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第四章 生きたい世界
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「どうしよう! お医者さんがいないんじゃ、診てもらえないよ!」
ついに実莉衣が泣き出し、穂乃果が真剣な顔で考え出す。
「せめて薬――。薬局か、ドラッグストアとかに市販薬とかないかな。だけど、腹痛の薬って、どういうのなんだろう。お店に行けばわかるかな」
「だけど、効くのかな!?」
裕太みたいに本屋で医学の本を探してみようかとも思った。
だけど、医者って、知識だけでやってるんじゃないんだよな、きっと。
研修とかそういうのがあるって聞いたことがある。
それに、一つのことだけ知ってればいいわけじゃないし、症状とか話を聞いたり見たりしていろんな可能性の中から探り当てるんだろ?
そんなの、いくら本で読んだって、晴樹にこの薬を飲めば大丈夫! なんて言い切れる自信はない。
行き当たりばったりの知識じゃどうにもならない。
時間と経験を重ねた大人にしか――。
いや、できないことばっかり考えててもしょうがない。
何かできることはないか。
オレにも何か――。
そうして焦るだけで、何もできないオレの肩に唯人がぽんと手を置いた。
「大丈夫だ。晴樹は死なない」
実莉衣は唯人を見上げると、見る見る間に涙が盛り上がって、さっきよりも激しく泣き出してしまった。
「でも、でも、でもおー! うああーん! もうヤダよお、晴樹くん、元気になってよおお」
実莉衣がこんな風に泣くところなんて、初めて見た。
穂乃果もおろおろと実莉衣の背中を撫でさすっている。
オレは、オレは、こんなときですらどうしたらいいかわからなくて、まごまごすることしかできない。
くそ……。
自分で自分が情けない。
「実莉衣ちゃん、ごめんね。こわがらせちゃって……。オレ、ここでリタイアするよ」
晴樹が切れ切れに言うと、実莉衣はぐすぐすとしゃくりあげながら、「そんなの、いやだよぉ」とまた泣いた。
「女の子を泣かせてまで、意地張るのはカッコ悪いし」
苦しそうに、だけど、晴樹ははっきりとそう言った。
「――腐ったもん食べてうずくまってる時点で十分カッコ悪いけど」
そう言って笑うと、止める間もなく晴樹は空を仰ぎ、精一杯だってわかる大声をあげた。
「バルビット、くーん! たーすけてー!」
ブンッと音がして、すぐに晴樹の真上にバルビットくんが現れた。
「はいはーい、バールビットくんでーす。お呼びですかん?」
「みんな、ごめんね。応援してるから、オレの分も頑張ってくれよな。そんなわけでバルビットくん、オレ、リタイア、します――イタタタッ」
「はいはーい、承知しましたん」
あっさりと言ったバルビットくんが両手をあげて、丸の形にすると、晴樹の姿は一瞬で消えた。
「え……」
「晴樹くん?!」
「うそ、もうこれで、終わりなの?」
唯人も実莉衣も穂乃果も、みんなぼう然と晴樹がいなくなった場所を見つめた。
そこに残されていたのは、アンニンドウフの空容器だけ。
「ではみなさま、ごーきげんよーう」
「待ってくれ!」
消えかけたバルビットくんを、めずらしく唯人が必死に呼び止めた。
「ええー? なんですか? 帰ろうと思ったのにい」
「これだけ教えてくれ。裕太は無事なのか?」
「ああ、そのことですかん。彼はもう出口を見つけて戻ってきていますよん」
「!?」
「……本当に?」
実莉衣も穂乃果も、信じられないというように言葉を失った。
唯人はだけはほっとしたように肩を落として、「そうか」って頷いた。
「私、ウソはつきませーん。超優秀なAIですから自由に見えているのかもしれませんが、しょせんは『プログラム』。プログラムされた通りにしか喋れないのですからねん」
そう言ってバルビットくんは、ぱっと手のひらを広げると、「じゃ、さようならーん」とあとかたもなく姿を消したのだった。
□
裕太が出口を見つけて一人で帰ってしまっていた。
そして晴樹がリタイアした。
その事実は、たしかにオレたちに大きな衝撃を与えていた。
だけど唯人だけは、「まあ、二人とも無事に済んでよかったな」と淡々としていた。
「だけど裕太くん、ひどいよ。あたしたちに何も言わずに、一人で勝手にさ」
「事情があったのかもしれないだろ? 晴樹みたいに緊急事態だったのかもしれないし」
「そうだけど……」
それでも納得できない実莉衣に、唯人はゆっくりと言い聞かせるように話した。
「この世界で、一番最悪な事態がなんだかわかるか?」
「え……? 死んじゃう、こと?」
「そうだ。現実だって死ぬのが一番取り返しがつかないことだけどな。仮想世界とはいえ、ここで死んだら最悪は脳死ってこともあると思う。だからそれを避けられたんだから、まずいいことにしよう。なんで勝手に帰ったかなんて、あっちに戻ってから聞けばいいことだし、オレは裕太を信じてる」
唯人が誰かのためにこんなに一生懸命気持ちを話すのを聞くのは、初めてのことだ。
唯人がいつも他人事だと思ってるわけじゃないことはオレも知ってた。だけど、こういうことはいつも口に出さないから、誤解されるんだ。
「唯人くん……」
「だから、今わからないことで裕太を責めるのはやめてやってくれ。会って、裕太から話を聞いた上で、それでも納得できなかったら怒ってやろうぜ」
「うん……わかった」
唯人はクールだと女子によく騒がれているけど、本当にクールなのはこういうところだ。
男のオレから見ても、かっこいい。
実莉衣もやっと落ち着いたみたいで、「じゃあ、夕飯の準備しよっか」と泣いた後の赤い目で笑ってみせた。
だけどこの時、やっぱり実莉衣は心に限界を迎えてたんだと思う。
二日後、実莉衣は熱を出してしまったのだ。
ついに実莉衣が泣き出し、穂乃果が真剣な顔で考え出す。
「せめて薬――。薬局か、ドラッグストアとかに市販薬とかないかな。だけど、腹痛の薬って、どういうのなんだろう。お店に行けばわかるかな」
「だけど、効くのかな!?」
裕太みたいに本屋で医学の本を探してみようかとも思った。
だけど、医者って、知識だけでやってるんじゃないんだよな、きっと。
研修とかそういうのがあるって聞いたことがある。
それに、一つのことだけ知ってればいいわけじゃないし、症状とか話を聞いたり見たりしていろんな可能性の中から探り当てるんだろ?
そんなの、いくら本で読んだって、晴樹にこの薬を飲めば大丈夫! なんて言い切れる自信はない。
行き当たりばったりの知識じゃどうにもならない。
時間と経験を重ねた大人にしか――。
いや、できないことばっかり考えててもしょうがない。
何かできることはないか。
オレにも何か――。
そうして焦るだけで、何もできないオレの肩に唯人がぽんと手を置いた。
「大丈夫だ。晴樹は死なない」
実莉衣は唯人を見上げると、見る見る間に涙が盛り上がって、さっきよりも激しく泣き出してしまった。
「でも、でも、でもおー! うああーん! もうヤダよお、晴樹くん、元気になってよおお」
実莉衣がこんな風に泣くところなんて、初めて見た。
穂乃果もおろおろと実莉衣の背中を撫でさすっている。
オレは、オレは、こんなときですらどうしたらいいかわからなくて、まごまごすることしかできない。
くそ……。
自分で自分が情けない。
「実莉衣ちゃん、ごめんね。こわがらせちゃって……。オレ、ここでリタイアするよ」
晴樹が切れ切れに言うと、実莉衣はぐすぐすとしゃくりあげながら、「そんなの、いやだよぉ」とまた泣いた。
「女の子を泣かせてまで、意地張るのはカッコ悪いし」
苦しそうに、だけど、晴樹ははっきりとそう言った。
「――腐ったもん食べてうずくまってる時点で十分カッコ悪いけど」
そう言って笑うと、止める間もなく晴樹は空を仰ぎ、精一杯だってわかる大声をあげた。
「バルビット、くーん! たーすけてー!」
ブンッと音がして、すぐに晴樹の真上にバルビットくんが現れた。
「はいはーい、バールビットくんでーす。お呼びですかん?」
「みんな、ごめんね。応援してるから、オレの分も頑張ってくれよな。そんなわけでバルビットくん、オレ、リタイア、します――イタタタッ」
「はいはーい、承知しましたん」
あっさりと言ったバルビットくんが両手をあげて、丸の形にすると、晴樹の姿は一瞬で消えた。
「え……」
「晴樹くん?!」
「うそ、もうこれで、終わりなの?」
唯人も実莉衣も穂乃果も、みんなぼう然と晴樹がいなくなった場所を見つめた。
そこに残されていたのは、アンニンドウフの空容器だけ。
「ではみなさま、ごーきげんよーう」
「待ってくれ!」
消えかけたバルビットくんを、めずらしく唯人が必死に呼び止めた。
「ええー? なんですか? 帰ろうと思ったのにい」
「これだけ教えてくれ。裕太は無事なのか?」
「ああ、そのことですかん。彼はもう出口を見つけて戻ってきていますよん」
「!?」
「……本当に?」
実莉衣も穂乃果も、信じられないというように言葉を失った。
唯人はだけはほっとしたように肩を落として、「そうか」って頷いた。
「私、ウソはつきませーん。超優秀なAIですから自由に見えているのかもしれませんが、しょせんは『プログラム』。プログラムされた通りにしか喋れないのですからねん」
そう言ってバルビットくんは、ぱっと手のひらを広げると、「じゃ、さようならーん」とあとかたもなく姿を消したのだった。
□
裕太が出口を見つけて一人で帰ってしまっていた。
そして晴樹がリタイアした。
その事実は、たしかにオレたちに大きな衝撃を与えていた。
だけど唯人だけは、「まあ、二人とも無事に済んでよかったな」と淡々としていた。
「だけど裕太くん、ひどいよ。あたしたちに何も言わずに、一人で勝手にさ」
「事情があったのかもしれないだろ? 晴樹みたいに緊急事態だったのかもしれないし」
「そうだけど……」
それでも納得できない実莉衣に、唯人はゆっくりと言い聞かせるように話した。
「この世界で、一番最悪な事態がなんだかわかるか?」
「え……? 死んじゃう、こと?」
「そうだ。現実だって死ぬのが一番取り返しがつかないことだけどな。仮想世界とはいえ、ここで死んだら最悪は脳死ってこともあると思う。だからそれを避けられたんだから、まずいいことにしよう。なんで勝手に帰ったかなんて、あっちに戻ってから聞けばいいことだし、オレは裕太を信じてる」
唯人が誰かのためにこんなに一生懸命気持ちを話すのを聞くのは、初めてのことだ。
唯人がいつも他人事だと思ってるわけじゃないことはオレも知ってた。だけど、こういうことはいつも口に出さないから、誤解されるんだ。
「唯人くん……」
「だから、今わからないことで裕太を責めるのはやめてやってくれ。会って、裕太から話を聞いた上で、それでも納得できなかったら怒ってやろうぜ」
「うん……わかった」
唯人はクールだと女子によく騒がれているけど、本当にクールなのはこういうところだ。
男のオレから見ても、かっこいい。
実莉衣もやっと落ち着いたみたいで、「じゃあ、夕飯の準備しよっか」と泣いた後の赤い目で笑ってみせた。
だけどこの時、やっぱり実莉衣は心に限界を迎えてたんだと思う。
二日後、実莉衣は熱を出してしまったのだ。
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