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第十一章 老兵とツバメ

老兵とツバメ 第十節

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「―――風塊ヴィンダート!」
「なんの!」
シルビアが放つ魔法の風の塊は、ガルシアの堅牢な鎧と鍛え抜かれた肉体により容易く弾かれ、突進してくるガルシアの長槍の乱れつきを彼女はレイピアで辛うじていなす。

「先ほどの威勢はどうしたシルビア!このワシからせめて一本とってみせよ!」
「この筋肉頭めっ!――風刃ヴィンセダン!」
「ぬうっ!」
風の鋭い刃で指が傷つくのを警戒し、ガルシアは攻撃をやめて槍で防御しながら素早く後退する。刃は彼の顔と鎧に浅い傷をいくつか作るが、大きな打撃には至っていない。

「ふふん、逃げ回りながらチクチク攻撃してはワシに勝つことなぞできぬぞシルビア」
「ふんっ、戦いとはもっとスマートにするものよ。あんたのような野蛮で突っ込むしか能がないケモノと違って、もっと優美に勝利を掴むのが私の主義だから」

轟く両軍の声援の中、距離を取って互いの動きを観察しながら対峙する二人。一見拮抗しているように見えるが、剣を交わすたびにシルビアが抑えられているのは見るに明らかだった。だが彼女の表情に緊迫した様子はみられず、その顔は寧ろ小さく笑っていた。

「…このままだと、間違いなくガルシア殿の方が勝つんだけど…」
「ええ、シルビアはいけ好かない奴だけど、それを予見できずに一騎打ちを申し込むような人じゃないわ。あいつ、いったい何を企んでいる」
戦いを見守っているレクスとラナの中にある不安も、時間が経つにつれどんどん膨らんでいく。

「どのような戦い方をしても、それらを全て打ち砕いて勝利を掴むまでよっ!」
ガルシア軍の大きな吼え声にあわせ、ガルシアは再びシルビア目がけて突進し、大上段の構えで長槍を彼女に叩きつけようとした。

くっとシルビアは嗤った。その髪がざわざわと震えては不気味な声をたて、その目に異様な光彩が帯びる。
「! ぬおぉっ!」
ガルシアが振り下ろした長槍の致命の一撃が、急に軌道を変え、シルビアのすぐ傍の地面に叩き込まれた。

「えっ!?」「なっ!」
ラナ達が驚く中、シルビアはすかさずレイピアをガルシアの鎧の隙間を縫って腕へと刺さり、鮮烈な赤い血が吹きだす。
「ぬぐっ!」

次のレイピアの突きを腕部の鎧で弾き、ガルシアは慌てて後退する。シルビア軍が歓喜の叫びを上げる。アランにレクス達は目を見張った。
「ガルシア殿があの一撃を外したっ?そんなばかなっ」
「まさか、シルビアが何かしたのかっ?」
「あっ!レクス様!ラナ様!あそこ!」

アイシャが指差す先を見ると、ラナ達やアランまでもが軽く声を上げる。シルビア軍の先頭、兵士達に挟んで何名かマントを着ている騎士達の姿があり、彼らのマントの下に、呆然と立っている小さな子供の姿が見えた。
「あぁっ!あれ、館にいた子供達じゃないか!」
騎士達はすぐさまマントで子供達を隠し、数名だけ前に残っては、他の騎士達は子供をマントで隠しながら後退する。

「シ、シルビアっ!貴様だったのかっ!子供達を連れ去ったのは!」
「言ったわよね。スマートに勝つのが私のやり方だと。ちなみに、彼らのことを黙っておかないと、その命の保証はしかねるわよ?」
「こ、この外道が…っ!」
「ふんっ!」

シルビアのレイピアが舞う。先ほどとは同じ人からとは思えない速さと重さが乗った一刺しが、ガルシアのもう片方の腕を鎧ごと貫く。
「ぐぁっ!」
両軍がそれぞれ異なる叫びを上げた。兵士達は二人の戦いに夢中で、さきほどの騎士や子供達の存在に気付いていない。

「安心し、すぐに決着はつけさせないわ。今まで私が受けた屈辱を、あんたの血で贖ってもらわないとね!」
シルビアのレイピアが、さながら無数の線を紡ぎ出すかのような速さで空気ごとガルシアの鎧と体を切り裂く。
「ぬおああっ!」

「あははははっ!そう!悲鳴を上げなさい!身を守ることぐらいは許してあげるわ!そうでないと面白くないもの!」
正に蜂かのどこく素早く鋭いレイピアの攻撃が、飛散するガルシアの血とともに乱舞し、その激しい攻勢に彼は思わず膝をついてしまう。
(な、なんたる速さ!先ほどとは別人かのような斬り込み!こやつは一体!?)
シルビア軍が大きな歓声を挙げ、ガルシア軍もまたどよめきとともに精一杯の声援を送る。子供を人質にしている騎士達が陰湿な笑みを浮かべた。

「ちょっとどうなってんのっ、シルビアの奴!あんな勢いで攻撃できるなんて手練れの戦士でも殆どいないよ!?」
「それよりも子供達ですっ!ガルシア様はあの子達が人質に取られているから碌に反撃ができてませんっ!早くあの子達を助けないと――」
「落ち着いて二人とも!声が大きいわ!」
ラナの一言で慌てて声を抑えるレクスとアイシャ。

「そ、そっか、他の兵士が子供のことに気付いてしまったら、シルビアが子供達に危害を加えるリスクもあるよね。自軍に卑劣な手を使ってるのを気付かせないために」
「それじゃあ、子供達を人質にしてるのは…っ」
「十中八九、邪神教団のやつらね。あの子達をどうやって子供達を館から連れ出したのは分からないけど」

「…先ほどの子供、どうも様子がおかしかったのですが、ひょっとしたら何かの魔法とかで操られているのではないでしょうか」
「なるほど、だからこの戦場にいても妙に大人しかったんだね。にしてもどうするラナ様?子供達が人質にとられちゃ、ガルシアに間違いなく勝ち目はないし、こっちも迂闊に動けないよ」
「それぐらい分かってるわ。けれどこの地形では、誰かか隠れて子供達を助ける訳にはいかないし…」

「…私に、一つ案があります」
「アイシャ様?」
「でも大掛かりな魔法になりますし、それを仕掛けるための隙をシルビアや教団達に作る必要がありますけど…」
「…なるほど、なんとなく分かるわ、アイシャ姉様がやろうとしてることが。時間を稼いでから、シルビア達に大きな隙を作ればいいのね?」
「ええ、でもそれをするにはどうしたら…」

ラナが不敵に笑う。
「ここは一つ、ガルシアにがんばってもらいましょう」
「え」「いいのかいラナ様、今のガルシア殿結構苦戦してるのに」
「心配要らないわ。あれでもヘリティア一の騎士と謳われた人よ。これぐらいはやってのけてもらわないとヘリティア騎士の名折れよ」

「うへえ、心の底から信頼してると言うべきか、滅茶苦茶厳しいというべきか」
苦笑するレクスにラナは不敵に笑うと、ガルシアに向けて両軍の轟きさえも凌ぐ大きな声で叱咤激励する。
「ガルシア!なに無様に膝をついている!それぐらいの攻撃を凌げずにヘリティアの騎士を名乗るな!立て!その女狐に!」

熾烈な連続攻撃をかますシルビアが陰湿に笑う。
「ふふんっ、これはまた大した女に手を貸したものだねえガルシア?あんたにこのまま捨て駒となって死ねと言っているわ」
「…くく、貴様のような女狐になにが分かる」
「なんですって…」

ガキンッ!と鈍い金属音が響き、シルビアのレイピアがガルシアの長槍の突出する刃の部分に受け止められる。
「ぬぁっ!?」
二人は互いの武器を大きく振るい、ガァンと金属の火花が散っては距離を取る。長槍を大きく振るい、それをドスンと地面に刺しては仁王の如く雄々しく立つガルシアは豪快で不敵な笑みを見せる。

「真なる騎士の誇りを、貴様のような卑劣な策しか出せない奴には分かるまいよっ!固き騎士の絆と信念より支えられしこの体に、邪悪な刃で倒れる日なぞ決して来ない!」
シルビアの顔が再び怒りで歪める。
「この老いぼれ…っ!いいわ、そこまで苦しみたいのなら、あんたがいつまで立っていられるかとことん試してやるっ!」


******


「ガルシア様のところにいた子供達?ごめんなさい、特に見かけてないわ」
「そうですか…ありがとうございます」「キュウ…」
女性はいそいそと弓矢の搬送の仕事に戻ると、慌しく行き来する人々の中で立ち尽くしているエリネにミーナが合流する。

「どうだエリー、何か見つかったか?」
「ううん。ここあたりはもう殆どまわったけど、誰もノアくん達を見かけていないです」
「こっちもだ。あれだけの数の子供だ。町をこれほどまわっても見当らないということは、もう既に町の外に出ている可能性が高いな」

「となると、やっぱり子供達は誰かに拉致されて…?いくらなんでも自分達全員で誰も言わずに町からでるなんて考えられないもの」
「そうだな。問題はその手法だが、いったいどうやって…」

どんっ、と一人の小さな子供がいきなりエリネとぶつかる。
「きゃっ」「キュッ!?」「あうっ」
「こら、エドワウ!すみませんっ、この子が失礼働いてしまって」
「い、いえ。大丈夫ですよ。君も大丈夫?」
「うん…」
あまり精彩のない男の子の声が気になったエリネ。

「なんだか眠そうみたいねエドワウくん?ひょっとしたら寝不足?」
「うん、ちょっと…」
「まあ、夜更かしはだめよ。若い子は毎日一杯眠った方が大きく育つんだから」
「違うよっ、これはのせいなんだからっ」
「歌?」

「うん、昨日の夜寝てたとき、なんだかずっと妙な歌が聞こえたんだ。まるで誰かを呼んでいるようで…呼んでるのが自分じゃなかったけど、それのせいで僕中々眠れなかったんだ」
ミーナがエドワウの言葉に興味を示す表情を見せる。
「ほらエドワウ早く家に帰らないと。お二人さんともすみませんでした」
「あっ、いえ、どうか気にしないでください」

女性がエドワウを抱えて一礼してその場を離れ、ミーナは先ほどエドワウの言葉を吟味する。
「歌か…これはひょっとしたら…」
「…耳鳴り…」「なに?」
「私、実は昨日の夜寝てたとき、何故か妙な耳鳴りが聞こえたんです。普段でも時折耳鳴りになるのですからあまり気にかけてなかったけど、今考えてみたら、あの声、いつもの耳鳴りとは少し違う感じがして――」
「…ハーメルン」「え?」

「エリー、覚えてるか、昨日ウィルの奴が聞かせた話の中で、笛を使って子供達を拉致する話があったよな。原理は分からんが、その声、ひょっとしたら子供達を操るためのものかもしれん」
「そんなことが可能なのですか?」
「一応、魔法では似たようなものがあるが、条件や制限が多くて、誰も気付かずにそれを実行するのは不可能に近い。例外があるとすれば…」

エリネがハッとする。
「まさか、変異体ミュータンテス…っ?」
「まだ確信はないが、可能性はある。エリー、もしまた似たような耳鳴りが聞こえたら、その位置を割り出すことは可能か?」
「それは…できる、かも。でも今でも犯人がその声を出しているとは限りませんよ?」

「確かにそうだが、今は他に手がかりが無い。闇雲に町の外を探すよりも、とりあえず一度だめ元で試してみよう。他に何か異常に気付く可能性もあるからな」
「そうですね…分かりました。でも今ここではだめです。人があまりも多くて雑音も多いですから。人が少なく、遠くの音まで聞けるところを探さないと」
「ふむ、となると…」

ミーナはすぐ近くにある鐘塔に目がついた。
「あそこの鐘塔にいこう。この町で最も高い建物だ。そこなら人もいないだろう」
「はいっ」「キュキュッ!」

町を囲む城壁と、遠くにあるメルテラ山脈までよく見える鐘塔の最上階。ミーナとエリネは管理人にガルシアの知り合いだと言って無理やり押し通し、駆け足でそこに踏み入れた。
「どうだエリー、ここならできそうか?」
「はい、少し待ってください」

エリネは手すり近くまで移動し、軽く一息すうと両手を耳に当てて精神を集中した。
(念のため東門に警備を送ってくれ)
(食料の確認終わった。特に問題ない)
(西区の住民は全部家に避難したな?)

町の至るところからの喧々とした声がエリネに届く。彼女は意識をさらに遠く、城壁の向こう側へと向ける。小鳥たちの鳴き声が平地を駆ける爽やかな風に乗ってかすかに聞き取れた。
(…こうするの久しぶりね。落ち着いたら一度ゆっくり楽しんで――)

ふと、エリネの耳がかゆく感じる声が届く。非常に微弱だが、それは間違いなく、昨日の夜不快に感じた耳鳴りと同じものだった。
「あそこ!あそこから、昨日聞いた耳鳴りと同じ声が聞こえますっ」
「あそこは…っ」
エリネが指差す方向を見てすぐにミーナは察した。そこは今、ガルシア軍とシルビア軍が対峙する戦場の方だった。


******


「おらおらっ!」
カイの超振動ナイフが振られるたび、自分と対峙する教団兵はすぐさま後退して距離を取る。タイミングを見払ってそのナイフを奪おうとする教団兵だが「おっとさせねえっ!」大振りせずに腕を軽く伸ばして小刻みに切り込んでいたカイはすぐに対応して腕を引っ込んでは再び前へと突きだし、教団兵はやむなく再び後退する。

(兄貴の教えたとおりだ。大振りするよりもこうして小さく振った方が凄くけん制になるな)
「お兄ちゃんすご~い」
背中で守られてるジフが歓声を上げる。
「へへ、こんなの、兄貴に比べたらまだまださ」

再び互いに睨みあうカイと教団兵。いまカイと対峙しているのは目の前の奴ただ一人で、残りは全てウィルフレッドの方へと集中していた。
(兄貴…っ)

「「シャッ!」」
ウィルフレッドを囲みながら、次々と彼に襲い掛かる教団兵たち。二人の時間差攻撃を切り払った彼に、今度は三人が同時に三方向から突っ込んでくる。
「ぐぅっ、カッ!」
ウィルフレッドは膝が地面に付くほど体を沈みさせ、双剣を構えて全身の力を一瞬ため込んでから、地面を一蹴するとそれが軽くえぐられるほどの勢いで回転跳躍。黒き鋭い双剣がまるで命を刈り取る風車の如く振り回される。

「っ!」
危険を察知し、一人は辛うじて伏せてそれをかわし、もう一人は腰から両断…されるものの、やはり先ほどと同じように霧だけが残って後方に現れ、身代わりとなった護符の燃えカスが彼らの周りを舞う。このような攻防が、先ほどからずっと続けていた。

(やはり、何かの魔法道具によるものか。もっと積極的に攻めれば全員張り倒せるが…)
ウィルフレッドはすぐに攻撃はせず、双剣を構えたまま彼らを観察する。他に自分の知らない魔法アイテムを警戒しているのもあるが、それ以上に不安を感じさせる違和感が、彼の胸に何か訴えていた。
(こいつら、俺を倒すためにここへ誘い込んだと思ったが、なにか妙だ)

それを察したのか、鋭い目をしたリーダー格の教団兵が両手の短剣を構えてはすかさず突進する。ウィルフレッドは慌てずにこれに迎撃、サイバーボディの膂力が込められた剣の一振りが教団兵を両断するように黒い軌跡を刻む。

「…っ」
だがその教団兵は、大胆にも避けずに、突進したまま体を捻ってはギリギリの合間でその斬撃を、まさに間一髪でそれを避けた。致命的な断面が彼の背中の小さな皮一枚を斬り落とし、装束の破片が舞う。

「ぬっ」
黒い風のように自分の懐へと潜り込んだ教団兵に、ウィルフレッドは慌てずに丸太さえも倒せそうな強力な蹴りを入れるが、教団兵は熟練した身ごなしでその蹴りを逆に踏み台にして彼の頭上まで飛び、一回転しては短剣を突き刺そうと落下する。

それに即座に反応して、体を数歩だけ後ろに退いてそれを避けるウィルフレッド。教団兵が着地した瞬間を狙いすまし、再び双剣の二連撃を食らわせる。
「はっ!」
着地姿勢とウィルフレッドの距離から避けようがないはずだが、ボウッと白い煙幕が教団兵から発し、剣は煙だけを切り払うこととなり、煙が散ると教団兵はすでに連続バク転で後退していた。

(こいつ…やはりかなりの手慣れだ)
双剣を構えるウィルフレッドは密かに感心した。この世界に来てから、変異体ミュータンテス以外にてこずると感じた相手は目の前の彼が初めてだった。別に戦闘マニアという訳ではないが、その心に密かに熱が入っていった。

「……」
リーダー格の教団兵が、指示用のハンドサインを周りの部下たちに見せる。
(ザレ様を攻撃の中心に援護を?それは今回の作戦に反するのでは…)
覆面の下に部下たちは困惑するも、すぐに指示の通りに陣形を調整する。ザレは当然承知している。たとえこれがウィルフレッドに作戦の真意を気づかせないための処置であっても、作戦全体の意向に反するものだと。

それでも、ザレは目の前の、ギルバートからいうには異世界での戦闘のプロとの戦いに、今まで感じたことのない感覚が沸き立っていた。

騎士の家系生まれのザレは、幼い頃から栄誉ある騎士となることを両親から期待を受け、そして彼は確かに戦いにおいてずば抜けた才能を持っていた。だがそれは鎧と剣をまとい、正々堂々とした戦法にはなかった。戦闘中での目つぶし、不意打ち、剣戟よりも急所のみへの攻撃という、卑劣で凶悪な戦い方を、まるで生まれてから全て熟知してるかの如く、に彼の才覚はあった。

親たちに騎士との試合を参加させられるたびに、あらゆる手段で相手を重傷を負わせては親に叱られ、その都度彼は疑問に思った。自分はこういうところに才能があるのだから、それ駆使して人の命を奪うことも当たり前なのでは、と。罪悪感も感じることはまずない。なぜなら、自分の天賦の才が殺しにあるのなら、それを発揮することこそ自分の天命だと。

程なくして、ザレは推薦という名目で町の自警団へと押し付けられた。そのことに特に何も感じなかった。自分が親や他人と比べて違うということを自覚していた。やがて盗賊を無慈悲にその命を殺めることが目に余り、ついには自警団からも追い出され、町をさまようところに、ザナエルに引き取られた。今の世界とは反りあわない才能故に見捨てられ、それゆえに教団に身を置くことができたのだ。

そして教団に入ってその才能を遺憾なく発揮できるようになったザレの暗殺技術は段々と磨きがかかり、今やたとえ百戦錬磨の騎士でも容易く倒せるほどの技量を身につけた。だが、ザレは人の命を奪うことに悦びを見出すことはない。それは自分にとって果たすべき天命であり、行って当たり前のことだから。

だが今、目の前のウィルフレッドは、今まで奪った命のどれとも違う。タウラーにも匹敵するほどの膂力に、風よりも早い速度、鍛え抜かれた戦闘センス、そして何よりも、どことなく自分と似た匂いを感じるその雰囲気…。ザレの口元がわずかに釣り上げる。

初めて自分以上の力を持つ敵、一瞬気を抜けば命を失う極限の戦い。。そこに、天命を遂行する当たり前の行為とは違った、味わったことのない悦びを感じた。魔獣モンスターでは意味がない、人の命を奪ってこそ価値がある戦い故に。全身全霊を出し尽くせる予感に、ザレは震えを感じずにはいられなかったのだ。

「…魔人、貴様の命はここで頂く」
初めてウィルフレッドに発する声は冷たく、かすかに熱を帯びていた。ウィルフレッドも仕返すかのように鋭い眼光でザレを見た。かつて組織のエージェント時代に対峙した同業者たちの顔ぶれを思い出しながら。
「試してみろ」

(兄貴…)
彼らの気迫に、ちら見しているカイが思わず唾を呑む。

二人は再び踏み出し、森の中に激しい剣戟の声が響いた。



【続く】

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