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首都ディーロスフィア、黒曜の虜囚編
2.機械仕掛けの階層都市 1
しおりを挟むプレイン共和国・首都【ディーロスフィア】――。
荒野に唐突に現れるその都市は、一見すると卵の殻のような半円形の都市だけど、内部はこの世界では異様とも思える風景が広がっていた。
まず、ドームに入って驚いたのは……内部が平地ではなかったことだ。
俺はてっきり、ドームの中は平地で、そこに都市が造られていると思っていたのだが……ドームの鉄の扉を潜った向こうには、街など存在していなかった。
いや――すべてが、地下に沈んでいたのだ。
ドームを入ってすぐに見たのは、円形の巨大な穴が広がる光景。巨大な穴の周辺の残り僅かな緩くカーブした土地に、簡素な建物が建っているだけの光景で。
明らかに都市ではない風景に目見開いた俺だったが、兵士達やレッドは気にもせず巨大な穴に少し突き出た鉄の飛び込み台のような部分に馬車を進める。
左右に鉄柵はあるが、前方には柵も何もない。
このまま進んだら間違いなく死ぬなと思う程に深そうな巨大穴に震えていると、巨大な機会が作動するような音が聞こえて、轟音が細かい振動を伴いながら穴の奥よりせり上がって来た。
なんと、この巨大穴……実は、超巨大なエレベーターで、街はこのエレベーターの周囲にあるのだという。
エレベーターが下から上がって来て完全に穴を塞ぐ位置まで到着すると、周囲からワラワラと人が集まって来た。どうやら床が上がって来るのを待っていたらしい。
レッドの話では、この巨大昇降機はその大きさ故に、下降するのはともかく上昇するのにとても時間が掛かるらしく、それに加えて燃料もかなり使うらしいので、日に時間を決めて動かしているとの事だった。
朝に二回、昼に二回、夕方に一回……とまあ、たった五回の輸送らしいが、住民達や国の重鎮はまた別の移動方法を使うので問題は無いらしい。
と言う事は……他に小さなエレベーターや階段があるのかな?
オーデルでも特殊な構造をした家が富裕層に好まれていた訳だから、このプレインでもそう言う特別な移動手段が考えられていてもおかしくないか。
そんな事を考えながら、巨大昇降機に馬車ごと乗ると、警報音が鳴ってゆっくりと下降し始めた。
あまり速い速度だと乗っている人が危ないから、だいたい歩くくらいの速さだな。
……しかしこれ……空母によくある戦闘機を乗せるエレベーターみたいだわ。
じりじりと動く昇降機に乗って、ただ黙っていると……最初は土の壁だった周囲が徐々に鉄の壁板に変化してきた。
そして、ほどなくエレベーターが止まる。
何だろうかと思っていると、そこは大きなトンネルが四方に一つずつ開いており、トンネルの上のプレートには『第一平民区』という名と東口西口などという、方角に合わせた識別名が書かれていた。
『第平民一区~。第一平民区~……再起動まで三十秒……』
秒読みを始める係員らしき兵士を余所に、数人の人が降りて行く。
なんだかみんな少しラフ……というか、なんというか……他の人達より質素な服というか……残ってる人達よりも清貧というか……。
「……な、なあ……第一平民区ってなんだ?」
そう問いかけると、レッドは懇切丁寧且つ解り易く俺に【ディーロスフィア】の構造を説明してくれた。くそう、相変わらず教えるのめっちゃうまい……褒めたい気分じゃないのに「凄い」って言ってしまうくそうくそう。
ま、まあそれはともかく……この都市の構造が解った。
――まず、都市の全体像だが……レッドの説明では地下八階建てらしく、上から順に一階から三階は第一~第三平民区、四階五階は士民区、六階と七階は特区で、最後の地下八階は賢人特区と【十二議会】などの中枢が存在するらしい。
何故にトップの人々が最下層にと思ったが、このディーロスフィアは上層からしか攻める事が出来ず、それ故に上に行けばいくほど危険とされており、地下は安住の地とされているんだとか。
とすると、“平民区”はあまり待遇が良くないという事になるが……まさにその通りらしい。レッド曰く、プレイン共和国では兵士でも曜術師でも知識人でもない人間は平民とされ、このディーロスフィアにおける“末端の地味な仕事”を強制的に割り当てられる代わりに、衣食住を保障されているらしい。
とは言え何も奴隷のような生活では無く、まあ言ってみれば「刺身の上にタンポポを乗せる」みたいな仕事をやらされるとの事で、やりがいや向上心はともかく、それで満足する人達が平民としてこの都市を日々支えているらしい。
で、向上心のある人は兵士になって下層の“士民区”へと移動し、曜術師は無条件でそこより待遇が良くて仕事も複雑化する“特区”へ移される。
最後の“賢人特区”は、兵士や曜術師の中でも秀でた者や氏族(この国の貴族みたいなもんらしい)、そして中枢を担う人間だけが住む事を許されるんだって。
…………まあ、頑張り次第で賢人特区に行けない事も無いし、未来が明るい国ではあるけど……なんか納得いかないなあ……。
でも別の国の人間である俺がそこに口を出すのも傲慢だし、それにこの国の人達が納得してるんなら文句を言ったって仕方ないんだけどね。
しかし……能力が有れば即座に特区って……。
「それなら……平民の家に曜術を使える子供が生まれたらどうするの?」
最下層に行くまではまだまだ時間が掛かるので、レッドに質問をしてみる。
すると、相手は少し眉根を寄せて青い目を伏せた。
「……残念だが、引き離されてしまうな。この国は身分による識別が厳格に行われている。様々な物事が、その身分に関わっているんだ。……だから、例外を出す訳には行かないらしく、親元を離れている子供は多い」
「そっか…………」
「成人すれば会いに行けるようだから、悲観する事も無いのかもしれんがな」
だけど、レッドの声には「良し」と言う思いは感じられない。
恐らくレッドも俺と同じように“子供の頃に親に甘えられないのは可哀想だ”と思っているのだろう。それを考えると、ちょっと……いやいや、駄目だ。こんな事ですぐ「あれ、良い人じゃね?」とか思っちゃうから駄目なんだよ俺は。
レッドは敵、敵なの!!
心を許したら終わりだ、今回ばかりはブラックとクロウ優先で行かないと。
…………それにしても……二人は何処に行ったんだろう。
昇降機には一緒に乗ってないみたいなんだけど。
でもレッドに聞いたら怒るんじゃないかな。いやしかし、二人がどこにいるのかが解らないと、不安って言うか助けに行けないって言うか……。
……あっ、そうだ。あれだ、レッドがイラッとしないような言い方をすれば、円満に済ませられるんじゃないか?
レッドは俺がブラックを気に掛ける行動をするのが嫌みたいだから、えっと……。
「あの、レッド……」
「……ん? なんだ?」
おずおずと見上げた相手は、先程の寂しそうな顔を振り切って微笑んでみせる。
その笑顔にちょっと臆したものの、俺は意を決して問いかけた。
「ブラック達を連れてる馬車が、見えないみたいなんだけど……別の場所から入ってたりするのかな……」
心配は、してない。露骨な質問はしてないつもりだぞ。
でも何が相手の逆鱗に触れるか全然分からないし……大丈夫かな……。
「ああ……。あいつらの馬車は、先行させて既に収監している。一緒に連れて来たら、妙な勘を働かせかねんからな」
よ、良かった、怒らせては無いみたいだ……。
って事は、少なくともこの都市のどこかにブラック達は居るって事だな。
はぁ、ひとまずは安心って所か……。
もし別の場所に捕らわれていたとしたら、まずディーロスフィアを脱出しなけりゃならなくなる訳だし、それだと相当大変な事になりそうだったからな。
よし、さらなる希望が持てたぞ。俺も頑張らねば。
なんて事を思っていると、ゆるゆると下降していたエレベーターがついに最下層の“賢人特区”に辿り着いたのか、大きな音を立てて地面に着陸した。
ゴゴゴゴ……なんて轟音が起こっているが、流石に最下層なせいで響いている。
なんかヤバいなと思っていると、馬車が動き出した。
真正面のやけに豪華な装飾のあるトンネルに馬車が入って行く。
この道の向こうに都市があるという事だが……トンネルもなんか綺麗だなオイ。
コンクリートで固められたかのように無機質な道を真っ直ぐ進んでいると……道の先に光が見えて、急に視界が開けた。
その、トンネルの向こうには……。
「え……!?」
巨大な白亜の建物と、薄らと白く光る箱のような建物の群れ。
そして――――
天井が在るはずの上部には、青く透き通る空が広がっていた。
「そ……そら……!? なんで、ここ地下じゃないの!?」
淡い色の煉瓦が敷かれた道を進む馬車の中で、俺はキョロキョロと周囲を見回す。しかし俺を囲む兵士達は平然としていて、レッドも別段驚いてはいなかった。
「これもプレインの技術の結晶だ。この空はもちろん本物ではないが、ちゃんと外の様子に合わせて色が変わるようになっているらしいぞ」
「え、えぇえ……」
なに、それ。まるっきりSFじゃん……。
いやでも周囲の家には歯車らしきものがいくつかついててギコギコ動いているし、煉瓦敷きの道の端には植物が在るけど、花壇の隙間にもなんか歯車とかピストンとかが動いてるのが薄ら見えるし……な、なんというか……何だこの街……。
パッと見SFの天空庭園都市って感じの乳白色の四角い建物の群れと、鮮やかな植物に溢れた楽園だけど……ちょっとした場所が歯車だらけでギッシギシとは、どう定義付けたら良いかちょっと俺にも解らない。
超古代技術……いや、ハグルマ式フューチャー……?
目には優しい都市だけど、こういう場所だとは思ってなかったから驚きっぱなしで開いた口が塞がらないよ。俺の予想は尽く大外れだ。
まったく、どうなってんだこのディーロスフィアって都市は……。
「ツカサ、一つお前に言っておく事がある」
「え、はい?」
唐突に呼びかけられて、レッドの方を向く。と、やっと俺は今の状況を思い出して内心滅茶苦茶焦ってしまった。
うわあぁ、そうだった。俺いま拘束されてるんだった。
驚き過ぎて両手縛られてんのすら忘れてたわ。
慌てて席に戻ってレッドを見上げると、相手は一瞬妙な顔をして、何故かゴホンと咳き込むと顔を真剣な表情に変えた。
「お前にはこれから“ある人物”に会って貰うが……決して、俺の傍から離れるな」
「え……?」
どういうことかと目を見張ると、レッドは眉間に皺を寄せて俺の肩を掴んだ。
「…………会えば、解る」
そのくらい怖い人物なんだろうか?
勝手にそう結論付けてしまうが、恐らくその予想は半分くらいは当たっているのだろうなと思い、俺は溜息を吐きたくなってしまった。
→
※次にちょっとだけブラック視点あります。
と言う訳で始まりました来たくなかった首都ディーロスフィア編。
離れ離れの時間が少し長いので、ブラック達からのなどが入ったり
ちょっと入り乱れる感じになりますがよろしく!お願いします!!
やっと起承転結の転の終わりぐらいまできたよ…(;´Д`)
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