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iiyori.09

09.

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「穂月、…」

達磨法師が起こす大地が裂けるほどの強風の中、ただ一人、志田穂月だけが立っていた。

その手に時切丸を持ち、しっかりと軍馬を駆る。羽間合同軍も志田連合軍も進むことも退くこともかなわず、千々に伏せりながら強風をしのいでいる中を、悠然と進んできた。

「お、…お前、父に刃を向けるのか」

晴信も未だ地べたに這いつくばったまま、すぐ目の前で馬上から見下ろす息子を真っすぐに見返すことも出来ない。

「父上、不毛な争いはやめて、同盟を結びましょう。これより、志田領は私が預かります」

「な、な、なにを、…――――――」

一方的な息子の言葉に頷けるはずもない晴信だが、吹きすさぶ強風に動くことはおろか、声を上げることもままならない。

「皆の者、これより志田の家督は私が継ぎ、父上には引退して頂きます」

凛とした志田穂月の声が谷にこだまする。
あたかも、神のお告げかのように。

「お、…おお、穂月様、…――――――っ」

朝日の中、一人だけ凛と立つ志田穂月は、何物をも寄せ付けない圧倒的な神々しさがあった。

自ずと志田軍は全兵、平身したまま穂月への敬意を示した。達磨法師の言う神の裁きとは、このことだ。低頭する志田軍に異を唱える者はいない。

元々、志田の兵士や領民には、自分たちを駒としか考えない晴信のやり方に不満を抱く者も多くいた。今回の戦いも、兵の数から負けるのは歴然、自分たちは捨て駒で、晴信の意地とプライドのためだけの対戦だと分かっていた。

晴信様が退かれ、穂月様の時代に、…

ただ、一切の情けを持たぬという時切丸の遣い手である志田穂月がその場で父親を切り捨てず、和平同盟を口にしたことは驚きではあった。

穂月様は変わられた。
我々を守るために家督を継ぐのだ。

こうして、かつてない大乱を予感させた志田・羽間の合戦は、一人の血も流すことなく和平同盟をもって終了し、志田藩は晴信から穂月に引き継がれた。志田晴信は藩主を引退して志田城を離れ、地方にある同盟藩へと移っていった。

その際、多くの家臣や家財を引き連れて行ったが、その中に新たに側室に迎え入れられた三姫の姿があった。

三宮寺で志田穂月に化身して達磨法師を従わせた三姫は、陣の谷で達磨法師と霊力を共鳴させて合戦を停止させ、穂月が新藩主になって同盟が締結されると、消えていなくなった。

それからは、どんなに呼んでも浮遊して現れることはなく、志田城の奥にある三姫の部屋を訪ねると、もう、『在処離あくがれ』ていないからいいのだ、と仰せになった。それは酒豪で剛毅な三姫とは別人のような見た目通りの可愛らしい姫君で、お腹に晴信の子がいるので共に行くのだ、とひどくさっぱりとした顔でお笑いになった。
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