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嫁ラブと夫放置でお出掛けしたい嫁との攻防戦です。

結婚とは、良く解らないので、悩みます。

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 佐々礼さざれには5人の子供がいる。

 一番上が9才の弥吉やきち、次が8才のはる、4才のゆき、3才の次郎、2才の三郎である。

 そして、夫になるのは茂平もへいである。



 元々は結婚していたが妻を早く亡くし、子供にも恵まれなかったらしく、今は一人……だったのだが、采明あやめの義父の親綱ちかつなが何やら嫌そうな顔で二言三言囁くと、普段温厚な茂平が激怒して屋敷を飛び出し、しばらくして戻ってきた。

 すると、いつもは悠真たちと同じ身軽な姿なのだが、渋めの衣一式を着て姿を現す。
 その姿に、神五郎しんごろうは、にやっと、

「あぁ、叔父上はようやく追い出したのか」
「叔父上?えっと……茂平さんですよね?」
「ん?あぁ、叔父上は隣の屋敷の主だ。親族との後継者問題が鬱陶しいらしい。叔父上は中条藤資なかじょうふじすけどのと申される。普段の格好では叔父上と声をかけても殴られるが、この姿ということは……」

采明の視線は、佐々礼達が住む小さな離れに向かい、そして、

「わぁぁぁ! 茂平さん?」
「おいちゃん? 今何て言ったの?」
「む、無理です……私は……」

大騒動に行ってみると、子供たちがはしゃぎ、大人3人は呆然としている。

「あ、あの……私は、身分が釣り合いません!」
「身分よりも年だと思うがの。そして、わしは、貴方を利用する小ズルい男じゃ」

 自嘲するように、ため息を漏らす。

「わしには跡取りがおらぬ。嫁も早くに亡くした。そうすると、親族がわしを差し置いて、跡目争いを始めた。そのようなものに、中条の家はやれぬ!」
「……中条の家……と言うと、中条藤資様ですか?」

 悠真ゆうしんは叫ぶ。



 中条藤資は、直江家と……いやそれ以上に力を持つ家である。
 当主の藤資は、永禄えいろく11年(1568年)に70才位で亡くなるまで、上杉謙信うえすぎけんしんの重鎮として仕えた。
 だが、子供に恵まれず、親類たちがあれこれと画策しているらしい。



「……わしは跡取りの息子や、敵に回るか味方となるかを悩む者に送り込む娘や、養子として送り出す息子がほしい。佐々礼どのには5人の子供がおる。弥吉は長男としてわしの跡を継いで貰う。次郎は兄を支える為に、そして三郎は成長してから、息子のいない家に婿養子に……そして、晴と雪は嫁に出す。だが、ただそのために……利用するためだけに、家に来て欲しいと言っているのではない。貴方が苦労して育てている子供たちの成長を、わしにも見させてほしい。わしには子供がおらぬ……親綱は自慢しおって……わしにも、わしの子供がほしい。一方的な要求だと思うが……貴方にも穏やかな時が欲しいであろう……この屋敷の隣がわしの屋敷じゃ。悠真や奥方にもすぐに会いに来られる」
「こ、子供たちだけでは……」
「そんな事はせぬ。わしは、貴方も妻に迎えて、そして子供たちの父親になりたい。お願い致す。わしの我が儘を聞いてはもらえぬか?」

 佐々礼は躊躇う。

「わ、私には前の夫がいて……もしかしたら、ご迷惑を……」
「そんなもの、わしに任せてくれれば良い。他には?」

 佐々礼は茂平こと中条藤資を見つめる。

「子供たちを幸せにできれば……送り出すにしてもきちんとした教育を……中条の家の子供になるのです。茂平さん……中条様が恥ずかしい思いをしないように、わ、私も……努力いたします……このような身分の女ですが、中条様に泥を塗るような者にならないように……」

 深々と頭を下げる。

「身分など関係あるまい。采明どのがあれなのだから」

 藤資は豪快に笑う。

「采明どのを見ていたからこそ、余計にわしも結婚に飽きただの、親戚付き合いは面倒だと言ういいわけはせぬ。佐々礼どのと子供たちを守るゆえ……信じてほしい」
「おじちゃん……じゃないや、父上!」

 弥吉……後に景資かげすけに名を改める整った顔立ちの少年は、しっかりと立って藤資を見上げる。

「お願いします! 俺……僕も、晴たちも、頑張ります! だから……今まで一杯苦労して育ててくれたお母さんを大事にしてください! いつも、僕たちを庇って、身体中傷だらけで……それでも必死に僕たちを育ててくれたんです! お願いします。お母さんが幸せになれるように……お願いします!」

 子供たちは、揃って頭を下げる。
 その姿に、藤資は近づいて、5人の子供の頭を撫でる。

「母上だけでは幸せになれんぞ? お前たちと言うかわいい子供がおらんと、母上も寂しがるし、この父も悲しい。皆で幸せになろう。良いな?」
「はい。父上!」
「で、ですが……、本当に……」

 躊躇う佐々礼に、妹の埜々香ののかは花を抱きにっこりと、

「いいじゃないの。姉さん。お隣にお引っ越し! 時々遊びに行っても良いですか? 藤資様」
「茂平で構わんよ。そっちの方が気楽じゃ。埜々香どのも、 気楽に来てもらえると嬉しい。まぁ、一応ついでに、悠真も来ても良いぞ?」
「一応、ついでって何ですか! 茂平さん? 行きますよ、絶対!」

 くわっと食って掛かった悠真に、茂平は、

「あぁ、そうか。こんでもいいのにの?」
「茂平さん!」
「あはは……! 悠真も、つてを頼ってどこぞの養子に放り込むとしようかの。では、親綱と二人で、馬鹿をもう一度しばきたおしにいこうと思っておるゆえ……あぁ、そうじゃ」

一度行きかけて戻ってきた茂平が懐から取り出したのは、いくつものお守り袋。

「これは、わしの家の守護神の社よりお預かりしたものじゃ。大事に身に付けるが良い。特に弥吉と晴は年は過ぎておるが、7つの祝いをしておらぬであろう? そして、次郎たちも神に守られねばならぬ。我が家が信仰する神は、子供たちを守る神。身に付けておきなさい。そして、佐々礼どのも災いから身を守ることじゃ良いな?」
「わぁぁ!」

 子供たちは、弥吉から渡された守り袋を首に下げてはしゃいでいる。

「では、日取りなどはおいおい決めていくが、早めに祝言はあげたいと思うておる」

 駆け寄ってきて、自分の貰ったにしきの袋を見せる三郎に、にっこりと笑い頭を撫でる。

「嬉しいか? 三郎?」
「きゃぁぁぁ!」

 キラキラ綺麗なものを貰ったと、はしゃぎ跳び跳ねる子供たちを見つめ、

「子供たちには幸せになってほしい。そう思う。そして佐々礼どのにも」

茂平は目を細めたのだった。
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