82 / 92
iiyori.10
01.
しおりを挟む
「今夜は満月だな」
「うん、…」
志田城にある穂月の部屋から渡り廊下に出ると、広いお城の中庭と空が見渡せる。穂月の隣で見る月は、大きくて不思議で神秘的で。眺めていると、宇宙と時間と自分の存在が、不鮮明に思えてくる。
今。ここに。この場所はあるのか。
本当に。私は。存在しているのか。
意識が。魂が。肉体が。本当はどこにあるのか。
「…なよ竹のかぐや姫、か」
穂月が少し寂しそうにつぶやいて私の肩を抱き寄せた。
穂月の腕の温もりを確かに感じられる。
だけど本当の私は、恐らくここにはいない。
魂の帰還期限が近づいているのを感じていた。
『なえ、…――――――』
頭の後ろの方で私を呼ぶ穂月の声が聞こえる。
『穂月様は妾の手を取り、心から謝罪して下さいました。つらい思いをさせてすまなかった、と』
海沿いにあるという同盟藩に渡る前、三姫が秘かに打ち明けてくれた。
『妾はそれで十分じゃ』
どうやら、件の一夜は、『夜は娼婦』の勢いが出ることはなかったらしい。けれど、穂月と向き合えたことで三姫のこれまでの鬱屈した思いは全て浄化され、三姫が実体ごと浮遊したり飲んだくれたりすることはなくなったらしい。なくなったというか、出来なくなったというか。
そもそも、『在処離』という現象は、時切丸がもたらしたのではないかと達磨法師は言う。
時切丸の中には元々、神話時代の霊が封じ込められているが、その霊が時折、思いの強すぎる霊魂を呼び出し、その思いを叶えて、魂を解放しているのではないか。時切丸に惹かれて肉体から乖離した三姫の霊魂は、穂月と向かい合い、無事同盟を結べて思いを果たし、彷徨い出づることがなくなったのではないか、と。
「そなたもまた、えらく遠いところから来たようじゃ。わしらの企みが上手くいかなかったのも、地下から逃げおおせたのも、そなたに時を超えた霊魂が宿っていたからと思えば合点がゆく」
達磨法師がしみじみと私を見て言った。
「輪廻、…魂の巡りとは誠、不思議なものよ」
達磨法師は三姫にうち破られ魂を共鳴させて同盟を結んだ一件で、すっかり心を入れ替えたらしい。これからは魂の救済に尽力すると誓い、差し当たっては自分の風術で破壊した寺の再建に奔走していた。
「…ん?」
月明かりに浮かぶ穂月の横顔を見上げていたら、穂月が気づいて軽く唇を寄せてきた。顔を傾けた斜め45度の穂月の顎のラインは、最高にかっこいい。などと思っている場合ではない。
家督を継いだ穂月は、志田藩の立て直しや同盟国との交渉など、日々を忙殺されている。その傍らには穂月の義弟である閏月様がいつも付き従っている。閏月様は穂月と同い年らしい。お方様の身分が低く、ぞんざいに扱われていたが、穂月のことは慕っている。閏月様は武術は苦手だが頭脳明晰でとても勘が良く、軍師としての才を早くから穂月様に買われていた、と鷹朋さんが教えてくれた。
私はマキちゃんと志田城の女中部屋に戻り、女中仕事をしながら、夜は穂月の部屋に忍び込んでいるという状態なんだけど。
穂月は状況が整い次第、閏月様にお城の全てを譲って、城を出るつもりだと言っていた。
ただ一人の妻として私を娶るために。
だから多分。
もうここで私が見届けるべきことは終わったんだと思う。タイムリミットなんだと思う。
「うん、…」
志田城にある穂月の部屋から渡り廊下に出ると、広いお城の中庭と空が見渡せる。穂月の隣で見る月は、大きくて不思議で神秘的で。眺めていると、宇宙と時間と自分の存在が、不鮮明に思えてくる。
今。ここに。この場所はあるのか。
本当に。私は。存在しているのか。
意識が。魂が。肉体が。本当はどこにあるのか。
「…なよ竹のかぐや姫、か」
穂月が少し寂しそうにつぶやいて私の肩を抱き寄せた。
穂月の腕の温もりを確かに感じられる。
だけど本当の私は、恐らくここにはいない。
魂の帰還期限が近づいているのを感じていた。
『なえ、…――――――』
頭の後ろの方で私を呼ぶ穂月の声が聞こえる。
『穂月様は妾の手を取り、心から謝罪して下さいました。つらい思いをさせてすまなかった、と』
海沿いにあるという同盟藩に渡る前、三姫が秘かに打ち明けてくれた。
『妾はそれで十分じゃ』
どうやら、件の一夜は、『夜は娼婦』の勢いが出ることはなかったらしい。けれど、穂月と向き合えたことで三姫のこれまでの鬱屈した思いは全て浄化され、三姫が実体ごと浮遊したり飲んだくれたりすることはなくなったらしい。なくなったというか、出来なくなったというか。
そもそも、『在処離』という現象は、時切丸がもたらしたのではないかと達磨法師は言う。
時切丸の中には元々、神話時代の霊が封じ込められているが、その霊が時折、思いの強すぎる霊魂を呼び出し、その思いを叶えて、魂を解放しているのではないか。時切丸に惹かれて肉体から乖離した三姫の霊魂は、穂月と向かい合い、無事同盟を結べて思いを果たし、彷徨い出づることがなくなったのではないか、と。
「そなたもまた、えらく遠いところから来たようじゃ。わしらの企みが上手くいかなかったのも、地下から逃げおおせたのも、そなたに時を超えた霊魂が宿っていたからと思えば合点がゆく」
達磨法師がしみじみと私を見て言った。
「輪廻、…魂の巡りとは誠、不思議なものよ」
達磨法師は三姫にうち破られ魂を共鳴させて同盟を結んだ一件で、すっかり心を入れ替えたらしい。これからは魂の救済に尽力すると誓い、差し当たっては自分の風術で破壊した寺の再建に奔走していた。
「…ん?」
月明かりに浮かぶ穂月の横顔を見上げていたら、穂月が気づいて軽く唇を寄せてきた。顔を傾けた斜め45度の穂月の顎のラインは、最高にかっこいい。などと思っている場合ではない。
家督を継いだ穂月は、志田藩の立て直しや同盟国との交渉など、日々を忙殺されている。その傍らには穂月の義弟である閏月様がいつも付き従っている。閏月様は穂月と同い年らしい。お方様の身分が低く、ぞんざいに扱われていたが、穂月のことは慕っている。閏月様は武術は苦手だが頭脳明晰でとても勘が良く、軍師としての才を早くから穂月様に買われていた、と鷹朋さんが教えてくれた。
私はマキちゃんと志田城の女中部屋に戻り、女中仕事をしながら、夜は穂月の部屋に忍び込んでいるという状態なんだけど。
穂月は状況が整い次第、閏月様にお城の全てを譲って、城を出るつもりだと言っていた。
ただ一人の妻として私を娶るために。
だから多分。
もうここで私が見届けるべきことは終わったんだと思う。タイムリミットなんだと思う。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説


忙しい男
菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。
「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」
「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」
すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。
※ハッピーエンドです
かなりやきもきさせてしまうと思います。
どうか温かい目でみてやってくださいね。
※本編完結しました(2019/07/15)
スピンオフ &番外編
【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19)
改稿 (2020/01/01)
本編のみカクヨムさんでも公開しました。

追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。

白い結婚は無理でした(涙)
詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。
明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。
白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。
小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。
現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。
どうぞよろしくお願いいたします。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる