異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第2章:冬、活動開始と旅立ち

第14話:ベッドと少女とマッサージ(正しいほう)

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「いい出汁が出ていますね」
「これはホーンラビットの骨と肉からとってます」

 レイとサラは移動中の食事のことを考え、ブイヨンスープストックを大量に作っています。熱々のまま鍋ごとマジックバッグに入れてありますので、一部を小鍋に移し、そこに薄く切った肉や野菜を入れて軽く火を通せば時間をかけずにスープができます。

「やはりマジックバッグがあると便利ですね」
「冒険者になると言ったら父がお下がりをくれました。あるのとないのとでは便利さが違いますね」
「そうでしょうね。お二人が持ち込んだ魔物の数は他のパーティーから比べると桁が違いましたからね」
「そんなに多かったんだ」
「ええ。一日で五〇〇〇キールを稼げる冒険者はマリオンには多くはいませんよ。お二人は最初から一〇〇〇キールを超えていましたね。新人なら五〇〇キールも稼げれば、大喜びで飲んでいますよ」

 収入について話をしたのは『天使の微笑み』と飲んだときくらいのものですが、五〇〇〇キールでも十分多いということでした。レイたちは薬剤師ギルドにも持ち込んでいたので、多い日は軽く一万キールを超えました。それが週に四日から五日です。
 二人は他のパーティーとほとんど交流がありませんでした。それは活動時間帯がずれていたこともありますが、最初は王都まで行くのに必要な額を稼げばすぐに町を出るだろうと思っていたからです。およそ三万キールですね。それがあっさりと貯まってしまいました。それならもう少し稼いでおこうと。
 出発が遅くなれば、その分だけ準備の時間が作れます。準備を進めるうちにあれもこれもとなってしまい、結局はバタフライテーブルを作ってもらったり、風呂の用意をしたり、料理のストックをまとめて作ったり、普通の冒険者がするはずのない準備までしてしまいました。
 屋外でテーブルを広げたらさっとテーブルクロスをかけ、その上に料理を並べるって、どんな王侯貴族か、という話です。まあ、レイは貴族の息子ですが。

「シーヴさんがいたパーティーって、誰かマジックバッグとか収納スキルとか持ってなかったの?」
「マジックバッグを買おうかどうかという話もありましたが、誰が持つかということで揉めそうになりまして」
「「あー」」
「同郷の幼馴染で組めばそういう心配は減るとは思うんですけどね。私たちはそうではありませんでしたので」

 高価なマジックバッグにパーティーの全財産を入れて誰かが持つことになります。それを持ち逃げする可能性もゼロではありません。もちろん犯罪者になるでしょうが、一時的な欲望に負けて悪事に手を染める冒険者がいてもおかしくはありません。

「それじゃマジックバッグなしで?」
「買いませんでしたね。泊まりがけで何日も町を離れるようなことは少なかったので。極端な話、水は魔法で出せますし、肉も魔物を解体すれば手に入ります」

 レイたちは徹底的に準備をしましたが、普通はそこまではしません。自分たちでもそれは理解していますが、食事時になって急いで準備するよりも、あらかじめ用意しておいたほうが絶対に楽なのは間違いないと開き直りました。

「そういや話は変わるけど、シーヴさんは寒くないの?」

 シーヴの姿を見てサラが疑問を口にします。レイたちが分厚いマントを羽織っているのに対して、シーヴはそれほど厚くないジャケットだけだったからです。

「もちろん寒さは感じますよ。ただ種族的に寒さには強いようですね」
「いいなあ」
「サラさんは苦手ですか?」
「う~ん、動いてると大丈夫なんだけど、じっと座ってるのがダメみたい」

 サラは椅子の上にクッションを置いてひざ掛けをかけて座っています。

「たまに馬車の横を走ったらどうだ? 魔物も出るかもしれないし」
「それはいいかも。でもアレが出たら戻っていい?」
「いいけど、そのうち慣れてくれよ。逃げ回ってたら危ないぞ」

 ここまでの一か月半、二人は多くの魔物を倒しましたが、サラはヒュージキャタピラーだけは無理でした。頑張ったんですけどね。
 もちろん誰にだって苦手なものはあるでしょう。サラは手のひらサイズのイモムシはまったく問題ありませんが、自分よりも大きなヒュージキャタピラーは視界に入った瞬間に体が固まってしまうんです。まさに天敵ですね。

「揺れは御者台にいるとまた違うかもしれませんよ? 風は当たりますけど、自分で手綱を持つと思ったとおりに動かせますから、揺れに対して準備ができます」

 車を運転している人は酔わないのと同じですね。

「いずれは自分たちでも馬車に乗るかな? 練習させてもらっていい?」
「いいですよ。苦手な魔物が来たら代わりましょう」

 昼食が終わるとまた馬車で先を目指します。それから数時間、少し日が傾きかけたころに一行の目に町の城壁が映りました。

「あれがハドソンですね」
「お~~~っ。久しぶりの他の町!」

 サラのテンションが一気に上りました。

「ハドソンか」
「何回か来たことあったよね」
「あったな。最後は二年くらい前か。さすがに変わってないな」

 ほとんどの町は石やレンガで作られた城壁に囲まれています。だから見た目的には変わりようがありませんね。
 城壁の各方角にある門は二四時間いつでも通れます。夜間は閉まっていますが、衛兵に声をかければ開けてくれます。空を飛ぶ種族がいますので、門だけ閉めてもあまり意味がないからです。衛兵は魔物の襲撃に備えた見張りになっています。
 町の中に入らず、城壁のすぐ外で寝泊まりする人もいます。彼ら相手に商売をする商人もいて、そうすると掘っ立て小屋が並びます。その規模が大きくなると、城壁の外へと町が広がっていきます。
 あまりにも外に広がりすぎると治安の面で領主も無視できなくなり、その外側に新しい城壁が築かれることになるのです。このようにして、二重三重に城壁が連なることもあります。

 一行の馬車は門を通って広場まで進み、その近くにある一軒の建物の前で止まりました。

「宿屋はここにしましょうか」

 宿屋は宿泊するための施設なのは当然ですが、酒場を兼ねていることがほとんどで、酒場を兼ねているなら多くは連れ込み宿も兼ねています。
 この門前宿もそのような宿屋の一つです。娼婦を兼ねている給仕に声をかけ、値段交渉がまとまれば部屋代を支払って二階に向かいます。
 シーヴは馬車を降りると宿屋に入りました。そこで店員に話をし、馬を建物に横にある納屋に入れてもらうと、そのままレイたちを連れて宿屋の中に入りました。

「お二人は部屋はどうしますか?」
「二人部屋で安くていいです」

 レイが答えるとサラはうなずきました。実はレイもサラも、宿屋の部屋がどうなっているかはよくわかっていません。
 レイたちが他の町に出かけた際に泊まったのは貴族や代官の屋敷です。予定を確認してから訪問しますので、不在で宿屋に泊まるということはありませんでした。だから宿屋に泊まったことは一度もありません。

「ではこちらのお部屋をどうぞ」

 店員から鍵を受け取ると、そこには三〇三と書かれていました。

「私は三〇二です。少し休憩して、それから夕食でいいですか?」
「俺はそれで大丈夫です」
「私も」
「それなら軽く休んでから下で会いましょう」

 三人は二手に分かれて部屋に入りました。

 ◆◆◆

 自分たちの部屋の扉を開けたレイとサラは、部屋を見て一瞬だけ固まりました。

「ベッドが一つしかないな」
「ダブルだね」
「サイズ的にセミダブルじゃないか?」

 シングルサイズよりは大きそうですが、ダブルなのかセミダブルなのか微妙なサイズです。安くていいと言ったからこうなったんでしょう。二人部屋で高い部屋と言っていたらツインだったかもしれません。これも今後の参考になるでしょうね。
 部屋そのものはビジネスホテルのシングルルームよりは広いでしょうか。ただ、部屋に何があるかといえば、テーブルと椅子とベッド、それに小さな棚があるだけです。

「今さらだし、いいんじゃない?」
「お前がいいならいいけど」

 これまでも同じ部屋でしたがベッドは別です。レイの部屋の端にサラのベッドが置かれていました。メイドとしてきちんと寝る場所があるのは、実はかなり恵まれているんです。
 レイの父親であるモーガンは領主ですが、商人としても成功しています。彼は商人とはまず人、そして次が物だと考えています。人とは自分自身であり、そして客でもあります。粗略に扱えば人は離れていきます。
 悪評が広まった貴族と縁を持ちたい人はいないでしょう。だからモーガンは自分が爵位を継いだとき、屋敷の一角を改築し、使用人たちの生活環境を整えました。さすがに全員に個室を与えることは無理でしたが、地下の薄暗い倉庫を使うことはやめました。
 二人は鎧を脱いで普段着に着替えると、ブーツも脱いで足を伸ばします。サラはベッドにうつ伏せに伸びていました。

「大丈夫か?」
「やっぱり腰にくるね」
「どうしても揺れるし冷えるからなあ」

 サラはレイに【治療】をかけてもらうと、馬車から降りて横を並走していました。腰的にはそちらの方が楽だったのです。

「マッサージしてやろうか?」
「ホント? でもこっそり変なとこ触らないでね」
「しなくていいか?」
「あ、ウソウソごめんごめん」
「ほら、大人しく寝てろ」

 そう言ってレイは寝転がったサラの腰に触れましたが、その瞬間に驚いて手を引きました。

「ガッチガチだな!」
「やっぱり?」

 腰から背中、そして肩まで、馬車の揺れと冷えのせいでかなり張っています。オグデンまでは一週間の予定なので、明日以降のことを考えないといけないでしょう。

「お、お、おっおっおっ……おおうっ……ほうっ」
「どうだ?」
「あ~、いい感じ~」

 レイはサラの反応を見ながら揉んでいきます。握力が強くなったので、あまり疲れは感じません。サラのほうも体が強くなったので、レイが力を入れて揉んでも痛くは感じないようです。

「揉むのもいいけど、コリ対策にはやっぱり風呂だよな」
「それじゃ出してもらっていい?」
「寝る前にな。しっかり温まってから寝るほうがいいだろ」

 まだまだ寒い二月。こんなこともあろうかと、レイとサラは人が入れるサイズの樽を六つ用意し、そこにお湯を入れてマジックバッグに収納しておいたのです。
 汗や汚れは【清浄】や【浄化】を使えば落ちるので、お湯はあまり汚れません。ただ、気分の問題もあるので余分に用意してあります。
 それに風呂として使わなくても、きれいなお湯があれば野営の際の料理に使うこともできます。あっても邪魔になるものではないでしょう。

「とりあえず温めるなら、これはどうだ?」

 レイは家畜の胃袋で作られた水袋にお湯を入れ、サラの腰に乗せました。簡易湯たんぽですね。

「うはっ。じんわりくるね~」
「熱くないか?」
「大丈夫。お風呂くらいでしょ?」

 風呂のお湯用に作ってあったものなので、適温です。

「こんなもんでどうだ?」
「あ~、ほぐれた~」

 サラはうつ伏せのまま大の字に伸びていました。

「レイはこらないの?」
「俺はあまりこらないな」
「いいな~」

 レイは日本人時代も肩こりはあまり感じない体質でした。サラの相手をすれば肩が凝りそうなものですが、逆に脱力しすぎて凝らなかったのかもしれません。

「カイロを用意しとけばよかったかな」
「多少は違ったかもしれないな。あとは準備の手間が必要なのがな」
「たよね」

 この世界にもカイロはあります。ただし、使い捨てではなく、保温力の高い石を熱して、それを金属の容器に入れ、さらに魔物の革で作った袋に入れるというものです。
 最初に熱しなければいけませんし、それほど小さくもありません。小さいとすぐに冷めますからね。カイロというよりも行火あんかや湯たんぽに近いものです。

「使い捨てカイロは無理かな?」
「中身は用意できたとしても、密封しておく袋が無理だろうな。プラスチックがないし」
「無理か~」

 使い捨てカイロは密封されています。一度封を開けると、中の鉄粉が空気に触れて酸化が始まります。鉄は酸化鉄になる際に熱が出ます。使い捨てカイロはその反応を利用しているんですね。だから開封する前に酸化しないように、密封する必要があります。

「使い捨てカイロは無理だけど、小さくて体を温める道具を考えてもいいのかもな。そういう魔道具があるかもしれないし」
「そうだね。でも魔道具以外で何かできないか、私も考えてみるね。あ、そうそう、お風呂なんだけどさあ、シーヴさんにも入ってもらう?」
「そうだな、嫌じゃなければ入ってもらおうか」

 体を休めて一息つくと、二人は一階の酒場に向かいました。

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