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参 海ノ妖ノ章
参ノ拾参 酒呑童子の足跡を追う理由
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日が頭の上にのぼる頃、フェノエレーゼとヒナは村人たちに見送られ、港を旅立ちました。
ナギは目的があるからと、一足先に発っています。
村長から牛鬼退治のお礼にと、魚の干物や握り飯を風呂敷いっぱいにもらいました。その風呂敷は今、ヒナの背中で上下に揺れています。
雀は朝飯を食べてさほど経っていないのに、物欲しそうにヒナの背にある風呂敷を見ています。
毎度毎度雀のせいで食料不足の危機に陥るため、次に雀が飯をねだったら巾着に詰めて口を塞ごうかと、フェノエレーゼはなかば本気で考えます。
二刻ほど歩くと、道端の木陰に苔むした地蔵がいました。
ヒナは足を止め、屈んで両手を合わせます。
「お地蔵さま、お願いします。フエノさんが天狗に戻れますように」
実はヒナが地蔵にお祈りするのはこれで三回目。毎日道中で地蔵や塚を見かけるたびに手を合わせるので、フェノエレーゼは肩をすくめます。
「まさか桜の村で言ったことを本気にしてお祈りをやるとは。人間は暇なんだな」
『チチチ。旦那ってばそんなこと言って、本当は嬉しいく……「黙れ雀」
ドスッ!
『ひぎゃーーー!』
雀が言い終わる前に、丸い腹に扇が当たり鈍い音を立てました。
「ま、丸ちゃんどうしたの?」
ヒナはお祈りに集中していたため、背後の小競り合いに気づきませんでした。
雀が煩く鳴くので何事かと顔をあげます。
「どうもしない。空耳だろう」
『ひどいっさーー!』
フェノエレーゼは人間と違い、寿命というものはありません。少なく見積もってもあと何百年も生きるのだから、ヒナの同行を許したのは数年かそこらの暇潰し。気まぐれに過ぎないはずでした。
歩いてきた道を振り返れば、砂には大小二人分の足跡が伸びています。フェノエレーゼの下駄と、ヒナの草履と。
こんな風に同行者がいて賑やかなのも悪くはないと、ほんの少し思ったのでした。
ヒナは膝についた砂ぼこりを手で払いながら立ち上がります。
「あ、そうだフエノさん。さっき陰陽師のおにいさんが探してるっていってた、“げどうまる”ってなあに? 丸ちゃんの仲間?」
「ああ、外道丸……酒呑のことか。雀とはなんの関係もないぞ。あれは鬼だからな」
ナギは旅立つ前、「二百年生きた天狗であるなら、外道丸という者を知りませんか?」と、フェノエレーゼに聞いてきたのです。
外道丸について知るために旅をするのだと言いました。
別に隠し立てすることでもないので、フェノエレーゼは正直に答えました。
“十数年前から猿田彦のもとに仕えている鬼がそんな名前だ”と。
越後の国上という地から来たらしいことをちらりと聞いたような記憶があるけれど、もとより他者に興味のないフェノエレーゼは詳しく覚えていません。
ナギの話から、『悪しき鬼・酒呑童子は十四年前、源頼光に討たれた』と伝わっていることがわかりました。
「人の世で死んだことにされて、退治したという人間は英雄扱いとは、酒呑が人里に降りたがらないわけだ……まあ私には関係ないことだしどうでもいいな。ヒナ、早く行くぞ。日が暮れるまでに寝床に良さそうな場所を探さねば」
どうしてナギが酒呑のことを知りたがるのか。
ナギは話したくなさそうな様子だったので、あえて聞くことはしませんでした。
彼は半妖だから、なにかしら酒呑と因縁があってもおかしくはないだろうと一人勝手に納得して、フェノエレーゼはまた前を向いたのでした。
参 海ノ妖ノ章 了
ナギは目的があるからと、一足先に発っています。
村長から牛鬼退治のお礼にと、魚の干物や握り飯を風呂敷いっぱいにもらいました。その風呂敷は今、ヒナの背中で上下に揺れています。
雀は朝飯を食べてさほど経っていないのに、物欲しそうにヒナの背にある風呂敷を見ています。
毎度毎度雀のせいで食料不足の危機に陥るため、次に雀が飯をねだったら巾着に詰めて口を塞ごうかと、フェノエレーゼはなかば本気で考えます。
二刻ほど歩くと、道端の木陰に苔むした地蔵がいました。
ヒナは足を止め、屈んで両手を合わせます。
「お地蔵さま、お願いします。フエノさんが天狗に戻れますように」
実はヒナが地蔵にお祈りするのはこれで三回目。毎日道中で地蔵や塚を見かけるたびに手を合わせるので、フェノエレーゼは肩をすくめます。
「まさか桜の村で言ったことを本気にしてお祈りをやるとは。人間は暇なんだな」
『チチチ。旦那ってばそんなこと言って、本当は嬉しいく……「黙れ雀」
ドスッ!
『ひぎゃーーー!』
雀が言い終わる前に、丸い腹に扇が当たり鈍い音を立てました。
「ま、丸ちゃんどうしたの?」
ヒナはお祈りに集中していたため、背後の小競り合いに気づきませんでした。
雀が煩く鳴くので何事かと顔をあげます。
「どうもしない。空耳だろう」
『ひどいっさーー!』
フェノエレーゼは人間と違い、寿命というものはありません。少なく見積もってもあと何百年も生きるのだから、ヒナの同行を許したのは数年かそこらの暇潰し。気まぐれに過ぎないはずでした。
歩いてきた道を振り返れば、砂には大小二人分の足跡が伸びています。フェノエレーゼの下駄と、ヒナの草履と。
こんな風に同行者がいて賑やかなのも悪くはないと、ほんの少し思ったのでした。
ヒナは膝についた砂ぼこりを手で払いながら立ち上がります。
「あ、そうだフエノさん。さっき陰陽師のおにいさんが探してるっていってた、“げどうまる”ってなあに? 丸ちゃんの仲間?」
「ああ、外道丸……酒呑のことか。雀とはなんの関係もないぞ。あれは鬼だからな」
ナギは旅立つ前、「二百年生きた天狗であるなら、外道丸という者を知りませんか?」と、フェノエレーゼに聞いてきたのです。
外道丸について知るために旅をするのだと言いました。
別に隠し立てすることでもないので、フェノエレーゼは正直に答えました。
“十数年前から猿田彦のもとに仕えている鬼がそんな名前だ”と。
越後の国上という地から来たらしいことをちらりと聞いたような記憶があるけれど、もとより他者に興味のないフェノエレーゼは詳しく覚えていません。
ナギの話から、『悪しき鬼・酒呑童子は十四年前、源頼光に討たれた』と伝わっていることがわかりました。
「人の世で死んだことにされて、退治したという人間は英雄扱いとは、酒呑が人里に降りたがらないわけだ……まあ私には関係ないことだしどうでもいいな。ヒナ、早く行くぞ。日が暮れるまでに寝床に良さそうな場所を探さねば」
どうしてナギが酒呑のことを知りたがるのか。
ナギは話したくなさそうな様子だったので、あえて聞くことはしませんでした。
彼は半妖だから、なにかしら酒呑と因縁があってもおかしくはないだろうと一人勝手に納得して、フェノエレーゼはまた前を向いたのでした。
参 海ノ妖ノ章 了
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