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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編
機械仕掛けの階層都市 2
しおりを挟む「……ああ、あそこだ」
レッドの言葉につられて前方を見ると、真っ直ぐに続いていた煉瓦道の終着点に、白亜の巨大な建物が鎮座しているのが見えた。
「あれが【十二議会】の方々が集まる【プロピレア神殿】だ。……まあ、城のような物だと思ってくれていい」
「城……」
「この国には国王や皇帝、帝王などの国主が存在しない。それ故に、複数の者が議会を開いて様々な政を行っている。まあ、国主がいないと言えど議会を取りまとめる中心人物が存在するわけだから、平等かと言えばそれもまた難しい所だがな」
「そうなのか……」
難しい事はよく解らないけど、まあ早い話が民主制ってことだよな?
にしても、なんでこう国を動かす人の建物ってのはデカくてエラそうなのか。
色々理由は有るんだろうけど、この国の建物だけはいけ好かない。
どこぞのギリシャ神殿のごとく、巨大な屋根を支える太い石柱を前方に並べて、その奥に地面より高い入口に続く階段が横一直線に敷かれているが……なんと言うか、この空間に似合ってなくもない所が本当に憎たらしい。
ここにシディさんやマグナ、それに色情教を苦しめている奴らが要るんだと思うとまさに伏魔殿って感じにしか見えないんですけど。
いや、建物自体はまったく悪くないんだけど、どうしたって人は印象に左右されちゃうからな……。
などと考えていると、馬車が唐突に止まった。
「到着いたしました。レッド様、その者……っ、し、失礼しました、そのお方はどうなさるのですか?」
神殿の前に馬車を留めて問う御者の兵士に、レッドはあからさまに不機嫌そうに眉を顰めながら、少し低い声で返した。
「……俺が連れて行く。他の兵士達にはくれぐれも失礼な事をするなと伝えて置け。ツカサへの無礼は俺への無礼とみなす」
「……ッ! はっ、ははっ……!」
おーおー……また面倒臭いことに……。
でも、この命令は逆に俺にとって有利かもしれない。俺に無礼を働くなって事は、兵士達は俺の行動を滅多に制限できなくなるって事だよな。
…………レッドに媚びて、現状の拘束状態を緩めるのも一つの手か。
でも、俺こう言うのヤなんだけどなぁ……なんか騙してる感じがするし……。
独特な敬礼をする兵士達を余所に、俺はレッドに手を引かれて馬車を降り、階段を上がってプロピレア神殿へと足を踏み入れた。
内部は広いホールになっていて、入ってすぐ真正面にはでっかい広い階段がどーんと置かれている。……こう言う所は他の洋館と一緒なんだな。
ホッとして良いんだか悪いんだかと複雑な気持ちになりつつ、レッドに案内されて二階へと上がる。偉い奴は二階ってのはここでも一緒なのかと少々やさぐれつつ、レッドに肩を抱かれて(我慢だ我慢……)緋毛氈の敷かれた廊下を歩いて行くと……奇妙な両扉が前方に見えた。
取っ手のない、白銀に輝く扉。
扉の枠の横には、何やら小さな四角いでっぱりが付いていて……って、もしかしてこれって……自動ドア……!?
「ツカサ、ちょっと待っててくれ」
「う、うん」
やっぱ自動ドア? いやこの感じだと指紋認証式のハイテクドアとか、でもここは異世界だし、だったら“気”で区別して開くドアとか!?
あああ気になる気になる冷静にしてなきゃ行けないのにすっげえ気になるぅう!
――なんて思っていると。
レッドはあの四角いでっぱり……の上蓋を開けて、中から何かを取り出した。
それは、漏斗……じゃなくて、多分アレは……。
「あー……レッド・グランヴォール・ブックスだ。今しがた帰って来た」
やっぱり糸電話みたいな奴だった……と言う事は、あの扉もたぶん……。
「ツカサ、来い。扉が開くぞ」
「あの、レッド……もしかして、この扉って中から開けるの?」
「良く解ったな。プロピレア神殿は防犯の為に、一切の扉が外側からは開かないようになっているんだ。コレを自在に動かせるのは特殊な曜具を持つ者のみで、他はこうして中の扉番の兵士に開いて貰うようになっている」
「じ、人力……」
そんなアナログな自動ドアってアリなんすか……。
魔法が使えない古代ローマ人ですら、現代人もビックリの高度な自動ドアを造っていたというのに……いや、ヘタに曜具が進化し過ぎているせいで、地味な雑務は全部人力になってるからこんな発想になるのかな……?
そう言えば昇降機も明治か昭和かって感じの手動で開くドアだったし、もしかしてドアを自動にするという発想が無いのかも知れない。
うーん、よく解らんぞこの世界の発想が……。
色々と悩んでしまったが、悩んでいても仕方ない。
幾分か苦しげな感じに開くドアを潜り、部屋の中で必死に重いドアを動かしてくれていた兵士さん二人に頭を下げつつ、俺達はその更に向こうにある木製のドアを開いた。……主の部屋の前に、四畳ほどの「手動ドアの部屋」があるのか。
もしこれが普通の事だったら、逃げるにはちょっとヤバいかも……。
中々に難題だと思いながら、俺はレッドと一緒に部屋に入る。
部屋は少し豪華な応接室と言った様子で、一見して何の変哲も無かったが……
こちらに背を向けて、窓の向こうを眺めている人物を見つけて、俺は息を呑んだ。
…………黒い、マント。
誰かも判らない姿だが、しかしこの場にいるという事は――レッドの仲間だ。
例え誰であろうとも、俺の敵には変わりない。
硬直する俺を余所に、レッドはその黒衣の相手に声を掛けた。
「すまない、少々遅れた」
そう言って、レッドが次に口にした言葉に――――俺は、驚愕した。
「ギアルギン、そちらの方の守備はどうだ」
…………ギアル……ギン……?
おい。その、名前って――――
「ああ、上々ですよ。貴方もよくやって下さいました」
瞠目する俺の前で、ゆっくりと黒衣が動く。
振り返った顔を見て眉間に深い皺を作った俺に、ギアルギンと呼ばれた相手は――――勝ち誇ったように、にやりと笑った。
「久しぶりだな。あの鉱山では随分と世話になった」
やっぱり、こいつ……間違いない、あの時の男……!
目だけを隠す黒い仮面を被っているけど、この声とこの嘲笑い方は間違いない。
それに、あの場所での事は限られた人間しか知らないはず。
だとすると、仮にこいつがギアルギンでなかったとしても……確実に、アイツとの面識がある人間と言う事になる。つまり、悪人には変わりがない。
だけど、なんで。どうしてこんな所に。
「フフ、混乱しているようだな? まあ無理も有るまい。普通ならばお尋ね者の俺がこんな場所に居られるはずがないんだからな」
そ、そうだ。こいつ指名手配されてたんだ!
……されてたんだっけ……? や、ヤバい、覚えてない……。
でも悪い奴だって事は覚えてるぞ! こいつはクロウや獣人達を騙して酷い扱いをした張本人なんだ! とにかく極悪人には違いないんだから、シアンさんは指名手配してるはず……いや、してる! 絶対してる!!
……って、そんな事を考えてる場合じゃなくて!
い、いかん、混乱し過ぎてアホみたいなこと考えてしまった。
違う、そうじゃない。
ギアルギンだ。なんでギアルギンがこんな場所にいるんだよ。
ここは【十二議会】という、国を治めるための神聖な場所だ。ギアルギンのような悪意の塊が出たり入ったりしてはいけない場所なんだぞ。
なのにコイツがこの場所に居るって事は……。
「お前、まさか……十二議会と手を組んで……!?」
やっと吐き出した言葉に、ギアルギンは喉でくつくつと笑って肩を揺らした。
「そう見えるか? ならそう思っておくと良い。どの道お前には関係が無い事だからな。……さて、レッド様。よくぞあの“災厄”から彼を引き剥がせましたね。おかげで計画がまた進みますよ」
レッドの事を様付けしているが、ギアルギンからは全く敬意が感じられない。どうかすると小馬鹿にしているような感じすら覚える声の調子だった。
だけど、レッドはそれに構う事無く言葉を返す。
「……ツカサは馬車に乗りっぱなしで疲れている。今日は休ませてやれ」
「おっとそれはいけません。計画は様々な邪魔が入り、大いに停滞しています。その代償を支払って貰う為にも、彼には沢山働いて頂かないとね」
彼って……誰だ。俺の事か?
俺に代償を支払って貰うって、一体…………。
◆
「おらっ、入れ!」
目隠しと耳栓、そして口を聞けないように縛られて、既に周囲の様子は解らない。
そんな状態で、ブラックはどこぞへと強引に放りこまれた。
突き飛ばされる前に体を強引に曲げさせられた事から考えて、ここは牢屋のような場所で間違いないだろう。耳栓をしていても、背後から微かに“金属が大仰に打ち合わされる音”が聞こえたので、金属製の檻があると言う所だろうか。
(……別段、目が見えなくたって苦労は無いんだよね。僕の場合は)
視界を遮られると確かに得られる情報は減るが、それで窮地に陥る訳ではない。特に、ブラックの場合は。現に今ブラックは非常に落ち着いていた。
まず手を縛られていた縄を簡単に外して、耳栓と猿轡を外す。
しかし、目隠しをしている金属らしき「なにか」は、簡単には外れなかった。
どうやら曜具の類のようだが、首に仕掛けられている物とは違い危険そうな感じはしない。“目隠し”は、時間をかけて解析すればどうにかなるだろう。
そう考えつつ、ブラックはその場に座り、手で床の感触を確かめた。
(…………石の床……所々摩耗があるな。このあたりは鉄製じゃないらしい)
鉄柵に石床とは捻りのない牢獄だが、それはそれで好都合だ。
少しばかり遠くから鉄扉が閉まる音が聞こえたので、恐らくここは牢屋の奥の方。見張りは居ないようだから、何かの作業を行っても、すぐに気付かれるような事にはならないだろう。
まだ来たばかりで分からないが、外の音がしない所からして地下かも知れない。
地下の牢獄だから、兵士も近くで見張る事はしていないのだろうか。
だとすると、兵士が出て行った扉の向こう側には、簡単には脱出できない仕掛けか何かがある可能性がある。
(なんにせよ、まずは情報だな……。逃げたら爆発する首輪を付けられた以外には、僕には何の情報も無い。とにかく、部屋の中だけでも確かめてみるか)
考えて、ブラックは己の手を握った。
――――まだ、ツカサから貰った“大地の気”が自分の中に残っている。
この力があれば、より多くの情報を得る事が出来るのだ。
まるでツカサが自分を手助けしてくれているかのようで、ブラックは思わず笑った。そんな場合ではない事は解っていても、ツカサが自分を守ろうとしてくれた場面を思い出すと、嬉しさが湧いて止まらなかったのだ。
(ツカサ君……大丈夫……大丈夫だよ……。だから、心配しないでね)
もとより、自分が殺される予想などしてはいない。
何故ならブラックの力は、たかが一般人に易々と御しきれるものでは無いからだ。
それでも、ツカサが必死に守ってくれた事を思うと……ただただ、嬉しかった。
(……だけど、喜んでもいられない。早くツカサ君の事を助けないと。とりあえず【索敵】で周囲の環境を把握して……それから手段を考えるか)
自分の中に存在する愛しい温かさを手放すのは寂しかったが、ブラックが今置かれている状況では力を惜しんではいられない。
ぬくもりを手放すより、ツカサと離れ離れになっている方がよほど辛いのだから。
(それにしても……妙な場所だな、ここは……)
……実は、ブラックはある地点から周囲に妙な気配を感じていた。
それがどんな物かはブラック自身にも言い表せなかったが……とにかく、人ではない何かの妙な気配がするのだ。しかしそれもまた、測りきれない。全くの謎だった。
(もしかしたら、新手の曜具かもしれないな)
今回は、あの”気の付加術”を退ける外套にしてやられた。
この国ではありとあらゆるものが信用ならず、また、どんな物が襲い掛かって来るかも判らない。それを考えると……ツカサを助ける前に、この場所が何なのかを把握しておく必要があった。
思い人を奪取するだけなら、幾らでも方法はあるが――今回は、そうはいかない。
暴れるだけでは解決しないのだ。
――沢山、考えねばならない事がある。
それを思うと頭が痛くなりそうだったが、避けては通れなかった。
今の状況は……何も考えずにツカサを思うだけでは、解決しないのだから。
→
※またおくれたすみません…(;ω;)
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