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第十一章

11-12 弱い俺には、勿体ないです

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「カズさん、そんな神妙な顔つきで、どうかしましたか?」

皆が心配そうに俺を見ている。

「何か違和感を感じる事があってね…。」

クラリッセさんが入れてくれたコーヒーを飲みながら、かいつまんで話す。
レルネさんの店の整理後、あの店で錬成ができる部屋を作ること、化粧品を作るために魔導師を雇用したいことから、カルムさんの店を訪ね親子を見つけた事。
その親子はオーネ出身である事等々…。

皆真剣に考えている。

「カズさん、ホールワーズ伯爵領は帝国領と隣接しています。
 まさかとは思いますが、ホールワーズが帝国とつるんでいる可能性も排除できない状況ですね…。」

 また帝国か…。
しかし、帝国はともかく、何故シェルフールに?同じ伯爵じゃないか?

「イチよ、その理由はそちじゃ。
 おそらく、王都かノーオか、それとも儂らの郷に出入りしている商人から、イチの何らかの情報を聞きつけ、その情報を探りに来たのではないかの?」

あ、パズルのピースがはまったように、ストンと落ちた。

「お好み焼き、ソース、石鹸、しゃんぷりん…か。」
「だろうの。イチの特許はこの伯爵領にも莫大な収入をもたらせておるのではないか。」

そんな事をユーリさんが言ってたことを思い出した。

「毎年白金貨並みの収入だとか言ってましたね。」
「何もせず、それだけの金が転がり込んでくるからの…、であれば、その製法などを盗み、自領でも生産したいというのが領地を経営している者、もしくは商人のサガであろうの。」
「だから、マナの多い親子を…。」
「まぁ、その親子は何も知らぬかもしれないが、旦那の方は何か絡んでいる事は間違いないの。
 どうじゃメリア?」
「その線は濃厚ですね…。」
「奥様、それが真実であれば、カズ様はどうなるのでしょうか…。」
「それは分からぬな…。
 その親子を利用して、製法を盗み出した後に親子を買い戻すか、色仕掛けで我らの結束を崩そうとして来るのか、はたまたイチの暗殺を…。」

ナズナ、サーシャ、ネーナの顔つきが変わった。

「えと…、そんな危ないことは無いとは思うけど…。」
「いえ、政治の世界が絡んでいるとすれば危険なこととなりますね。」
「しかし、そういった危険分子は王宮にとっても“目の上の瘤”になるんじゃないか?」
「そうですが、その証拠を明るみに出さなければ、排除することも難しいですね。」


「なぁ…、俺はこの世界ではヤバいヒトなのか?…。」
「カズ様の魔法は戦略級です。それと食事や女性に対する生活向上には無くてはならない存在です。」
「という事は、俺が居なくなれば、皆が安全に暮らしていけるという事なんだな…。」
「いえ、そういう意味はありません!私たちにはカズ様が必要なのです。」

完全に負のスパイラルに陥ってしまった。
マイナス思考が被害妄想を呼び続ける…。
俺が文化を1レベル上げなければ、皆、普通に暮らしていけた…ハズ。
ディートリヒやナズナ、ベリルにスピネル、ミリーやニコル…、メリアさんだって天命に従い命を全うしていくだけなんだ…。

「なぁ…、俺には何が正解なのかは分からない。
そいつらが何をしたいのか、そして俺たちをどうしたいのかは、当事者に聞いてみなければ分からない事だけど、少なくともここに居るメリアさん、ディートリヒ、ナズナ、ベリル、ニコル、そして下で石鹸としゃんぷりんを錬成してくれているレルネさん、スピネルとミリーたちを助けたこと、そしてこれからみんなで一緒に暮らしていきたいと感じてる事は間違っていないと思う。」
「カズさん…。」
「でもな、皆に危険が及んだりしてまで、俺自身が生きていきたいとは思わないんだ。
所詮52歳のおっさんだ、あと何年生きられるか分からないが、そんな命のために皆を危険に晒したいとも思っていない。
俺が身を引くことで、皆が平穏無事で過ごすことが出来れば…」

バチン!!!

左の頬に一瞬痛みが走る。
何が起きたのか全く分からずに居るが、俺の前にはメリアさんが居る。

あ…、俺殴られた、というか引っぱたかれたが正解か…。
この感覚、何十年ぶりだ…。
でも、頬の痛みなんかすぐに治まるが、叩いた本人にはずっと心に残ってしまうんだよな…。

「メリアさん、すまなかった。」

メリアさんを優しく抱きしめる。

「カズさん…、言って良い事と悪い事があります…。
 私たちはカズさんに助けていただいたのは紛れもない事実です。
 その事実に感謝し、カズさんと一緒に助け合いながら生きていこうと決めています。
 だから、カズさんが居なくなった世界など、考えたくもないんです。
 自ら居なくなるなんて、口が裂けても言わないでください。」

メリアさんが泣いてる…。
ディートリヒも…、ナズナも…、皆が泣いている…。

「お館様…、命を助けていただいた事は感謝しても感謝しきれません。
 でも、その御恩に報いるという私たちの思いを避けないでください…。」

「みな、すまない…。
 俺は弱い、脆いよ…。
 そうだよな…、助け合って生きていこうって言ったのは俺だよな…。
皆が笑顔で過ごせる日々を過ごしていく事が俺の夢だって言ったのも俺なんだよな…。
 だったら、出来る事をするのが俺か…。」
「いいえ、“俺”ではなく、“俺たち”と言ってください。」

「ご主人様、ひとつご提案がございます。」

おもむろにサーシャさんが話し始めた。

「私とネーナは暗殺術を持っています。それにナズナ様も斥候というジョブにより隠蔽をお持ちだと聞いております。先ずは私たちにその女性の身辺と情報を探らせてくださいませ。」
「しかし、サーシャさんとネーナさんは隠蔽というか隠遁は持っていなかったはず。」
「それは、これから覚えます!
 さらにできればフライも会得させていただければ、行動力が格段に上がります。
 そうですね…。2日もあれば概要を仕入れてまいります。
 その後、カルム様の奴隷をどうするのかお決めになればよろしいかと。」
「サーシャさん、ネーナさん。何故そこまでされるのですか?」
「ご主人様という事もありますが、このような綺麗な服も着させてもらえますし、下着もピアスも、そして、何より食事が美味しいのです!
 この生活に慣れてしまうと、元の生活に戻る事はできません!」

答えは単純明快であるが、一番心に来る。





「イチよ、そういう事じゃ。
 皆、おぬしという存在そのものが、皆の一部と化しておるのじゃ。
 諦めろ!そして、儂らと共に生きて行け!」

 男泣きという言葉があるが、それ以上に泣いた。
そう言えば、この世界に来て沢山泣いたなぁ。
喜怒哀楽を全面に出しているし、『ありがとう』も『ごめんなさい』も言えてる。
俺はそんな生活が大好きになっていたんだ…。

「ありがとう。
 それじゃ、何とか伯爵なのか、その後ろに帝国がいるかもしれないけど、そいつらを潰すことになるかもしれないが、とことん俺に付き合ってくれ。」
「ふふ。そうですね。帝国が相手となれば、王都も黙っておりませんからね。」
「でも、戦争はしないからね。ヒトとヒトが争い関係の無いヒトが大勢死ぬってのは勘弁だからね。」
「カズさん、それは時と場合によりけりです。」
「いや、それだけは避けますよ…。何なら、帝国に俺たちだけで殴り込めばいいんだから。」
「であれば、魔法をもっと学ばないといけませんね。」
「いや、石鹸も販売し始めたし、なかなか時間が取れないからなぁ…。」
「カズさん、でしたら、街のヒトをお雇いください。
 服とこれから支給される下着、ピアスや化粧品の社員価格での販売だけでも大勢のヒトが集まると思います。あ、では商業ギルドに行き、そうですね…、一号店に4名ほど募集しましょう。
 二号店も開店後に3名、三号店も3名で十分かと思います。
 ディートリヒさん、商業ギルドで10名の採用募集をかけましょうか。
 募集内容は…、そうですねぇ、働く時間は8時30分から夕方の5時30分まで。途中1時間の休憩有。お給料は毎月大銀貨10枚、30日に4回は休暇有、まかない昼食付。年齢は20~30歳、スタンピードの際に被害を受けた方を厚遇します。くらいでどうでしょうか。
 あ、もちろん約束事は守ってもらいますので、紋章は付けさせていただきますけど。」

とんとん拍子に話が進んでいるのだが、いつの間にか俺は端っこに座り、コーヒーを飲んでいた…。
なかなかガールズトークに入っていけないんだよね…。

あ、殴られた時…、
『殴ったね…。親父にも殴られたことないのに…』
というセリフを言うのがお決まりだったんだ…。

今になって後悔した…。
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