上 下
21 / 147
弐 桜木精ノ章

閑話 ナギとオーサキ 邂逅

しおりを挟む
 オーサキの両親は、陰陽少属《おんみょうしょうぞく》の式神でした。
 三人兄弟の末っ子として生まれたオーサキは、他のオーサキと違いました。

「痛え!! 咬みやがった! この、役立たずが!! 親狐は使えるやつだったのに!」

 オーサキが生まれて二月も立たぬうちに、主《あるじ》はオーサキを捨てました。
 もうすぐ冬がくるのに森に捨てられ、オーサキの白い毛は冷たい泥にまみれました。

『役立たずでけっこうよ! そんなせまくるしい筒に閉じ込めようとするあんたが悪いんだから!』

 どろどろになりながらもオーサキは訴えます。
 クダギツネでありながら、オーサキは暗いところ、狭いところが嫌いなのでした。

 オーサキはまたの名をクダギツネ。式神として従える者は皆、竹筒などにオーサキを入れて運びます。

 筒を嫌がっているのに、主は妖怪の声を聞くことのできない者だったので、オーサキが反抗しているようにしか見えませんでした。

 捨てられてからどれくらい経ったでしょうか。

『ああ、寒い。それにお腹がすいたわ。住むところもないし、どうしようかしら』

 強がってもまだ産まれたて。狩りの仕方も冬の越しかたもわかりません。
 降り積もった木の葉の上で丸くなって寒さに耐えていると、葉っぱを踏む足音が近づいてきます。それは元主の足音とは明らかに違う、けれど人のものでした。
 体を濡らしていた雨が遮られ、温かな手がオーサキを拾い上げました。

「これは……オーサキの子ども? どうしてこんなところに。家族はいないのですか?」

『知らないわ。あたし、おんみょうしょうぞくってやつに“筒に入れない役立たず”って言われて捨てられたの』

 オーサキが鳴くと、オーサキを拾い上げたその人が、柔らかい布でオーサキの泥をぬぐってくれました。

「かわいそうに。それならうちにおいで。お師匠さまならきっと、君を引き取っても怒らないから」

 恐る恐る頭を上げると、まだ十にならないくらいの人間の男の子でした。紫の右目に黒の左目という、人間らしからぬ瞳と目が合います。
 元主と違い、優しい表情をしています。この人なら信じても大丈夫だと、直感で思いました。

『じゃあ、あたし、あんたについてく』

 初めてオーサキの声を聞いてくれた人。
 人間と妖怪の匂いが入り交じるその子が、後にオーサキの主様《あるじさま》になる少年、ナギでした。


 閑話 ナギとオーサキ 邂逅 了
しおりを挟む

処理中です...