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第一章その1 ~始めよう日本奪還~ 少年たちの苦難編

船の中の祭神ガレオン

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「……誰もいないみたいだよ?」

 若干のデジャヴを感じながら、コマは物陰から周囲をうかがった。

 どこをどう逃げたかも覚えていないが、2人はなんとか追っ手をまいて、物陰に身を潜めていたのだ。

 とりあえず、並んで通路を歩き始める。

「これからどうするのさ。天界にも戻れないし、下界で頑張るったってお尋ね者だよ?」

「下界で……頑張らないという手もあるかも!」

「いや、そこは頑張ると言ってよ。挽回しないと僕も戻れないし、そんなずるい事言ってるから神器もかんかんだよ」

 コマの言葉どおり、鶴が手にしたタブレット型の神器は、湯気を出して怒りながら飛び跳ねている。

「どうしましょう、あっちでもこっちでも怒られるわ」

「そりゃそうだよ……おっと忘れてた、大事な話だからちゃんと聞いてよ。君は現世に戻ってきたけど、今は不完全なんだ。このままだと強い魔法も使えないし、あんなドバドバ霊力を使ったら、エネルギーが無くなって、すぐ向こうに逆戻りだよ」

「そんな話、聞いてないわ!」

「聞こうとしなかったじゃないか!」

「……確かにそんな気もするわね」

 さっきの失敗のせいか、鶴は珍しく素直に納得したので、コマはこれ幸いと説明を続ける。

「防ぐ方法はたった一つ、現世の人と契約するんだ。君と魂の縁が強くて、現世で生きてる人……つまり黒鷹が、心から君に助けて欲しいと願ったら、初めて君は完全復活出来るんだよ」

 コマの言葉に、鶴は途端に目を輝かせた。

「まあ、やっぱり2人は運命なのね! 黒鷹相手なら楽勝だわ!」

「いやそれがね、僕もよく苦労するけど、現世の人に信じて貰うのは大変だよ」

「平気平気、それじゃ黒鷹を探しましょう。一体どこにいるのかしら」

 鶴はそこまで言うと、不意にその歩みを止めた。

 虚空を見つめ、不思議そうに首を傾げている。

「……向こうに変なのがいるわね」

「変なの?」

「そう、凄い力の持ち主だけど、自分の気を隠してるみたい。こっちよ」

 鶴の案内で、2人は大きな広間に差しかかった。

 顔をのぞかせてうかがうと、広間の奥、巨大な金属の扉の前に、大勢の警備兵が並んでいた。手にはそれぞれ武器を持ち、まるで主君の館を守るかのようだ。

「あの中ね、こっそり入ってみましょう。霊気を薄くすればいけるわ」

 コマ達は霊力を調整して、一般人には見えないぐらいに姿を薄くした。

 念のためそ~っと抜き足差し足で進んだが、兵達は霊感が無いのか、あっさり中に入れてしまった。

「……よく考えたら、見えなくすれば良かったんだね。逃げる必要無かったんだ」

「ほんとそうね」


 扉の向こうにずんずん進むと、やがて広々とした場所に辿り着いた。

 高い天井と、フロアを埋め尽くす無数の機器類。白衣のスタッフが忙しく行き交い、何かの研究施設のようだったが…………何より注視すべきは、奥に佇むサファイアブルーの巨体であろう。

 今は座しているが、立ち上がれば100メートルに達するだろうか。体表を硬そうな外皮が覆っていて、まるでハイカラな鎧を着た武者のような印象だった。

 コマは声に出して呟いた。

「うわあ、大きいなあ」

「川……ううん、山の神かしら。随分トゲトゲの格好だけど、そもそも何で人の船にいるのかしらね」

「分からないけど、話が通じるかもしれないよ」

 2人は研究者達をすりぬけ、巨躯の主へと歩み寄った。

「こんにちは」

「…………?」

 巨体は暫く黙っていたが、やがて頭を上げ、コマ達の方を見た。うわ、ガレオンが動いたぞ、と研究員が慌てているが、鶴は気にせず会話を続ける。

「寝てるとこ御免なさい。私は鶴、この不真面目な狛犬はコマっていうの。あなたはどこかの神様なの?」

「…………人間達は、私を祭神さいじんと呼ぶ」

 彼?は以外にも穏やかな声で答えた。巨体が故の力強い響きはあったが、その声はどこか理知的で優しい。

「私は第5船団に保護される祭神。高千穂で竜芽細胞ドラゴンセルだった時の呼び名は『ガレオン』という」

 言葉が発せられる度に、兜のような頭部からのぞく光が明滅し、意志の輝きを放っている。

 体にも同じような光が駆け巡っていたが、よく見るとあちこちに深い傷があるのだ。傷口には彼のそれとは毛色の違う、赤い光が輝いていた。

「鶴、これって物凄く強い呪詛じゅそで付けた魔法傷だよ。時間は経ってるみたいだし、少しずつ薄れてるようだけどさ」

「地上を統べる餓霊軍団の総大将……君達が『ディアヌス』と呼ぶ相手と戦った時の傷だ。私を含めて6体の祭神は、それぞれ別の船団に囲われているが、皆同じように傷ついている」

 ガレオンは会話を続けるが、周囲の研究員達は次第に落ち着きを取り戻した。どうやらガレオンの声は、コマ達にしか聞こえてないようだ。

「あなたほどの力がある相手に勝つなんて、魔王はなかなか手ごわいのね」

 鶴は頷いて感心すると、ガレオンの膝に駆け上がった。腹部に光る呪詛を触って、あいた、としびれたように手を引っ込めている。

「ここのが特に気の流れを邪魔してるから、これを消せばいいんじゃないかしら」

「そんな事出来るのかい?」

「悪い呪詛を焼いてしまいましょう。レーザー治療よ」

「また君はどこでそんな言葉を覚えて来るんだろうね」

 鶴は掌からレーザーを発射し、ガレオンの腹の辺りの呪詛を狙い撃ちしていく。

 しばらく手こずりはしたが、呪詛はやがて陽炎のように揺らいで消えた。するとガレオンの腹の肉が盛り上がり、たちまち傷が塞がったのだ。

 鶴は満足げに頷いている。

「うんうん、流石は私ね。あまりいっぺんにやると良くないけど、これで元気になるのも早いはずよ」

 研究者達が再び大騒ぎしているが、ガレオンは構わず左手を上げ下げして感触を確かめた。

「かなり急速に回復した。君は一体何者なのだ」

「もちろん姫よ」

「姫……私の知識にない言葉だが、きっとすごい存在なのだな」

 ガレオンは生真面目に思案している。

 と、その時、メガネに白衣を身に付けた研究員の女性が、鶴を見つけて駆け寄ってきた。
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