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プレイン共和国、絶えた希望の妄執編
18.誰からも忘れ去られた男
しおりを挟む「…………よし、これでひとまず安心……かな?」
用心棒さんの掌から針を抜き、回復薬を掛けて傷を塞いだ後、傷口が開かないようしっかりと包帯で固定して、俺はやっと一息ついた。
一言で言えば簡単な事だが、実際にやるとそりゃもう大変な手当だったのだ。
何が大変かって、アレだ。なんかもう、物凄く手当の過程がエグいのよ。
掌には穴が開いて血がダバダバ出てるわ、回復薬を掛けて傷口が塞がる時はそれはそれで逆再生みたいでめちゃくちゃ違和感があるわで、繊細な女の子だったらすぐに失神する事請け合いのスプラッタだったんだぞ。
俺はまあ……慣れたっちゃあ慣れたからどうにかなったけど、それでも久しぶりのグロはちょっと心臓に悪くて、手当てが終わるとダウンしてしまった。
ブラック達が帰って来る頃には夕食の準備が出来ているようにしようと思ってたのに、まったく我ながら不甲斐ない……。
段々と薄暗くなってくる周囲に気付いた用心棒さんが、火を焚いてくれる。その炎をじっと見つめながら、俺は溜息にもならない弱さで息を吐いた。
「…………気分はどうだ」
ブラックよりもさらに低い、五十を越えたぐらいの渋い声。
また声を聞けたなと思いつつ、俺は床に頭を付けたままで彼の方を向いた。
……相変わらず、フードを被っていて顔は解らない。だけど、俺の前で火を焚くその背中はとても広く、なんだか父親を思い出すような感じがした。
変だな。ブラックも背中とか凄い広いのに、父親っぽいなって直感した事は一度も無かったような気がするんだが……あれかな、父さんよりも年上だからかな。五十歳越えてる感じだったら、爺ちゃんとかが思い浮かぶはずなんだけど……用心棒さんは普通に若々しいから、父さん系だなって考えちゃったんだろうか。
意外と大人の男って年齢がわかんねーよな……。三十代だなって思った俳優が五十歳越えてたり、五十代かなって思ってたオヤジ系男優が四十だったりするし。
もしかしたら用心棒さんも意外と若いのかもしれない。いやまあ今そんな事考えている場合じゃないんだけど。
アホな事を考えている暇が有ったら返事をしなければ。
「あ、えっと……大丈夫、です。それより、怪我の具合はどうです?」
「……大事ない。それより、あんな高価な回復薬を俺に使ってよかったのか」
「え」
「通常の回復薬ではあれほど素早く傷が塞がる事など無い。さぞかし名のある薬師の薬だったろうに……俺の為に、済まない事をした」
……あ、そうか……俺の作った回復薬は、人一倍回復量があるんだったっけ。
しかしそれを一回で理解するなんて凄い人だな。
用心棒として働いて来たから、そう言う事にも敏感なんだろうか。
色々と学ぶことが多いなと思いつつ、俺は首を振った。
「いえ、貴方には助けて貰ってるんで……。俺達三人だけだったら、こんなにすぐに罠が有るかどうかを探す事も出来ないだろうし……。何よりアイツら、人の心配ばっかりして自分の事なんて全然考えないから……」
――――そうなんだよなぁ……。
さっき俺を庇ってくれたのだって、本当に危なかったんだ。下手したらブラックが針に刺されてたかも知れないんだぞ。
だから、用心棒さんに守って貰えたのは本当にホッとしたんだ。
……怪我をした用心棒さんには悪いんだけどさ……。
でも、仕方ないんだよ。この気持ちばっかりはどうしようもない。
ブラック達だって俺が怪我するのは嫌なんだろうけど、俺だってブラックやクロウが怪我すんのは嫌なんだ。俺はブラック達よもり弱いから、アイツらに守られるのはしょうがない所もあるけど……でも、出来るなら自分の身を最優先で守って欲しい。
俺が言えた事じゃないかも知れないけど、でも、俺だって守れるもんなら男として二人を守りたいと思ってんだからさ。
ワガママだって解ってるけど、俺にかまけずに自分の身を大事にして欲しい。
そのためには、俺だって強くならなきゃ行けないんだけど……それは今考える事じゃないな。
とにかく、ブラック達が怪我しないように体を張って守ってくれた事に、お礼を言いたい。改めて「ありがとうございます」と感謝すると、相手は俺の方を振り向いて困ったかのように頬を掻いた。
「変な奴だな、君は。雇われた奴に対して改めて礼を言うとは」
「変ですかね。誰かに助けて貰ったら礼を言うのは当然だと思うんですけど……」
そう言うと、用心棒さんは少し驚いたように身じろぎしたが……気を緩めたのか、息だけで軽く笑った。
「他人に感謝されるのなんて、何十年ぶりだろうか……。一瞬、何を言われたのかも解らなかったよ」
「そんなにですか」
思わず驚いて目を丸くすると、相手はまた苦笑して頷いた。
「商人の用心棒っていうのは、雇い主を守って当たり前、敵をいなして当たり前だ。当然の事になんぞ、誰も礼は言わんだろう? ……長くこの仕事を続けているとな、自分が人形になったかのようで、言葉を喋るのすら忘れる事が有る」
「じゃあ……もしかして、喋ったのも久しぶり……なんですか」
「ああ。久しぶりの“人心地”って奴だ。……もっとも、俺は物で良かった……いや、物でなければならなかったんだがな……。君達の力になる為にも」
自分の境遇をどこか他人事のように吐き捨てて、用心棒さんは俺に背を向ける。
己の立場に改めて気づいたからなのか、その背中はどこか寂しそうだった。
……用心棒という存在は、人であってはならない。
物として正確に、誠実に、何も考えずに、雇い主に従って動かねばならない。
俺だってそれは理解してるけど……だけど、今目の前にいる……包帯に血を滲ませている相手を見ていると、それがやるせなくてたまらなかった。
「…………っ」
気分の悪さを振り切って起き上がると、俺は四つん這いで用心棒さんの隣へと移動して座った。そうして、再び包帯を巻いてある手を取る。
相手はその行動に驚いたのか、大仰に体を震わせたが、俺は構わずに用心棒さんをじっと見て眉根を顰めた。
「守って貰ったのはありがたかったし、嬉しかったけど……だからって、モノだから自分は怪我してもいいなんて思わないで下さいね。貴方に取って今の状況は不服かも知れないけど……でも、“人心地”を嫌だと思わないのなら……俺達と一緒にいる時だけでも、人に戻って下さい」
「…………」
「俺は、貴方をモノ扱いなんて出来ません。怪我をしたらちゃんと治したいし、食事だってきちんと摂って欲しい。休憩する時にはきちんと気を抜いて、ちゃんと休んで貰いたいんです。……お節介かもしれないけど……俺達と居る時くらいは、用心棒じゃなくて、協力者みたいな……そういう感じの人になってくれませんか」
仲間、なんて言うと馴れ馴れしいかも知れないし、正直何と言っていいのか解らなかったけど……でも、俺としては用心棒さんには変に気張って欲しくなかった。
怪我もしてるんだし、なによりそんな話を聞いた以上は、俺達のために命を張れ~グハハハハーなんて事は言えない。つーか言う気も無いけども。
とにかく、普通に協力して欲しいんだよ。
冒険者だったら、それが普通だ。お互い助け合って守り合う。それが普通なんだ。
だから、用心棒さんにもそんな風に俺達と協力し合う気持ちで居て欲しかった。
「……駄目ですか?」
甘ちゃんかも知れない俺の考えだったが、相手は怪我をした手を握る俺に哀れを感じたのか、それとも何か温かい物を感じてくれたのか、ゆっくりと頷いた。
「…………解った。君達と居る時は、協力者として行動しよう。出来るだけ、怪我をしないように心掛ける」
「あは……良かった……」
思わず気が抜けた顔で笑うと、用心棒さんはクスクスと笑って……なんと、フードを取って顔を見せてくれた。
「あ……」
落ちる寸前の紅葉のような、枯葉色が混ざった褪せた赤の短髪に、がっしりとした顎のラインと高い鼻梁。俺が思った通り、彼は四十歳以上だと解る程度に顔には皺が刻まれていたが、しかし外国の肉体派俳優のような顔立ちのせいか、皺が深くても、いくらか若いように思えた。
ただ、彼の頬や眉間、額には古傷の痕が残っており、彼がどれほどの死線を潜って来たのかを人に思い知らせるようで、俺は思わず顎を引いてしまった。
この世界じゃ殺傷沙汰なんて珍しくも無いけど……でもやはり、この傷が付いた時の事を考えてしまって、ちょっと気が引けてしまう。
あまりにも正直すぎた俺の行動だったが、相手は苦み走った表情で笑ってくれて、包帯を巻いた手で俺の頬に触れて来た。まるで、自分の子供に触れるかのように。
「そう痛そうな顔をするな。今はもうなんともない傷だ」
「す、すんましぇん……」
「……君と話していると、とうの昔に失ったものを思い出してくるな」
俺、とは言う物の、粗野になり切れていないような口調。
今更だけど、なんかブラックと似てるな。二人称「君」だし。アイツも一応高い位の家の出身だから、基本的に柔らかい口調なんだよなあ。
俺の世界じゃよく有る設定だったけど、この異世界でも良いトコのお坊ちゃんが荒々しい世界にフォーリンダウンなんて事はママあるんだろうか。
現実でもそんな事あるんだなあと思って首を傾げると、俺の頬に包帯を巻いた手を当てていた相手は何だか微妙そうな顔をして、手を離した。
「……包帯じゃよく解らないな。……もう一度、触れても?」
「あ、ええ、どうぞ」
用心棒さんの手は、ブラック達のように邪な気持ちは何もない手だった。
ほら、あれだよ。やっぱり父さんっぽい手って言うか……。
身内に頬をムニッとされてもなんとも思わないじゃん、あの時の感覚と一緒だよ。
だから、俺は素直に頷いて相手の手を待った。
こんな場面ブラックが見たら怒るかもしれんが、でも用心棒さんがやっと人心地を取り戻したらしいし……出来るなら、感謝の気持ちは積極的に出していきたい。
頬に手を当てる事で少しはそれが伝わるなら、遠慮なく触って頂いて構いませんよ俺は。ええ。セクハラよかよっぽどマシだし。
「…………人に触れる為にグローブを取るのも何年振りか……」
そんな悲しい事を呟きながら右手の装備を外す用心棒さん。
ああもう頬だったらいっくらでも触って良いから、そんなにしんみりしないで。
どんだけ人じゃなくてモノ扱いされてたんだよとこっちが泣きそうになっていると、相手は大きな掌をこちらへと向けて来た。
「…………」
あ……手にもやっぱり大きな傷が…………。
掌全体に、火傷を受けたかのようなケロイド状の傷跡が広がっている。これって、炎の曜術を受けたとか、トラップにかかったとか、そう言う傷なんだろうか。
……う、うう……やっぱ無理、こんな傷だらけのおとっつぁんをモノ扱いなんて、俺には無理ですよ。こんなん床に臥せって貰って「すまないねえお前」「何言ってんだいおとっつぁん、そんな事は言いっこなしだよ」なんて古い時代劇ドラマみたいな事をやりたくなるくらい見るの辛いですよ。
俺は野郎に肩入れする主義など無いが、こういう風に孤独に戦い続ける大人キャラとかには昔から弱いんだっ。格好いいよね!
もしかしたら、ローブの中の体はもっと酷い状態なのかもしれないってのに、頬を触られるくらいで嫌がっててたまるかよ。
俺の頬で良ければもうどーぞ触って下さい、気のすむまで!
ああ用心棒さんに幸あれと思いながら、固くてごつごつした手にムニムニと頬を触られていると、相手は何だか困ったような感じの笑みを浮かべた。
「……困ったな……。息子を思い出すよ」
「え……息子さんがいるんですか?」
「それも、随分と昔の話だ。……出来る事ならもう一度だけでも会って、全てを清算してしまいたいのだがな……」
「…………?」
「ああ、忘れてくれ。……余計なことまで思い出してしまっただけだ」
「息子さん……会えないんですか」
用心棒さんの表情からは、息子さんに会いたいという気持ちが滲んでいた。
だけど、それが出来ないってどういう事なんだろう。色々と事情が有るのは解っていたけど、こんなに優しい表情をするほど息子さんの事を思ってるのに、会いに行けないなんて……。
思わず心配になって相手を見上げると、用心棒さんは寂しそうな表情をして、燃え上がる焚き火をじっと見て目を細めた。
「…………俺は、二度罪を犯した。……自分から会いに行くだけの許しを得る事は、今も出来ていない……。本当なら、モノとして生きる事が俺への罰だったが……」
「用心棒さん……」
「……また変な事を話してしまったな。申し訳ないが、これも忘れてくれ」
「…………」
どう返答したらいいのか解らずにじっと相手を見ていると、用心棒さんはまた苦笑して、ふとある事を思い付いたのか俺に優しく笑いかけてくれた。
「そうだ、まだ名前を言ってなかったな。……君だけでも、覚えていてくれないか」
「あ、はい……」
俺だけでも覚えいてって……どういう意味だ?
名前を言う前の言葉に相応しくない事を言われて戸惑う俺に、用心棒さんは優しい微笑みを浮かべながら、自分の名前を告げた。
「俺の名は、ブラウン。……ただの、ブラウンだ」
そう自分の名を告げるブラウンさんは、どうしてか……とても悲しそうに見えた。
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