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第2章:冬、活動開始と旅立ち
第13話:馬車はそれほど快適ではない
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レイとサラがマリオンを離れる日になりました。二人は屋敷の玄関で家族や使用人たちに見送ってもらいましたが、そこで少々トラブルがあり、出るのが少し遅れてしまいました。
二人が少し急ぎ気味に指定された場所に向かうと、二頭の大きな馬が引く幌馬車が前に停まっているのが見えました。馬の横にはシーヴが立っています。
「「おはようございます」」
「おはようございます。それでは出発しましょうか。お二人は荷台の後ろからどうぞ」
軽く挨拶すると、シーヴはサッと御者台に飛び乗りました。それを見てサラが「えっ?」と驚きの声を上げます。
「シーヴさんって猫人じゃなかったの?」
「あ、種族は言っていませんでしたね。私は獅子人です」
シーヴの尻尾の先は少し膨らんでいました。
「耳だけでは分かりませんよね」
シーヴは自分の耳を触りながらはにかんだように笑います。
「てっきり御者がいると思ってましたが、シーヴさんが走らせるんですね」
「はい。現役時代は私が御者をしていました。他の人たちよりも目も耳もいいですからね」
シーヴは斥候役のスカウトです。人間に比べると目と耳が優れていますので、馬車での移動中は御者台に座って周囲を警戒するのが普通でした。
さらに【索敵】を使って周囲を警戒します。後方以外は人や魔物が近づけば、ほぼ察知できるんです。
「目と耳が良すぎると疲れませんか?」
小さな音でも聞こえるのなら、ちょっとした音が気になって仕方ないのではないかとレイは思ってしまいます。
「そう思ったことはありませんね。私たちには生まれながら【聞き耳】というスキルがあります。耳を向けて集中すればその方向がよく聞こえるという感じでしょうか。そうでなければ街中はやかましすぎて近づけませんよ」
シーヴは左右の耳をそれぞれバラバラに動かしました。獣人の耳は左右独立したパラボラ集音マイクのようになっているんです。
「なるほど。自分で調節できるんですね」
「はい。実践からは遠ざかっていますけど、目と耳は仕事をしながらでも鍛えられます」
シーヴは冒険者ギルドで職員として働いていますが、目も耳も鈍っていません。酔った冒険者同士で喧嘩になることがたまにあり、職員は様子を伺いつつ、必要に応じて仲裁に入るからです。だからロビーでの会話はシーヴには筒抜けなんですよ。
話を終えたレイとサラが乗り込むと、馬車がゆるゆると動き始めました。二人がシーヴと話すために前寄りに移動すると、前を向いたままシーヴがレイに話しかけました。
「ところでレイモンド様、私もパーティーに入ったほうがよろしいですか?」
「パーティーにですか?」
「はい。お二人にはデメリットしかないかもしれませんが」
パーティーに入るメリットは二つあります。一つは、味方全体へ支援魔法の効果が及ぶこと。そしてもう一つは、経験値の一部が入ることです。
今のところレイとサラには全体支援魔法はありません。だからシーヴがパーティーに入ると、二人が得られる経験値が半分から三分の一へと減ってしまします。逆に、シーヴが倒した魔物の分の経験値が入ります。どれだけの差が出るかは、今のところわかりません。
「サラ、いずれはメンバーを増やしたいよな?」
「うん。そうなった場合の練習になるんじゃない?」
レイとサラはしばらく二人で活動するつもりですが、いずれはメンバーを増やしたいと思っています。だからシーヴが入れば、三人で動く際の参考になるでしょう。
「そうだな。シーヴさん、それじゃ入ってください」
リーダーはレイなので、ステータスカードを当てて許可を出すとシーヴがメンバーになりました。
「戦闘に関してはレイモンド様の指示に従いますね」
「わかりました。あ、そうそう、シーヴさん」
「はい」
レイは前から気になっていたことを伝えることにしました。
「レイモンド様はやめませんか?」
「お嫌でしたか?」
シーヴはレイが領主の息子だと知っていますので、彼が冒険者になってもそれなりの言葉遣いをしています。周りに人がいないときにはレイモンド様と呼んでいました。
「嫌というよりも、実家を出て単なる冒険者になりましたので。レイでいいですよ」
「それなら今後はレイさんとお呼びしますね」
馬車は城門を出て南に向かいます。レイとサラの二人は、この一か月ほどで何度もこの門を通りましたが、いつも日帰りでした。でも今回は違います。当面はここを通ることはありません。
そう思って門を通り抜けましたが、だからといって感傷にひたりたいわけでもありません。ただ、レイには何か一つ区切りになったような気がしました。
「いつか出ることはわかってたんだからな」
レイは大学進学で地元を離れたときのことを思い出しました。あのときは母親のタカミがずっと泣いていました。レイは長男だったので、初めて子供が家を出るということに不安になったようです。
父親のカズヒサはけろっとしていました。「俺もお前も家を出ただろう。親のことを思い出せ。こういうのは順番だ」と言っていたことをレイは覚えています。
「旦那様が人前で泣くなんて思わなかったね」
「母上のほうが泣くと思ったけどな」
レイとサラは玄関の外までみんなに見送られましたが、そこでモーガンが地面に両膝をついておいおいと泣き始めたのです。
~~~
「で……でい…………じっがり……やるんだぞ……」
「はい、大丈夫です。一度王都を確認するだけですので」
「ほんどう……だな? にどどもどらないなんでごとは……ないよな? まだあえるよな?」
すがるような顔をして、実際にすがり付きながら自分を見上げる父親に向かって、レイはまるで子供に話しかけるような口調になっていました。
「もちろんです。冒険者を続けていれば色々な場所に向かいます。この近くに来たら絶対に顔を見せますよ」
「あなた、息子の晴れ姿を笑顔で見送らなくてどうするのですか? あなたがそんな様子ではレイが安心して旅立てないでしょう」
意外にもアグネスは堂々としていて、なかなか息子から離れようとしない夫を叱りつけたのです。
玄関にはトリスタンとライナス、そしてその家族、それに多くの使用人たちが集まっていました。誰もがこの威厳も何もないモーガンの姿を見て、どのような顔をしていいいのかわからないという表情のまま、二人の旅立ちを見送ることになりました。
~~~
「でもレイが倒れたときの旦那様はかなり慌ててたから、そう考えたらおかしくないのかな?」
「たしかにな。顔を見たら抱きしめられたなあ。そう考えたらあれは予想できたかもしれない」
モーガンはいつもどっしりと構え、いかにも貴族らしい、しっかりとした家長でした。暴力を振るったり暴言を吐いたりなどはしませんが、息子たちを甘やかしたりもしません。そういう父親だとレイは思っていました。
一方では、彼に専属メイドのサラを付けたり、冒険者になると言えば大金の入ったマジックバッグを渡してくれたりもしました。ただ厳しいだけではないことはわかっていましたが、あそこまで心配性で涙もろいとはこの年になるまで知りませんでした。
「レイさんが倒れたんですか?」
「ええ。成人祝いでリンゴのブランデーを飲んだ直後に倒れたようです。それでギルドに登録するのが少し遅くなりまして」
さすがに前世の記憶が戻りましたとは言えないので、レイは適当に誤魔化しました。
「気をつけてくださいね」
「お酒が苦手でもないのですが、しばらく気をつけることにします」
もう大丈夫だろうとレイは思っています。冒険者になってから、何度もエールやミードを口にしているからです。ブランデーはあれから口にしていませんが、なかなかその機会はないかもしれません。
それに、レイは酔うためだけに飲むのは好きではありません。飲むなら楽しく。それがモットーです。
今日の目的地はハドソン。マリオンから南におよそ四〇キロ。街道沿いにある大きな町はこれくらいの距離ごとに置かれています。町の周囲にはいくつも村がありますので、村から村を考えればもう何キロかは近くなりますね。
このデューラント王国での移動手段は徒歩か馬か馬車のどれかです。ステータスにもよりますが、健脚な大人なら一日で四〇キロから五〇キロほど歩きます。馬車ならもう少し進めますが、道が舗装されていませんので、あまり速く走らせると車輪や車軸が破損する可能性があります。それに御者も大変です。
馬は大型で、性格は大人しく従順です。人を乗せたり馬車を引いたり、あるいは畑を耕すためなど使われます。力が強くて体力もありますが、足はそれほど速くありません。
文字通り馬車に揺られながら三人は街道を進みます。領都が近いのでまだ人通りは多く、街道の周辺には魔物もあまり現れません。ただし、街道を外れて森に近づきすぎると、いくらでも魔物がやってきます。
馬車は何の問題もなく進み、そろそろ昼食をとるのにいい時間になりました。
「そろそろ休憩にしましょうか」
御者台からシーヴが声をかけます。
「そうですね。あの木のあたりに行きますか?」
「ではそちらに馬車を移動させますね」
馬車は街道を離れ、目印のように何本か高い木の生えた場所へと向かいました。
「あ~、腰が痛い。レイ、【治療】をかけてもらっていい?」
サラが腰をさすりながら馬車から降りました。
「ああ、いいぞ。ꇜꌺꀂꀑꆅꀑꆽ」
レイが【治療】をかけると、サラは「うあ~っ」と言いながら腰に手を当てて体をぐっと反らします。
「慣れないうちはそうなりますね」
幌馬車は荷台だけの馬車に幌をかけたものなので、前後は開いています。そして床は板張りなので、冷える上に振動も伝わってきます。
幌馬車は箱馬車と違ってサスペンションが備わっていません。だからサラは野営用のマットを取り出して折りたたむとそれを敷き、その上にクッションを置いていましたが、それでもじっと座っていると腰が冷えて痛くなってしまいました。
「よく体を伸ばしておいてください」
「昼食は俺がやっておくからいいぞ。代わりに馬の世話を頼む」
「わかった。ここはお願い」
昼食の準備をレイに任せると、サラは二頭の馬を馬車から外し、長いロープで木につなぎ直しました。それから馬たちの前に干し草とリンゴの入った桶を並べましす。それが終わるとストレッチを始めます。
レイはマジックバッグからバタフライテーブルを取り出すと、椅子を抜いて広げました。それから天板を引き上げ、脚を開いて固定します。
「こんなテーブルがあったんですか?」
シーヴがレイの取り出したバタフライテーブルを見て目を丸くしました。
「少し前になんでも屋のダニールさんに作ってもらいました。意匠を彫ったのは奥さんのナイーナさんです。テーブルクロスをかけると見えなくなるのが残念ですが」
それでも椅子にある凝った透かし彫りは見えますけど、とレイは説明します。
「ああ、大通りから少し入ったところの」
「はい。最初に武器や防具をまとめ買いしたら機嫌をよくしてくれまして」
「ダニールさんは見た目に反して気がいい人ですからね。頼めばなんでも作ってくれますし。私の櫛はナイーナさんが作ったものなんです」
レイはシーヴと話をしながら昼食を並べていきます。そうするうちに、ストレッチを終えたサラが戻ってきました。
二人が少し急ぎ気味に指定された場所に向かうと、二頭の大きな馬が引く幌馬車が前に停まっているのが見えました。馬の横にはシーヴが立っています。
「「おはようございます」」
「おはようございます。それでは出発しましょうか。お二人は荷台の後ろからどうぞ」
軽く挨拶すると、シーヴはサッと御者台に飛び乗りました。それを見てサラが「えっ?」と驚きの声を上げます。
「シーヴさんって猫人じゃなかったの?」
「あ、種族は言っていませんでしたね。私は獅子人です」
シーヴの尻尾の先は少し膨らんでいました。
「耳だけでは分かりませんよね」
シーヴは自分の耳を触りながらはにかんだように笑います。
「てっきり御者がいると思ってましたが、シーヴさんが走らせるんですね」
「はい。現役時代は私が御者をしていました。他の人たちよりも目も耳もいいですからね」
シーヴは斥候役のスカウトです。人間に比べると目と耳が優れていますので、馬車での移動中は御者台に座って周囲を警戒するのが普通でした。
さらに【索敵】を使って周囲を警戒します。後方以外は人や魔物が近づけば、ほぼ察知できるんです。
「目と耳が良すぎると疲れませんか?」
小さな音でも聞こえるのなら、ちょっとした音が気になって仕方ないのではないかとレイは思ってしまいます。
「そう思ったことはありませんね。私たちには生まれながら【聞き耳】というスキルがあります。耳を向けて集中すればその方向がよく聞こえるという感じでしょうか。そうでなければ街中はやかましすぎて近づけませんよ」
シーヴは左右の耳をそれぞれバラバラに動かしました。獣人の耳は左右独立したパラボラ集音マイクのようになっているんです。
「なるほど。自分で調節できるんですね」
「はい。実践からは遠ざかっていますけど、目と耳は仕事をしながらでも鍛えられます」
シーヴは冒険者ギルドで職員として働いていますが、目も耳も鈍っていません。酔った冒険者同士で喧嘩になることがたまにあり、職員は様子を伺いつつ、必要に応じて仲裁に入るからです。だからロビーでの会話はシーヴには筒抜けなんですよ。
話を終えたレイとサラが乗り込むと、馬車がゆるゆると動き始めました。二人がシーヴと話すために前寄りに移動すると、前を向いたままシーヴがレイに話しかけました。
「ところでレイモンド様、私もパーティーに入ったほうがよろしいですか?」
「パーティーにですか?」
「はい。お二人にはデメリットしかないかもしれませんが」
パーティーに入るメリットは二つあります。一つは、味方全体へ支援魔法の効果が及ぶこと。そしてもう一つは、経験値の一部が入ることです。
今のところレイとサラには全体支援魔法はありません。だからシーヴがパーティーに入ると、二人が得られる経験値が半分から三分の一へと減ってしまします。逆に、シーヴが倒した魔物の分の経験値が入ります。どれだけの差が出るかは、今のところわかりません。
「サラ、いずれはメンバーを増やしたいよな?」
「うん。そうなった場合の練習になるんじゃない?」
レイとサラはしばらく二人で活動するつもりですが、いずれはメンバーを増やしたいと思っています。だからシーヴが入れば、三人で動く際の参考になるでしょう。
「そうだな。シーヴさん、それじゃ入ってください」
リーダーはレイなので、ステータスカードを当てて許可を出すとシーヴがメンバーになりました。
「戦闘に関してはレイモンド様の指示に従いますね」
「わかりました。あ、そうそう、シーヴさん」
「はい」
レイは前から気になっていたことを伝えることにしました。
「レイモンド様はやめませんか?」
「お嫌でしたか?」
シーヴはレイが領主の息子だと知っていますので、彼が冒険者になってもそれなりの言葉遣いをしています。周りに人がいないときにはレイモンド様と呼んでいました。
「嫌というよりも、実家を出て単なる冒険者になりましたので。レイでいいですよ」
「それなら今後はレイさんとお呼びしますね」
馬車は城門を出て南に向かいます。レイとサラの二人は、この一か月ほどで何度もこの門を通りましたが、いつも日帰りでした。でも今回は違います。当面はここを通ることはありません。
そう思って門を通り抜けましたが、だからといって感傷にひたりたいわけでもありません。ただ、レイには何か一つ区切りになったような気がしました。
「いつか出ることはわかってたんだからな」
レイは大学進学で地元を離れたときのことを思い出しました。あのときは母親のタカミがずっと泣いていました。レイは長男だったので、初めて子供が家を出るということに不安になったようです。
父親のカズヒサはけろっとしていました。「俺もお前も家を出ただろう。親のことを思い出せ。こういうのは順番だ」と言っていたことをレイは覚えています。
「旦那様が人前で泣くなんて思わなかったね」
「母上のほうが泣くと思ったけどな」
レイとサラは玄関の外までみんなに見送られましたが、そこでモーガンが地面に両膝をついておいおいと泣き始めたのです。
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「で……でい…………じっがり……やるんだぞ……」
「はい、大丈夫です。一度王都を確認するだけですので」
「ほんどう……だな? にどどもどらないなんでごとは……ないよな? まだあえるよな?」
すがるような顔をして、実際にすがり付きながら自分を見上げる父親に向かって、レイはまるで子供に話しかけるような口調になっていました。
「もちろんです。冒険者を続けていれば色々な場所に向かいます。この近くに来たら絶対に顔を見せますよ」
「あなた、息子の晴れ姿を笑顔で見送らなくてどうするのですか? あなたがそんな様子ではレイが安心して旅立てないでしょう」
意外にもアグネスは堂々としていて、なかなか息子から離れようとしない夫を叱りつけたのです。
玄関にはトリスタンとライナス、そしてその家族、それに多くの使用人たちが集まっていました。誰もがこの威厳も何もないモーガンの姿を見て、どのような顔をしていいいのかわからないという表情のまま、二人の旅立ちを見送ることになりました。
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「でもレイが倒れたときの旦那様はかなり慌ててたから、そう考えたらおかしくないのかな?」
「たしかにな。顔を見たら抱きしめられたなあ。そう考えたらあれは予想できたかもしれない」
モーガンはいつもどっしりと構え、いかにも貴族らしい、しっかりとした家長でした。暴力を振るったり暴言を吐いたりなどはしませんが、息子たちを甘やかしたりもしません。そういう父親だとレイは思っていました。
一方では、彼に専属メイドのサラを付けたり、冒険者になると言えば大金の入ったマジックバッグを渡してくれたりもしました。ただ厳しいだけではないことはわかっていましたが、あそこまで心配性で涙もろいとはこの年になるまで知りませんでした。
「レイさんが倒れたんですか?」
「ええ。成人祝いでリンゴのブランデーを飲んだ直後に倒れたようです。それでギルドに登録するのが少し遅くなりまして」
さすがに前世の記憶が戻りましたとは言えないので、レイは適当に誤魔化しました。
「気をつけてくださいね」
「お酒が苦手でもないのですが、しばらく気をつけることにします」
もう大丈夫だろうとレイは思っています。冒険者になってから、何度もエールやミードを口にしているからです。ブランデーはあれから口にしていませんが、なかなかその機会はないかもしれません。
それに、レイは酔うためだけに飲むのは好きではありません。飲むなら楽しく。それがモットーです。
今日の目的地はハドソン。マリオンから南におよそ四〇キロ。街道沿いにある大きな町はこれくらいの距離ごとに置かれています。町の周囲にはいくつも村がありますので、村から村を考えればもう何キロかは近くなりますね。
このデューラント王国での移動手段は徒歩か馬か馬車のどれかです。ステータスにもよりますが、健脚な大人なら一日で四〇キロから五〇キロほど歩きます。馬車ならもう少し進めますが、道が舗装されていませんので、あまり速く走らせると車輪や車軸が破損する可能性があります。それに御者も大変です。
馬は大型で、性格は大人しく従順です。人を乗せたり馬車を引いたり、あるいは畑を耕すためなど使われます。力が強くて体力もありますが、足はそれほど速くありません。
文字通り馬車に揺られながら三人は街道を進みます。領都が近いのでまだ人通りは多く、街道の周辺には魔物もあまり現れません。ただし、街道を外れて森に近づきすぎると、いくらでも魔物がやってきます。
馬車は何の問題もなく進み、そろそろ昼食をとるのにいい時間になりました。
「そろそろ休憩にしましょうか」
御者台からシーヴが声をかけます。
「そうですね。あの木のあたりに行きますか?」
「ではそちらに馬車を移動させますね」
馬車は街道を離れ、目印のように何本か高い木の生えた場所へと向かいました。
「あ~、腰が痛い。レイ、【治療】をかけてもらっていい?」
サラが腰をさすりながら馬車から降りました。
「ああ、いいぞ。ꇜꌺꀂꀑꆅꀑꆽ」
レイが【治療】をかけると、サラは「うあ~っ」と言いながら腰に手を当てて体をぐっと反らします。
「慣れないうちはそうなりますね」
幌馬車は荷台だけの馬車に幌をかけたものなので、前後は開いています。そして床は板張りなので、冷える上に振動も伝わってきます。
幌馬車は箱馬車と違ってサスペンションが備わっていません。だからサラは野営用のマットを取り出して折りたたむとそれを敷き、その上にクッションを置いていましたが、それでもじっと座っていると腰が冷えて痛くなってしまいました。
「よく体を伸ばしておいてください」
「昼食は俺がやっておくからいいぞ。代わりに馬の世話を頼む」
「わかった。ここはお願い」
昼食の準備をレイに任せると、サラは二頭の馬を馬車から外し、長いロープで木につなぎ直しました。それから馬たちの前に干し草とリンゴの入った桶を並べましす。それが終わるとストレッチを始めます。
レイはマジックバッグからバタフライテーブルを取り出すと、椅子を抜いて広げました。それから天板を引き上げ、脚を開いて固定します。
「こんなテーブルがあったんですか?」
シーヴがレイの取り出したバタフライテーブルを見て目を丸くしました。
「少し前になんでも屋のダニールさんに作ってもらいました。意匠を彫ったのは奥さんのナイーナさんです。テーブルクロスをかけると見えなくなるのが残念ですが」
それでも椅子にある凝った透かし彫りは見えますけど、とレイは説明します。
「ああ、大通りから少し入ったところの」
「はい。最初に武器や防具をまとめ買いしたら機嫌をよくしてくれまして」
「ダニールさんは見た目に反して気がいい人ですからね。頼めばなんでも作ってくれますし。私の櫛はナイーナさんが作ったものなんです」
レイはシーヴと話をしながら昼食を並べていきます。そうするうちに、ストレッチを終えたサラが戻ってきました。
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