舞姫の君

藤雪花(ふじゆきはな)

文字の大きさ
上 下
205 / 238
第10話 雪山離宮 襲撃

95-2、雪上訓練②

しおりを挟む
 スキーに慣れてくると、銀世界の森の中は白い毛皮のウサギや、狐や冬毛のライチョウに目を向ける余裕が生まれてくる。
 かつかつかつとキツツキの幹を叩く嘴の音がいきなり響き始めて驚かされた。
 悩みを忘れるほど爽快で、ユーディアに笑顔が戻る。
 だが、景色を見る余裕ができると、ユーディアは異質な気配を感じた。
 首筋や頬がざわざわする。

「どうした?何かいたか?」
 ユーディアの異変に気が付いたブルースが、ユーディアの視線の先に目を細めた。
「白樺の間から、何かに見られている気がする」

 ジプサムの顔が引き締まった。
 あたりをうかがい耳を澄ます。

「俺にはわからないが、きっとリャオ族だろう。彼らは我々がとどまることを快く思っていない。アルタイ山で生きる彼らにとっては我々は山を荒らす侵略者なのだろうから」
 ユーディアはリャオ族の感覚が理解できた。
「まるで、モルガン族が草原に侵入するベルゼラ人を快く思っていようなもののような、か」
 ブルースの嫌味にジプサムは顔をゆがめた。
「そんなものだ。彼らを刺激しないようにしなければならない。俺たちはあくまで客人。リャオ族の生活の地に一時的に滞在しているだけだ。ベルゼラはアルタイ山をわが物にするつもりはまるでない……」

「まあ、あれを見てください。何か跳ねましたわ!銀の狐ではありませんか?」
 弾んだ声が雪に埋もれる森に響いた。
 声をあげたのはリリーシャ。
 白樺の林間に見えた小さな影を差した。
 雪の白と微妙に違う。
 銀色の影。
 リリーシャはユーディアを横目で見る。
 リリーシャのコートと帽子は白と黒のまだらの雪豹の毛皮であるが、ユーディアは銀色に発光するような銀狐の帽子をかぶっていた。

「のんびり移動も退屈してきましたわ。代り映えしない景色ばかりで。ショウ、わたしのためにアレを捕まえなさい。手袋にでもなるでしょう」

 ショウは背中からクロスボウを取って構え矢をセットする。
「狩りは止めろ」
「一匹ぐらいどおってことありませんわ。いいでしょう?」
 ジプサムの制止をやんわりとリリーシャが遮りねだる。
「俺が許可する、許可しないの問題ではなくて……」

 ユーディアはショウが狙う獲物をじっと見た。
 ひょこりひょこりと幹の影から顔を出して動いていた。
 距離があるにも関わらずくるっと大きな目とユーディアの目が合う。
 それは先ほどから感じた視線の正体だと確信する。
 そしてそれは、リリーシャがいうような銀狐ではない。
 大きな尻尾の房を付けた銀狐の帽子をかぶる、人間の子供。

「違う!射かけないで!あれは人よ!」
「何!?」

 ショウはユーディアの叫びに狙いが定まらないうちに弾みで発射をしてしまった。

 白樺の幹に矢が突き刺さる。
 樹冠に積もった雪の塊がぼそりぼそりと振り落とされた。
 驚愕したのはいきなりクロスボウの矢を射かけられた子供。
 頭上に雪を浴び、飛び上がって、逃げようとして足を絡めてつまずいた。
 慌てようが本当に小動物のようだった。
 額を幹にぶつけ、後ろに倒れた。
 ジプサムたちは駆け寄った。
 それは全身白の衣装を着て回りの景色に溶け込んだリャオ族の10歳ほどの子供だった。


 

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

僕は君を思うと吐き気がする

月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...