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第一章その1 ~始めよう日本奪還~ 少年たちの苦難編
屁こき娘はガンマンがお好き
しおりを挟む「え、ちょっと、あなた何してるんですか?」
彼女は少しくせのある髪をひらひらさせ、無器用そうに走って来るが、白衣のポケットから文具がこぼれ落ちている。
白衣の下のスウェットは派手なピンクで、柄は西部劇のガンマンのイラスト。両手の指を銃の形に構え、裸の上半身にはLOVEの文字があった。
どの客層をターゲットに作られた服かは不明で、恐らく配給品の中でも、多くの人が敬遠した余りものだろう。サイズがだぶついて、小柄な彼女を余計に子供っぽく見せていた。
彼女はガレオンに登ったコマ達を見上げ、どうしたものかとうろたえている。
「こ、こんにちは。あなたどこから入ったんです? それに鎧にハチマキだなんて、ファッションもおかしいし……」
「まあ! 戦国一のお洒落さんと呼ばれたこの私に無礼だけれど、この人は見えるみたいよ」
「生まれつき霊感が強いみたいだね」
コマ達はガレオンから飛び降り、白衣の女性に歩み寄ったが、向こうから別の白衣の男性が叫んだ。
「おいひより、何を1人で喋ってるんだ!」
「えっ、皆さん見えないんですか?」
ひよりと呼ばれた女性は戸惑うが、コマは前足で彼女の足をつつく。
「お姉さん、僕たちは霊体だから、説明するのは諦めてよ」
「え、霊体? てか、ワンちゃんが喋ってる?」
「ひより、ガレオンはどうなってるー?」
「回復しただけで、問題ないって言ってあげてよ」
「え、はわわわ」
両者から交互に話しかけられ、ひよりは混乱して足踏みしながら答えた。
「も、問題ないみたいです! その、回復期かも知れません!」
「分かった、しばらく様子を見てくれ。それと、ヘンゼルとグレーテルじゃないんだから、物を撒きながら歩くなよ。魔女の家でも行くつもりか?」
「す、すみません、行きません!」
そう答えるひよりに、鶴は食い気味に話しかけている。
「こんにちは。私は三島大祝家に生まれた鶴姫、そしてこの子は狛犬のコマっていうの。見て分かる通り、現世を守るために天界から派遣された、由緒正しい聖者なのよ」
「今はお尋ね者だけどね。いてっ」
鶴はコマにチョップを落とすと、虚空からふかふかの座布団を3枚出した。
「さ、ひよりちゃんも、遠慮なく座って頂戴」
ひよりのスウェットに対抗したのか、座布団の柄は荒武者の顔をドアップにしたものである。武者はギョロ目でひよりを見据え、『その汚い尻を乗せるな!』と叫んでいる。
ひよりが恐る恐る座ると、『貴様、屁をこいたな!』と怒鳴られ、ひよりは真っ赤になって困ってしまった。
「デザインは可愛いですけど、こんなに叫ばれると座り辛いです」
「そこは我慢の大和魂よ。ね、ここで話せたのも何かの縁だし、包み隠さず教えて欲しいの。このガレオンはどういう人なの? そしてどうしてこの船にいるのかしら?」
「は、はあ、それはですね。オッホン、そもそも十数年前……」
ひよりは戸惑いながらも、ナレーション口調で説明してくれた。
十数年前、日本が長引く不況に苦しんでいた頃。九州を襲った大嵐の山崩れによって、アメーバのような8つの細胞が発見された。
意思を持たない無垢なる細胞は、魔法のような力を発揮し、人々はそれを研究して新しい技術を開発した。
属性添加技術と呼ばれたそれを使えば、極薄の鉄板が戦車砲をもはね返し、また重い荷物も軽々と浮かせられた。
人々は狂気し、細胞は『竜芽細胞』と呼ばれて大切に保管された。そして8つの細胞それぞれに、公募で名前を付けたのだ。
ガレオン、テンペスト、エクスクロス、ゼノファイア、アリスクライム、ホーリーダイヤモンド、レオンヴォルグ……そしてディアヌス。
幾つかの細胞は『どんべえ』や『ぷよ子』になりかけたが、『運良く』他の名前の得票数が上回ったという。
人々はこの細胞と新しい技術に、明るい未来を夢見たのだ。
ところがある時細胞が暴走。人型になって巨大化し、制御不能に陥った。更に研究所の地下から、餓霊どもが湧き出てきたのだ。
丁度あの髑髏の怪事件と同時期であり、両者に関連があったかどうかは不明である。
やがて8つの竜芽細胞は、それぞれが自我を獲得。激しい争いを繰り広げた。
俗に言う『八柱の魔王』の戦いであるが、その中でも飛びぬけた力を持つディアヌスが、餓霊どもの軍勢を従え、地上を支配したのだ。
テンペストと呼ばれる竜芽細胞は倒され、その他6体も深い傷を負った。そこで彼らは、人間に助けを求めたのだ。
彼らはそれぞれ別の船団にかくまわれ、社に祭られた神のように大切に扱われた。祭神という呼び名はそのためである。
祭神達は餓霊の軍勢を恐れているため、人の研究に積極的に協力した。
人間達は祭神の能力を研究し、新しい武器を次々に開発したし、彼ら祭神の細胞を培養する事で、二足歩行の万能の兵器……人型重機を開発したというわけだ。
「ちょっと鶴、もう少しだから寝ちゃだめだよ」
コマは肩に乗って鶴を揺さぶり、なんとか眠らせない事に成功した。
セミロングの髪を左右に揺らしつつ、鶴は目をこすりながら感想を告げる。
「むにゃむにゃ……つまり餓霊っていうのは、そのドラゴンセールとやらの手下なのね。ナギっぺは魔界の悪霊だって言ってたけど」
「そう考える人もいますね。あの髑髏の事件もありましたし、これはきっと祟りなんだって」
座布団に『いい加減にしろ、この屁こき娘め!』と怒鳴られながら、ひよりは頷いた。
「ともかく、祭神は船にかくまうのが一番安全なんです。餓霊は海を渡れませんし、彼らの力は海水で大幅に減衰しますので。面白いもので、餓霊……つまりディアヌスの軍勢は海を嫌うんですが、他の祭神はそこまででもない。祭神の細胞を培養した人型重機も、海の影響はほとんど受けません。系統としては、ディアヌスが原種と呼べるもので、他の祭神は、そこから枝分かれしたようです」
「こら鶴、もうちょっと頑張りなよ」
再び舟を漕ぎかける鶴の頬を、コマは前足でぷにぷにつつく。
「ガレオン曰く、祭神とその培養した細胞は不可視の力で繋がっているので、ガレオンが死ねば、人型重機の筋肉は朽ち果てます。だから祭神は厳重に守られているんですが、あなた達は警備を素通りしたんですね……」
「そこは霊体だからしょうがないよ」
コマはひよりを励ました。
「とにかくやるべき事ははっきりしてるね。餓霊に奪われた土地を取り返して、この国を強くするんだ。それで日本が1つになって、ディアヌスに立ち向かうんだよ」
「その天下を統一するのが私の役目ね。大丈夫、そういうの得意だから」
「またすぐに調子に乗る」
そんなコマ達を見つめながら、ひよりは遠慮がちに尋ねてくる。
「ね、ねえ、どうしてあなた達はそんなに元気なんです? 恐ろしい怪物が沢山いて、こんな酷い時代なのに」
「酷い時代?」
鶴はきょとんとして首を傾げた。
「生きてるんだから、敵がいるのは当たり前だわ。少し歩いたけど、盗賊もならず者も見かけなかったし、昔よりずっといいんじゃないかしら」
君自身がならず者じゃないか、と言うコマにチョップしつつ、鶴はそう言ってのける。
「そ、そういうものなんですか……」
ひよりはしばらく感心していたが、やがてポケットをまさぐってメモ帳を取り出した。ピンクの表紙には、着衣と同じガンマンが描かれ、吹き出しには『恋泥棒!』と書かれていた。
どうやらシリーズ化されたグッズらしいが、支給品の中でそれを選ぶひよりの趣味が残念である事は疑いようがない、とコマは納得した。
ひよりはコマの内心を知らず、懸命にペンを走らせている。
「すごく前向きな言葉ですね。今の言葉、メモしておきます」
「それはいい事だわ。私の言葉なら、まず書いて損はないし」
「ちょっと鶴、さすがに5分でとちっておいてその言い方は」
「とにかく!」
鶴は気合を入れて座布団から立ち上がる。座布団の武者も鶴には文句を言わず、優しげな笑みを浮かべていた。
「ちょっと出だしは失敗したけど、バケモノ相手に日の本の天下取りよ。悪い奴をやっつけて、黒鷹と幸せに暮らすんだから!」
鶴はそこで神器の画面に少年の顔をうつしてひよりに見せる。
「ねえあなた、黒鷹はどこか知らない?」
「あっ!? な、鳴瀬少尉じゃないですか!」
ひよりは少し戸惑った様子で、けれど懐かしそうに答える。
「すごいな、ほんとに知ってるとは思わなかったよ。どうして知ってるのさ?」
「昔、妹と一緒に助けて貰った事があるんです。鷹翼天武の鳴瀬少尉は、それなりに有名なんですよ」
「鷹翼天武?」
「勲一等・鷹翼天武紅綬宝冠章。光翼天武は非常設だから別として、それに次いで高い、最高レベルのパイロットに送られる勲章です。大きな事故で、かつての力は失ったと聞きますけど……」
そこでガレオンが口を挟んだ。
「ナルセとかいう、そのパイロットは重要なのか」
「そう、とても大切な人なの。その人と一緒なら、きっと悪い魔王もやっつけられるわ」
「それなら私も協力しよう。人型重機の乗り手なら、細胞を通じて調べてみる」
ガレオンはしばし虚空に視線を上げる。
「見つけた。登録名ナルセは、旧香川県の北西部にいる。地図で言えばこの辺りだ」
ガレオンは床に光を照射し、地図を表示して見せる。
「なるほどこの辺りね。邪気が濃くても、そこにいると分かってれば範囲を絞って探せるわ」
鶴は目を閉じて少年の気配を探っていたが、すぐに顔を輝かせた。
「すごい、本当に見つかったわ!」
「いや待て。見つけたが、恐らくもう死ぬ。機体の反応も弱っているし、敵の大群が迫っているようだ」
「まあ大変! あっごめんね」
鶴は飛び上がった拍子に座布団を踏んづけたが、描かれた武者は鶴には一切文句を言わない。ニコニコしながら『姫様なら構いませんよ』と語りかけている。
「こうしちゃいられないわ。コマ、急いで助けに行きましょう!」
「合点承知さ!」
「2人ともまたね! 日本を取り戻したら、きっと一緒に遊びましょう!」
鶴は手を振りながら、大急ぎで駆け出していく。
「あっあの、座布団お忘れですよ!」
「記念にあげるわ!」
「あ、はい、ありがとうございます! 可愛いです、大事にします!」
コマが振り返ると、『貴様、馴れ馴れしく俺を抱くな!』と座布団に怒鳴られながら、ひよりはこちらに手を振っている。
鶴とコマは光に包まれ、力いっぱいジャンプした。
その瞬間、景色は一変し、2人は光のトンネルの中を飛んでいた。遠い距離を素早く移動するための、神足通という転移魔法を使ったのだ。
「早く会いたいわ。どんな声かしら……私を見たら、何て言うのかしら」
鶴の声は震えていた。瞳は潤んだようにきらきら光って、顔は真っ赤に染まっていた。
「ああドキドキする! ドキドキして、ちょっとレーザーが出たわ」
「危ないなあもう! 僕の毛が焦げたぞ!」
細いレーザーを避けながら抗議するコマだったが、その時光のトンネルの前方に、出口らしきものが見えた。
何かの機械が沢山見えて……真ん中の椅子に少年が座っていた。
今は項垂れ、気を失っているようだ。こめかみから赤い血が滴って、苦しげに身を震わせている。
鶴は声を限りに叫んでいた。
「黒鷹、私よ、助けに来たわ!!!」
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