国王陛下の大迷惑な求婚

市尾彩佳

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第四章 全部まとめて解決します!

35、ゲーム中盤 中編 ~三バカ王女~

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 他のチームと協力し合って──と一言ですむ話でも、実際はそう簡単にはいかない。ほとんどの参加者は交流をおろそかにしてきている。王子王女たちがチームを組めたのは、以前からの知り合いが少しはいたから。逆に言えば、少し知り合いがいるからこそ、他の知り合いを作ろうとしなかったんだと思う。王侯貴族って社交で知り合いを増やすことで力をつけていくものだというイメージがあったんだけど、違うの?
 でも、ディオファーンでは、先の世継ぎ問題で貴族が二派に分かれて争ったって聞いたけど。そういうのって、人脈作らなくちゃできないんじゃないの? そういう状況は、他の国でも起こりうることだから、みんな社交を大事にするものだと思ってたんだけどな。ホントわからん。

 でもまあ、やっぱり王侯貴族は社交が得意なご様子で、巧みに駆け引きして必要な協力を得ることができたチームが一組、また一組、第二ポイントへと向かう。


 第二ポイントに連なる列が長くなりにつれ、要領の悪──いえ、運悪く難問に当たり手こずってらっしゃるチームが目立つようになってくる。あたしはそうしたチームに声をかけ、この階をクリアできるよう、ちょっとした手助けをして回った。ここでリタイアしてもらっちゃゲームの目的を果たせないし、参加者はつまらないだろうからね。

 その途中、壁際に三バカ王女を見つけた。他のチームに協力を求めたいんだろう。周囲の人に話しかけようとするんだけど、ちょっと近付いただけで相手はさりげなく離れていく。

 “舞花様”の“宝物”をダメにして“悲しませた”彼女たちは、今もまだ他の人たちから敬遠されてるらしい。関われば、自分も“舞花様のご不興を買う”と思っているのかもしれない。
 この状況も何とかしたかったのよね。友好国の中で特定の国が孤立してしまってるのはよくない。
 うん、わかってるよ。あたしのせいだって。だからこそ、あたしが決着をつけなくちゃ。

 あたしは彼女たちに近付いた。

「何かお困りですか?」

 同時に振り返った彼女たちは、あたしに声をかけられるとは思ってなかったんだろう、信じられないものを見るような目でまじまじと見つめてくる。そりゃそうだよね。あなたたちを困った状況に追い込んだのはあたしだもん。さらに何かされるとかも思ったかもしれない。──なんて考えてたことはおくびに出さず、あたしはにこやかに話しかけた。

「お手持ちの紙を拝見させていただいてよろしいですか?」

 三バカ王女の一人コンディータ王女が、噛みつくように言ってくる。

「嫌がらせなんでしょう?」

 何を言いたいのかわかるけど、先回りするのもなぁ。

「何の話です?」

 とぼけてみせれば、コンディータ王女は高飛車に紙を突きつけてきた。

「あなたが舞花様だと見抜けなかったわたくしたちへの当て付けに、このような難しい暗号がわたくしたちにあたるよう仕向けたのでしょう!?」

「そんなことしてませんけど……」

 受け取って見てみたけど、この世界の文字をあまり読めないあたしには、暗号文を読むのも一苦労だったんだった。

 あたしは第二ポイントに並ぶ人たちに目を向けた。クイズの回答を得た人たちが押し寄せているので、長蛇の列ができてる。最後尾近くのチームがポイントを通過できるまでには、まだ時間がかかるだろう。彼女たちのために知恵を貸すのは、ちょっとした退屈しのぎにもなるはずだ。

「どなたかこのチームの暗号解きを手伝ってくださいませんかー? チームメンバーの一人が残っていれば、列から抜けたことにならないことにしまーす。ポイント通過時に三人そろっていればOKでーす」

 あたしが声をかけたからか、列から何人かの男性が抜けてくる。

「少々拝見を」

 一人に手渡せば、他の男性もその手もとを覗き込む。

「これは簡単でしょう」

 一人が得意げに答えを口にすれば、他の人たちから「私が解く前に答えを言わないでくれ!」といった文句が飛び出す。
 三バカ王女にお礼を言うよう促していると、集まった男性たちに声をかけられた。

「こうした暗号を解くのは面白い。楽しいイベントを用意してくださってありがとうございます」

「お楽しみいただけて何よりです。これから難易度が上がっていきますので、心してかかってくださいね」

 数言交わしている間に、いつの間にか三バカ王女はいなくなっていた。
 隣にいたフォージが、あたしの袖をくいくい引いてくる。何かと思ってフォージを見下ろせば、彼女は壁際を指差した。そこには、答えを教えてくれた人へお礼を言い終えクイズの隠し場所に移動したととばかり思っていた三バカ王女がいて、あたしをにらんでいる。何? まだ他に文句があるっていうの?
 近付いて彼女たちの前に立てば、コンディータ王女が言った。

「いったい何のつもりなの? わたくしたちの謹慎を解いてイベントに参加させたり、わざわざ親切をしてみせたり」

 他の二人はやめなよと言いたげにコンディータ王女の袖を引くけれど、コンディータ王女は憎々しげに言い切った。

「ご自分は好い人だと皆様に印象付けられて、いい気分なんでしょうね!」

 他の二人はかわいそうなくらい青ざめてる。すぐ安心させてあげたいのはやまやまだけど、ごめん、ちょっと待ってね。

「そんなことのためにしてるわけじゃありません」

「では何のためだというの?」

「主催者側に立つからには、公平でなくてはならないからです」

 あたしの返答が予想外だったのか、コンディータ王女は面食らったような顔をする。また憎まれ口を叩かれないうちに、どういう意味か説明した。

「このイベントは、ディオファーンが友好国の若い王族の方々を招待した中での、余興の一つです。ですから、招待した趣旨に沿って行われなければなりません。今回の招待の趣旨は親交です。つまり、一部の友好国が交流に参加できないなんてあってはならないんです」

 コンディータ王女はにやりと笑った。

「要するに、わたくしたちが参加しないとあなたが困るということね」

 挑戦的な目からは、「参加してほしければ頭を下げなさい」と言いたいのがありありとわかる。あくまで優位に立ちたいんだなぁ、やれやれ。下手なプライドは、不利な状況を生み出すことにもなりかねないってわからないのかな。

「あたしは困らないですよ。困るのはあなたの国の人たちです。国の代表としてディオファーンに来ている自覚はあるんですか? あなたの言動はあなたの国の意向として取られてしまうことだってあるんです。──承知したつもりありませんでしたが、あたしはソルバイト陛下の婚約者ということになっています。そのあたしに敵意をむき出しにすれば、あなたの国がディオファーンに対して敵対心を持っているとみなされることだってあるかもしれません。それは大袈裟だとしても、他の国々が親交を深めているというのに、あなたの国だけがその流れに乗り遅れることは、それはよくないことだとは思わないんですか?」

 コンディータ王女はうつむいて、悔しそうに唇を噛む。今言ったことは理解してもらえたようでよかった。

「あたし個人は、私物をダメにされたことは今でも腹が立つし、許せないっていう気持ちはまだあります。ですが、このイベントは国の公式行事、そうした私情を挟むべきではないと思ったんです」

 コンディータ王女をかばうように、他の二人が前に出てきた。

「舞花様、申し訳ありませんでした!」

「コンディータもわたくしたちも深く反省しています! 舞花様の宝物をダメにしてしまって申し訳ありません!」

「フェロー! カーリン!」

 二人のしたことが裏切りにも感じたんだろう。コンディータ王女は非難の声音で二人の名前を呼ぶ。
 フェロー王女とカーリン王女は、コンディータ王女を振り返って言った。

「ラテライトお兄様に思い知らされたことを忘れたの?」

「コンディータだって、舞花様に悪いことをしたって言ったではないの」

 それらを聞いたとたん、コンディータ王女はしゅんとした。

「……でも、謝っても許してもらえるわけがないわ」

 お、素直。さっきまでの高飛車な態度は、虚勢だったのかな? 意外とかわいいところあるじゃない。

「許して差し上げないことはないですよ」

 なんてことをうっかり言ってしまったから、コンディータ王女ににらまれてしまった。彼女は警戒した様子でじっとあたしを見つめてくる。

「………どうすれば許しでくれるの? 賠償金を払えばいい? わたくしたちの宝物を壊せば気がすむの?」

 どうしてそういう発想になるのかなぁ?
 あたしは呆れつつ答えた。

「心から謝っていただければ十分です」

「そんなの嘘! 償わせたいから、今でも怒っているのでしょう?」

「怒っているのは、今もまだ傷付いているからです。──一番つらかったのは、あれをどれだけ大切にしていたか、あれが破れてしまってどれだけショックだったか、あなた方に理解してもらえなかったことです。悪いことをした、反省していると思ってくださるのでしたら、その気持ちをあたしに話して聞かせてください。あたしの気持ちを理解してくださっているとわかれば、傷付いた心も多少は癒えて、許せる気持ちになれると思います」

 ブラウスを破られたことそのものより、ブラウスを大事に思う気持ちを踏みにじられたことのほうがつらかったし悔しかった。だから報復したところで、あたしの心の傷は消えなかった。

 傷付いた心は、傷付けてきた相手の誠意でしか癒やせない。

 今回の場合は、三人が心から謝ってくれれば、きれいさっぱり水に流すつもりでいる。耐久性に優れていても、使わず大事にとっておいても、経年劣化は避けられない。すでに何度かわからないくらい着ているものだから、洗濯しても取り切れない汚れも残っていただろう。それらは、いずれブラウスを着られたものじゃなくしていたはずだ。それが少々──いや、だいぶ早くなっただけのこと。どのみちこの世界の人たちがぎょっとするような代物だから、普段着るわけにもいかない。ただしまっておくだけなら、破れていても困ることはないのだ。

「あっあの……!」

 二人の王女が再び謝ろうとするのを、あたしは名前を呼んで遮る。

「フェロー王女、カーリン王女。お二人の謝罪は受け取らせていただきました。悪いことをして反省しているという気持ちが伝わってきましたのでもう十分です。──あとはコンディータ王女だけです」

 逃げるのを許さないとばかりに見すえれば、コンディータ王女は下を向いて目をそらした。

「……申し訳ありませんでした」

 ふてくされた、これを言うのは不本意だと言わんばかりの態度。もちろんそれで許せるわけがない。

「コンディータ王女、あなたには本当に謝罪をする気があるんですか? あるとしたらいったいどうして? 理由がわからなければ許す気になれません」

 コンディータ王女は怒りもあらわに顔を上げる。二人の王女が彼女の腕を引き小さく名前を呼ぶ。それで我に返ったように、大きく開いた口を閉じた。
 あたしからはこれ以上何も言わない。じっと待っていると、コンディータ王女は悔しげに顔をゆがめながら絞り出すように話し始めた。

「………………兄様がわたくしのお気に入りの侍女たちを帰してしまって、わたくしには帰国禁止を命じたの。部屋から出してもらえなくなって、フェローとカーリンにも会えなくなって。わたくしの世話をするのは知らない侍女ばかりになったのに、兄様は会いにきてくれない。それから数日経つとホームシックにかかってしまったの。さびしくてつらくて……それからしばらくして兄様が来て。国に帰りたいって兄様に頼んだのに、兄様はこう言ったの。『舞花様はホームシックになっても国に帰れない』って。
 そう言って、兄様はわたくしのぬいぐるみを持っていこうとしたわ。寝るときいつも抱いているお気に入りのぬいぐるみなの。ただでさえさびしくてしかたないのに、お気に入りのぬいぐるみまで取り上げられたらと思うと怖くてたまらなくて、返してって、必死に兄様に訴えたわ。そうしたら兄様が『舞花様はおまえにとってのぬいぐるみのように大事な宝物を壊されてしまったんだ』って言って。それでわたくし、舞花様にひどいことをしてしまったんだってようやく気付いたの。
 兄様は、我が国の技術でも舞花様の宝物は修繕できないって言ったわ。取り返しのつかないことをしてしまったんだってわかって、舞花様に悪いことをしてしまったんだってすごく反省したわ。でも、それをフェローとカーリン以外には言えなかった。自分の非を認めれば、兄様はその罪を責めるわ。お父様はわたくしに罰を与えるかもしれない。だって、ディオファーンの国王陛下の婚約者様に悪いことをしてしまったんだもの。どんな罰を下されるかと思うと怖くてしかたなくて。だから、どうしても素直に謝ることができなかった。舞花様を傷付けておきながら、卑怯だった。申し訳、ありません……」

 なるほど。フェロー王女もカーリン王女も、コンディータ王女と同じようなことをラテライト王子にされて、それで反省したってわけね。

 に、しても、非を認めさえしなければ罰を与えられることもないっていう考えか。確かに卑怯だけど、罰の大きさを考えたら(あたしはいちおうディオファーンの重要人物扱いだもんね)、恐れをなして罪を認められないというのもわからないでもない。冷静に考えてみれば、たかがブラウス一枚の話だし、彼女を罰してほしいわけでもないのよね。

「コンディータ王女の謝罪も、確かに受け取りました。この件は、これで決着がついたということにしましょう。コンディータ王女もフェロー王女もカーリン王女も、この件でどなたかから叱責を受けたり罰を与えられたりすることがないよう、ソルバイト陛下にお願いしておきます」

 顔を上げたコンディータ王女の目から、大粒の涙がこぼれだした。

「許してくれるの? 舞花様じゃないって決めつけて、勝手に部屋の中に入って、宝物を壊してしまったのに?」

「そうですね……謝ってくださったし、反省もしてくださったから、あとは二度としないと約束してくだされば十分です」

 あたしは話し終えるのを待たずに、フェロー王女が声をあげた。

「約束します! もう二度としません! コンディータもカーリンも、ね?」

「もちろんです! 二度としません!」

 カーリン王女も約束してくれたけれど、コンディータ王女からは返事がない。おえつがこみ上げて言葉を口にできないでいる。
 フェロー王女とカーリン王女になぐさめられ励まされ、ようやくたどたどしく言った。

「や……約束、します。本当にごめん……っ、ごめんなさい……!」

 量販品のブラウス一枚の話が何だか大袈裟になっちゃったけど、決着を付けられそうで何より。
 それにしても、やけに素直だな。ぬいぐるみと一緒に寝るとか話しぶりとか、コンディータ王女が意外と子供っぽくてちょっと驚いたわ。大人がを好きでも悪くないと思うんだけど、これまでの性格のキツさを考えるとちょっとイメージに合わなかったっていうか。

 ともかく、あたしも言わなきゃいけないことがあったんだった。

「あたしからも謝罪をします。公人としてディオファーンに滞在中のあなた方に、公衆の面前で恥をかかせてしまって申し訳ありません。いくら怒っていたからといって、大人げないことをしました」

 すると、三人の王女はきょとんとした。

「大人……?」

 そういえば、この世界ではあたし年齢を低くみられがちだったんだった。
 気恥しくて思わず後ろ頭をかいてしまう。

「あたし、こう見えても二十四歳なんです。──あ、結構長くこの国に滞在してるから、もう二十五歳になってるかもしれませんが」

 日本と暦が違うから、正確なところがわからないのよね。
 けど、そんなの問題じゃなかった。

「二十五歳!? 十以上も年上だったんですか!?」

 十以上!?

「え……あなたがたの年齢は?」

「十三歳です」
「もうすぐ十三歳になります」
「十二歳です」

 順に、フェロー王女、カーリン王女、コンディータ王女。

「えええええ!?」

 あたしは素っ頓狂な声を上げた。
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