上 下
38 / 87
第三章 ささえ

(6) アカペラバンド

しおりを挟む
「遅いぞ。一体どこまで行ってたんだ」

 少しだけイライラしながら野薔薇が聞いてくる。
 先に一言謝ってから、精一杯の気持ちを込めみんなに頼み込んだ。

「お願い。今から言うことを、とにかく信じてほしい。
 梢ちゃんは、さっき電車通りを渡ったところで、今はクレープ屋さんのそばのどこかに向かってるみたい。その辺を重点的に探そう」

 みんな釈然としない顔でわたしの言葉を聞いていたけれど、やがて早百合がいの一番に応じた。

「わかった。どうせ他に手がかりもないし、よくわからないけど桜良の直感を信じてみようよ」

 後の二人も、続いて無言で頷いた。

 まずは、電車通りから程近いクレープ屋の前まで急いで向かう。
 しかし、そこから辺りを見渡しても、梢ちゃんの姿は確認できなかった。

 ひょっとしたら、既にもうどこかの店に入ってしまっているのかも……。
 再度手分けして探そうとしていた三人に、自分だけここで待たせてほしい、とお願いする。

 何かわかったらすぐ呼ぶから。
 そう強く伝えると、みんなは黙って頷いて方々へと走り去っていった。

 やがて一人になると、大通りの隅っこに移動し、目を閉じてもう一度梢ちゃんの声に耳を傾ける。
 すると、心地よいジャズの音楽に混じって、先程の女性らしき人と会話する声が聞こえた。


「ーーーゴメンね、こんな所まで連れて来ちゃって。
 一人で不安そうに、同じ場所を何度も歩き回っていたから、ほっとけなくてさ」

「……い、いえ、わたしも一人で怖くて。先輩方とはぐれちゃって、どうしようもなくて」


 よかった。
 ひとまず、梢ちゃんは酷い目に遭ってはいなさそうだ。

 ちょっとだけ安心し、再び意識をそちらに集中させる。


「紹介するね。あたしは、シオリ。そしてそこにいる人たちは、バンド仲間。
 今日この店でこれからライブさせてもらうから、その前に少しだけ集まって、だらだらすることにしてたの」

「……バンド、ですか? でも、みなさん、楽器は?」

「ああ、ゴメン。バンドっていっても、楽器はないんだ。あたしたちは、アカペラバンドだから。
 『ハミングバード』って、聞いた事ない?」

 梢ちゃんが申し訳なさそうに、いいえ、と呟くと、シオリという女性はとっさに小さく笑った。

「だよね~。だってまだまだあたしたち、デビューしたてのヒヨっ子だもん。もっと世間に浸透するよう頑張んなきゃなぁ。
 そういえば、君の名前を聞いてなかったね。よければ教えてくれる?」

「……こずえ。稲森梢です」

「こずえちゃんは、歌は好き?」

「は、はい。好きです。合唱や、もちろんアカペラも、大好きなんです!」

「お、おう、そっかそっか。じゃあ、学校で何かやったりとかは……」

「……いえ。まだ高校には入ったばかりで。でも、実は先輩たちのグループに誘われていて、今日もその方たちと遊びに来たんです」

「ふーん。じゃあ、君は、その先輩たちにとっては、可愛い後輩ちゃんなんだ」

「……で、でも」

 ここで、急に梢ちゃんが言い淀む。
 どうしたの、とシオリさんが心配そうに尋ねた。

 やがて、梢ちゃんは弱弱しい口調で話し始める。

「わたし、入るの、やっぱり断ろうと思ってるんです。
 こんなに迷惑かけてしまって、さらに申し訳ないと思うんですけど……」

「ほう、それまたどうして?」

「それは、その……」

 しばらく、会話がストップする。

 彼女がどんな風に考えているのか、知ることができたらどんなにいいだろう。
 そう思っても、今のわたしにはどうすることもできない。


 すると、シオリさんが穏やかに語り始めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

君と光へ

たあこ
ライト文芸
昔話・浦島太郎の新釈童話。 新釈童話とはーー 既存の物語の大まかなストーリーから、設定を足し新たに自由な物語を創ること。 一章が新釈童話、二章はその登場人物のアフターストーリーです。

落花流水、掬うは散華―歴史に名を残さなかった新選組隊士は、未来から来た少女だった―

ゆーちゃ
ライト文芸
京都旅行中にタイムスリップしてしまった春。 そこで出会ったのは壬生浪士組、のちの新選組だった。 不思議な力のおかげで命拾いはしたものの、行く当てもなければ所持品もない。 あげく剣術経験もないのに隊士にされ、男装して彼らと生活をともにすることに。 現代にいた頃は全く興味もなかったはずが、実際に目にした新選組を、隊士たちを、その歴史から救いたいと思うようになる。 が、春の新選組に関する知識はあまりにも少なく、極端に片寄っていた。 そして、それらを口にすることは―― それでも。 泣いて笑って時に葛藤しながら、己の誠を信じ激動の幕末を新選組とともに生きていく。  * * * * * タイトルは硬いですが、本文は緩いです。 事件等は出来る限り年表に沿い、史実・通説を元に進めていくつもりですが、ストーリー展開上あえて弱い説を採用していたり、勉強不足、都合のよい解釈等をしている場合があります。 どうぞ、フィクションとしてお楽しみ下さい。 この作品は、小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。 「落花流水、掬うは散華 ―閑話集―」も、よろしくお願い致します。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/807996983/195613464 本編では描ききれなかった何でもない日常を、ほのぼの増し増しで書き綴っています。

FRIENDS

緒方宗谷
青春
身体障がい者の女子高生 成瀬菜緒が、命を燃やし、一生懸命に生きて、青春を手にするまでの物語。 書籍化を目指しています。(出版申請の制度を利用して) 初版の印税は全て、障がい者を支援するNPO法人に寄付します。 スコアも廃止にならない限り最終話公開日までの分を寄付しますので、 ぜひお気に入り登録をして読んでください。 90万文字を超える長編なので、気長にお付き合いください。 よろしくお願いします。 ※この物語はフィクションです。 実在の人物、団体、イベント、地域などとは一切関係ありません。

猫と幼なじみ

鏡野ゆう
ライト文芸
まこっちゃんこと真琴と、家族と猫、そして幼なじみの修ちゃんとの日常。 ここに登場する幼なじみの修ちゃんは『帝国海軍の猫大佐』に登場する藤原三佐で、こちらのお話は三佐の若いころのお話となります。藤原三佐は『俺の彼女は中の人』『貴方と二人で臨む海』にもゲストとして登場しています。 ※小説家になろうでも公開中※

二度とお姉様と呼ばないで〜婚約破棄される前にそちらの浮気現場を公開させていただきます〜

雑煮
恋愛
白魔法の侯爵家に生まれながら、火属性として生まれてしまったリビア。不義の子と疑われ不遇な人生を歩んだ末に、婚約者から婚約破棄をされ更には反乱を疑われて処刑されてしまう。だが、その死の直後、五年前の世界に戻っていた。 リビアは死を一度経験し、家族を信じることを止め妹と対立する道を選ぶ。 だが、何故か前の人生と違う出来事が起こり、不可解なことが続いていく。そして、王族をも巻き込みリビアは自身の回帰の謎を解いていく。

マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム

下城米雪
ライト文芸
 彼女は高校時代の失敗を機に十年も引きこもり続けた。  親にも見捨てられ、唯一の味方は、実の兄だけだった。  ある日、彼女は決意する。  兄を安心させるため、自分はもう大丈夫だよと伝えるため、Vtuberとして百万人のファンを集める。  強くなった後で新しい挑戦をすることが「強くてニューゲーム」なら、これは真逆の物語。これから始まるのは、逃げて逃げて逃げ続けた彼女の全く新しい挑戦──  マイナーVtuberミーコの弱くてニューゲーム。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

泡沫の願い

桜樹璃音
ライト文芸
私の「兄」は、一生を懸けた大嘘吐きでした。 運命から逃れられなくても、護りたい人がいる。傍に居たい人がいる。 ただ、キミを護りたい。その、笑顔を護りたい。 キミが、幸せだと。そう、微笑んでくれれば、それでいい。 それだけで、いい。 キミは、俺の、生きる意味だから。 新選組「沖田総司」のたったひとつの願いとは。 ▷こちらの話は「ただ儚く君を想う」のSSとなります。本編をお読みいただいていない方も楽しんでいただけるよう書いております。

処理中です...