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第三章 ささえ

(7) シオリさん

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「あたしと君は、さ。ぶっちゃけ、今日初めて会った赤の他人。
 そりゃ、まあそうなんだろうけど、正直言うと、あたし君の中に何か似たものを感じてるんだ。ほんと、今の君って昔のあたしみたいで、はじめましてな感じが全然しなくてさ。
 だから、もしよかったら話してみてよ。大してしてあげられることはないけど、これでも年上だから、聞くことくらいはできるからさ」

「……わかりました。昔からわたし、音楽を聴いたりするのが好きで。それに音感にも少しだけ自信があるから、両親の影響で、結構音楽に触れる機会も多かったんです。繰り返し曲を聴いているうちに、段々歌うことも、好きになっていました。
 でも、わたしはこんな風に動きがとろくて、いつもみんなより、ワンテンポ遅れてしまうんです。体育の時も全然合わせられないし、授業中も、いつも緊張してうまく答えられない。そんなわたしだから、今まで友達もできなくて、ずっと一人ぼっちでした。だから暇があれば、図書室にこもって本を読んでました。読書は、自分のペースで出来るので、気が楽なんです」

 少しだけ自嘲気味に笑うと、梢ちゃんは次第に声を震わせながら独白を続ける。

「中学までは、そんな感じで過ごしていたんですけど、高校生になる少し前から、やっぱり音楽がしたいな、って思うようになって。そんな時、近い歳の女の子たちが歌っているって噂で聞いて、居てもたっても居られなくなって、つい足を運んでしまったんです。そしたら、とても感動しました。やっぱり、みんなでやる音楽って、いいなって、心からそう思ったんです。
 ……でもそれと同時に、自分には無理だ、とも思いました。演奏中の先輩たちは、とても輝いてる。わたしには、一緒に加わるなんて、とてもできない。
 だから、せめてファンとして応援してるということだけを伝えて、すぐに立ち去りました」

「……そっか」

「それ以降も、先輩たちの演奏を聴きに行って、終わったらすぐいなくなるようにしました。でも、ある日急に、本土まで遊びに行こう、って誘われました。今までそんな経験全くなかったので、思わず返事してしまったんですけど、結局みなさんの後についていくことができなくて、こうしてはぐれちゃいました。
 わたしはやっぱり、いるだけで迷惑になってしまうんです。多分みなさん、今頃わたしのことなんて忘れて、どこかで遊んでいると思います。それでいいです。わたしなんかが加われるわけなかった。みんなでやる音楽なんて、最初から無理だったんですよ」

 やがて、梢ちゃんは小さくすすり泣く。その嗚咽が一本一本鋭い棘になって、わたしの鼓膜に次々と突き刺さった。

 梢ちゃんの思いをこうして初めて耳にし、段々と胸が痛くなってくる。
 そうやって今更後悔ばかりが募りだした時、シオリさんが静かに彼女に話し掛けた。

「ほら、ハンカチ。よければ使いなよ。どうせあたしなんかの言うことだからさ、適当に聞いててよね。さっきも言ったと思うけど、あたしはかつて君みたいな子だった。
 今はこんな感じだけど昔は引っ込み思案で、なかなか友達と喋れなくて、高校まではずっと独りだった。本当の自分って一体何なんだろう、そんなしょうもないことを、ずっと考えてばっかだったなー」

「……そう、だったんですか?」

「うんうん。で、気づいたらそのまま大学生になってた。いい加減、変わりたいなぁって思ってた時、テレビでアカペラのこと知ったんだ。その番組に出てた若い子たちは、みんな真剣に、でもとても楽しそうに、それぞれの音を鳴らしてた。
 そんな姿を観て、あたしはこれだと強く感じた。今まで自分を何一つ表現できなかったけど、やっとその方法を見つけられた。そう思ったんだ。
 だから、すぐに楽器屋に行って、楽譜や教本を買い漁った。そして動画を見たり、曲を聴いたりして、頑張って勉強したよ。でも、それからいざ仲間を集めようとした時、思ったの。今まで友達もできなかった自分が、仲間集めなんてできるわけないって。
 だから結局何もやれないまま、時間だけ無駄に過ぎていった」

 ここでシオリさんの話が途切れる。
 まるでその先を話すのをためらっているみたいだ。

 それでも少し経ってから、彼女は再び話を再開した。

「でもね、そんなあたしにも転機が起きた。音美島に親戚がいてさ、休暇期間中に何日かお邪魔したの。そこで気晴らしに南山に登ったんだ。
 登山なんて生まれて初めてだったし、今考えても頭おかしいと思うけどさ。それで案の定道に迷って、雨が降る中ある洞穴に逃げ込んだ。
 震えながら中をよく見ると、隅っこにボロい祠があったのね。それを見て、何でかわかんないけどあたし、自分の気持ちを伝えたくなったんだ。だから祠の前で祈った。あたしにもいつか音楽仲間ができますように、って。そしたら、不思議と心が熱くなって、勇気が湧いてきたんだよ。貴女ならできる、自分を信じなさい、って、目の前で神様が語り掛けてくれているような気がしてさ。
 そんな話、誰も信じちゃくれないけど、でもあの時のあたしには本当にそんな気がしたんだ」

「へぇ……」

「そんで市に戻ってから、勇気を出して周りに呼び掛けてみた。ポスターも作ったし、同じ授業の人に恐る恐る声をかけたりもした。ネットも、フルに活用したよね。で、その結果今こうしてユニットを組んで、運よくメジャーデビューまでできたんだ。
 ここにいるみんなは、全員それぞれ何かを抱えて生きてる。その中身はみんな違うだろうし、詳しくなんてわかりっこない。
 でも一つだけ言えるのは、どんな人間がいても、好きな音楽をやるのに、問題なんかないってことかな!」

 全て話し終えた後、シオリさんはそっと励ますように話し出す。

「……だからさ。自分を変えたい、一歩前に踏み出したいって思うんだったら、きっとできるよ。だって、このあたしが変われたんだもん。
 年上のよく知らないお姉さんに騙されたと思って、まずは勇気、出してみなって! きっと、うまくいくはずだから」

 そして、へへっ、と声に出して笑った。

 梢ちゃんも、ここからじゃわからないけれど、きっと今頃笑顔になっているに違いない。
 そう確信した。
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