舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

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第10話 雪山離宮 襲撃

96、リャオ族

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 少年の方へは少し上りに傾斜している。
 スキー板のまま雪を踏んであがろうとして、滑ってバランスを崩した。
 焦る気持ちが空回りする。

「俺がいく」

 ユーディアを手で制しジプサムが登った。
 雪の中にうずもれるようにして倒れていた少年を抱きかかえるようにしてジプサムはコースに戻る。
 少年は息はしているが、完全に気を失っているようだった。
 その場にいる全員がスキー板を外す。
 小回りが効かないからだ。
 ユーディアはそっと膝に頭を置き、雪を払い、怪我の具合を調べた。
 額が赤くなっていた。
 それ以外の外傷はなさそうであるが、まだわからない。
 少年は銀狐の帽子に、同じ毛皮をふんだんに使ったあたたかな衣装に、スノーシューをはく。
 客観的に考えたら、体は雪景色に一体化して見えず帽子だけが浮き上がって銀狐に見間違えたのもしょうがないのだろうが、ユーディアはふつふつと腹の底からわきあがる怒りを感じた。


 がつがつ滑る騎士たちと一線を画して、終始マイペースに滑っていたのはサニジンである。
 コースを外れた林間にいる彼らに気が付き、サニジンもその場へ滑り寄った。
 状況を知ると、その顔色が変わる。

「これは大変な状況になってしまいましたね。リャオ族の子供に矢を射かけて、直接の原因ではないにしろショックで気を失っている。こぶ程度で済んだらいいのですが」

 不吉な予感に背中がざわざわした。

「この子の親はどこにいますか?きちんと状況を説明し謝罪と許しを請わねばならないでしょう」
「林間を探しているがそれらしき者はいなさそうだ。リャオ族はどこからともなく現れるのでどこにいるのかわからない。すぐに親が現れないのなら、いったん保護してゴメスに訊いてリャオ族に連絡することになるのか」
「子供はおいていくわけにはいきませんからね。しかしながら……」
 サニジンの歯切れは悪い。ちらりとリリーシャを見る。
「離宮に連れていって、攫ったりしたとか、危害を故意に与えたのではないかとか、そう想われなければいいのですが……」

 リリーシャは腕を組み唇を引きむすんだ。

「わざとじゃないでしよ。わたしもショウもまさか人とは思わなかったのよ。まるで狐だったわ。この子だってほら、狐の毛皮をまとっているし勘違いもするわ!紛らわしい恰好をしているリャオ族の子供が悪いわ!」
 リリーシャはユーディアをにらみつけた。
「それにあんたがショウを驚かすから悪いのよ。はずみで打ってしまったじゃないの!」
「おい、誰が悪いとか言っている場合じゃないのがわからないのか?ユーディアが止めなければ少年は死んでいたかもしれないだろう、そうなればもっと大事になる」

 ブルースがやんわりとたしなめる。
 リリーシャが責任をユーディアに押し付けようとするのは、少年を囲むジプサムたちの様子からただ事ではない雰囲気を感じたからだ。
 子供の体が冷えないようにユーディアは少年の顔を胸に押し付けた。

「……ユーディア、大丈夫か?」
 ユーディアの小刻みな震えにジプサムが気が付いた。

「ユーディア。俺たちはリャオ族と友好関係を維持したい。いったん離宮に戻ろう。雪上訓練は終わりだ。あたたかなところで子供が目覚めるのを待ち、早急に親を探す。子供が戻らないと心配するだろうから」
「そうよ。早く戻りましょ。楽しい気分が台無しだわ」

 まるでつまらない事件に巻き込まれたかのようなリリーシャの言葉にユーディアは頭が真っ白になる。
 湧き上がる不安と怒りを止められない。

「リリーシャ姫。文化や風習、宗教が違う者たちとは些細なことが引き金になって、血と血で洗うような戦闘が行われることもあり得る。今ここで、この子の親たちが子供の命を奪ったと勘違いし、自分たちに矢や石礫を射かけたりしたら、ジプサムもブルースもサニジンも、クロスボウで応戦することになる。そして、騒ぎを聞きつけた見習い騎士たちも参戦し、武器の威力と日ごろの鍛錬の違いでベルゼラは山岳でひっそりと暮らすリャオ族の男たちを殺すかもしれない。僕たちも傷つき、命を落とすかもしれない。発端は、些細な行き違いから。今回の場合は、互いの勘違いから」

 ユーディアの言葉は静まり返った雪原に飲み込まれる。 

「そもそもリリーシャ姫が思いつきで狐を狩ろうと命令しなければこんなこと起こりえなかった。勝手な行動がとり返しのつかない悲劇を生むこともある!あんたは子供を殺しかけ、ジプサムさまと僕たちの命を危険にさらし、もしかしてリャオ族の命運をも左右するかもしれないんだ。少しは反省してほしい」
「な、なによ。奴隷のくせに」

 リリーシャの顔色が怒りで赤黒く変わっていく。
 外見はどのように見えようとも、リリーシャはトルメキアの姫なのだ。
 このように耳目がある場で叱責されることなど、彼女の人生においてそうあるものではない。

「あなたは、人を区別する者か」 
「それは……」
 ブルースが冷ややかに言う。
 その言葉には鋭いムチのような非難が込められていた。
 リリーシャは初めてその存在に気が付いたかのようにブルースを見た。


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