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参 海ノ妖ノ章
閑話 白い烏の罪と罰
しおりを挟むこの世とあの世の狭間に、あやかしたちの住まう里があります。
人の国と違い常春のそこでは、鵺や化け猫、火車など、数多のあやかしが思い思いに暮らしているのです。
妖怪同士ならば仲良くなれるかといえば、そううまくはいきません。
神格である猿田彦に目をかけられていることと気位が高い性格がわざわいして、フェノエレーゼは妖怪にも遠巻きにされ、孤独でした。
あやかしの里で生活するようになってしばらくすると、フェノエレーゼは猿田彦に仕えているという二人のあやかしに引き合わされました。
海のあやかし、聖龍。狐のあやかし、玉藻。
二人ともフェノエレーゼよりもはるかに長く生きるあやかしです。
聖龍はなにかとフェノエレーゼの世話を焼こうとするので、他のあやかしたちは“初孫ができたおじいさんのようだ”と笑います。
玉藻は、人の女に化けては人里で男を手玉にとり贅沢三昧するのを楽しみとする生活を繰り返していました。一度贅沢を覚えると平凡な暮らしはできぬとそぶきます。
八十年と少し経った頃、新たに猿田彦の従者が増えました。
酒呑と名乗った鬼は赤い肌、紫の両目、額から伸びた二本の角、緑がかったボサボサの長い黒髪が印象的でした。
かつて人間だったという鬼は粗暴で言葉遣いはきれいとは言い難く、その上フェノエレーゼに煙たがられているのを承知の上で馴れ馴れしくするのです。
あやかしの中でも特に苦手なたぐいだと、フェノエレーゼは思いました。
こうしてたくさんのあやかしに出会い、猿田彦からは人間を憎むなと教えられましたが、フェノエレーゼの中から人間に対する憎しみが消えるわけではありませんでした。
時折猿田彦の目を盗んで人の世に出ては、嵐を起こして村を荒らしてまわったのです。
そしてあやかしの里で暮らすようになって百年の月日が流れたころ、フェノエレーゼはいつものように猿田彦の目を盗んで人の世に出ました。
「くく、人間どもめ、私の故郷を奪った恨みは忘れぬぞ! 思い知るがいい!」
海の上を飛び、両翼を大きく広げて巨大な竜巻を喚びました。
海面は荒れ、船が一隻沈んでいきます。
「いい気味だ。ははは! 次はあそこに見える村にしよう!」
人が逃げ惑い、泣き叫ぶのは何度見ても楽しいものでした。故郷と家族を奪われた復讐をするのは無意味だと猿田彦に何度も諭されましたが、理屈ではないのです。
もうフェノエレーゼにはこれしかなかったのです。
「風よ、私に従え!」
遥か眼下に見える山村の畑に向けて、強風を起こします。人間の育てている作物がどんどん風でズタズタに裂かれ、飛んでいきます。
「ああ愉快愉快。さて、そろそろあちらに戻るか。猿田彦に見つかったらうるさいからな」
ひとしきり人里を荒らし回って満足したフェノエレーゼは、この世とあの世の狭間に飛ぼうとしましたが、それは叶いませんでした。
「……猿田彦、いつからそこに」
「いつから? ワシは最初からここにいた。もはや言い逃れはできぬぞ、フェノエレーゼ」
人里を荒らした一部始終を見ていた。淡々とそう言われ、フェノエレーゼは血の気が引きました。
普段は温厚な猿田彦が怒りに燃えているのを、肌で感じ取りました。
猿田彦は空気を震わせるほどの怒声を放ちます。
「フェノエレーゼ、そなたの行いは目に余る。しばらく地上で反省してこい!」
避ける間もなく伸ばされた手がフェノエレーゼの額に当てられました。
雷に似た光が走り、全身強い痛みに襲われます。
「う、あぁあぁあ!」
気絶するほど鋭い痛みで飛んでいることができなくなり、フェノエレーゼはまっ逆さまに地上に落ちました。
ザバーーン!
なんと幸運なことか、フェノエレーゼが落ちたのは人里近くを流れる川でした。深さも溺れるほどではありません。
「たいへん! お兄さん、だいじょうぶ!?」
たまたま近くにいた五才になるかならないかの童女が、川に飛び込んでフェノエレーゼに手を差し伸べました。
朱の着物、肩で切り揃えられた黒髪、目尻が上がっていて元気な印象を与えるその子は、後にフェノエレーゼと共に旅をすることになるヒナでした。
参ノ章 閑話 終
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