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六本の糸~地球編~
4.側面
しおりを挟む「何度言ったら分かるんだ!?お前は医者になりなさい!!」
鬼の形相で父はいつもと同じセリフで怒った。
「俺は宇宙に出たいんだ!!貿易関係に行けば」
いつも自分がなれなかった夢を自分に押し付ける。シンタロウはそんな父に舌打ちをした。
「お前。親に向かってその態度は何だ!?」
父はシンタロウのそんな態度にいつも怒鳴る。
「シンタロウ。お父さんはあなたのためを思って・・・・・」
母は父に逆らわない。優しいのではなく気が弱く自主性が無いのだ。
「俺のためを思っているなら俺のやりたいことは無視なのか!?それが俺のためなのか?」
シンタロウは母に反論した内容なのに父を見て言った。父は何も言わずに顔を顰めるだけだった。
ああ、いつもそうだ。だんまりだ。
《やっぱり、商学やって貿易に行こうか。宇宙に出てみたいしな。》
コウヤに話した日、家に帰ると父と母が話していた。
夜遅く出掛けていることは二人とも知っているが、咎めないのは二人の満足する成績を取っているというのもあるが、二人とも評価以外シンタロウに興味が無いのだろう。
シンタロウはそう思っていた。だから、いつも二人が話している内容に興味すら無かった。
だが、この日は家族以外に自分のやりたいことを話したという事実で感覚がたぎるような気分だった。
「・・・・いつまでも過去に囚われているわけにはいかないのかもしれないな・・・・」
いつも聞く父の声とは違い、気弱な声だった。
「わかっています。けど、私もあなたも・・・・昔のことは忘れましょう。」
この母の声はいつもと違い、力強かった。
思わず息をひそめて二人の会話に耳を傾けた。
「貿易に行こうとするくらいいいじゃないですか。あの子のやりたいことを頭ごなしに否定するのは・・・・」
シンタロウは母の言葉に驚いた。母は、自分のやりたいことに対して好意的な意見のようだからだ。そんなこと全然わからなかった。
「宇宙に出て、死んだらどうする?お互い宇宙の事故で全てを失っただろう。」
父の言葉にもシンタロウは驚いた。声色がいつもと違い、母に縋るようであったのは勿論だが、父の言ったことが初耳だったからだ。
「確かに私もあなたも・・・・宇宙の事故で両親を失いました。けど、目指すことはさせてあげたいのですよ。シンタロウもおじいちゃんとおばあちゃんの話をしてもいいと思うのです。」
母はいつもの頼りない優しさではなく、はっきりした口調で言った。
「私と違ってシンタロウは賢い。おそらく私たちが思っている以上に沢山の道があるんだろう。だが、宇宙に出るというのは・・・・だめだ。」
父は気弱な口調だが、断固として首を振り続けていた。
「全て・・・・・話すべきなのかもしれないですね。あなたと私の両親のこと。あの子にどうして否定するのか言わないと、あなたも言った通り賢い子です。私たちの助けなんかなくても自分で学部を決めて進んでしまいます。」
母は父に呆れているようだが、優しさのある声で諭すように言った。
自分の認識が全然違っていたことにシンタロウは愕然とした。
だいたい両親の親のことも知らなかったのだ。祖父母という存在は知らなかったが、不思議に思うことも無かった。それが宇宙での事故が原因だということと、それが父が頑なに自分が宇宙に出ようとする仕事を目指すことを否定する理由だということ。
二人とも自分のことを考えていた。
二人に気付かれないようにシンタロウは自分の部屋に戻った。
翌朝、父と母が別の人間に見えた。悪い意味ではない。
シンタロウは父の前に座った。父は驚いた様子を見せたが、見栄っ張りなのだろう。すぐにいつものしかめっ面になった。
「父さん。」
「なんだ?」
「・・・・・俺はやっぱり宇宙に出たい。」
シンタロウの言葉に父はいつものように更に眉を顰めた。
「お前・・・・・なんど・・・・」
「俺は死なないよ。約束する。危ないことはしない。」
父のいつもの反論を断ち切るようにシンタロウは言った。
父は目を見開いていた。
「昨日の・・・・まさか聞いて・・・・」
「だからお願いします。目指すことだけでも認めてください。」
シンタロウは父に初めて頭を下げた。
後ろで母が笑っていた。頭を下げた時に目に入ったのだ。ずっと気が弱いと思っていた母は、父以上に気が強い女であったのだから頼もしい限りである。
父は先手を打たれたと感じたのか、初めて見るほど混乱している。
「・・・・・必ず帰ってきなさい。」
父は一瞬母を見て仕方なさそうにしていた。後ろで母が父に圧力をかけているというのが今ならわかる。自分が思っていた力関係とは違っていたのだと昨日知った。
「父さん。それって・・・・」
「ただし、勉強はまんべんなくしなさい。せっかく理科系科目が得意なのだからそれを生かせるように自分を磨きなさい。」
父はもはや反対はしなかった。
「はい。ありがとう。父さん。」
シンタロウは久しぶりに父に笑顔を向けた。父も口元が少し緩んでいた。だが、複雑な気分なのだろう。眉間にしわが寄ったままだった。
「でも、父さんは何で頑なに医者を目指すように言っていたんだ?」
シンタロウは父がかつて医者を目指したというのは聞いていた。だが、宇宙に行くのを否定するためなら他の職業を挙げても良かった気がする。
「・・・・お前は私と違って頭がいい。ほら、頭がいい奴は医者を目指すだろ。」
余りにも幼稚な父の理論にシンタロウは愕然とし、驚き、本当は怒るべきだったのも知れないが通り越してその場で大笑いしてしまった。後ろで母が吹き出しているのも気が付いた。
「シンタロウ!!昨日はどこにいたんだ?」
とコウヤはシンタロウを見つけ走って行った。
シンタロウは駆け寄ってくるコウヤを見つめて言った。
「お前こそ昨日どこにいたんだ?廊下でも見かけなかったぞ。」
「なんか・・・ドールに乗った後って一日中頭痛がするらしいんだ。」
その話を聞いた途端シンタロウは表情を変えた
「・・・・どうした?シンタロウ・・・」
シンタロウはその問いに俯いた
「・・・・な・・・」
何かを呟いた。
コウヤは聞き取れなくて
「なんだ?どうした?」
ともう一回言うことをせがむと
「コウヤはいいよな・・・・ドールに乗れて・・・・」
シンタロウはコウヤを恨めしそうにみて言った。
コウヤはシンタロウの様子がおかしいことに気づき
「お前・・・・・どうした?」
とコウヤが訊くとシンタロウは何かの糸が切れたように表情が崩れた。
「うるさい!!何でお前は平和そうにしているんだよ。不安じゃないのか?」
大声で叫び、コウヤを突き飛ばした。
シンタロウの行動に驚いたコウヤは
「不安そうにしても、どうしようもないだろ。本当にどうした?」
コウヤはシンタロウの肩に手をかけようとした。
するとシンタロウはその手を払った。
「そうだな。どうしようもないんだよ!!」
と吐き捨てシンタロウは去って行った。その様子に尋常じゃないものを感じたが
ただシンタロウの後ろ姿を見送るしかコウヤにはできなかった。
「か・・・艦長!!休まなくて平気ですか!!?」
と緊張した声でリリーはハクトに声をかけた。
「大丈夫だ。次のドームについてから休む。」
とあっさりと答えた。
「だ・・・・大丈夫じゃないですよ!!艦長が倒れたら・・・・」
「今は倒れる時ではない。それに案外いけるものだ。」
とハクトが操舵室に行こうとすると
「む・・・無茶はしないでくださいね!!」
とリリーは大声で言った。
ハクトはあまりの大きさにびっくりした様子だが
「わかっている。」
と微笑み操舵室に向かった。
ハクトが出て行ってから
「あんたも頑張るわね・・・・私なんて脈のなさにすぐにあきらめたのに」
と副艦長が出てきた。
「副艦長・・・・副艦長も狙っていたって・・・・まさか・・・・」
とリリーは顔を真っ赤にして訊くと
「覚悟した方がいいわよ。鈍いからあの人。」
といい、出て行こうとした時
「あれ?副艦長って25ですよね・・・・・7歳もはなれていますよ!!!年下好きですか?」
と叫ぶと
ものすごい勢いで副艦長ことソフィ・リードはリリーに掴みかかった。
「振られた理由は年齢差じゃないから。あと、私は年下好きじゃないわ。」
とすごい形相で言われた。
「は・・・・・はい・・・」
リリーは勢いに負けてただ返事をした。
ハクトはふとこの前見たテレビのことを思い出した。
ネイトラルの新たな指導者のディア・アスール。
「次に画像のあるテレビを見れるのは第6ドームか・・・」
と何かを愛おしそうに呟いた。
それを聞いていたモーガンは
「何言ってるんですか?普通に見れますよ!!だって今は戦争中でも応戦中ではないですから。電波も安定してますし。」
と自分の持っている小型テレビを差し出した。
「・・・・そうなのか?」
と驚いたようにハクトは言った。
それを見たモーガンは
「いや・・・・厳密にはよくないですけど・・・・そんなルール守っているのは艦長ぐらいですよ。」
と罪悪感を滲ませながら言った。
「そうか・・・・」
とハクトは苦笑いをした。
「艦長も人間ですから娯楽は必要ですよ。ずっとドールに乗りっぱなしで月からここまで休みを全くとってないじゃないですか!!」
とモーガンは訴えると
「次のドームに付いたら休みを取るつもりだ。それよりモーガン。お前は整備士だからここじゃない場所が持ち場じゃないか?」
とリリーに言ったことと同じことを言った。
「細かいことはいいんですよ。今は応戦中じゃないし、俺は仕事をしてますから。それよりも今はどんな形であれせっかくドール使いが増えたんです。休んでください。」
とモーガンは小型テレビを無理やり押し付けハクトを椅子のところまで引っ張って行った。
「休憩のついでにテレビで次行くドームの情報を収集しとくとか、いろいろできるんですよ!」
とモーガンは力説した。
「便利だな。小型テレビは」
とハクトが感心して言うと
「休憩のことですよ!!取った方が効率的ですよ!!」
とモーガンは呆れ半ばうなだれた。
「休憩なら3時間に1回取っているし、食事も休憩の一つだろ。」
とその様子を面白そうにハクトは笑って言った。
「・・・・艦長次第6ドームのニュースですよね。ほら。次行くドームですよ。」
とモーガンは小型テレビを覗きこんだ。
ハクトの表情が固まった。
『速報です。ネイトラルのアスール総裁が第6ドームに来航される模様です。アスール総裁は月でゼウス共和国のヘッセ総統と会談しその足で向かってくるという・・・・・』
「へー・・・日程被っていますよ!!偶然会っちゃったらどうしましょうかねー艦長。ディア・アスール綺麗ですよね!!」
とモーガンはハクトの方を見た。
ハクトはぽかんとしていた。
それを見たモーガンはニヤッとし
「艦長・・・・ディア・アスールがタイプなんですか?・・・・わかりますよ。美人ですからね。」
と茶化し始めた。
それに気づいたハクトは
「・・・・いや・・・・・その・・・そういうわけじゃ・・・・」
と必死に否定しようとするが、ハクトの顔はこれ以上はないのではないかと思うほど赤くなり、脂汗もかいていた。
「艦長がどもるなんて~」
とモーガンは茶化し続けた。
軍本部のある大きな部屋にて
「やあ、ロッド中佐。君の活躍は聞いているよ。今後ともわが軍のためにその力を奮ってくれよ。」
と貫録のある男の声が聞こえている。
「ありがとうございます。レイモンド・ウィンクラー大将。」
「これでロッド家は名家に舞い戻るな。親父さんも鼻が高いだろう。」
レイモンドと呼ばれた初老の男はロッドを褒め称えた。このレイモンド・ウィンクラー大将は現地連軍トップの実兄にあたり、かつては勇ましい軍人として活躍し、一時代を気付いた軍人だ。今は軍の中心から退いてほぼ隠居状態であるが、ロッド中佐が出世するうえで数少ない協力的な人間だ。
「そうですね。父のレイ・ディ・ロッド侯爵が生きているうちに力を発揮したかったですよ。・・・・本当に父に見せたいですね。」
とロッド中佐は片頬を吊り上げて笑いながら言った。
「ははは・・・親父殿、・・・・レイも天国で喜んでおられるさ。君も大変な思いをしたのだ。中佐の地位にしばらく収まって休むといい。」
とレイモンドはロッド中佐に紙を渡した。
「これは・・・・?」
渡された紙を見てロッド中佐は尋ねた。
「それは半年後、君を大佐に上げたいと思っている。その際、君の功績をたたえて公に祝いたい。君は我が軍の畏れと憧れの象徴であり、若き兵士たちは皆君に憧れている。これはいずれ国民、いや、全宇宙に広まるだろう。」
とレイモンドは自分のことのように嬉しそうに言った。そして、何かを悪戯を企むことどものように目を輝かせた。
それを見たロッド中佐は笑みを口に浮かべ
「でも、こんなことは戦争が終わってからか、休戦に持ち込まなければできませんよ。」
と困ったように言った。
「この軍には君がいる。君がいる限りこの軍は負けない。君が引導を渡せばいい。」
という自分のことないのに自信たっぷりにレイモンドは誇らしげに言った。
「さすがに、この前戦ったドールとニシハラ大尉とハンプス少佐が同時にかかってきたらわかりませんよ。それに、自分が動いて終わらせられるほど単純ではないです。」
とロッド中佐は不敵に笑った。
「何謙遜しているんだ?その3人がかかってきても勝てると思っているくせにな。君が思っている以上に君の持つ力は強く大きい。」
とレイモンドは変わらずロッド中佐を褒め称えた。
「おっと・・・・こんな時間ですか・・・・レイモンド大将、早く戻らなければ補佐が怖いので。」
とロッドは笑いながら礼儀正しく部屋から出て行った。レイモンドは親族が軍に多いことと、ある理由からウィンクラー姓で呼ばれるのを嫌うため、ほとんどがフルネームと階級か、名前に敬称で呼ばれることが多い。
ロッドが部屋からいなくなってから。
「全く・・・・もう少し心を開いてくれてもいいのにな・・・・昔はもっと可愛げがあったのにな・・・」
とレイモンドは哀しそうに言った。
「あの事件から変わってしまったな。そうなんだろ?・・・・レスリー君も」
火星に本拠地を持つゼウス共和国だが、地球にも拠点を持っている。それが彼らの強みだ。
地球16ドームはゼウス共和国の所有ドームだ。
ゼウス軍の訓練施設らしき場所ではドール戦のシュミュレーション訓練が行われている。
訓練用のコックピットは実際に動くものではなく、人を収容し、画像上で動いた結果がわかるものだ。数人の少年たちがそれぞれ機械の中で訓練をしている。
その様子を見ている白衣を着た研究員らしき黄土色のくせ毛をした少年と30代前半ほどの外見をした化粧が濃い美人の女性がシュミュレーション画面と何やら数値が映し出された画面を見比べて頷いていた。
「・・・・なかなかよ。若い分訓練の結果がすぐに数値に出るわ。」
白衣の女性は楽しそうに画面を見ていた。
「そうですね。特殊体質でないものは順応性が適合率に大きく影響するようですね。環境が影響するのか乗っただけ数値が上がるのかは不明ですが、二桁以上がこれだけいれば戦況は大きく変わるでしょうね。」
白衣の少年は数値だけを見て頷いた。口調から少年よりも青年と言った方がいい年齢の様だ。
「そうよね。やっぱり環境なのかしら?」
女性は青年を見て首を傾げた。
「わかりませんね。体質といっても遺伝的なものなのかは不明ですし、育った環境とは言い難いです。ただ、プログラムの性質上、電波が絡んでいると思いますね。ドールプログラムは動作の伝達をスムーズにするために利用されていることもあります。」
青年は首を振った。青年は女性に頼りにされるが、立場的には女性の方が上の様だ。
「マーズ研究員。今回の訓練結果と研究結果を一緒にまとめて仮説をいくつか立ててくれる?」
女性は青年をマーズ研究員と呼び、上目遣いで頼んだ。
「わかりました。ただ、どこまで考えられるかわかりませんよ。」
マーズ研究員は困ったように頷いた。
「大丈夫よ。ゼウス共和国の生んだ天才のあなたの方が、年だけ重ねた私よりも考えの幅が広いわ。」
女性は頼もしそうにマーズ研究員を見た。
この女性の助手をしている男は、ゼウス共和国の生んだ天才と言われるマウンダー・マーズ。若干26歳で国トップの研究員として活躍し、ゼウス共和国のドールプログラムとドールの研究では右に出る者はいないと言われている。人体実験も行うため、医者の資格を持ち、メスを握ることもできる。
「わかりました。時間をください。明後日でもいいですか?」
マーズ研究員は考え込むようにして頷いた。
「もちろんよ。そうだ。新しいドール部隊はあの子達使ってもいいでしょう?」
女性は満面の笑みで頷き、再び上目遣いでマーズ研究員を見た。
「自分に訊くことじゃないですよ。俺はあくまであなたの助手です。」
マーズ研究員は呆れたように笑った。
「そうね。でも、あの子たちの中にはあなたの弟がいるからね。」
女性の言葉にマーズ研究員は一瞬だけ眉を顰めたが、直ぐに首を振った。
「軍に入った時から任務を優先すると言っているので、自分を気にしないでください。」
マーズ研究員は一瞬シュミュレーションの画像に目を移して逸らした。
「そうね。じゃあ、さっそく連絡しないとね。」
女性は体をくねらせて嬉しそうにした。
マーズ研究員は女性を片目に数値が表示された画面を見ていた。
数人の少年たちが、仲が良さそうに話している。その中心にいる少年は気が弱そうな黄土色のくせ毛の優し気な目をした少年だった。
彼の隣で一番彼に馴れ馴れしくしている少年はキツネ目で眉も少し吊り上がった少年だった。
「たーいちょ♪」
キツネ目の少年が気の弱そうな少年を冷やかすように囁いた。
「やめてよー。ジュン。まだ確定じゃないからさ。みんなも・・・・」
気の弱そうな少年はキツネ目の少年を退けるように押して、困った顔をしていた。
「いいじゃん。ダルトン。俺らの中だとお前が一番ドール適性も高いし。俺ら全員ならヘッセ少尉もメじゃないぞ。」
キツネ目の少年のジュンは変わらず気の弱そうな少年のダルトンを冷やかすように笑っていた。
「君たちの力があってだよ。俺単体だったらヘッセ少尉に遠く及ばない。」
ダルトンと呼ばれた少年は気弱そうなまま首を振った。
「さっきの訓練はお前がダントツだったんだろ?数値を見せてもらっただろ?」
ジュンと呼ばれた少年は他の少年たちに同意を求めるように言った。彼に同意するように周りの少年たちは頷いた。どうやらこの少年たちは信頼し合っている関係であると同時に友人でもあるようだ。
「俺、ダルトンになら命を預けられるよ。」
「俺もだ。」
他の少年たちは口々にダルトンを称賛した。
ダルトンは照れたように顔を俯かせた。
「それよりダルトンいいのか?」
ジュンは何かを思い出したようにして、ダルトンを心配するように見ていた。
「・・・・何が?」
ダルトンは言われたことに心当たりがあるのか、先ほどまでの気弱な様子とはうって変わって冷たい表情をしていた。
「・・・あの、マックスさん。お前の兄だろ?挨拶とかは?久しぶりに会うんだし。」
ジュンはダルトンの表情の変化にたじろぎながらも心配そうな表情崩さずにしていた。
「いいよ。あの人は・・・・俺のことなんか気にしていないだろうし。」
ダルトンはジュンの視線からあからさまに避けるようにその場から足早に立ち去った。
「・・・・ジュン?今のって本当か?」
ダルトンの後姿を見送りながら他の少年たちがジュンにそっと訊いた。
「ああ、あそこにいたマーズ研究員はダルトンの兄だ。てっきり察しているのかと思っていたけど、お前等知らないのか?」
ジュンは驚いたように他の少年たちを見た。
「いや、だって、マーズ研究員って、ゼウス共和国屈指の天才と言われている研究員だし、そんな人とダルトンが兄弟なんて思わないだろ?」
「そうだな。マウンダー・マーズは軍内部だったら誰でも知っているほどだし、ドールプログラムの研究を仕切っている変な女よりもできるって有名だろ?」
「それよりも、マックスって、愛称なのか?どこから来ているんだ?」
少年たちはダルトンがいないことをいいことに自由にものを言っている。いや、いても同じことを言うタイプなのだろう。ジュンは咎める様子もなく少年たちの話を聞いていた。
「・・・・余計なこと言ったみたいだな。今のことは忘れてくれ。」
ジュンは少年たちの様子を見て頭を抱えた。
「待てよ。聞いたら聞く前には戻れないだろ。ダルトンと不仲なのか?」
少年たちは興味津々な様子でジュンを見ていた。ジュンは困ったようにため息をついた。
「・・・・ダルトンには言うなよ。」
声を潜めて少年たちを見渡したジュンは少年たちが頷くのを確認した。
「小さいころから兄が天才だと言われていると劣等感がすごいみたいだ。マックスさんは研究員の道を迷いなく進んだが、ダルトンは同じ道は絶対に選ばないと軍に入ったんだ。」
無機質な廊下を地団太を踏むように大げさな足音を立ててダルトンは歩いていた。彼が通り過ぎるのを興味深そうに見るものはいるが、それを咎める様子の人間はいない。
「うるさい。ダルトン。」
その状態を壊すように、ダルトンを注意する声がかけられた。
ダルトンはその声を聞いてさらに表情を歪めた。
「・・・・・なんだよ。」
ダルトンは睨み付けるように声の主を見た。
「ここが軍の宿舎なら俺は気にしないけど、これだと俺の耳に入る。これからまとめないといけない報告書もあるうえに、ここは研究施設なんだ。デリケートな者が多い。人間も機械もだ。野蛮な脳筋軍人と違う人種が大半だ。」
ダルトンに睨みつけられたのを気にする様子もなく声をかけたマーズ研究員は淡々と言った。
ダルトンは舌打ちをしてマーズ研究員を避けるように歩きだした。
「俺から逃げるのか?」
マーズ研究員の言葉にダルトンは足を止めた。
「は?」
「俺と違う道を進むのも、頑なに俺を避けるのも逃げているんだろ?優柔不断なくせに逃げ足は速い。お前は兵士に向いていない。」
マーズ研究員は憐れむようにダルトンを見た。ダルトンは彼の視線に青筋を立てた。
「逃げるわけないだろ。だいたいあんたと同じ道を選んでも俺には何にもならない。自惚れるのもたいがいにしろ。」
ダルトンは横目でマーズ研究員を睨んだ。
「じゃあ何も考えずに選んだのか。お前は優柔不断なうえに流されやすいのか。」
マーズ研究員はため息をついて、嘆くような素振りをした。
「あんたは部屋に閉じこもって色んな犠牲の結果を見て考えるだけだから気楽だよな。そこにどれだけの兵士が命と時間を奪われたか知らないくせに。」
「それが俺の仕事だ。そして、それが兵士の仕事だ。」
マーズ研究員は呆れたように首を傾げた。
「・・・・俺はあんたのために命を奪われることはごめんだ。」
ダルトンは兄であるマーズ研究員を睨んだ。
「そうなればいいな。」
マーズ研究員は睨まれていることを気にする様子もなく、手元の書類に目を移した。
「あんたはその書類に書かれた数値にしか興味が無いようだけどな。」
今度はダルトンが憐れむようにマーズ研究員を見た。
「・・・・今回の数値。お前が一番だった。」
「そうらしいな。いい研究材料か?」
ダルトンは片頬を吊り上げて嫌味らしく言った。
「次の数値も期待してる。お前は兵士には向いていないけど、ドールパイロットとしての素質はある。」
マーズ研究員は表情を変えずにダルトンを見て言った。ダルトンは一瞬目を丸くしたが、口元を歪めて黙った。
「だから・・・・あんたの研究の役に立つつもりはない。」
ダルトンは俯いて絞り出すように言うとその場から逃げるように立ち去った。
マーズ研究員はダルトンの背中を見て再び書類に目を移した。
同級生によく石を投げられたり、教科書を隠されることなんて毎日だった。
どこからの噂を聞いたのか子供の耳聡さは鬱陶しい限りだと思う。
あのね、私のお父さんとお母さんって人体実験していたんだ。
たぶんそれは聞いていたと思う。だって、コウのお父さんと私のお父さんは同じ研究をしていた仲間だからね。
だから私、コウが仲良くしてくれるまでは学校ですごくいじめられていたの
でもね、コウが手を差し伸べて友達になってくれて私を助けてくれたの
それからずっとずっと大好きだし、コウの友達はみんな私の友達。
5人とも大好き。でもやっぱりコウが一番好き。
あの事故の後、テレビの人達もみんなコウが死んだって言ったんだよ。生きているはずがないって言われたんだ。
私は絶対信じなかったもん。なによりもまたコウを見つけたんだから間違いない。
また会えたからまた会えるよねコウ
でも、私、あのネックレス今持っていないんだ。お父さんに預けたままだ。
「起きなさい。ユイ」
白衣を着た女性がベットに寝っころがる少女をゆするように起こした。
少女は目をこすりながら起き上がった。
「もう起きるの・・・・?まだ寝たりないよ!!」
とごねて再び丸くなり、目を閉じた。
「ユイ!!いいから起きなさい!!起きたら約束がはやくなるかも・・・」
と言いかけたところでユイは素早く起きた。
「はい・・・起きたよ。」
笑顔でユイは女性の前に立っていた。
「わかればいいのよ。今日は新しいドールに乗ってもらうわよ。」
白衣の女性はユイに栄養剤らしきものを手渡した。
「早く摂取しなさい。今日のドールは今の栄養だと動けなくなるわよ。」
それを見たユイは嫌そうな顔をした。
「普通の食べ物が食べたいのに・・・・」
とぶつぶつと言いながら栄養剤を食べた。
「いい子ね・・・・私たちも約束を守るために全力なのよ・・・信じてね。」
と白衣の女性は微笑んだ。
「はーい・・・・ちょっとトイレ行ってきていい?」
とユイは廊下を指さした。
「しかたないわね・・・・3分以内に戻って来なさい。」
と許されたのでユイは廊下に走って行った。
「あんたなんか信じてないわよ。」
ユイは小さく呟いた。
「どういうことだ?」
レイラは机を叩きつけた。
「どうと言われましても・・・・上からの命令ですし・・・・」
と一般兵らしき男はたじろいだ。
「私を前線から下げるだと?・・・・ふざけるな!!」
と怒声を発するレイラに
「けがの治療のためです。・・・・それに新たに結成されたドール隊の実戦経験のためにあの船は最適とみられたらしいです。」
と一般兵らしき男はビビりながらも言った。
「新たなドール隊だと?・・・・・どうせ雑魚だ!!」
とレイラは続けて机を叩いた。
「ひっ・・・・・」
一般兵らしき男は怯えて萎縮してしまった。
するとレイラの後ろから
「ファザコン女がえらそーにするんじゃねーよ。」
とだらしのなさがにじみ出た男の声がした。
レイラはその声の方に振り向いた。
「お前がレイラ・ヘッセか・・・?」
と声の主がレイラに寄ってきた。その男はゼウス軍の軍服を着崩しているようで髪の毛は目にかかり、輪郭は丸くもなく角ばっているわけでもなくキツネのように細長い目が特徴的であった。彼の横にはもう一人の少年がおり、気弱そうな目つきをした、優し気な顔をした兵士らしくない外見だった。
「あれ?・・・・・噂だと気違いでえらそーなゴリラなのに、普通にかわいくね?」
とキツネ目の少年はレイラを嘗め回すように見た。
「なんだ?この下品な男は・・・」
レイラは不愉快そうに男を見た。
「気も強いのか・・・・・俺は新しいドール隊のジュン・キダだ。」
と感心したようにしながら自己紹介をした。
「この男がか・・・・こんな男より私の方が強い!なぜ私ではないのか!?」
とレイラはジュンのほうを指さし叫んだ。
「えー・・・・別に俺はあんたと代わってもいいぜー・・・・・・」
と言うとレイラは
「あんなことを言っている男だ。前線に出してはいけないだろ。」
と困り果てている一般兵に訴えた。
「いや・・・・・あの・・・・」
「ただし条件がある。」
それを聞いたレイラは
「なんだ?下衆く金でも要求するか?」
と見下した目で言った。
「あんただよ。」
とジュンが言った途端
「生憎先約がいるので無理だ。」
とあっさり答えた。
それを聞いたジュンはがっくりとした。
「・・・・結構タイプなのに・・・・あんたでも男は作るんだね。相手は誰?」
と興味津々で詰め寄ってきた。
「おい。この男より私の方が前線に向いていると思わないのか?」
泣きそうな一般兵に相も変わらず詰め寄るレイラ。
「これは父君からの命令だ。ヘッセ少尉。」
明らかに場違いな声が聞えレイラは振り向いた。
「准将・・・・・なぜこのような場所に・・・」
レイラはさっきとはまるっきり違う表情をしていた。
「ヘッセ総統に君を迎えに行くように頼まれたのでな・・・」
と准将と呼ばれた男は優しくレイラに手を差し出した。
「君の父上を守る部隊に君を引き入れたいのだよ。」
とレイラに真剣に言った。
それを聞いたレイラは一瞬複雑そうな表情をしたが、喜びを抑えきれないように口元に笑みを浮かべた。
「光栄です。准将。」
とその手を取り、しっかりとした足取りでその場から去って行った。
レイラがいなくなった後
「こわかったですよー・・・・何で自分にこんなこと頼むんですか?上はひどいですよ。最初っから准将に頼めばいいのに・・・・・」
一般兵はかぶっていた軍帽を取りため息をついた。
「どうせなら正直に言った方がよかったか?」
ジュンは一般兵から軍帽を取り上げ自分にかぶせた。そして横の少年を見てニヤッと笑い
「こいつがダルトン・マーズ隊長だって。」
と少年を指差しながら言った。
それを聞いた一般兵は肩を震わせた。
「それはやめてくださいよキダ少尉。マーズ少尉が殺されるかもしれなかったですよ。」
と自分のことでもなく過ぎたことなのに怯えて言った。
「あの勢いだったら殺されていたかもしれないよね。」
ダルトンも肩を震わせる仕草をした。
「まあまあ・・・。それよりも、もうヘッセ少尉いないから仕事の話しないのか?」
とため口のままジュンはダルトンに気安そうに言った。
「わかっているよ。どうせ、第6ドームに向かっている船への追撃だってことは。」
ダルトンはムキになるように言った。ジュンは驚いてダルトンから離れたが、首を傾げて再び近づいた。
「大丈夫か?」
「いや・・・・例の2体のドールがいるところだよね・・・」
とダルトンは落ち着かせるように呼吸を整えながら情報を呟いた。
「ヘッセ少尉には悪いけど、この仕事は俺たちで片付けよーぜ。とっとと火星に戻って故郷の飯が食いたい。」
ジュンは被っていた軍帽をダルトンに被せて人懐こく笑った。
ダルトンはつられて笑い、気弱そうな優しい表情に戻った。
「地連の戦艦を沈めるの楽しそうだからね。」
ダルトンは目を細めて笑った。今度は彼につられるようにジュンが笑った。
地球のある空域を飛ぶ飛行船がある。要人が乗るように立派で豪華なうえに厳重であった。
その中の一室に、おそらくこの船の主に近い人物の居室にディアと補佐らしき男の二人がいた。もちろん扉の前には見張りもいる。
二人のいる部屋は過剰と思えるほど装飾が施されており、無駄に快適そうな腰掛は客が来た時に使われるのだろうと想像できる。
快適そうな腰掛でなく、装飾が施されているが硬い机に向かい、硬い椅子に腰かけるディアは頭を抱え、その横に立ち様子を窺う補佐らしき男も悩ましそうな顔をしてた。
「総裁・・・・第6ドームでの活動はどうしますか?」
補佐らしき男が訊いてきた。
「テイリー君は私が休むと思っているのかい?」
とディアは補佐らしき男に答えた。テイリーと呼ばれた補佐らしき男は名前を呼ばれて少し嬉しそうな顔をした。
「いえ・・・・ただ前回のようなことがあると、総裁の安全は保障できないと・・・」
言葉を濁すように言いながら俯いていた。
「そうだな。極力気を付けよう。」
とディアはテイリーに笑顔で言った。
テイリーは一瞬真っ赤になり
「気を付けるだけでは防げないと思うのですが・・・・何か対策をしましょう。」
ともごもごと言った。
その様子をみたディアは
「意見ははっきりと述べてくれよ。聞こえないとなんて答えればよいのかわからない。」
とテイリーからそっぽを向き窓の外を眺めた。
その様子を見たテイリーは少しがっかりとした表情をした。
「一番安全が保障されていないから私が上に飾られているんだ。余計な経費を使わせるものではない。」
ディアは自嘲的だが挑むように笑った。
戦艦フィーネは沢山の避難民を乗せ、操舵室以外は基本的に人手溢れていた。
「人が多いですね。やっぱり追加で乗せたシェルターで定員がオーバーしたようですね。」
ソフィは疲れた表情で呟いた。
「乗せないと彼らは死んでいたかもしれない。定員オーバーで快適ではないが、命を助けられたんだ。」
ハクトはシェルターに避難した人々がほぼ全滅と情報をうけているのだろう。顔を顰めた。
「そうですね。あのコウヤ君の判断は正しかった。それに、どうせ第6ドームで降ろしますよね。本部まで行くのはわずかですから、戻るころにはガラガラになりますよ。」
リリーはコウヤの行動を多少非難したに関わらず誇らしげに言った。
「そうだな。第6ドームでかなり降りてくれるようだから、早く本部に向かえそうだ。」
ハクトは安心したような口調だったが、表情は複雑そうだった。
「艦長・・・・第6ドームまでどのくらいかかりますか?」
リリーはハクトの表情が思わしいものでないのに気付いたのか、顔色を窺うように話題を振った。
「おそらくあと数日、いや、一日かからないかぐらいだろう・・・・・」
とハクトは計算するように答えた。
「・・・・艦長。計算できなくなっているんですか?休んでください。」
曖昧な返事をしたハクトを責めるようにソフィは言った。
「大丈夫だ。ただ日付感覚が無くなっているだけだ。」
ハクトは慌てて弁解をした。
その様子を見てソフィはため息をついた。
「そうだ。艦長!!俗世に触れましょう!!」
リリーが提案するように叫んだ。
「俺のいるところは俗世の中でも相当下なところだと思うぞ。」
ハクトは呆れたように笑った。リリーはハクトの言っていることがわからないのか首を傾げていた。
その様子を見てソフィが何か思いついたような表情をした。
「艦長知っていますか?・・・・えっと・・・ディア・アスールが第6ドームに来ているらしいんですよ!!」
ソフィが人差し指を立てて言った。
ハクトは一瞬動きを止めたが
「そうか」といつも通りに答えた。
「艦長!!どうせ第6ドームでは船は整備に出すんですし、ハンプス少佐もいるんですから町に出ませんか?」
とソフィはダメもとで誘った。
その様子を見ていたリリーは
《何!?この人あきらめたんじゃないの!?ってか、私の出した提案を乗っ取る形で誘っているんじゃないの?》と内心思っていた。
「そうだな・・・・たまには外の空気もいいな。」
少し考え込むようにしてから口元に笑みを浮かべ、ハクトが呟くと部屋の中は静まり返った。
ほとんどの船員が驚いていた。
決して業務を他人任せにしないハクトがキースに船を任せて町に出ようと言っているのだからだ。
「艦長・・・・約束ですよ!!!」
とソフィが言うのと同時に
「みんなで行きましょう!!」
とリリーは割り込んできた。
ソフィは一瞬嫌な顔をしたが
「いいだろう。たまには。」
とハクトが言ったのでもう笑って賛成するしかなくなっていた。
そんなやり取りが行われているとは知らずにモーガンは
「艦長ディア・アスールのファンだからですか?この前真っ赤になってましたよね。」
と茶化した。
部屋の空気は冷えた。
キースは朝食をとり終わると廊下で食後のコーヒーを飲んでいた。
その時、明らかに元気がないコウヤが歩いてきた。戦艦の中、沢山の人がいて疲弊する者は多い。だが、コウヤの顔色はそれとは違った。
「あっれー?コウヤ君どうした?まだ頭痛?」
と冷やかし半分に寄ってきた。
コウヤはキースを見ると不審そうな目を向けて
「キースさんってこの船で一番偉いんですよね・・・・」
と訊いてきた。
キースは驚き少し考え込んだ。
「地位は上だけど、権限は艦長の方が上だぞ。戦艦で一番偉いのは艦長だ。」
とウィンクしながら言った。そして、コウヤを探る様に見た。
「この前からシンタロウの様子がおかしいんですよ。なんか変な情報でもあったんですか?」
コウヤは真剣に訊いてきた。
その様子を見てキースは困ったように眉を寄せた。
「あらら・・・・何かあったのかよ。・・・・・まあこっちにきて話そうぜ。」
とキースはコウヤと自室に向かった。
両親の訃報を聞いてからシンタロウは朝食を食べる気になれず、一人になれる場所を探し歩いていた。人の多い戦艦の中だとそれも難しく、ただうろうろしている状態だった。
「シンタロウじゃない!!朝ご飯食べた?」
ウロウロしているシンタロウを見つけたアリアは駆け寄った。
アリアを確認したシンタロウは
「ああ・・・・まあね」と曖昧な返事をした。
その様子を見たアリアは
「何かあったの?」と心配そうに訊いてきた。
「まあ・・・・ね」とまた曖昧に答えると
「もしかして他の人にいじめられているとか?人が多いからそういうのには気を付けた方がいいわよ。」とアリアは笑顔で言った。
「アリアは親のこととか不安じゃないのか?」
シンタロウは訊いたが、何かに気付いたようにすぐに表情を曇らせた。
シンタロウの表情の変化を気にする様子もなくアリアはきょとんとして
「私は二人がいたらいいのよ。分かっているでしょ?」
と笑顔だが震えた声で言い、足早に立ち去って行った。
シンタロウはそんなアリアの様子を見て
《だめだな。これだと何が悲しいのかわからないな・・・・》
とアリアの後姿を見て溜息をついた。
シンタロウはふとキースに見せてもらった自分の家と両親のことが頭をよぎった。
「シンタロウ君・・・・ここ君の家らしいけれど・・・・」
とキースの差し出した写真には帰るはずであった我が家があった。
「そうですよ。誰から聞きましたか?」
シンタロウは懐かしさを感じ顔をほころばせた。
「アリアちゃんからね・・・・君の家族が心配だからとこの写真と住所貰ったんだ。・・・あのね、シンタロウ君・・・」
キースは辛そうに写真を数枚取り出した。
シンタロウは何か違和感を覚えた。
差し出された写真には自分のよく知っている場所ばかりなのにこれから知らないものを見るような気がしていた。
「・・・・・そんな」
手が震えた。
目の前の視界が真っ白になり心に空洞ができたような錯覚に陥った。
「この方々は・・・・君のご家族なのか・・・・」
問いかけるのにキースは罪悪感でいっぱいのようだ。
「あ・・・・あ・・・・・」
何か言おうとしてもシンタロウは歯ががくがくして何もしゃべれなかった。
シンタロウは見覚えのある景色のなかに両親の死体を発見してしまったのだ。
綺麗な外傷のない遺体であった。
『・・・・・必ず帰ってきなさい。』
この前言われたばかりの父の言葉が浮かんだ。後ろで母が笑っている気配も蘇る。
今思い返すとひどい姿で死んだわけでなかったのが唯一の救いであると考えていた。
「いいな・・・・コウヤはゼウス軍と戦えて」
シンタロウはコウヤに対する嫉妬を呟いていた。
「艦長第6ドームについたらどこ行きます?」
とウキウキしながらリリーは訊いてきた。
「その時に決めればいい。」
とハクトは何かに集中するように目を細めた。
「艦長って意外と無計画タイプなのかしら・・・・」
とソフィはぼそっと言った。
ガタン
ハクトが立ち上がった。
その瞬間船員たちは目の色を変えた。
「ドールですか。」
とハクトの表情を窺うこともせずに戦闘態勢に入った。彼らの対応の速さを見てハクトは安心したように頷いた。そして、操舵室に映る外を写し出すモニターを睨み考え込むように目を閉じた。
「北からだと思う。戦艦だが多分ドールの小隊だな。・・・・・俺は直前までここで指示する。ハンプス少佐とコウヤ君を行かせてくれ。」
とハクトは手元の受話器らしきものを持ち、それに向かってしゃべり指示を伝え始めた。
「いいんですか?この前の緑のドールだったら・・・・」
とソフィが心配そうに訊くと
「その心配はない。違うドールだ。実力もだいぶ劣る。リリー艦内放送を頼む。」
リリーは席に付き、手元にある通信機器を操作しマイクを装着した。
「わかりました。」
手慣れた様子で艦内放送のスイッチを入れ
「ただいまから戦闘態勢に入ります。避難民の皆さんは船員の指示に従ってください。」
とアナウンス向けのよく通る作り声で言った。
レイラが乗っていた戦艦に比べると小さく、装備も控えめな戦艦がフィーネから北に離れた場所でゆっくりと探るように動いていた。
「あともう少しで見えるかな?例の戦艦。」
無邪気さを醸し出した声で新たなドール隊隊長のダルトン・マーズ中尉は窓の外を眺めていた。
「向こうはいつごろ気づくかな?」
とジュンははるか向こうにあるであろう戦艦に思いを馳せて言った。
その時何かに気づいたようにマーズ中尉は
「ジュン・・・いや、キダ少尉、忘れるところだったよ。もう一つの仕事・・・・これが自分らがこの作戦に充てられた本当の理由だよ。ヘッセ少尉に悟られてはいけないらしい。」
と一つの写真を差し出した。
その写真を見たジュンは表情を輝かせて
「すっげー・・・・この人が何かしたのか?」
と言った。
「この人の確保か暗殺を命令された。確保は出来ないと思うから暗殺で動こうと思う。」
とダルトンは機械的に言った。
「もったいないなー・・・・・殺すなら彼女にしたい。」
と相変わらず軽薄そうに言った。
それを見たダルトンは呆れたように
「キダ少尉はこの人が何者かも知らないの?ニュース見ている?」
と言った。
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