺がレッドに「二人を殺すな」って言っても、ギアルギンの事だから、俺の心を壊すためなら真っ先に二人を殺してただろうしな……。
「…………」
……そ、そこは、考えないようにしよう。
とにかく、ギアルギンの俺への仕打ちは生かさず殺さずの時間稼ぎだったって事だ。あんちくしょうめ。
で、そのアンチクショウのギアルギンの正体についてだが、これも少しだけ糸口が見えて来たような感じになったな。
――ギアルギンは、世界協定に何らかの繋がりを持つ者かも知れない。
相手の口から「異世界」という単語が出てこない以上、それが確かな事かはまだ分からないけど……なんとかして、その辺りの事を聞き出さないとな。
レッド達が「俺はヒノワから来た」って教え込まれてる以上、ギアルギンから直接情報を得るしかないのが難しい所だが。
うーん、なんかもう、色々とややこしくなってきたな。
ブラック達の事でも精一杯なのに、これでシディさん……。
あれ。そう言えば……シディさんは何処にいるんだろう。
彼女はこの国の重鎮だし、俺に対しての人質にはならないだろうから、別の場所である程度の待遇はされてるだろうとは思ってたけど……そう言えば全然情報を聞かないな。ラトテップさんなら知ってるかな。
「あの、ラトテップさん。今更な話なんですけど……シディさんはどこに?」
「そう言えばまだ話してませんでしたね。安心して下さい、シディ様は【プロピレア神殿】に軟禁されています。この工場に関係する【十二議会】の連中にとっては目の上のたんこぶですが、彼女は人族のみならず獣人族にも信奉者がいて、そのうえこの首都のどの階層であっても必ず支持者が存在するお方です。ですので、滅多なことが無い限りはご無事ですよ」
「マジっすか……」
シディさんが色情教の信徒たちのみならず、色んな人から慕われているって事は解ってたけど、そんなに凄い人だとはちょっと考えつかなかった。
でも、あのマグナが師匠と慕う人物なんだから、まあそうなるわな。
「じゃあ、何かされたりって事は無いんですね」
「大丈夫ですよ。シディさまもタダの氏族のお姫様ではありません。もし彼女が殺されるような事が有れば、即座に色情教の信徒がその情報をばらまき、彼女に指導して貰っていた大多数の金の曜術師が国に反旗を翻すでしょう」
「ひえぇ……」
何だか凄い事になりそうだ。
確かにそれほどの大惨事が予想されるなら、殺す事なんて出来ないわな。
愚昧な王様や野心家ってだけならシディさんに危害を加えたかもしれないが、残念ながら相手は悪知恵が働く。ギアルギンだって、国をいたずらに混乱させるような事はしないだろう。収集付かなくなっちゃうもんな。
じゃあ、シディさんは今のところは安心か。良かった……。
安心したところでラトテップさんと別れ、俺はいつもの監禁部屋へと戻った。
部屋自体は暗くしているが、実はクローゼットの中に小さな明かりを置いているから、降りるときには心配ないもんね。へへへ。
ラトテップさんに手を振って別れると、俺は明かりを消して暗闇に目を慣らし、ゆっくりとクローゼットを開けた。
…………よし、今日も誰にもバレてない。
というか、あれだな。レッドが「俺の睡眠を邪魔するなよ」と強めに言ってくれたからってのも有るんだろうな。
まあ、上司みたいな人に命令されたら扉番の人達はそうするしかないし。
こんな事言うのはどうかと思うが、レッドが騙されて暮れてて良かった……。
コソコソとベッドまで移動して上がり込み、掛布団を被る。
そこで、俺は長らく使ってなかったあの術をちょっと使ってみた。
「…………【ライト】」
掌の上に、光が浮かぶようなイメージ。脳内で強くそれを想像しながら唱えると、俺の手の上にはゴルフボール程度の輝く白球が現れた。
そう、白球。だがこれはただの明かりではない。
これは、ブラックと二人で作り上げた術……リオート・リングをくれた妖精王・ジェドマロズの伝説が残る街――ラフターシュカで披露した、熱くない白い炎だ。
あの時は名前を決めてなかったけど、俺はその後に【ウォーム】という術を編み出して名付ける事に成功したので、これも名付けておこうかと思ったのだ。
とは言え、この【ライト】を思い出したのは、つい数時間前の事なんだけどね。
……う、うん、まあ……その……それも、クロウのお蔭というか……。
「……モグラみたいに土を掘って出て来たクロウを見て、ヘッドライトが欲しいなと思ったから思い出した……なんて、ブラックには言えないよな……」
なんせ、この曜術を思いついたのは格好いい演出のためだ。
それがヘッドライト代わりになりそうって事で思い出されたなんて、ブラック的には多分良い気分はしないだろう。ま、まあそれはいい。
とにかく、今は自分で使える曜術を確認するのが大事だ。
自分で作った曜術以外に使えるのって、何かあったかなあ。
「えーと……俺が今使えるのは、水の曜術三種と炎の曜術の小さな【フレイム】……それに木の曜術の【グロウ】、【レイン】……気の付加術は基本の【ブリーズ】と【フロート】、それに【ラピッド】で、あとは複合曜術の【メッサー・ブラット】もあったっけ……」
案外少ないな……。
まあ、そもそも戦闘の回数が少ないし、前衛はブラックとクロウだからなあ。
俺は後衛だしぶっちゃけ攻撃魔法っぽいのも少ないっていうか。
でもやっぱ鑑定とかの“査術”が使えるようになりたいよなあ……それがあったらどんなに楽か。でも、この世界の鑑定とかは知識が無いと習得できないので、今の俺には絶対に無理なんだよな。
となると、やっぱり手持ちの曜術でどうにか助かる方法を考えるしかない。
「とはいえ……レッドの部屋から持って来た【ウィント】と【ゲイル】も、ちゃんと使えたらの話なんだよなあ……」
リオート・リングから破れた紙を取り出してじっくりと眺める。
一応イメージしやすい詳細な説明や発動させる方法が書いてあるので、俺一人でも何とか単独で勉強できそうだが……。
「よくよく考えたら、使いどころ難しいな……。幻眠香をこの術でより拡散させるにしても、今の状態だと全然使わないワケだし……うーむ……」
ちゃんと練習はするつもりだが、ギアルギンに「いい加減に組み込ませろ」とキレられる前に修得できるかも問題だ。
まあ、ぶっちゃけ【ブリーズ】を強化出来れば何とかなりそうだけども。
「……はぁ……囚われのお姫様ってのは楽だよなあ、本当……。こんな事考えずに、勇者様が来るのを待ってればいいんだし……」
お伽話ならそれで良いけど、現実はそうも行かない。
シディさんは色々と予防線を張るハメになってるし、俺も脱出の為に胃が痛くなる綱渡りをやってて大変なんだもんなあ。
ああもう、女扱いは嫌だけど、俺だって囚われるんなら気楽な方がええわい。
あっ、でも今日読んだあの官能小説みたいなのは嫌だぞ。
「…………しかし、あの話マジで序盤は結構面白かったんだよな……」
件の小説は、エロシーンに突入する前は普通に面白いラノベみたいな感じだった。
なんでも、氷に閉ざされた国に住むお姫様が勇者と出会った事で初恋をして、国に伝わる聖剣を勇者に渡す事になるんだけど、それを狙った敵国の宰相が巧みに二人の仲を切り裂き、姫を拉致して勇者が敵国と戦い……って展開が、二十ページぐらいぎっしり書かれていたっけ。
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「そうと決まれば、早速練習だ……!」
よーし、これから忙しくなるぞ!
ブラック達の為にも、なんとしてでも使えるようになってやる!
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