20 / 147
弐 桜木精ノ章
弐ノ玖 新たな旅立ち
しおりを挟む
夜が明け、ナギは村に戻って桜のもとであったことを説明しました。
「そうかい、あの桜には心があったんか」
「おらたちが見えねぇだけで、桜は痛えっ、やめてって泣いとったんだな。そらぁ悪いことをした……」
村人たちは谷を渡る大きな桜の枝を見つめます。
枯れる寸前だった枝には桜の蕾がいくつもついています。
「ああ。あなた達が咲くことを望む。そうすれば桜はこれからも咲くことができる。森に住まう妖怪たちも、過剰に木を切らないでくれと嘆いていた」
「ありがとうなぁ。あんたはそんげに若いのにうでききの陰陽師なんだな」
「いや、おれは……結局、あなた達のいった、あそこに橋をかけたいというのぞみを叶えられてはいません。礼なら彼女たちに言ってあげてください。桜のことを心配して、追ってきた」
彼女たち、と手のひらでフェノエレーゼとヒナを示します。
村人たちから見られ、フェノエレーゼは居心地の悪さを感じました。
昨日まで「咲かない桜は要らない、伐ってしまおう」と言っていた村人たちが、今度は「桜を大事にしよう」と言う。人間は勝手な生き物だな、と思いました。
「今回は貴女たちのおかげで桜を救えたことを感謝します。が、今後はこういったことは控えてください。祓いの場に乱入するのはあまりにも無謀です」
「ふん。何度も言わせるな。私は誰にも従わない。もしもまたお前が妖怪祓いをする場に出くわしたら、私は何度でも同じことをする」
フェノエレーゼの瞳と、ナギの瞳がかち合います。
説得されたところで自分の考えを変える気はない、お互いそれを感じとりました。
「フエノさん、ケンカはだめよーー!」
『チチチ! そうでさ。陰陽師に下手に関わったら危ないでさー! ケンカなんて売らないでさっさとおいとましやしょう!』
険悪な空気をかもしだす二人の間に、ヒナが割って入ります。
『きゅいきゅい! ちょっと! あたしの主様に何失礼なこと言ってるの!』
ナギの襟からオーサキが出てきて、目の前を飛んでいた雀に飛びかかりました。
『きゅい! 主様を悪く言うやつはあたしが食べてやる!』
『ぎゃーー! あっしは美味くないっさーー! たーすーけーてーー!』
「よし、用も済んだし次に行くか」
足元で取っ組み合っている雀を放置して、フェノエレーゼは村の北にのびる道に向かいます。
「ふ、フエノさん、このままじゃ丸ちゃん食べられちゃうよーー!」
「かまわん。静かになっていい」
『ひどいっさーー! ひとでなしーーーー!』
羽をばたつかせて泣きわめく雀。ナギがオーサキを止めてようやく開放されました。
フラフラ飛びながらヒナの頭に着地します。
「お嬢さんがた、もう行くのかい? せっかく桜をもとに戻してくれたんだ。お礼にもう一晩くらい泊まっていきなね」
昨日声をかけてくれたおばあさんに呼び止められますが、フェノエレーゼは立ち止まりません。
ヒナがかわりに頭を下げ、おばあさんにお礼を言います。
「お兄さん、桜を見られて良かったわ。おばあさん、お弁当つくってくれてありがとう。わたし、フエノさんのお手伝いしなきゃだからもう行くね」
ヒナは弁当のつまった風呂敷を背負いなおし、おばあさんや村人たちに大きく手を振って、フェノエレーゼを追いかけます。
「フエノさん、フエノさん、次はどこに行くの?」
「あのばあさんが川沿いを下れば港に出ると言っていた。そこにしようか」
『チチチ! 港! うまい飯にありつけまさーー!』
雀はやっぱり食い意地がはっていました。
「港ってことは海があるのね。わたし、海ってまだ行ったことないの。楽しみ」
ヒナが期待に目を輝かせ、フェノエレーゼの隣を歩きます。
「ねえねえフエノさん。あのお兄さんが、言ったことはほんとになるって言ってたでしょ。じゃあ、毎日“フエノさんの羽が戻りますように”って言ったら戻る?」
「さあな。やりたいなら試してみるといい」
『チチチあっしは“旦那が優しくなりますように”って……ぎゃあ!』
雀が言い終わる前に、白い羽扇が雀をはたき落としました。
「おや、そこにいたのか。手が滑った」
『ひどいっすーー!』
卯月の桜吹雪の中、二人と一羽は再び翼を取り戻す旅に出発したのでした。
弐 桜木精ノ章 了
「そうかい、あの桜には心があったんか」
「おらたちが見えねぇだけで、桜は痛えっ、やめてって泣いとったんだな。そらぁ悪いことをした……」
村人たちは谷を渡る大きな桜の枝を見つめます。
枯れる寸前だった枝には桜の蕾がいくつもついています。
「ああ。あなた達が咲くことを望む。そうすれば桜はこれからも咲くことができる。森に住まう妖怪たちも、過剰に木を切らないでくれと嘆いていた」
「ありがとうなぁ。あんたはそんげに若いのにうでききの陰陽師なんだな」
「いや、おれは……結局、あなた達のいった、あそこに橋をかけたいというのぞみを叶えられてはいません。礼なら彼女たちに言ってあげてください。桜のことを心配して、追ってきた」
彼女たち、と手のひらでフェノエレーゼとヒナを示します。
村人たちから見られ、フェノエレーゼは居心地の悪さを感じました。
昨日まで「咲かない桜は要らない、伐ってしまおう」と言っていた村人たちが、今度は「桜を大事にしよう」と言う。人間は勝手な生き物だな、と思いました。
「今回は貴女たちのおかげで桜を救えたことを感謝します。が、今後はこういったことは控えてください。祓いの場に乱入するのはあまりにも無謀です」
「ふん。何度も言わせるな。私は誰にも従わない。もしもまたお前が妖怪祓いをする場に出くわしたら、私は何度でも同じことをする」
フェノエレーゼの瞳と、ナギの瞳がかち合います。
説得されたところで自分の考えを変える気はない、お互いそれを感じとりました。
「フエノさん、ケンカはだめよーー!」
『チチチ! そうでさ。陰陽師に下手に関わったら危ないでさー! ケンカなんて売らないでさっさとおいとましやしょう!』
険悪な空気をかもしだす二人の間に、ヒナが割って入ります。
『きゅいきゅい! ちょっと! あたしの主様に何失礼なこと言ってるの!』
ナギの襟からオーサキが出てきて、目の前を飛んでいた雀に飛びかかりました。
『きゅい! 主様を悪く言うやつはあたしが食べてやる!』
『ぎゃーー! あっしは美味くないっさーー! たーすーけーてーー!』
「よし、用も済んだし次に行くか」
足元で取っ組み合っている雀を放置して、フェノエレーゼは村の北にのびる道に向かいます。
「ふ、フエノさん、このままじゃ丸ちゃん食べられちゃうよーー!」
「かまわん。静かになっていい」
『ひどいっさーー! ひとでなしーーーー!』
羽をばたつかせて泣きわめく雀。ナギがオーサキを止めてようやく開放されました。
フラフラ飛びながらヒナの頭に着地します。
「お嬢さんがた、もう行くのかい? せっかく桜をもとに戻してくれたんだ。お礼にもう一晩くらい泊まっていきなね」
昨日声をかけてくれたおばあさんに呼び止められますが、フェノエレーゼは立ち止まりません。
ヒナがかわりに頭を下げ、おばあさんにお礼を言います。
「お兄さん、桜を見られて良かったわ。おばあさん、お弁当つくってくれてありがとう。わたし、フエノさんのお手伝いしなきゃだからもう行くね」
ヒナは弁当のつまった風呂敷を背負いなおし、おばあさんや村人たちに大きく手を振って、フェノエレーゼを追いかけます。
「フエノさん、フエノさん、次はどこに行くの?」
「あのばあさんが川沿いを下れば港に出ると言っていた。そこにしようか」
『チチチ! 港! うまい飯にありつけまさーー!』
雀はやっぱり食い意地がはっていました。
「港ってことは海があるのね。わたし、海ってまだ行ったことないの。楽しみ」
ヒナが期待に目を輝かせ、フェノエレーゼの隣を歩きます。
「ねえねえフエノさん。あのお兄さんが、言ったことはほんとになるって言ってたでしょ。じゃあ、毎日“フエノさんの羽が戻りますように”って言ったら戻る?」
「さあな。やりたいなら試してみるといい」
『チチチあっしは“旦那が優しくなりますように”って……ぎゃあ!』
雀が言い終わる前に、白い羽扇が雀をはたき落としました。
「おや、そこにいたのか。手が滑った」
『ひどいっすーー!』
卯月の桜吹雪の中、二人と一羽は再び翼を取り戻す旅に出発したのでした。
弐 桜木精ノ章 了
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
29
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる