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プレイン共和国、絶えた希望の妄執編
17.巨岩内部空間―地図―
しおりを挟むちょっとキョドってしまったが、ダンジョンには罠が付き物だ。いっくら熟練の罠解除職人と言えども、間違う時は間違う。緊張すればミスする事も有るのだ。
なので、俺は用心棒さんを責める気は無い。
つーかこの極限状態で誰かを責める事なんて出来ませんて。
俺だって多分ミスするよ。つーか俺の方がもっとミスするよ。
それに、用心棒さんはこれまで事細かに罠の有無を調べてくれていたんだし、これで怒ったら俺達の方が恩知らずだよな。
と言う訳で、猿の如く歯を剥き出しにして怒ろうとするオッサン二人と抑えて、俺は早く先に進もうとやんわり訴えた。
こんな所で仲間割れしている場合じゃないんだからな。
そんな俺の主張にブラックは色々と不満そうだったが、俺の言う事にも一理あると思ったのか、渋々引き下がってくれた。
うんうん、そう言う所は大人だね。いいぞブラック。
普通大人にこんな事を思うもんじゃないんだろうが、まあブラック達は例外だから仕方ないよね! よしっ、キリキリ次に行こう。深く考えたらドツボにはまる。
そんな訳で、俺達は今しがた開錠した扉をそっと開き、内部へと侵入した。
「…………特に危なそうなモノは無いみたいだね」
「真ん中に変な物体があるだけだな」
四畳半ほどの部屋の中には、クロウの言うように変な物体以外は何もない。
その変な物体も、チェスのポーンのように細長い台座に丸い水晶らしきものが乗っかったオブジェで、おおよそ部屋の中にぽつんと置くような物ではなかった。
「コレを守るために罠を仕掛けてたってことかな。……だけど、何に使う物なんだかイマイチ解らない……。下手に触らない方が良いとは思うけど……」
「うーん……」
ブラックの慎重な言葉は尤もだ。
しかし、俺はなんだかさっきから頭の中で思い浮かんでいる物が有って。
…………変なオブジェが休憩所の近くにある。と言う事はこれってすなわち……セーブポイントなんじゃないの……?
い、いや、そんなはずはない。
これは現実なんだし、魂を記録とか意味わかんない事が起こる訳無いんだから。
でも、そう考えてしまうと、もう俺にはこのチェスのコマみたいなでっかい物体がセーブポイントにしか思えなくなってきてしまったわけで……。
………………さ、触ってみたい……。
でも罠だったらどうしよう。触れた瞬間に床が落ちたりしたら目も当てられん。
ああでも触りたい、セーブポイントなのか確かめたい…!!
「わ、罠かどうか確かめられる方法はないかな……?」
衝動を必死に抑えて問いかけてみると、ブラックが何かを言う前に用心棒さんがサッと前に出て、オブジェやその周囲を細かく調べ始めた。
もしかして、さっきの失敗を気にしてるのかな。
そんなに焦って動かなくても良いのに……律儀な人なんだなあ。
「何かありそうですか?」
聞いてみると、用心棒さんは再度周囲を見回してから、「ない」と頭を振った。
「ツカサ君、騙されちゃ駄目だよ。絶対まだ罠あるよ」
「心配してくれるのはありがたいけど、ちょっとは信頼しようぜブラック……」
俺の身を案じてくれるのは、正直、なんか、嬉しいっていうか……で、でも、一生懸命に罠を探してくれたんだし、その努力を一蹴するのはいけない事だ。
心配なのは解るが、ちゃんと信用する事も大事だと思うぞ俺は。
けどブラックとクロウが心配するのも解るので(俺は運動音痴だからな)、何かが起こっても良いようにとすぐ後ろに張り付いて貰って、俺は恐る恐るオブジェへと近付いた。
「さ、触るぞ」
今一度大人三人に目配せをして、掌をゆっくりと水晶玉へと落とす。
ぺたり、と手が水晶に張り付いたと同時――――
水晶玉から壁に向かって一筋の光が走り、壁一面にスクリーンが表示された。
「えっ……え!?」
な、なんだこれ。スクリーンって、えっ、じゃあこれもしかして投影機とかなの?
真っ黒い画面になんか線が走っ……ああ、これもしかして地図か!
区分けになっててごちゃごちゃしてるから解り辛かったけど、これってまんま家の間取り図だな。全て線だけで描かれているから、一瞬判らなかったけど……。
じゃあ、その中の白い点は俺達で……赤い点はモンスターって事かな。
白い点は一つしかないし、赤い点はわんさか動いているから間違いないだろう。俺達が通って来たっぽい道には、赤い点は一つも無いからな。
しかし……何故こんな場所にこんな重要なモノがあるんだろうか。
こんな高性能の地図なんて、盗賊にでも見つかったら大変だよな。まあ、だからこそ罠を仕掛けていたってんなら納得するしかないけど……でも、この装置がこの場所にある意味が解らんな……。
中枢部って訳でもないし……罠が有った所から見ても、部外者には入って欲しくない場所だったって事だと思うんだけどなあ。
ああでもないこうでもないと悩みながらも、目の前の壁に広がったスクリーンをじっと見つめていると、不意に背後にいたブラックが声を出した。
「ツカサ君、さっきからどうしたの?」
「え?」
「何か壁をじーっと見てるけど……何か変化でもあった?」
あ、あれ。もしかしてブラック達には見えてないのか?
どうして……。あっ、もしかして、この水晶に手を当てないと見えないのかな。
なら、ブラック達が地図を見れてないのも納得がいく。このままだと俺が変な人に見えたままだし、きちんと説明しなきゃ。
「言っておくが、別に頭がヘンになった訳じゃないからな? この水晶に手を当てると、目の前の壁に内部の地図が現れるんだよ」
「地図が目の前に……ああ、なるほど。【視覚拡張】……あ、えっと、ツカサ君は、携帯百科事典を持ってるよね? あれと同じ原理で、ツカサ君の頭の中に直接地図を投影して、それが目の前の壁に表示されてる感じに見えるように術を設定してるんだね、これ。……たぶん、だけど」
ああ、そういや俺が愛用しているあの事典も、俺にしか見えてない物なんだっけ。
チート小説で言う所の、自分にしか見えないステータス画面みたいな感じの奴だ。
この世界では、そう言う物が表示される術がちゃんと確立されているんだよな。俺は【視覚拡張】とかナントカも使えないので、説明されても「ほーん?」とか言って納得するしかないんだけども。
「あの、まあ……要するに、アレだ。実際に表示されてないんじゃ見えなくても仕方ないよな。……三人で触れば、三人とも見えるようになるのかな?」
「だと思うよ。ちょっと試してみようか」
「そうだな。みんなが内部の構造を知ってた方が、はぐれた時も安心だし……」
そう言いながら、手を離そうとした――――刹那。
「危ない!!」
ブラックとクロウの声じゃない、誰かの声が聞こえた……と、認識する頃には、俺は逞しい腕に抱き寄せられていて、目の前には……――
俺達を庇うように精一杯手を伸ばし、その手に太い針を貫通させている……用心棒さんがいた。
「あっ……あぁ、あああ!? よっ、用心棒さ……っ、なんで……!?」
何が起こったのかよく解らない。
どういう事なんだと俺を抱いているブラックを見上げると、相手も少々戸惑ったかのような表情を浮かべて頬を掻いた。
「どうやら、このオブジェは手を離すと針が飛び出して、地図を見た奴を殺す仕掛けが取り付けられていたみたいだね……ただ……」
歯切れ悪く呟きながら、ブラックは目の前で自分達を庇った用心棒さんを見る。掌は目を背けたくなるほどの大惨事になっているのに、用心棒さんは悲鳴の一つもあげないで、ただ淡々と伸ばした手を元の位置に戻していた。
「ただ、何故針が飛び出す前に、この“用心棒”とやらが僕達に注意を促す事が出来たのかは解らないけど……」
……そういえば、確かにそうだな。
用心棒さんは明らかに俺が手を離した瞬間に「危ない」と叫んでいた。もし、罠が仕掛けられている事が解らなかったなら、そこで注意できるはずがない。
しかし、俺を貶めるためって訳でもなさそうだし……どういう事なんだろう。
答えてくれるだろうかと用心棒さんの背中を見やると、彼はぽつりと呟いた。
「……この装置の内部構造までは解らなかった。だから警戒はしていたが、その子が手を離したと同時に内部で僅かに金属が擦れる音がしたんだ。だから、確信はなかったが注意を促し、庇った。それだけだ」
金属が擦れる音って……俺、全く気付かなかったよ……。
この用心棒さんは盗賊っぽい技能が使える……みたいな事は、雇い主のラトテップさんに聞いてはいたけど、しかしここまで細かい事に気付けるなんて思わなかった。
「オレですら解らん事を把握して見せるとは……」
クロウの驚いたような言葉に、用心棒さんは頭を振る。
「たまたま、俺が装置を調べて違和感に気付いただけだ。獣人とて、音だけでは何がどう動くかなど把握出来まい。だが、俺には知識が有った。それだけの差だ」
だからって、こんな風に体を張って俺達を守ってくれなくても良かったのに。
あんな、目を背けたくなるような庇い方、しなくても……。
「…………ぶ、ブラック……用心棒さんを手当てするから戻ろう」
「ツカサ君」
「でも、時間が勿体ないから……ブラック達は地図を見て、今まで行ってなかった所を探索して来てくれないか? 罠が色んな所にあるって解った以上、用心棒さんにも手伝って貰わなきゃいけないし……手当てするために時間が必要だ。お前らも、俺がいない方が素早く動けるだろ?」
解ってくれるよな、と、ブラックを見上げると……相手は、渋々頷いてくれた。
「……さ、戻って手当しましょう」
いつの間にか閉まっていた扉を開けて用心棒さんを誘導する俺に、相手は戸惑ったような仕草を見せたが……ローブのフード越しに俺を見て、軽く首を傾げた。
「…………君は冒険者だというのに、優しいな」
「誰だって、助けて貰った恩は返したいと思うもんですよ」
他意も無くそう言うと、用心棒さんは何故かそれ以降黙ってしまった。
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