砂海渡るは獣王の喊声-異世界日帰り漫遊記異説-

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序章

7.手厚い移動

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 どなどなどーなーどおなーーー。

 ――――なんて歌いたくなってしまうが、今の俺はとてもじゃないが牧場を出て行く子牛の気分にはなれない。

 いや別に売られるのが悲しいからとかじゃないぞ。そんで、別に“砂犬族”のラガルさん達に酷い目にあわされてるわけでもない。俺は居たって健康だ。
 水も食べ物も分けて貰ったので、特につらいわけじゃないんだが……。

 暑い。砂漠を移動しているのでとにかく暑いのだ。
 出来れば早く街に付きたい。だから、悲観的になるヒマもなかったのである。

「うはぁ……しっかし本当暑いですね……行っても行っても砂漠だし……」

 この広大な砂の海を一人で歩くことを考えたらゾッとする。
 今から奴隷になりに街に行くとは言え、この光景を見たらむしろ彼らに拾われたのは幸運だったんじゃないのかとすら思えた。だって、見果てぬレベルの砂漠を延々と移動するのは、人間の俺からすればまさに「死の行進」だもんよ。
 もしこの人達に見つかって無ければ、普通に干からびて死んじゃってたぞ絶対。

 そう思うと、食われかけて奴隷にされたとはいえ、俺は非常に運がいいと言える。
 しかも、今俺を運んでいる“砂犬族”の族長ラガルさんと、三人のイケメンな子分のお兄さん達でなければ、俺は再び死の危険に曝されている所だったろう。

 それに、もし悪い奴隷商に拾われていたら、俺はこの熱砂の上を平気で歩かされ続けて途中で死んでいたかもしれない。
 そうなっていないのは、ひとえにラガルさん達の高待遇のおかげだった。

「いやぁ……なんか本当、運んで貰ってすみませんね」
「ツカサくぅん、君ってば一応売られるんだけど……なんでそんなに落ち着いてるの」
「奴隷だぞ? 家畜になんだぞ? よく平気だなぁ……」
「その胆力、ちょっと尊敬ッス」

 褒められてるんだか何だか分からないが、しかしお礼を言わずには居られない。
 だって、今の俺は“砂犬族”の子分三人衆のお兄さんたちに、カゴの神輿を作って貰ってそこに乗って移動してるんだから。

 普通の奴隷の扱いを考えたら、これってすっごい優しさだもんな。
 しかも、俺が日差しに弱いって事を知って、俺の持っているカサを籠に括りつけて日よけを作ってくれたし。いやぁ、獣人って言ってもやっぱ理性的だよなぁ。

「売られるとは言っても、俺ここを一人で歩いてたら多分死んでたと思いますし……。それを考えるなら、運んで貰えるだけありがたいなと……」

 籠を棒で担ぐ三人の子分お兄さんたちにそう言うと、彼らはやっぱり「わっかんねぇなぁ」と言わんばかりに顔を歪めて俺を見る。
 彼らは、俺が「奴隷になるのに大人しくしてる」のが凄く解せないらしい。

 どうも、ラガルさんの話を聞いている限りでは、獣人達にとって「奴隷」とか「家畜」と言う存在は凄くイヤなものらしい。……といっても、汚らわしいと言う意味ではない。
 詳しくは聞けなかったが、ニュアンス的には最大級の侮辱って感じなようだ。

 卑しい身分に落とされるのが悔しいというよりも、何かに飼われて不当な従属で己を縛らなければならないというのが、彼らにとっては我慢ならない事らしい。
 たしかに……ラガルさん達は自由に暮らしてるみたいだし……獣人って野生の獣のような慣習が多いみたいだから、望まない従属はイヤなんだろうな。

 俺からすれば、望まないことをさせられてるってのがイヤな理由になるんだが、彼らからすると「従属」はいいけど「支配」が嫌なんだそうで……なんだか難しい。
 俺からすれば結局一緒では? と思うんだけど、やっぱこういう違いも異なる暮らしを行っている人たちだからなんだろうな。

 ……って、そんな場合じゃないか。
 まあ、のほほんと感謝してる俺もおかしいっちゃあおかしいんだし、ここは一つ神妙な顔をして奴隷になる自分を憂えてみるか。

「なんだおめえ、そんな遠くが見えづらくなったじいさまみたいな変顔して」
「これは神妙な顔つきなんですけど!!」

 ヘンガオじゃねーよシリアスやろうとしたんだよっ。
 ああもう締まらねえなぁ……。
 にしても本当に暑い。籠で担いでくれるのはありがたいけど、みんな大丈夫だろうか。砂犬族で砂漠は得意だからと言っても、さっきからずっと走りっぱなしだし。

「あのー……みなさん大丈夫っすか。疲れてないです?」
「え? オレら?」

 驚いてまた見上げて来る子分三人組に頷く。
 汗もかいてない様子だけど、さすがにこの陽気じゃ心配になって来た。無理はしてないだろうかと問いかけると、三人は顔を見合わせてからまた俺を見た。

「今度は心配するのか」
「まったく変わった種族だなぁ……」
「でも、言われてみれば確かにちょっと腹へったッスねえ」

 そういうと、彼らは何かを窺うように戦闘のラガルさんを見やった。
 すると、相手はその気配に気が付いたのか振り向く。

「なんだおめえら、もう腹減ったってのか」
「だ、だって親分、俺達朝から歩きどおしなんですもん……腹ぁ減りましたよぉ」
「はー……ったく、仕方ねえなぁ……おい、ちょっとお前を食わせてもいいか」
「えっ!? いやですけども!?」

 ラガルさんのとんでもない発言に条件反射で応える俺に、相手は違う違うと手を振って近付いてきた。

「あー、誤解だ。汗をでもいいから舐めさせてやってくれってことだよ。おめえの汗は腹の足しになるだろうし」
「そ、そういうことですか……ならまあ……」

 乗せて貰ってるんだし、ソレで本当に満たされるのなら構わんが……しかし、汗を舐めさせるってのはちょっとヤだな。
 もう少しなにか方法が無いだろうか、と思っていると、三人の子分はウキウキと籠を降ろして唐突に俺の両腕を籠から引き出す。

「わーい! じゃあ頂くッスー」
「すまんな」
「メシの代わりになるのかなー。血が良かったなぁ」
「ギャーッ、いきなりですかアンタらー!!」

 体は籠の中の日陰に収まっているものの、両腕を出されたせいでジリジリと腕に日光が当たって痛い。制服の上からでもそう思うのに、上着を脱げシャツをめくれなどと言われ、あれよあれよと言う間に素肌の腕を曝されてしまった。

 ぐうう、日差しがキツい。
 今だってじんわり汗が滲んでたのに、コレじゃほんとに汗が噴き出しちまうよ。
 ああでも、こんなヤバい日差しの中で俺を担いでる三人の大変さを思えば、俺の汗程度ですむってんなら協力したくも有るが……で、でも舐めるのはちょっと!

 女性の腕でもドンビキなのに、男同士って絵面がキツすぎるでしょ!!

 いくら舐める方がイケメン三人でも俺が嫌だわ! 自分の腕を他人が舐めるって、どー考えても異常でしょ!?

「んじゃ頂きまーす」
「わーっ! っ、ぎゃっ、うわっ、ちょっひっ、うぃいっ」

 採血される時みたいに曝された両腕を、三つの舌で一斉に舐められる。
 汗で少し湿っていた肌をザラついた大きな舌で舐められると、くすぐったいような、ゾワゾワするような変な感覚になって口からつい変な声が出てしまった。

 う、うう、笑いそう。いや違う、なんかくすぐったくて漏らしそうかも。
 俺くすぐられるの弱いんだよ。つーかそもそも、この状況が異常で怖い。だって、俺の両腕を三人の男に舐められてるって異常過ぎるだろ。

 な、なのに誰も止めてくれないし、三人とも荒い息をハァハァ漏らして、俺の腕から手からをべろべろと舐め回して……っ。

「美味そうだなぁ……俺にも後から舐めさせてくれよ」
「ひぐっ、ちょっ、あ、あのっ、せめて直接舐めるのは……っ」
「ん~やっぱうめえな~。肉齧りてぇ~!」
「食べられないのが惜しいですね……。せめて最後に血だけでも瓶に入れて貰った方がいいのかも……」
「ああ~美味いッス~」

 肌を舌で舐め回されると、体が一々反応しておかしくなる。
 手じゃなくて、人の顔がすぐそばにあるからなのかな。それとも、この状況が何だか変態っぽいせいで恥ずかしくてむず痒くなってるのか。

 ともかく、こんなの長く続けていられるもんじゃない。
 っつーか子分三人衆が不穏な事を言ってるから止めさせてほしいんですけど、俺の肉を齧りたいとか言ってるんですけど約一人が!

「あ、あのもう充分……っ」

 舐めましたよね、と、制止しようとしたのだが。

「…………うん?」

 俺の様子を舌なめずりしながら見ていたラガルさんが、ふと頭のボサついた狼耳を様々な方向に動かした。可動域は狭いが、何かを探している。
 どうしたのだろうかと思った途端、ラガルさんが左の方を見て顔を歪めた。

「なっ……」

 一音発して、ラガルさんが硬直する。
 そういえば何やら「ドドド」という音がしているが、何の音だろうか。まさか異世界に車や飛行機などなかろうし……などと思ってラガルさんと同じ方を見た。
 そこには。

「え゛っ!?」

 信じられないものを見て、俺はラガルさんと一緒に硬直してしまう。
 だがそれも仕方のない事だった。

 だって、そこには――――ありえないほど巨大な熊が、砂煙を巻き上げてこちらへ向かって来ている姿が有ったのだから。









 
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