206 / 238
第10話 雪山離宮 襲撃
96、リャオ族
しおりを挟む
少年の方へは少し上りに傾斜している。
スキー板のまま雪を踏んであがろうとして、滑ってバランスを崩した。
焦る気持ちが空回りする。
「俺がいく」
ユーディアを手で制しジプサムが登った。
雪の中にうずもれるようにして倒れていた少年を抱きかかえるようにしてジプサムはコースに戻る。
少年は息はしているが、完全に気を失っているようだった。
その場にいる全員がスキー板を外す。
小回りが効かないからだ。
ユーディアはそっと膝に頭を置き、雪を払い、怪我の具合を調べた。
額が赤くなっていた。
それ以外の外傷はなさそうであるが、まだわからない。
少年は銀狐の帽子に、同じ毛皮をふんだんに使ったあたたかな衣装に、スノーシューをはく。
客観的に考えたら、体は雪景色に一体化して見えず帽子だけが浮き上がって銀狐に見間違えたのもしょうがないのだろうが、ユーディアはふつふつと腹の底からわきあがる怒りを感じた。
がつがつ滑る騎士たちと一線を画して、終始マイペースに滑っていたのはサニジンである。
コースを外れた林間にいる彼らに気が付き、サニジンもその場へ滑り寄った。
状況を知ると、その顔色が変わる。
「これは大変な状況になってしまいましたね。リャオ族の子供に矢を射かけて、直接の原因ではないにしろショックで気を失っている。こぶ程度で済んだらいいのですが」
不吉な予感に背中がざわざわした。
「この子の親はどこにいますか?きちんと状況を説明し謝罪と許しを請わねばならないでしょう」
「林間を探しているがそれらしき者はいなさそうだ。リャオ族はどこからともなく現れるのでどこにいるのかわからない。すぐに親が現れないのなら、いったん保護してゴメスに訊いてリャオ族に連絡することになるのか」
「子供はおいていくわけにはいきませんからね。しかしながら……」
サニジンの歯切れは悪い。ちらりとリリーシャを見る。
「離宮に連れていって、攫ったりしたとか、危害を故意に与えたのではないかとか、そう想われなければいいのですが……」
リリーシャは腕を組み唇を引きむすんだ。
「わざとじゃないでしよ。わたしもショウもまさか人とは思わなかったのよ。まるで狐だったわ。この子だってほら、狐の毛皮をまとっているし勘違いもするわ!紛らわしい恰好をしているリャオ族の子供が悪いわ!」
リリーシャはユーディアをにらみつけた。
「それにあんたがショウを驚かすから悪いのよ。はずみで打ってしまったじゃないの!」
「おい、誰が悪いとか言っている場合じゃないのがわからないのか?ユーディアが止めなければ少年は死んでいたかもしれないだろう、そうなればもっと大事になる」
ブルースがやんわりとたしなめる。
リリーシャが責任をユーディアに押し付けようとするのは、少年を囲むジプサムたちの様子からただ事ではない雰囲気を感じたからだ。
子供の体が冷えないようにユーディアは少年の顔を胸に押し付けた。
「……ユーディア、大丈夫か?」
ユーディアの小刻みな震えにジプサムが気が付いた。
「ユーディア。俺たちはリャオ族と友好関係を維持したい。いったん離宮に戻ろう。雪上訓練は終わりだ。あたたかなところで子供が目覚めるのを待ち、早急に親を探す。子供が戻らないと心配するだろうから」
「そうよ。早く戻りましょ。楽しい気分が台無しだわ」
まるでつまらない事件に巻き込まれたかのようなリリーシャの言葉にユーディアは頭が真っ白になる。
湧き上がる不安と怒りを止められない。
「リリーシャ姫。文化や風習、宗教が違う者たちとは些細なことが引き金になって、血と血で洗うような戦闘が行われることもあり得る。今ここで、この子の親たちが子供の命を奪ったと勘違いし、自分たちに矢や石礫を射かけたりしたら、ジプサムもブルースもサニジンも、クロスボウで応戦することになる。そして、騒ぎを聞きつけた見習い騎士たちも参戦し、武器の威力と日ごろの鍛錬の違いでベルゼラは山岳でひっそりと暮らすリャオ族の男たちを殺すかもしれない。僕たちも傷つき、命を落とすかもしれない。発端は、些細な行き違いから。今回の場合は、互いの勘違いから」
ユーディアの言葉は静まり返った雪原に飲み込まれる。
「そもそもリリーシャ姫が思いつきで狐を狩ろうと命令しなければこんなこと起こりえなかった。勝手な行動がとり返しのつかない悲劇を生むこともある!あんたは子供を殺しかけ、ジプサムさまと僕たちの命を危険にさらし、もしかしてリャオ族の命運をも左右するかもしれないんだ。少しは反省してほしい」
「な、なによ。奴隷のくせに」
リリーシャの顔色が怒りで赤黒く変わっていく。
外見はどのように見えようとも、リリーシャはトルメキアの姫なのだ。
このように耳目がある場で叱責されることなど、彼女の人生においてそうあるものではない。
「あなたは、人を区別する者か」
「それは……」
ブルースが冷ややかに言う。
その言葉には鋭いムチのような非難が込められていた。
リリーシャは初めてその存在に気が付いたかのようにブルースを見た。
スキー板のまま雪を踏んであがろうとして、滑ってバランスを崩した。
焦る気持ちが空回りする。
「俺がいく」
ユーディアを手で制しジプサムが登った。
雪の中にうずもれるようにして倒れていた少年を抱きかかえるようにしてジプサムはコースに戻る。
少年は息はしているが、完全に気を失っているようだった。
その場にいる全員がスキー板を外す。
小回りが効かないからだ。
ユーディアはそっと膝に頭を置き、雪を払い、怪我の具合を調べた。
額が赤くなっていた。
それ以外の外傷はなさそうであるが、まだわからない。
少年は銀狐の帽子に、同じ毛皮をふんだんに使ったあたたかな衣装に、スノーシューをはく。
客観的に考えたら、体は雪景色に一体化して見えず帽子だけが浮き上がって銀狐に見間違えたのもしょうがないのだろうが、ユーディアはふつふつと腹の底からわきあがる怒りを感じた。
がつがつ滑る騎士たちと一線を画して、終始マイペースに滑っていたのはサニジンである。
コースを外れた林間にいる彼らに気が付き、サニジンもその場へ滑り寄った。
状況を知ると、その顔色が変わる。
「これは大変な状況になってしまいましたね。リャオ族の子供に矢を射かけて、直接の原因ではないにしろショックで気を失っている。こぶ程度で済んだらいいのですが」
不吉な予感に背中がざわざわした。
「この子の親はどこにいますか?きちんと状況を説明し謝罪と許しを請わねばならないでしょう」
「林間を探しているがそれらしき者はいなさそうだ。リャオ族はどこからともなく現れるのでどこにいるのかわからない。すぐに親が現れないのなら、いったん保護してゴメスに訊いてリャオ族に連絡することになるのか」
「子供はおいていくわけにはいきませんからね。しかしながら……」
サニジンの歯切れは悪い。ちらりとリリーシャを見る。
「離宮に連れていって、攫ったりしたとか、危害を故意に与えたのではないかとか、そう想われなければいいのですが……」
リリーシャは腕を組み唇を引きむすんだ。
「わざとじゃないでしよ。わたしもショウもまさか人とは思わなかったのよ。まるで狐だったわ。この子だってほら、狐の毛皮をまとっているし勘違いもするわ!紛らわしい恰好をしているリャオ族の子供が悪いわ!」
リリーシャはユーディアをにらみつけた。
「それにあんたがショウを驚かすから悪いのよ。はずみで打ってしまったじゃないの!」
「おい、誰が悪いとか言っている場合じゃないのがわからないのか?ユーディアが止めなければ少年は死んでいたかもしれないだろう、そうなればもっと大事になる」
ブルースがやんわりとたしなめる。
リリーシャが責任をユーディアに押し付けようとするのは、少年を囲むジプサムたちの様子からただ事ではない雰囲気を感じたからだ。
子供の体が冷えないようにユーディアは少年の顔を胸に押し付けた。
「……ユーディア、大丈夫か?」
ユーディアの小刻みな震えにジプサムが気が付いた。
「ユーディア。俺たちはリャオ族と友好関係を維持したい。いったん離宮に戻ろう。雪上訓練は終わりだ。あたたかなところで子供が目覚めるのを待ち、早急に親を探す。子供が戻らないと心配するだろうから」
「そうよ。早く戻りましょ。楽しい気分が台無しだわ」
まるでつまらない事件に巻き込まれたかのようなリリーシャの言葉にユーディアは頭が真っ白になる。
湧き上がる不安と怒りを止められない。
「リリーシャ姫。文化や風習、宗教が違う者たちとは些細なことが引き金になって、血と血で洗うような戦闘が行われることもあり得る。今ここで、この子の親たちが子供の命を奪ったと勘違いし、自分たちに矢や石礫を射かけたりしたら、ジプサムもブルースもサニジンも、クロスボウで応戦することになる。そして、騒ぎを聞きつけた見習い騎士たちも参戦し、武器の威力と日ごろの鍛錬の違いでベルゼラは山岳でひっそりと暮らすリャオ族の男たちを殺すかもしれない。僕たちも傷つき、命を落とすかもしれない。発端は、些細な行き違いから。今回の場合は、互いの勘違いから」
ユーディアの言葉は静まり返った雪原に飲み込まれる。
「そもそもリリーシャ姫が思いつきで狐を狩ろうと命令しなければこんなこと起こりえなかった。勝手な行動がとり返しのつかない悲劇を生むこともある!あんたは子供を殺しかけ、ジプサムさまと僕たちの命を危険にさらし、もしかしてリャオ族の命運をも左右するかもしれないんだ。少しは反省してほしい」
「な、なによ。奴隷のくせに」
リリーシャの顔色が怒りで赤黒く変わっていく。
外見はどのように見えようとも、リリーシャはトルメキアの姫なのだ。
このように耳目がある場で叱責されることなど、彼女の人生においてそうあるものではない。
「あなたは、人を区別する者か」
「それは……」
ブルースが冷ややかに言う。
その言葉には鋭いムチのような非難が込められていた。
リリーシャは初めてその存在に気が付いたかのようにブルースを見た。
0
お気に入りに追加
29
あなたにおすすめの小説
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
〖完結〗私が死ねばいいのですね。
藍川みいな
恋愛
侯爵令嬢に生まれた、クレア・コール。
両親が亡くなり、叔父の養子になった。叔父のカーターは、クレアを使用人のように使い、気に入らないと殴りつける。
それでも懸命に生きていたが、ある日濡れ衣を着せられ連行される。
冤罪で地下牢に入れられたクレアを、この国を影で牛耳るデリード公爵が訪ねて来て愛人になれと言って来た。
クレアは愛するホルス王子をずっと待っていた。彼以外のものになる気はない。愛人にはならないと断ったが、デリード公爵は諦めるつもりはなかった。処刑される前日にまた来ると言い残し、デリード公爵は去って行く。
そのことを知ったカーターは、クレアに毒を渡し、死んでくれと頼んで来た。
設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
全21話で完結になります。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
王妃の手習い
桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。
真の婚約者は既に内定している。
近い将来、オフィーリアは候補から外される。
❇妄想の産物につき史実と100%異なります。
❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。
❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる