鋼と甘夏【短編・完結済み】

草壁なつ帆

文字の大きさ
上 下
1 / 7

彼の瞳に囚われた

しおりを挟む
 煌びやかな場所は嫌いじゃなく、むしろ私はそんな場面でこそ求められることが多い。でも、ピアニストは背景だ。必ず主賓になることは無い。まるで私の生き方そのものみたい。
「アルティミス様より皆様にお言葉を頂戴したします」
 盛大な拍手に招かれて偉大な人は台の上に乗った。マイクを手に取るとホールに集まった若い兵士たちに言葉をかけていた。
 一方、私はピアノ椅子から降りて次の楽譜を探している。偉大な人の話が終わったら立食パーティーに移るから、そのための伴奏をしなくちゃならない。
「……やばい」
 セルジオ王国創立記念日の今日。そして新米兵士を歓迎する催しの今日。アルティミス国王が最も愛した小夜曲を練習して来たのに。その楽譜だけどうしても見つからなかった。
 舞台袖の慌てようは知らずに、そろそろスピーチは終わりを迎えようとしている。
「やばい。やばいやばいやばい……」
 拍手の音が私の心臓の音をかき消した。だけど拍手が止めば、私の鼓動はさらに破裂しそうな勢いで再熱していた。
 スピーチを済ませたアルティミス王が舞台袖に降りてくる。私と目があってニコリと微笑む。
「いつものでよろしく頼むよ」と言った。いつもの、とは彼にとってのいつもので、私にとっては丸っきり初めてのことに過ぎない。
 私は顔に笑顔を貼り付けて答えた。すれ違いでピアノの前に座ったなら、震える両手を見るのが怖くて周りに目を回していた。
 兵士さん達はそれぞれの会話に花を咲かせている。誰も私の演奏を待ち望んでなんかいない。だったら何を演奏しても大丈夫だろう。大丈夫……。
 恐る恐る私は鍵盤に指を置いて音を鳴らした。控えめに。音楽大学の顧問はきっと「自信の無さが丸わかりですよ」なんて叱りそう。でも素人ならそんなもの分かるはずがない。儚げだとか可憐だとかで済ませられる。
 指が持つ記憶だけで辿々しく弾くピアノ。間違えたかと思ったらアレンジにして誤魔化した。
 綺麗にとかした髪も嫌な汗を含んでよれているだろう。化粧を直す時間も取れていない。私はどんなに醜いピアニストか。ああ、背景で良かった。
 そうして気付けば私は頭の中で追っていた楽譜を見失った。知らない曲を奏でていた。それでも誰ひとり私に野次を投げては来なかった。
 ただ減点を付けられるとすれば、私と、それからアルティミス王だけだ。

 ピアノ椅子から降りると少しのお酒と料理を頂ける。だけどあまり長居はしなくて良い。それがアルティミス様から私への伝言だと指揮官の方から告げられた。
 私はピアニストとして腕を上げたつもりでいて、王族様のパーティーにもお呼ばれされたと浮かれていた。だから罰が下ったんだ。
「ねえ君、演奏者の人?」
 不意に声をかけられ、私はテリーヌを急いで飲み込んで朗らかに答える。
「はい。そうです」
「やっぱり。綺麗な人だな~って思って」
「そんな、とんでもないです」
 女は謙遜すべき。子供の頃から母と祖母から毎日五回は言いつけられていた。
「僕らと一緒に飲もうよ~」
「ありがとうございます。では少しだけ……」
 女は男に応えるものだよ。それも母と祖母から毎日三回。結婚適齢期と呼ばれる年齢になってから。
 たわいのない話を聞きながらお酒を飲んだ。お酒には強かったから平気だけど、兵士さんの話はあんまり楽しいものじゃない。セルジオ王国の歴史話ばっかり。まるで他の世界を見たことのない、カゴの中の小鳥のような純粋な瞳で語られる。
「君の出身は?」
「港の方です。リーヴという町の」
「そうか、僕はその隣町だよ」
 連絡を取り合おうよと提案される。私はやったと思って自前のアーティストカードを丁寧に手渡した。すると相手には少し困った顔をされた。彼は営業対象ではなかったみたい。
 和やかな会話は仲介人によって止められる。
「申し訳ございません。そろそろお時間が」
 私に次の時間なんて無い。あるとしたらアルティミス様が城から出ていけと言い出す時間くらいだ。
「はい。行きます」
 指揮官の方に連れられて私は煌びやかな場所から出る。表門じゃなく裏門に連れて来られると、ここまでだと扉を開けて私を放り出すようだった。
 ピアニストとして評価が上がったのだと舞い上がったのはほんの一瞬。夢だったと見間違えてもおかしくないな。せめて最後にお礼をと思い、私は裏庭に踏み出したところで振り返ってお辞儀をした。
「お世話になりました」
 しかし呆気なくも、たった一言しか伝えられずに扉が閉ざされてしまう。重低音がまるで暗闇の底に突き落とすかのように冷たく響いて聞こえた。灯りの少ない荒野だったからかもしれない。いずれにしても終わりを告げるものだ。
 顔を上げると、扉の小窓から僅かに指揮官の人が目だけでこちらを見守っている。ちゃんと私がまっすぐお城から離れたかどうかを見送るため。
 刺すような視線は痛く、それにあまりじっと見ていると恐怖すら感じてしまう冷たすぎる瞳だった。
 彼への印象はあまりないものの、私が話した兵士さんよりも人を引きつけるものを持っている。多分その瞳のせいだ。魅了とは違った感覚で私を惹きつけた。おそらく囚われた。でも、それがだんだんと怖くなって私は目線を逸らす。
 風が地面の草を揺らすと何か不穏で、私はカバンを抱いて後退りをする。そのあとは振り返らずに去っていく。
 彼のことはそれから思い出さないものだと思っていた。なのに私は、彼のことばかりを思い出す日々をしばらく送ってしまう。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

絵の具と切符とペンギンと【短編・完結済み】

草壁なつ帆
ファンタジー
少年と女の子の出会いの物語。彼女は不思議な絵を描くし、連れている相棒も不思議生物だった。飛び出した二人の冒険は絆と小さな夢をはぐくむ。 *+:。.。☆°。⋆⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝。.。:+*   シリーズ【トマトの惑星】 始まりは創造神の手先の不器用さ……。 『神と神人と人による大テーマ』 他タイトルの短編・長編小説が、歴史絵巻のように繋がる物語です。 シリーズの開幕となる短編小説「神様わたしの星作りchapter_One」をはじめとし、読みごたえのある長編小説も充実(*´-`)あらすじまとめを作成しました!気になった方は是非ご確認下さい。

神様わたしの星作り_chapter Two【短編・完結済み】

草壁なつ帆
ファンタジー
神様わたしの星作り chapter One の続きの物語。 ここは私が見守る砂地の星。ゾンビさんたちが暮らす小さな楽園です。 穏やかな暮らしは平和だけど少しつまらない。それに私が作ろうとしたのって、ゾンビの惑星でしたっけ? では、神様らしく滅ぼそうではありませんか! その決断は実行されるわけですが。予期せぬ自体もおこりまして……。 さくっと読める文字量です。ぜひお目を通しください。 (((小説家になろう、アルファポリスに投稿しています。 *+:。.。☆°。⋆⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝。.。:+*   シリーズ【トマトの惑星】 草壁なつ帆が書く、神と神人と人による大テーマ。他タイトルの短編・長編小説が歴史絵巻のように繋がる物語です。 シリーズの開幕となる短編「神様わたしの星作りchapter_One」をはじめとし、読みごたえのある長編小説も充実(*´-`)あらすじまとめを作成しました!気になった方は是非ご確認下さい。

冬の珊瑚礁/青い珊瑚礁【短編•完結】

草壁なつ帆
ファンタジー
冬の海で出会った男と少女の物語。何者にもなれない自分を抱く男は、少女と出会って旅をする。少女の方もまた、未来への不安を抱えて生きていた。 AIイラストは、なかなか様(Instagram:@nakanaka_aiart)なかなかさんのアイディアカラーの青色を使った少女×珊瑚礁のイラスト。今回はこちらのイラストからインスピレーションを受け、物語を書いてみました。是非なかなかさんのInstagramもチェックしていただけたらと思います。 *+:。.。☆°。⋆⸜(*‘꒳‘* )⸝。.。:+*   シリーズ【トマトの惑星】 神と神人と人による大テーマ。他タイトルの短編・長編小説が歴史絵巻のように繋がる物語です。シリーズの開幕となる短編「神様わたしの星作りchapter_One」をはじめとし、読みごたえのある長編小説も充実(*´-`) シリーズあらすじと各小説へのアクセスをまとめました!是非ご確認下さい。

秘密の娘スピカの夢~黄金を示す羅針盤のありか【短編・完結済み】

草壁なつ帆
ファンタジー
怪盗レオナルドが狙うのは、黄金を示す『アルゴ船の羅針盤』だった。 慣れた手で屋敷に侵入すると、そこには色素の薄い少女の姿が。 少女は怪盗を見るなり別人の名を口にする。 「おかえり、アンジェ」 レオナルドはこの屋敷で思いもしない体験をする。 (((小説家になろう、アルファポリスに上げています。 *+:。.。☆°。⋆⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝。.。:+*   シリーズ【トマトの惑星】 草壁なつ帆が書く、神と神人と人による大テーマ。他タイトルの短編・長編小説が歴史絵巻のように繋がる物語です。 シリーズの開幕となる短編「神様わたしの星作りchapter_One」をはじめとし、読みごたえのある長編小説も充実(*´-`)あらすじまとめを作成しました!気になった方は是非ご確認下さい。

クランクビスト‐終戦した隠居諸国王子が、軍事国家王の隠し子を娶る。愛と政治に奔走する物語です‐ 【長編・完結済み】

草壁なつ帆
ファンタジー
レイヴン・バルは秘境国と呼ばれる国の王子である。 戦争で王が亡くなった後は、民も兵士も武器を捨てた。もう戦いはしないと秘境国は誓い今日に至る。 そこへ政略結婚としてバルのもとへやってきたのは、軍事国として拡大中のネザリア王国。ネザリア・エセルである。 彼女は侍女と見間違うほど華が無い。そこからバルは彼女を怪しむが、国務として関係も深めていこうとする。 エセルを取り巻くネザリア王の思惑や、それに関わる他国の王子や王の意志。各行動はバタフライ・エフェクトとなり大きな波紋を作っていく。 策略と陰謀による国取り戦争。秘境国はいったい誰の物 に? そして、バルとエセルの絆は何を変えられるのか。 (((小説家になろう、アルファポリスに上げています。 *+:。.。☆°。⋆⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝。.。:+*   シリーズ【トマトの惑星】 草壁なつ帆が書く、神と神人と人による大テーマ。他タイトルの短編・長編小説が歴史絵巻のように繋がる物語です。 シリーズの開幕となる短編「神様わたしの星作りchapter_One」をはじめとし、読みごたえのある長編小説も充実(*´-`)あらすじまとめを作成しました!気になった方は是非ご確認下さい。

魔女のフルコース【読み切り•創作神話】

草壁なつ帆
ファンタジー
光る石を辿ればとあるレストランに辿り着く。注文は何でも揃えられるというシェフ『ミザリー』の店だ。摩訶不思議な料理を味わいたくば、厨房の方もぜひ覗きにいらしてください。きっとシェフも喜びますから……。 (((小説家になろうとアルファポリスで投稿しています。 *+:。.。☆°。⋆⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝。.。:+*   シリーズ【トマトの惑星】 草壁なつ帆が書く、神と神人と人による大テーマ。他タイトルの短編・長編小説が歴史絵巻のように繋がる物語です。 シリーズの開幕となる短編「神様わたしの星作りchapter_One」をはじめとし、読みごたえのある長編小説も充実(*´-`)あらすじまとめを作成しました!気になった方は是非ご確認下さい。

Surprise bouquet【短編・スピンオフ】

草壁なつ帆
ファンタジー
長編小説『クランクビスト』より2年前。メルチ王国リュンヒン王子と、婚約者セシリア姫によるラブロマンス。 『episode.サプライズ・ブーケ』クランクビストよりスピンオフ短編です。 「サプライズが欲しい」とセシリアに頼まれたリュンヒン。彼女の誕生日を前にプレゼントの内容に迷っていた。 いつも彼女を喜ばす術を持っていたリュンヒンだが、彼の完璧以上のサプライズはいったいどんな贈り物になるのか? (((小説家になろう、アルファポリスに上げています。 *+:。.。☆°。⋆⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝。.。:+*   シリーズ【トマトの惑星】 草壁なつ帆が書く、神と神人と人による大テーマ。他タイトルの短編・長編小説が歴史絵巻のように繋がる物語です。 シリーズの開幕となる短編「神様わたしの星作りchapter_One」をはじめとし、読みごたえのある長編小説も充実(*´-`)あらすじまとめを作成しました!気になった方は是非ご確認下さい。

神様わたしの星作り_chapter One【短編・完結済み】

草壁なつ帆
ファンタジー
人間の短い生涯を終えて、神様となった私の成長記。 そして私が見守る小さな惑星の物語です。 ただただ静かに回る砂漠の星は、未知なる生命体を育てて文明を作っていく。そんなロマンストーリーをお届け。 ……いいえ。そう上手くは行きますまい。 失敗続きの新米神様も学ぶのです。もうこれ以上ゴミを増やしてはならないと。見守る神に徹するものだと。 短編。さくっと読めます。 続編は chapter Two へ。 (((小説家になろう、アルファポリスに上げています。 *+:。.。☆°。⋆⸜(* ॑꒳ ॑* )⸝。.。:+*   シリーズ【トマトの惑星】 草壁なつ帆が書く、神と神人と人による大テーマ。他タイトルの短編・長編小説が歴史絵巻のように繋がる物語です。 シリーズの開幕となる短編「神様わたしの星作りchapter_One」をはじめとし、読みごたえのある長編小説も充実(*´-`)あらすじまとめを作成しました!気になった方は是非ご確認下さい。

処理中です...