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徴兵
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春の頃。私はこの気持ちを抑えられないまま砦の格子門をくぐった。兵士になったならもう自由は無いものだと覚悟したけど、中庭には若葉や花が爽やかに揺れていて美しい景色がある。
建物は汗の匂いが充満している。最低限の生活をするための女部屋。私は今日からここで新しい世界を学ぶんだ。
毎朝同じ時間に起き、同じものを同じ人達で食べ、身の回りの片付けと班ごとに決まった場所の掃除。お風呂の時間も就寝時間も一分足りとも過ぎてはいけない。
訓練では常に「はい」のみ発言を許された。怪我なんてしょっちゅうだし、病気はしてはいけないし、これが徴兵生活の苦しさかと思い知ることばかり。
それでも私には新鮮でしかない。久しく切った短髪の爽快感も気に入った。ピアノの前に長時間座って楽譜を追いかけるよりも、風になびけることが自由だと感じられる。
友人や仲間ができると一層のこと私には居心地のいいものだった。訓練もやり甲斐があった。
入兵の動機は人それぞれ。私の場合は彼にもう一度会うことだけじゃない。生きていくために仕事を選ぶ。この仕事は私に合っている。彼と再会するまでは強く信じていた。
「一列になって待機!!」
「はい!!」
初夏に入るグラウンドだ。私を含めた三十六名の徴兵兵士が列を成す。集団行動にも慣れていて隊列変形もズレなく行えた。
「いよいよ愛国心を試される」と、教官はこの頃から私たちに熱弁していた。その行事とやらがこれから始まるらしい。何の知らせもなくて抜き打ちだった。
兵隊キャップからポタポタと落ちる汗をそのままに、私たちは炎天下でおよそ二十分は待ち続けただろう。
するとグラウンドを囲った外廊下を歩いてくる人たちが見えてきた。彼らは軍服をしっかりと着こなした数名のチームだった。彼らで前後を抑えて幾人の囚人を連行していた。
用意は速やかに済まされる。目の前の作業の中で、私は密かに「あっ」と思った。軍服のチームに彼がいた。
「これから死刑執行の見学を行う。気分が悪くなった者は自ら後ろを向くように」
教官は尖った声をグラウンド中に響かせる。待たされた私たちは震え上がるはずなのに、私はそれよりも彼の行動が気になって仕方がない。
あのチームは死刑執行部隊らしい。当時指揮官として出会った彼は部署が変わっていたんだ。
「一番!!」
刑が執行される。銃を使うだけのシンプルな手法。でも、シンプルだからこそ正確な銃技術が必要だと教官は私たちに教えた。失敗するケースを話しただけで、数人の徴兵兵士たちは足元の砂利を鳴らして後ろを向いた。
「八番!!」
あの人の番だ。
彼は罪人の手綱を引いて後ろを向かせると、慣れた手つきで銃に弾が入っていることを確認する。スライドを動かす時も、ハンマーを下ろすときも、ずっと静か。
ただ一回音が鳴った瞬間はトリガーを引いて銃弾がひとつ轟いた時だけ。教官が独り言で「上手い」と唸ったように、私も上手だと思った。それと場違いだろうけど、私は綺麗だとも思った。
白くて細い手指が繊細だし、背格好も素敵。でもやっぱりあの瞳がとても綺麗。
私は彼が好き。この場で思い知った。彼に出会うとその瞳から離れられなくなる。
……あ。
彼が私の方を見たかもしれない。一瞬だけ。一秒間くらい見つめてくれたような気がする。
覚えていないか。髪も切ったし。
全ての執行が終わり、私たちは時間割通りの作業に戻ることになる。後ろを向いた人たちが教官によって別移動させられた後だ。
「一列前進!!」
「はい!!」
そうして列を作った人数は、ほんの七名だったことに私は驚いてしまった。二十九名はこの日をもってそれぞれの家に帰って行った。
「あれは教官のイジメだよ。ああやってザルに振って、自分の育てた部下が優秀揃いだろって言いたいだけ。ただの名誉工作さ」
湿気のこもった大部屋で先輩兵士が笑いながら言っている。新米兵士になった七名は先輩の話をよくよく聞いた。
私の疑問も晴れた。特別な愛国心も無いし技能テストだって優秀じゃないのに良いんだろうかと悩んでいたんだ。七人の中には気張っている人もいるのに、自分は大した理由もなくて良いんだろうかと。
「気楽にが肝心だ。昇進するにしてもな。何でも間に受けると精神が壊れる。そういう奴はすぐに辞めていくから心配してやることも無いよ」
先輩はよく知っているようだ。誰より一番この人が気楽そうだったから。
それから家の話をしたり、夢を共有したり。仲間意識を育んでいるみたいで居心地が良い。だから私はここでなら話せるかもしれないと思った。
「死刑執行部隊に入るにはどれくらい努力が必要なんですか?」
こんなことを去った二十九名に聞かせたらどうなっていただろう。ここだと誰ひとり粗末な扱いなんてしない。
「あれは努力云々でなれるもんじゃないけどな」
先輩は頭を捻ってくれた。私の話を聞きつけて他の先輩達も集まった。女性もひとりやってきた。
「銃技術の成績は絶対的にトップじゃないといけないだろ」
「それだけのスキルだったら指揮官だって全員なれる。選ばれるのはほんの一部だぞ」
「単純に王様のお墨付きなんじゃないの?」
この頃の王様はもうアルティミス様じゃない。セルジオの王権は一年も続けば長い方。
「女の子で死刑執行部に入ったってのは聞いたことがないからなぁ」
前例が無いことには消極的だった。私もピアノを教わっていた時に「楽譜通りに弾かなくてはならない」と常々言われていたから、自然に受け入れてしまう。
「きっと本人に聞いてみるのが早いよ」
その提案を聞くと予定表の方にみんなが目を向けた。次の季節には新人歓迎パーティーがある。私がピアニストとして失敗をしたあの行事だ。確かにそこならあの人に会えそうな気がした。
「頑張んなよ!」
「はい! ありがとうございます!」
だけど私はその新人歓迎パーティーまで兵士として居残ることは叶わなかった。
建物は汗の匂いが充満している。最低限の生活をするための女部屋。私は今日からここで新しい世界を学ぶんだ。
毎朝同じ時間に起き、同じものを同じ人達で食べ、身の回りの片付けと班ごとに決まった場所の掃除。お風呂の時間も就寝時間も一分足りとも過ぎてはいけない。
訓練では常に「はい」のみ発言を許された。怪我なんてしょっちゅうだし、病気はしてはいけないし、これが徴兵生活の苦しさかと思い知ることばかり。
それでも私には新鮮でしかない。久しく切った短髪の爽快感も気に入った。ピアノの前に長時間座って楽譜を追いかけるよりも、風になびけることが自由だと感じられる。
友人や仲間ができると一層のこと私には居心地のいいものだった。訓練もやり甲斐があった。
入兵の動機は人それぞれ。私の場合は彼にもう一度会うことだけじゃない。生きていくために仕事を選ぶ。この仕事は私に合っている。彼と再会するまでは強く信じていた。
「一列になって待機!!」
「はい!!」
初夏に入るグラウンドだ。私を含めた三十六名の徴兵兵士が列を成す。集団行動にも慣れていて隊列変形もズレなく行えた。
「いよいよ愛国心を試される」と、教官はこの頃から私たちに熱弁していた。その行事とやらがこれから始まるらしい。何の知らせもなくて抜き打ちだった。
兵隊キャップからポタポタと落ちる汗をそのままに、私たちは炎天下でおよそ二十分は待ち続けただろう。
するとグラウンドを囲った外廊下を歩いてくる人たちが見えてきた。彼らは軍服をしっかりと着こなした数名のチームだった。彼らで前後を抑えて幾人の囚人を連行していた。
用意は速やかに済まされる。目の前の作業の中で、私は密かに「あっ」と思った。軍服のチームに彼がいた。
「これから死刑執行の見学を行う。気分が悪くなった者は自ら後ろを向くように」
教官は尖った声をグラウンド中に響かせる。待たされた私たちは震え上がるはずなのに、私はそれよりも彼の行動が気になって仕方がない。
あのチームは死刑執行部隊らしい。当時指揮官として出会った彼は部署が変わっていたんだ。
「一番!!」
刑が執行される。銃を使うだけのシンプルな手法。でも、シンプルだからこそ正確な銃技術が必要だと教官は私たちに教えた。失敗するケースを話しただけで、数人の徴兵兵士たちは足元の砂利を鳴らして後ろを向いた。
「八番!!」
あの人の番だ。
彼は罪人の手綱を引いて後ろを向かせると、慣れた手つきで銃に弾が入っていることを確認する。スライドを動かす時も、ハンマーを下ろすときも、ずっと静か。
ただ一回音が鳴った瞬間はトリガーを引いて銃弾がひとつ轟いた時だけ。教官が独り言で「上手い」と唸ったように、私も上手だと思った。それと場違いだろうけど、私は綺麗だとも思った。
白くて細い手指が繊細だし、背格好も素敵。でもやっぱりあの瞳がとても綺麗。
私は彼が好き。この場で思い知った。彼に出会うとその瞳から離れられなくなる。
……あ。
彼が私の方を見たかもしれない。一瞬だけ。一秒間くらい見つめてくれたような気がする。
覚えていないか。髪も切ったし。
全ての執行が終わり、私たちは時間割通りの作業に戻ることになる。後ろを向いた人たちが教官によって別移動させられた後だ。
「一列前進!!」
「はい!!」
そうして列を作った人数は、ほんの七名だったことに私は驚いてしまった。二十九名はこの日をもってそれぞれの家に帰って行った。
「あれは教官のイジメだよ。ああやってザルに振って、自分の育てた部下が優秀揃いだろって言いたいだけ。ただの名誉工作さ」
湿気のこもった大部屋で先輩兵士が笑いながら言っている。新米兵士になった七名は先輩の話をよくよく聞いた。
私の疑問も晴れた。特別な愛国心も無いし技能テストだって優秀じゃないのに良いんだろうかと悩んでいたんだ。七人の中には気張っている人もいるのに、自分は大した理由もなくて良いんだろうかと。
「気楽にが肝心だ。昇進するにしてもな。何でも間に受けると精神が壊れる。そういう奴はすぐに辞めていくから心配してやることも無いよ」
先輩はよく知っているようだ。誰より一番この人が気楽そうだったから。
それから家の話をしたり、夢を共有したり。仲間意識を育んでいるみたいで居心地が良い。だから私はここでなら話せるかもしれないと思った。
「死刑執行部隊に入るにはどれくらい努力が必要なんですか?」
こんなことを去った二十九名に聞かせたらどうなっていただろう。ここだと誰ひとり粗末な扱いなんてしない。
「あれは努力云々でなれるもんじゃないけどな」
先輩は頭を捻ってくれた。私の話を聞きつけて他の先輩達も集まった。女性もひとりやってきた。
「銃技術の成績は絶対的にトップじゃないといけないだろ」
「それだけのスキルだったら指揮官だって全員なれる。選ばれるのはほんの一部だぞ」
「単純に王様のお墨付きなんじゃないの?」
この頃の王様はもうアルティミス様じゃない。セルジオの王権は一年も続けば長い方。
「女の子で死刑執行部に入ったってのは聞いたことがないからなぁ」
前例が無いことには消極的だった。私もピアノを教わっていた時に「楽譜通りに弾かなくてはならない」と常々言われていたから、自然に受け入れてしまう。
「きっと本人に聞いてみるのが早いよ」
その提案を聞くと予定表の方にみんなが目を向けた。次の季節には新人歓迎パーティーがある。私がピアニストとして失敗をしたあの行事だ。確かにそこならあの人に会えそうな気がした。
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「はい! ありがとうございます!」
だけど私はその新人歓迎パーティーまで兵士として居残ることは叶わなかった。
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