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弐 桜木精ノ章

弐ノ玖 新たな旅立ち

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 夜が明け、ナギは村に戻って桜のもとであったことを説明しました。

「そうかい、あの桜には心があったんか」

「おらたちが見えねぇだけで、桜は痛えっ、やめてって泣いとったんだな。そらぁ悪いことをした……」

 村人たちは谷を渡る大きな桜の枝を見つめます。
 枯れる寸前だった枝には桜の蕾がいくつもついています。

「ああ。あなた達が咲くことを望む。そうすれば桜はこれからも咲くことができる。森に住まう妖怪たちも、過剰に木を切らないでくれと嘆いていた」

「ありがとうなぁ。あんたはそんげに若いのにうでききの陰陽師なんだな」

「いや、おれは……結局、あなた達のいった、あそこに橋をかけたいというのぞみを叶えられてはいません。礼なら彼女たちに言ってあげてください。桜のことを心配して、追ってきた」

 彼女たち、と手のひらでフェノエレーゼとヒナを示します。
 
 村人たちから見られ、フェノエレーゼは居心地の悪さを感じました。
 昨日まで「咲かない桜は要らない、伐ってしまおう」と言っていた村人たちが、今度は「桜を大事にしよう」と言う。人間は勝手な生き物だな、と思いました。

「今回は貴女たちのおかげで桜を救えたことを感謝します。が、今後はこういったことは控えてください。祓いの場に乱入するのはあまりにも無謀です」

「ふん。何度も言わせるな。私は誰にも従わない。もしもまたお前が妖怪祓いをする場に出くわしたら、私は何度でも同じことをする」

 フェノエレーゼの瞳と、ナギの瞳がかち合います。
 説得されたところで自分の考えを変える気はない、お互いそれを感じとりました。

「フエノさん、ケンカはだめよーー!」

『チチチ! そうでさ。陰陽師に下手に関わったら危ないでさー! ケンカなんて売らないでさっさとおいとましやしょう!』

 険悪な空気をかもしだす二人の間に、ヒナが割って入ります。
 
『きゅいきゅい! ちょっと! あたしの主様に何失礼なこと言ってるの!』

 ナギの襟からオーサキが出てきて、目の前を飛んでいた雀に飛びかかりました。

『きゅい! 主様を悪く言うやつはあたしが食べてやる!』

『ぎゃーー! あっしは美味くないっさーー! たーすーけーてーー!』

「よし、用も済んだし次に行くか」

 足元で取っ組み合っている雀を放置して、フェノエレーゼは村の北にのびる道に向かいます。

「ふ、フエノさん、このままじゃ丸ちゃん食べられちゃうよーー!」

「かまわん。静かになっていい」

『ひどいっさーー! ひとでなしーーーー!』

 羽をばたつかせて泣きわめく雀。ナギがオーサキを止めてようやく開放されました。

 フラフラ飛びながらヒナの頭に着地します。

「お嬢さんがた、もう行くのかい? せっかく桜をもとに戻してくれたんだ。お礼にもう一晩くらい泊まっていきなね」

 昨日声をかけてくれたおばあさんに呼び止められますが、フェノエレーゼは立ち止まりません。
 ヒナがかわりに頭を下げ、おばあさんにお礼を言います。

「お兄さん、桜を見られて良かったわ。おばあさん、お弁当つくってくれてありがとう。わたし、フエノさんのお手伝いしなきゃだからもう行くね」

 ヒナは弁当のつまった風呂敷を背負いなおし、おばあさんや村人たちに大きく手を振って、フェノエレーゼを追いかけます。

「フエノさん、フエノさん、次はどこに行くの?」

「あのばあさんが川沿いを下れば港に出ると言っていた。そこにしようか」

『チチチ! 港! うまい飯にありつけまさーー!』

 雀はやっぱり食い意地がはっていました。

「港ってことは海があるのね。わたし、海ってまだ行ったことないの。楽しみ」

 ヒナが期待に目を輝かせ、フェノエレーゼの隣を歩きます。

「ねえねえフエノさん。あのお兄さんが、言ったことはほんとになるって言ってたでしょ。じゃあ、毎日“フエノさんの羽が戻りますように”って言ったら戻る?」

「さあな。やりたいなら試してみるといい」

『チチチあっしは“旦那が優しくなりますように”って……ぎゃあ!』

 雀が言い終わる前に、白い羽扇が雀をはたき落としました。
 
「おや、そこにいたのか。手が滑った」

『ひどいっすーー!』



 卯月の桜吹雪の中、二人と一羽は再び翼を取り戻す旅に出発したのでした。


弐 桜木精ノ章 了
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