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第四章 生きたい世界
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「あたし、もうムリかも。リタイアしたいよ」
熱で真っ赤になった頬で、涙で目をうるませて、実莉衣はそう訴えた。
そうして穂乃果の部屋のベッドに寝かされた実莉衣は、涙を枕にぽたぽたとこぼす。
「頼りだった裕太くんがいなくなって、ムードメーカーだった晴樹くんまでリタイアして、残ったのはあたしたち四人で……。ここでリタイアするのはあたしだって悔しい。だけど、もう、辛いんだ」
ずっと実莉衣が空元気だったってことは、オレたちもみんなわかっていた。
だから、誰も何も言わなかった。
まだ頑張ろうよ、なんて言わなかった。
だけどリタイアしたくても、実莉衣はもう……。
「でもあたし、もうバルビットくん呼んじゃったから……。なんであの時、もっとよく考えなかったんだろ。みんな止めてくれたのに、全然聞かないでさ……」
どう言ってあげればいいのかわからなくて、オレも穂乃果も黙りこんでいた。
穂乃果はぽろぽろ泣き続ける実莉衣の肩を、優しく撫でていた。
そこに唯人が突然口を開いた。
「俺がバルビットくんを呼ぶよ」
「え? でも、他人のために呼ぶことはできないって」
「うん。だから、俺がリタイアすればいいんだよ」
「え……? どういうことだ」
聞き返したオレに、唯人は説明してくれた。
「リタイアすれば、俺は元の体に戻る。そしたら実莉衣が寝てる機械のスイッチを止めて、強制的に仮想の世界から帰って来させることもできるだろ?」
「バルビットくんに、止められたり、しないかな……? それに、無理に止めて、壊れちゃったりとか、しないかな?」
穂乃果が不安そうに言えば、唯人は「大丈夫」と頷いた。
「必ず緊急停止できる仕組みがあるはずだ。体調不良だから、もうゲームをやめたいって言えば、大人は必ずゲームを止めるよ。だって、何かあったら責任問題になるだろ?」
確かに。
唯人は大人をよくわかってる。
『こどものくに』を作った人たちだって、開園したばっかりなんだから悪いニュースで騒がれるようなことはしたくないはずだ。
「ただ、こっちの時間とあっちの時間の流れは違う。だから、実莉衣が元の世界に戻れるまで、何日かかかるかもしれない」
「あっちの三時間がこっちでは三十日。ってことは、六分でもこっちの一日だよな。唯人が起きて、バルビットくんか係の人に話をして、早くて三分でも半日だし、十分以上かかかれば二日とか、それくらいかかるってことか」
おそるおそる実莉衣の顔を見ると、ぐすりとしゃくりあげながら頷いた。
「うん、それくらい、がんばれる」
穂乃果もオレもほっとして、肩から力を抜いた。
「ごめん。私、唯人って、他人に無関心そうとか、どうなってもかまわないんだろうとか、そんなこと思っちゃってたのに――」
「別に。間違ってないからな」
けろりと言った唯人に、実莉衣は必死に起き上がった。
「そんなことないよ! だって今、私のためにリタイアしようとしてくれてるじゃん!」
「それは友達だから。他人じゃないだろ? 実莉衣がいてくれたから、明るく過ごせたし、楽しかったし。料理だって教えてくれた。――うまかったよ。カップラーメンだけじゃ、つまんなかった。ここで過ごしたみんな一人一人がいたから、俺は毎日が楽しかったんだ。だから、お互い様」
別になんでもないことのように唯人が言った。
実莉衣がこらえていた涙が、ぽろぽろとこぼれていった。
「唯人、ありがと――」
そうして唯人がバルビットくんにリタイアを告げて、二日後。
ベッドに寝ていた実莉衣が消えた。
十月二十一日。
この世界に来てから二十三日目。
この世界には、オレと穂乃果だけが残った。
そうしてオレたちは、この世界に来て三十日目を迎えた。
「よかったのか? 穂乃果はリタイアしなくて」
誰もいない町を、穂乃果と二人並んで歩く。
「うん。だって最後まで生き抜いて、出口だって見つけたかったから」
「オレのことなら気にしなくてよかったのに。オレは一人だって諦めたりしないぜ?」
「私は、私のために、残っただけだよ。私が、最後まで、ちゃんとやり遂げた、って思いたかったから」
「そうか」
「私ね、ここに来てから、お父さんにも、お母さんにも頼れなくて、不安なこともあった」
「うん」
「だけどね、みんなもいたし、隣の家にはスバルがいたから、大丈夫って、がんばってみようって、思えたんだ」
「実莉衣もいたしな」
「うん。だけど、だから、私は、ズルなの。絶対に、一人には、ならなかったでしょ?」
そんなふうに考えてたのか、ってオレはちょっと驚いた。
「だからね、せめて、最後まで諦めないで、がんばろうって、決めてたの」
穂乃果は強い。
自分の弱いところを知っていて、それをどうにかしようって、いつも頑張ってる。
「オレさ。最初は寝ても覚めてもゲームのことばっかり考えてた。だけど今思い出すのは、みんなでやったキャンプ、楽しかったなってことなんだ」
「うん、私も」
「最初からオレ一人だけだったら、絶対に楽しくなかった。オレにとっての自由って、そういうことじゃなかったんだなって、思ったんだ」
『誰にも邪魔されなければいいのに』
たしかにそう思ったはずだったのに、今はそんなことは思わない。
「スバル、変わったよね。すごく頑張ってた。みんなのことをよく見て、どうしたらいいか、考えて、動いて。実莉衣ちゃんのことも、ずっと心配してくれてたでしょ?」
やっぱり穂乃果は、気付いてくれてたんだな。
「だからね、みんな、安心してスバルに託せたんだと思うの。だからリタイアしていったんだと思う」
「え……?」
「自分がリタイアしちゃうのは悔しい。だけどスバルなら、きっとやり遂げてくれる。そう思えたんじゃないかな」
「そう……かな」
「うん」
みんながいてくれてよかった。
オレも、心からそう思った。
そうしてオレたちは目的の場所について、足を止めた。
目の前には、大きな大きな建物。
明るい水色のドーム型の屋根は、青空の色だ。
「いくぞ、穂乃果」
「うん」
オレたちは自然と手をつなぎ、一緒にその入り口をくぐった。誰もいない受付を通り抜けて、あの日着ぐるみのうさぎに案内された銀色の重そうな扉の前に立つ。
「きっと、これが出口だ」
熱で真っ赤になった頬で、涙で目をうるませて、実莉衣はそう訴えた。
そうして穂乃果の部屋のベッドに寝かされた実莉衣は、涙を枕にぽたぽたとこぼす。
「頼りだった裕太くんがいなくなって、ムードメーカーだった晴樹くんまでリタイアして、残ったのはあたしたち四人で……。ここでリタイアするのはあたしだって悔しい。だけど、もう、辛いんだ」
ずっと実莉衣が空元気だったってことは、オレたちもみんなわかっていた。
だから、誰も何も言わなかった。
まだ頑張ろうよ、なんて言わなかった。
だけどリタイアしたくても、実莉衣はもう……。
「でもあたし、もうバルビットくん呼んじゃったから……。なんであの時、もっとよく考えなかったんだろ。みんな止めてくれたのに、全然聞かないでさ……」
どう言ってあげればいいのかわからなくて、オレも穂乃果も黙りこんでいた。
穂乃果はぽろぽろ泣き続ける実莉衣の肩を、優しく撫でていた。
そこに唯人が突然口を開いた。
「俺がバルビットくんを呼ぶよ」
「え? でも、他人のために呼ぶことはできないって」
「うん。だから、俺がリタイアすればいいんだよ」
「え……? どういうことだ」
聞き返したオレに、唯人は説明してくれた。
「リタイアすれば、俺は元の体に戻る。そしたら実莉衣が寝てる機械のスイッチを止めて、強制的に仮想の世界から帰って来させることもできるだろ?」
「バルビットくんに、止められたり、しないかな……? それに、無理に止めて、壊れちゃったりとか、しないかな?」
穂乃果が不安そうに言えば、唯人は「大丈夫」と頷いた。
「必ず緊急停止できる仕組みがあるはずだ。体調不良だから、もうゲームをやめたいって言えば、大人は必ずゲームを止めるよ。だって、何かあったら責任問題になるだろ?」
確かに。
唯人は大人をよくわかってる。
『こどものくに』を作った人たちだって、開園したばっかりなんだから悪いニュースで騒がれるようなことはしたくないはずだ。
「ただ、こっちの時間とあっちの時間の流れは違う。だから、実莉衣が元の世界に戻れるまで、何日かかかるかもしれない」
「あっちの三時間がこっちでは三十日。ってことは、六分でもこっちの一日だよな。唯人が起きて、バルビットくんか係の人に話をして、早くて三分でも半日だし、十分以上かかかれば二日とか、それくらいかかるってことか」
おそるおそる実莉衣の顔を見ると、ぐすりとしゃくりあげながら頷いた。
「うん、それくらい、がんばれる」
穂乃果もオレもほっとして、肩から力を抜いた。
「ごめん。私、唯人って、他人に無関心そうとか、どうなってもかまわないんだろうとか、そんなこと思っちゃってたのに――」
「別に。間違ってないからな」
けろりと言った唯人に、実莉衣は必死に起き上がった。
「そんなことないよ! だって今、私のためにリタイアしようとしてくれてるじゃん!」
「それは友達だから。他人じゃないだろ? 実莉衣がいてくれたから、明るく過ごせたし、楽しかったし。料理だって教えてくれた。――うまかったよ。カップラーメンだけじゃ、つまんなかった。ここで過ごしたみんな一人一人がいたから、俺は毎日が楽しかったんだ。だから、お互い様」
別になんでもないことのように唯人が言った。
実莉衣がこらえていた涙が、ぽろぽろとこぼれていった。
「唯人、ありがと――」
そうして唯人がバルビットくんにリタイアを告げて、二日後。
ベッドに寝ていた実莉衣が消えた。
十月二十一日。
この世界に来てから二十三日目。
この世界には、オレと穂乃果だけが残った。
そうしてオレたちは、この世界に来て三十日目を迎えた。
「よかったのか? 穂乃果はリタイアしなくて」
誰もいない町を、穂乃果と二人並んで歩く。
「うん。だって最後まで生き抜いて、出口だって見つけたかったから」
「オレのことなら気にしなくてよかったのに。オレは一人だって諦めたりしないぜ?」
「私は、私のために、残っただけだよ。私が、最後まで、ちゃんとやり遂げた、って思いたかったから」
「そうか」
「私ね、ここに来てから、お父さんにも、お母さんにも頼れなくて、不安なこともあった」
「うん」
「だけどね、みんなもいたし、隣の家にはスバルがいたから、大丈夫って、がんばってみようって、思えたんだ」
「実莉衣もいたしな」
「うん。だけど、だから、私は、ズルなの。絶対に、一人には、ならなかったでしょ?」
そんなふうに考えてたのか、ってオレはちょっと驚いた。
「だからね、せめて、最後まで諦めないで、がんばろうって、決めてたの」
穂乃果は強い。
自分の弱いところを知っていて、それをどうにかしようって、いつも頑張ってる。
「オレさ。最初は寝ても覚めてもゲームのことばっかり考えてた。だけど今思い出すのは、みんなでやったキャンプ、楽しかったなってことなんだ」
「うん、私も」
「最初からオレ一人だけだったら、絶対に楽しくなかった。オレにとっての自由って、そういうことじゃなかったんだなって、思ったんだ」
『誰にも邪魔されなければいいのに』
たしかにそう思ったはずだったのに、今はそんなことは思わない。
「スバル、変わったよね。すごく頑張ってた。みんなのことをよく見て、どうしたらいいか、考えて、動いて。実莉衣ちゃんのことも、ずっと心配してくれてたでしょ?」
やっぱり穂乃果は、気付いてくれてたんだな。
「だからね、みんな、安心してスバルに託せたんだと思うの。だからリタイアしていったんだと思う」
「え……?」
「自分がリタイアしちゃうのは悔しい。だけどスバルなら、きっとやり遂げてくれる。そう思えたんじゃないかな」
「そう……かな」
「うん」
みんながいてくれてよかった。
オレも、心からそう思った。
そうしてオレたちは目的の場所について、足を止めた。
目の前には、大きな大きな建物。
明るい水色のドーム型の屋根は、青空の色だ。
「いくぞ、穂乃果」
「うん」
オレたちは自然と手をつなぎ、一緒にその入り口をくぐった。誰もいない受付を通り抜けて、あの日着ぐるみのうさぎに案内された銀色の重そうな扉の前に立つ。
「きっと、これが出口だ」
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