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第十一章 老兵とツバメ
老兵とツバメ 第九節
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「どうお兄ちゃん、そこは見つかった?」
「だめだ、もう館の近くにはいねぇみたいだ」
日が山から顔を出して暫く経つ頃。ガルシアの館内とその周辺を、騒ぎで起きたカイやミーナ達が慌ただしく捜索を行っていた。外回りを探してなんの成果もなかったカイとエリネ、アイシャは館内へと戻る。
「どうだミーナ、足跡追跡できそうか?」
「むうう…」
館の子どもの寝室で、ウィルフレッドとラナが見守る中、ミーナが杖を床に立てて魔法を唱えているが、その表情は厳しかった。
「…だめだ。元々町のような人の多い場所では追跡魔法の精度は大きく落ちるし、こうも多くの子達が歩き回っていては、マナだけを頼りに探すのはまず無理だ」
ミーナが施術をやめると、館内を捜索したガルシアとレクス、メイド達、そしてカイ達が入ってきて、ラナはレクスに尋ねた。
「そっちはどうだった?」
「残念だけど館のどこも見つからなかったよ。きっと全員、館から出ていったのに違いない」
「エリー、アイシャ、君たちは本当に何も覚えていないのか?」
ウィルフレッドが問う。
「うん、私が起きた時は、ウィルさんのところ行こうとしたから、部屋の中の様子ちゃんと確認してなかったの…」
「私も起きた時はもうノアくんの姿がどこにもいなくて…。すみません、私がもっとしっかりしていれば…」
「アイシャのせいじゃない。こういうの普通は誰も気づかないものだ」
「ああ、兄貴の言う通りだ」
カイが励ますように自分を見るアイシャの肩に手を置く。
「ぬうう…これはいったい何事なんだ…っ。屋敷前の衛兵達も何も覚えてないと来ている。あんな大勢な子供が移動してるのならすぐに気づくはずなのに…っ」
「ガ、ガルシア様!」
ドアの方から今度はガルシアの兵士が慌てて部屋へと入る。
「何事だ!子供たちが見つかったのかっ?」
「い、いえ、それが…シルビア公爵の軍勢が再びこちらに接近してきますっ!陣頭指揮はシルビア公爵ご本人がしている模様で…っ」
「なんだとっ!?」
拳を強く握るガルシア。
「よりによってこのタイミングで…っ!今すぐ招集をかけろ!儂が直々に指揮を執る!」
「はっ!」
兵士は一礼すると駆けるように離れ、ガルシアはメイド達の方にも指示を下す。
「リーザ、館の方はいい、他のメイドや使用人を全部町に出して子供の捜索に当たれっ」
「かしこまりましたっ」
「待ってよおっさん、子供たちを探すなら俺たちも手伝うよっ」
「うんっ、このまま放っておく訳にはいかないですっ」「キュキュッ」
「いや、これはあくまでわが領地、わが館の私事だ。アイシャ様やラナ様はより重要な任務を帯びてる身、ここで油を売る訳はいきますまい。どうか儂らに構わず旅を急がれよ」
「いいえ、ノアくんを見失ったのは私の責任でもあるし、このまま離れる訳には――」
「俺は残る」
力強い口調で踏み出るウィルフレッド。
「俺は元々ラナ達に協力という立場でついているから、少しぐらい遅れてもなんら問題はない。そうだろラナ」
「そうね、でも貴方一人だけカッコつけさせる訳にはいかないわ。町の防衛は連合軍も協力しましょう」
「ラナ様っ」
「二言は無用よガルシア。駐屯している町が襲撃を受けてるのにそのまま離れるのは世論も煩くなるし、騎士達の士気にも関わる。それに――」
不敵な笑顔を見せるラナ。
「オズワルドに与するシルビアに溜まった鬱憤を発散するのも悪くないからね」
ラナや、彼女と同じくこのまま離れない意志を顔に表すアイシャやエリネ達を見て、ガルシアは沈痛な表情で一礼する。
「皆様…かたじけない」
「いいのよ、気にしなくても。レクス殿とアイシャ姉様は私と一緒に連合軍の指揮をして。ウィルくんとミーナ先生、カイくんにエリーちゃんは子供の捜索をお願いね」
部屋の全員が頷くと、ラナは凜としてガルシアを見る。
「さあ行きましょう、シルビアに思いっきり痛い一発をかませにっ」
「御意!」
******
町の各処に鳴り響く警鐘の音とともに、人々もまた慌しく己がすべきことをしていた。店や平民達は家のドアや窓などを締め、予め役割を決められた人達は火災の場合の消火道具の点検、鍛冶屋は軍の備品のチェックなどを行っていた。
そんな中、ウィルフレッドとミーナ、カイ、エリネは館のメイド達と手分けして町で聞き込みと捜索をした。
「すまない。小さな子供達を見なかったか?恐らく団体で移動してたと思う」
「皆まだこれぐらい小さいくてどれも人懐っこい子なんだが、見てないのか?」
「ノアく~ん!どこにいるの~っ?」
だが結果は芳しくなく、迷子になった子供達を見かけた人は誰一人いなかった。
「ノアくん、いったいどこに行ったの…っ」
「ノア…っ」
異なる場所で捜索しているエリネとウィルフレッドは、昨日おずおずと自分達に話しかけたノアの顔を思い出し、胸が痛んだ。
******
町のはずれた平地にて。連合軍とガルシア軍はレクスやガルシアの指揮のもとで迅速に合流を果たし、既に交戦予想地で陣を敷いてシルビア軍を待ち構えていた。先頭ではラナとガルシア、レクスにアイシャ、そしてアランが馬を並べて、敵軍が来ると予想される前方の丘を見つめていた。
「数千人ぐらいの軍勢とは言え、こうもすぐに我が軍と連係できるよう陣形を整えるとは、なるほど呑気な外見とは裏腹に、中々の手腕を持ってるようだなレクス殿は」
「だから言ったでしょ。彼はこう見えてもやるべき時はちゃんとやる人って」
「お褒めに預かり光栄だよお二人様とも。まあ、半分ぐらいはアラン殿のお陰なんだけどね」
「それもレクス殿の的確な指示があってこそですね」
「はははっ、アラン殿にこう言わせるとは、あんたのことは改めて評価せねばな」
「! 皆さん、来ましたよっ」
アイシャの一声に全員が引き締める。軍隊が大地を踏み鳴らす声が丘の向こうからまず伝わり、それが段々と大きくなると、やがてシルビアの家紋である豊穣の大樹があしらわれた旗とその軍勢が見えてきた。レクスはシルビアの軍勢とその周りを観察する。
「斥候の言ったとおり、正面からの会戦を望むつもりのようだね。まあこちらとの人数差と地形じゃ、他に取れる策なんて早々ないと思うけど」
「そのお陰で今までは儂の騎士団だけで十分に対処できたからなあ」
(よく見ると軍の後方に駐屯装備が積んでる荷馬車もあるね。シルビア、もう勝つ気でいるのか)
「あら、陣頭の方を見てガルシア」
ラナの言われたとおりガルシアが小型望遠鏡で陣頭を確認すると、新緑の色の豪華な鎧を纏ったシルビアが先頭で軍を率いているのが見えた。
「ほっ!これは殊勝なっ!今まで部下だけ送ってチマチマして来たのに、今回は本人自らうって出るとはなっ!」
レクスはラナに尋ねる。
「…ラナ様。今までの君達の口ぶりからして、シルビアって本人自ら前に出て総力戦をかけるタイプの人間…じゃないよね?」
「ええ。これは何かあるわね…みんな気をつけて」
やがてシルビア軍は連合軍から遠く離れた距離で停止すると、護衛の騎士一人と愛馬とともにシルビアが前へと出て、あからさまに嫌らしいトーンでラナとガルシア達に挑発した。
「これはこれはっ、かつてエイダーン陛下一の忠臣と謳われる猛将も地に落ちたものよっ、我が軍の攻勢に耐えかね、まさか偽皇女と手を組むとはっ。帝都でおわすまことのラナ殿下やオズワルド様もさぞや心を痛めるのでしょうっ、ガルシア殿っ」
(シルビアの軍隊、ゴードンの時みたいに全員がオズワルドに手なずけられている訳ではないだそうだね)
ラナに耳打ちするレクス。
(ええ、でもさっき言ったように油断は禁物よ。ウィルくんやマティによる事前情報もないから、慎重に行きましょう)
「はっ!宰相に与する女狐が良く吠えるわい!こちらこそ真なるラナ皇女と知りながら恐れ多くも楯突こうとするとは!年が増して目も節穴と化したと見えるな!」
「なに…っ!」
ガルシアの罵倒にシルビアは怒りで軽く歯軋りした。
「シルビアよ!そしてそこの皇国国民達よ!この私の顔、よもや忘れたとはいうまいな!」
ラナがガルシアに並んでシルビアに叫ぶ。
「昔から陰気な女とは思ったが、まさかオズワルドに与して狼藉を働くとは、元より誇りの欠片もないそなたらしい卑しさだなっ!それとも昔みたいに、自前の甘い果実で彼を誘惑したのかっ?」
手綱を握るシルビアの手がわなわなと震え、その目は憎悪により大きく見開く。自分から人々の視線を奪い、何よりも愛するオズワルドの前で自分に恥を掻かせた時の屈辱が、光景が、ありありと目前のラナと重なって見え、胸を燻る感情がさらに猛々しく燃え盛る。
ざわつく自軍の兵士達を抑えるかのようにシルビアが応じた。
「ふんっ!偽皇女がよく吠える!そなたこそが真なる皇女の証拠なぞどこにあるっ!?聖痕をその身に持つと不敬千万な嘘を掲げるなぞっ!本当はそっちの方こそ、そこのルーネウスの王女と称する女とともに若さにものを言わせて人々を惑わせてきたのではないのかっ!?」
その言葉をラナ達が言い返すよりも先に、アイシャが前へと出てシルビアに叫び返す。
「先ほどのお言葉は聞き流しましょうシルビア殿っ!年のせいで嫉妬とヒステリーに取りつかれた領主に踊らされる、領民や騎士の方々があまりにも不憫ですもの!そういう年の取り方はあまりしたくありませんねっ!」
「なっ…!」
「うわはははははっ!さすがアイシャ様っ!大人しそうに見えて意外と辛らつですなあっ!」
豪快に笑うガルシア。そんな彼とは逆にレクスはアイシャやラナ達を見て少し引いていた。
(…うへえ、怖いねえ女の戦いっていうのは…浮気なんてしたら間違いなく地獄を見そう…)
アイシャの言葉でさらに色んな意味でどよめく自軍をシルビアが一喝する。
「ええい静まれ!所詮は偽皇女と敵国の堕落王女!すぐに襤褸がでるっ!…ここで証明して見せよう!そなたら反乱軍と、我が軍のどちらに女神様が微笑んでいるのかをっ!」
シルビアは懐から手袋を取り出し、声高らかに宣言した。
「戦の女神エテルネ様の名の下、我、シルビア・フォウセンは、自らの正義と誇りをかけ、ガルシア・ワーグナーに一騎打ちを申し込む!」
投げ出す手袋が地面に落ち、両軍が瞠目する。
「へっ、彼女がガルシア殿に一対一の勝負を仕掛けるのっ!?」
レクスが驚くのも無理はなかった。体格と風貌だけ見ても、華奢なシルビアと百戦錬磨のガルシアのどちらが優勢なのかは一目瞭然だから。
「ほほうっ、まさかこう出るとは」
「…ガルシア」
不敵に笑うガルシアにラナが警告するように彼を呼ぶ。
「心配ご無用、ラナ様。彼奴がいかな卑劣な手段を用いても、必ずやそれを打ち破って見せましょう」
ラナはそれ以上引き止めることはしなかった。いくら罠だと知っても、あえて挑むのがガルシアという人。何より今のシルビアが行ったのは皇国貴族における正式な決闘の流れに汲んだもの。もしここで拒否しては、この場にいる騎士達や兵士達の士気などに影響が出てしまう。
「…言っても聞かなさそうね。貴方なら言わなくても分かるけど、十分に注意して。それとどうせ出るなら、思う存分暴れて勝ちなさい」
「ははは、御意!」
ニカッと笑うガルシアは前へと出て長槍を大きく掲げる。
「われ、ガルシア・ワーグナーっ、戦の女神エテルネ様の名の下、シルビア・フォウセンの一騎打ちの申し込みを受けよう!女神様よご覧あれっ!」
両軍が轟く鬨を上げる。互いの主を応援するように、ヘリティア所属の騎士や兵士達は槍や剣で地面をリズムに乗りながら打つ。ヘリティアでの一騎打ちにおける伝統的な声援の仕方だ。
「…ラナちゃん、あのシルビアという人。ガルシア様に勝るほどの力量を持ってるの?」
自陣へと後退するラナにアイシャが尋ねる。
「私が知る限り、まずないわね。彼女の戦闘技術はかつて学んだ魔法を除いてそれほではないし、百戦錬磨のガルシア相手に魔法戦が果たしてできるかどうかは大いに疑問よ」
レクスも二人に並んで分析する。
「となるとやはり何かあるね。いったいどんな策を用意してるんだろ」
「分からないわ、とにかくシルビアが変なマネをしないよう彼女と周りの動きを見張りましょう。アラン、軍がいつでも動けるように用意して」
「かしこまりました」
******
一騎打ちで両軍が高揚すると同時に、町の中を探し回るカイはやがてウィルフレッドと合流する。
「だめだ、どこにも見当たらないよっ。兄貴の方は?」
「こっちもだ。ひょっとしたらもう町にはいないのかもしれない」
「くそっ、いったい何がどうなっているんだ!早く見つからないと、万が一戦にでも巻き込んでしまったら…」
この時、三つの街道を超えた先に、小さな後ろ姿が巷に走っていくのをカイは気づいた。
「あっ!兄貴!そっち!子供の一人がいたような気がするっ!」
「なんだってっ」
走り出す二人は先ほどの後ろ姿があった場所につくと、子供はまた別の街角へと消えていく。町を行き来する人たちを避けては、二人は段々と町の中心から離れていく。
「はぁ…はぁ…ちょっとおい!待ってくれよ君!」
カイの叫びを介せず、その子はやがて城壁の小さな出入り口から町の外にある林へと走っていく。
「どこへ行こうってんだよっ」
カイ達もすぐに追って林へと入ると、子供の後ろ姿はすでに林の奥に走っていた。
「ちょ、なんてすばしっこいんだ…って兄貴っ」
町から出て人目を憚る必要もなく、ウィルフレッドは素早く疾走して一瞬にその子の傍へと駆け付けてはその肩を掴んだ。
「きみは…ジフなのか?大丈夫かっ?」
昨日館でお話を聞かせたその子の目に光彩はなく、ただ茫然と前を見るだけだった。
「はぁはぁ…兄貴、この子は」
「ああ、館の子供のジフだ。ジフ、しっかりしろジフっ」
ウィルフレッドは軽くジフの体を揺らすと、の目が徐々に明るくなっていく。
「う、うん…あれ…オオカミさんと、バンダナのお兄ちゃん…?」
ようやく意識が戻ったと二人は安心のため息をする。ウィルフレッドはまだ意識が朦朧としているジフの前に跪いては優しくその頭を撫でる。
「もう大丈夫だジフ。ケガはないか?」
「う、うん」
カイもまたまだ意識が朦朧としているジフの隣に屈む。
「おまえ、なに勝手に館から出てるんだよっ?ほかの子はどこなんだ?昨日の夜に何があったんだっ?」
「わかんない…僕どうしてここにいるの?ほかのみんなは?」
少し不安がっているジフをウィルフレッドは安心させるようにその肩に手を置く。
「俺たちも他の子を探している最中なんだ。朝起きたら君も含めて全員、館からいなくなってたから。ジフ、君は昨日の夜寝た後何か起こったのか覚えてるか?」
ジフは俯く。
「ええと…よく覚えてない…ただ、夢の中で、歌みたいの聞こえた気がする…」
「歌だって…?」
その意味をカイが理解しようとする時、ウィルフレッドはハッと周りの異常に気付いた。
「カイ!ジフ!離れろ!」
「「うわあっ!?」」
二人を突き放すと同時に、林の陰から無数の鎖が飛び出してはウィルフレッドを拘束した。
「兄貴っ!」「オオカミさん!」
カイとウィルフレッドは周りを見る。黒装束に踊る悪魔の模様、黒頭巾の顔に描かれた赤い目。不気味な身のこなしの人々が次々と陰から歩み出ては三人を囲んだ。
「邪神教団…っ!やっぱてめぇらの仕業かっ!」
「うわあん、オオカミさん…っ!」
「ぐっ…」
カイに守られているジフは鎖にがんじがらめとなったウィルフレッドに呼びかける。ギチギチと締めてくる鎖に耐えては立ち上がると、彼はすぐさまスキャン機能を屈指して周りを確認する。
(完全に囲まれてる…、木の上で隠れてるやつを含めると20人ぐらいか。しかしこいつら…)
彼らが発するただならぬ雰囲気とその風貌に、今まで遭遇した信者達とは訳が違うとすぐに察した。だが。
「おおおっ!」
ウィルフレッドが雄たけびを上げ、その目が人外の赤に染める。体を強く捻って腕に力を入れる。
「かあっ!」「うおっ!」
強烈な一喝とともに鎖は易々とちぎられ、ウィルフレッドはすかさず数本の鎖を掴んでは力に任せたまま引っ張った。あまりの速さで手離すのが遅れた教団兵数名が逆に鎖に引っ張られて空を舞うっ。
「おおおおっ!」「ぐああっ!」
迅雷の如き飛び出したウィルフレッドの回し蹴りが、正拳が次々と飛来する教団兵の急所へと命中し、さっそく数名の教団兵が倒れてしまう。
「オオカミさんすご~い!」「さっすが兄貴だっ!」
「! カイっ、後ろ!」「なっ、やっべ!」
ウィルフレッドの警告でカイはすぐ後ろへと音もなく接近した教団兵に気づき、慌てて懐のナイフを抜き出すっ。
「!」
バキンと鈍い金属音が鳴り、ギリギリ後退した教団兵が装着していた鋼鉄製のカギ爪があっけなく切断された。
「す、すげえ…」
低い駆動音を発する超振動ナイフの鋭利さに驚いて固まるカイ達、教団兵はすぐさま替えの短剣を抜いたが、そのナイフを警戒してすぐに攻撃には出なかった。
「ジフ、俺の傍から絶対に離れんなよっ」「うんっ」
ジフをかばいながらこの前ウィルフレッドが指導したとおりにナイフを構えるカイ。
(念のためこのナイフを持ってきて正解だぜ。こいつらの動きじゃ弓で戦うのは無理だしな)
包囲を突破してカイのところに行こうとするウィルフレッドを、教団兵が次々と針やナイフの飛び道具を投擲し、カギ爪や短剣による近接戦を仕掛けていく。
「甘いっ!」
だがそれで彼を止めるはずもない。剣を一本抜いては飛び道具を悉く弾き、タイミングを見計らって斬撃を敵兵に食らわす。
ドーネが鍛えた黒剣の一閃が襲い掛かる最も近い教団兵を両断する、はずだった。
「なっ!?」
まるで霞を切ったように、教団兵がいた位置には両断された黒い布しかなく、相手はすでにバックステップで遠い後方へと後退していた。
「おおおっ!」
他に襲い掛かる敵兵をも切り払うも、全てさっきのように布や霧だけを切るだけに終わった。
(目くらましか、ならっ)
ウィルフレッドは目の索敵機能をフル稼働させ、再び襲い掛かる教団兵の姿をしっかりと捉えた、その時。
パンッ!
「がっ!?」
突如、教団兵が投げた何かがウィルフレッドの前に爆発し、きらきら輝く金属の欠片が彼の周りに飛散する。
「兄貴っ!?」「オオカミさん!」
「ぐっ、これは…!」
ウィルフレッドのサイバネアイに激しいノイズが走り、索敵機能が阻害される。
(対サイボーグ用ジャミングチャフ?ギルがあげたんだなっ!)
ぐらつくウィルフレッドに、リーダーと思しき教団兵がくいっと指で指示する。黒装束全員が飛び道具や爪、短剣を総動員して彼に襲い掛かり、リーダーである教団兵も両手に短剣を構えて切りかかるっ。
「兄貴っ!」
「舐めるなっ!」
カッと目を見開くウィルフレッドは、視界が阻害されたとは思えないほどの鋭い斬撃を繰り出し、次々と飛び道具と教団兵を切り払ってゆく。たとえ目の機能が無力化されても、彼の鍛え抜かれた戦闘センスはそれを補って余りあるほどだった。
「ぎゃっ!」
一人、ウィルフレッドの神速な斬撃に先ほどのように脱することができなかった教団兵一人がついに捉えられて絶命する。リーダー格と思われる教団兵もまた間一髪でかわすも、顔を覆うマスクがかすめられ、剝がれてしまう。
「ぬっ!」
連続バク転でウィルフレッドから距離を取る教団兵たち。ウィルフレッドはもう一度カイの方を確認すると、彼を囲むのは数名の教団兵だけとなり、敵の殆どが彼に集中しているのを確認した。
「兄貴!こっちは俺がなんとかするから、そっちの方に集中してくれ!」
カイに頷いては自分と対峙する教団兵に専念するウィルフレッド。先ほどマスクを斬られたリーダー格の大きな傷跡がついた顔が露になり、その冷たく鋭い眼を自分に向けていた。
(…あいつ…)
彼の雰囲気から何かを感じ取るウィルフレッド。彼は、自分と同じ裏の世界で生き、戦いのために鍛え抜かれた人間、つまり教団の精鋭か特殊部隊に違いない。
「…貴様たちか、館から子供をさらったのはっ?俺達をここまで誘って始末する魂胆だったのか?」
その男は答えず、ただ静かに両手の短剣を構えた。
(余計な会話はしないか。なかなかの工作員だな)
元より慢心をしないウィルフレッドはさらに身を引き締め、もう一本の剣を抜く。鈍く光る黒い刀身に木々の隙間を縫って入る日の明かりが照らすと、彼と教団兵が一斉に動いた。
【続く】
「だめだ、もう館の近くにはいねぇみたいだ」
日が山から顔を出して暫く経つ頃。ガルシアの館内とその周辺を、騒ぎで起きたカイやミーナ達が慌ただしく捜索を行っていた。外回りを探してなんの成果もなかったカイとエリネ、アイシャは館内へと戻る。
「どうだミーナ、足跡追跡できそうか?」
「むうう…」
館の子どもの寝室で、ウィルフレッドとラナが見守る中、ミーナが杖を床に立てて魔法を唱えているが、その表情は厳しかった。
「…だめだ。元々町のような人の多い場所では追跡魔法の精度は大きく落ちるし、こうも多くの子達が歩き回っていては、マナだけを頼りに探すのはまず無理だ」
ミーナが施術をやめると、館内を捜索したガルシアとレクス、メイド達、そしてカイ達が入ってきて、ラナはレクスに尋ねた。
「そっちはどうだった?」
「残念だけど館のどこも見つからなかったよ。きっと全員、館から出ていったのに違いない」
「エリー、アイシャ、君たちは本当に何も覚えていないのか?」
ウィルフレッドが問う。
「うん、私が起きた時は、ウィルさんのところ行こうとしたから、部屋の中の様子ちゃんと確認してなかったの…」
「私も起きた時はもうノアくんの姿がどこにもいなくて…。すみません、私がもっとしっかりしていれば…」
「アイシャのせいじゃない。こういうの普通は誰も気づかないものだ」
「ああ、兄貴の言う通りだ」
カイが励ますように自分を見るアイシャの肩に手を置く。
「ぬうう…これはいったい何事なんだ…っ。屋敷前の衛兵達も何も覚えてないと来ている。あんな大勢な子供が移動してるのならすぐに気づくはずなのに…っ」
「ガ、ガルシア様!」
ドアの方から今度はガルシアの兵士が慌てて部屋へと入る。
「何事だ!子供たちが見つかったのかっ?」
「い、いえ、それが…シルビア公爵の軍勢が再びこちらに接近してきますっ!陣頭指揮はシルビア公爵ご本人がしている模様で…っ」
「なんだとっ!?」
拳を強く握るガルシア。
「よりによってこのタイミングで…っ!今すぐ招集をかけろ!儂が直々に指揮を執る!」
「はっ!」
兵士は一礼すると駆けるように離れ、ガルシアはメイド達の方にも指示を下す。
「リーザ、館の方はいい、他のメイドや使用人を全部町に出して子供の捜索に当たれっ」
「かしこまりましたっ」
「待ってよおっさん、子供たちを探すなら俺たちも手伝うよっ」
「うんっ、このまま放っておく訳にはいかないですっ」「キュキュッ」
「いや、これはあくまでわが領地、わが館の私事だ。アイシャ様やラナ様はより重要な任務を帯びてる身、ここで油を売る訳はいきますまい。どうか儂らに構わず旅を急がれよ」
「いいえ、ノアくんを見失ったのは私の責任でもあるし、このまま離れる訳には――」
「俺は残る」
力強い口調で踏み出るウィルフレッド。
「俺は元々ラナ達に協力という立場でついているから、少しぐらい遅れてもなんら問題はない。そうだろラナ」
「そうね、でも貴方一人だけカッコつけさせる訳にはいかないわ。町の防衛は連合軍も協力しましょう」
「ラナ様っ」
「二言は無用よガルシア。駐屯している町が襲撃を受けてるのにそのまま離れるのは世論も煩くなるし、騎士達の士気にも関わる。それに――」
不敵な笑顔を見せるラナ。
「オズワルドに与するシルビアに溜まった鬱憤を発散するのも悪くないからね」
ラナや、彼女と同じくこのまま離れない意志を顔に表すアイシャやエリネ達を見て、ガルシアは沈痛な表情で一礼する。
「皆様…かたじけない」
「いいのよ、気にしなくても。レクス殿とアイシャ姉様は私と一緒に連合軍の指揮をして。ウィルくんとミーナ先生、カイくんにエリーちゃんは子供の捜索をお願いね」
部屋の全員が頷くと、ラナは凜としてガルシアを見る。
「さあ行きましょう、シルビアに思いっきり痛い一発をかませにっ」
「御意!」
******
町の各処に鳴り響く警鐘の音とともに、人々もまた慌しく己がすべきことをしていた。店や平民達は家のドアや窓などを締め、予め役割を決められた人達は火災の場合の消火道具の点検、鍛冶屋は軍の備品のチェックなどを行っていた。
そんな中、ウィルフレッドとミーナ、カイ、エリネは館のメイド達と手分けして町で聞き込みと捜索をした。
「すまない。小さな子供達を見なかったか?恐らく団体で移動してたと思う」
「皆まだこれぐらい小さいくてどれも人懐っこい子なんだが、見てないのか?」
「ノアく~ん!どこにいるの~っ?」
だが結果は芳しくなく、迷子になった子供達を見かけた人は誰一人いなかった。
「ノアくん、いったいどこに行ったの…っ」
「ノア…っ」
異なる場所で捜索しているエリネとウィルフレッドは、昨日おずおずと自分達に話しかけたノアの顔を思い出し、胸が痛んだ。
******
町のはずれた平地にて。連合軍とガルシア軍はレクスやガルシアの指揮のもとで迅速に合流を果たし、既に交戦予想地で陣を敷いてシルビア軍を待ち構えていた。先頭ではラナとガルシア、レクスにアイシャ、そしてアランが馬を並べて、敵軍が来ると予想される前方の丘を見つめていた。
「数千人ぐらいの軍勢とは言え、こうもすぐに我が軍と連係できるよう陣形を整えるとは、なるほど呑気な外見とは裏腹に、中々の手腕を持ってるようだなレクス殿は」
「だから言ったでしょ。彼はこう見えてもやるべき時はちゃんとやる人って」
「お褒めに預かり光栄だよお二人様とも。まあ、半分ぐらいはアラン殿のお陰なんだけどね」
「それもレクス殿の的確な指示があってこそですね」
「はははっ、アラン殿にこう言わせるとは、あんたのことは改めて評価せねばな」
「! 皆さん、来ましたよっ」
アイシャの一声に全員が引き締める。軍隊が大地を踏み鳴らす声が丘の向こうからまず伝わり、それが段々と大きくなると、やがてシルビアの家紋である豊穣の大樹があしらわれた旗とその軍勢が見えてきた。レクスはシルビアの軍勢とその周りを観察する。
「斥候の言ったとおり、正面からの会戦を望むつもりのようだね。まあこちらとの人数差と地形じゃ、他に取れる策なんて早々ないと思うけど」
「そのお陰で今までは儂の騎士団だけで十分に対処できたからなあ」
(よく見ると軍の後方に駐屯装備が積んでる荷馬車もあるね。シルビア、もう勝つ気でいるのか)
「あら、陣頭の方を見てガルシア」
ラナの言われたとおりガルシアが小型望遠鏡で陣頭を確認すると、新緑の色の豪華な鎧を纏ったシルビアが先頭で軍を率いているのが見えた。
「ほっ!これは殊勝なっ!今まで部下だけ送ってチマチマして来たのに、今回は本人自らうって出るとはなっ!」
レクスはラナに尋ねる。
「…ラナ様。今までの君達の口ぶりからして、シルビアって本人自ら前に出て総力戦をかけるタイプの人間…じゃないよね?」
「ええ。これは何かあるわね…みんな気をつけて」
やがてシルビア軍は連合軍から遠く離れた距離で停止すると、護衛の騎士一人と愛馬とともにシルビアが前へと出て、あからさまに嫌らしいトーンでラナとガルシア達に挑発した。
「これはこれはっ、かつてエイダーン陛下一の忠臣と謳われる猛将も地に落ちたものよっ、我が軍の攻勢に耐えかね、まさか偽皇女と手を組むとはっ。帝都でおわすまことのラナ殿下やオズワルド様もさぞや心を痛めるのでしょうっ、ガルシア殿っ」
(シルビアの軍隊、ゴードンの時みたいに全員がオズワルドに手なずけられている訳ではないだそうだね)
ラナに耳打ちするレクス。
(ええ、でもさっき言ったように油断は禁物よ。ウィルくんやマティによる事前情報もないから、慎重に行きましょう)
「はっ!宰相に与する女狐が良く吠えるわい!こちらこそ真なるラナ皇女と知りながら恐れ多くも楯突こうとするとは!年が増して目も節穴と化したと見えるな!」
「なに…っ!」
ガルシアの罵倒にシルビアは怒りで軽く歯軋りした。
「シルビアよ!そしてそこの皇国国民達よ!この私の顔、よもや忘れたとはいうまいな!」
ラナがガルシアに並んでシルビアに叫ぶ。
「昔から陰気な女とは思ったが、まさかオズワルドに与して狼藉を働くとは、元より誇りの欠片もないそなたらしい卑しさだなっ!それとも昔みたいに、自前の甘い果実で彼を誘惑したのかっ?」
手綱を握るシルビアの手がわなわなと震え、その目は憎悪により大きく見開く。自分から人々の視線を奪い、何よりも愛するオズワルドの前で自分に恥を掻かせた時の屈辱が、光景が、ありありと目前のラナと重なって見え、胸を燻る感情がさらに猛々しく燃え盛る。
ざわつく自軍の兵士達を抑えるかのようにシルビアが応じた。
「ふんっ!偽皇女がよく吠える!そなたこそが真なる皇女の証拠なぞどこにあるっ!?聖痕をその身に持つと不敬千万な嘘を掲げるなぞっ!本当はそっちの方こそ、そこのルーネウスの王女と称する女とともに若さにものを言わせて人々を惑わせてきたのではないのかっ!?」
その言葉をラナ達が言い返すよりも先に、アイシャが前へと出てシルビアに叫び返す。
「先ほどのお言葉は聞き流しましょうシルビア殿っ!年のせいで嫉妬とヒステリーに取りつかれた領主に踊らされる、領民や騎士の方々があまりにも不憫ですもの!そういう年の取り方はあまりしたくありませんねっ!」
「なっ…!」
「うわはははははっ!さすがアイシャ様っ!大人しそうに見えて意外と辛らつですなあっ!」
豪快に笑うガルシア。そんな彼とは逆にレクスはアイシャやラナ達を見て少し引いていた。
(…うへえ、怖いねえ女の戦いっていうのは…浮気なんてしたら間違いなく地獄を見そう…)
アイシャの言葉でさらに色んな意味でどよめく自軍をシルビアが一喝する。
「ええい静まれ!所詮は偽皇女と敵国の堕落王女!すぐに襤褸がでるっ!…ここで証明して見せよう!そなたら反乱軍と、我が軍のどちらに女神様が微笑んでいるのかをっ!」
シルビアは懐から手袋を取り出し、声高らかに宣言した。
「戦の女神エテルネ様の名の下、我、シルビア・フォウセンは、自らの正義と誇りをかけ、ガルシア・ワーグナーに一騎打ちを申し込む!」
投げ出す手袋が地面に落ち、両軍が瞠目する。
「へっ、彼女がガルシア殿に一対一の勝負を仕掛けるのっ!?」
レクスが驚くのも無理はなかった。体格と風貌だけ見ても、華奢なシルビアと百戦錬磨のガルシアのどちらが優勢なのかは一目瞭然だから。
「ほほうっ、まさかこう出るとは」
「…ガルシア」
不敵に笑うガルシアにラナが警告するように彼を呼ぶ。
「心配ご無用、ラナ様。彼奴がいかな卑劣な手段を用いても、必ずやそれを打ち破って見せましょう」
ラナはそれ以上引き止めることはしなかった。いくら罠だと知っても、あえて挑むのがガルシアという人。何より今のシルビアが行ったのは皇国貴族における正式な決闘の流れに汲んだもの。もしここで拒否しては、この場にいる騎士達や兵士達の士気などに影響が出てしまう。
「…言っても聞かなさそうね。貴方なら言わなくても分かるけど、十分に注意して。それとどうせ出るなら、思う存分暴れて勝ちなさい」
「ははは、御意!」
ニカッと笑うガルシアは前へと出て長槍を大きく掲げる。
「われ、ガルシア・ワーグナーっ、戦の女神エテルネ様の名の下、シルビア・フォウセンの一騎打ちの申し込みを受けよう!女神様よご覧あれっ!」
両軍が轟く鬨を上げる。互いの主を応援するように、ヘリティア所属の騎士や兵士達は槍や剣で地面をリズムに乗りながら打つ。ヘリティアでの一騎打ちにおける伝統的な声援の仕方だ。
「…ラナちゃん、あのシルビアという人。ガルシア様に勝るほどの力量を持ってるの?」
自陣へと後退するラナにアイシャが尋ねる。
「私が知る限り、まずないわね。彼女の戦闘技術はかつて学んだ魔法を除いてそれほではないし、百戦錬磨のガルシア相手に魔法戦が果たしてできるかどうかは大いに疑問よ」
レクスも二人に並んで分析する。
「となるとやはり何かあるね。いったいどんな策を用意してるんだろ」
「分からないわ、とにかくシルビアが変なマネをしないよう彼女と周りの動きを見張りましょう。アラン、軍がいつでも動けるように用意して」
「かしこまりました」
******
一騎打ちで両軍が高揚すると同時に、町の中を探し回るカイはやがてウィルフレッドと合流する。
「だめだ、どこにも見当たらないよっ。兄貴の方は?」
「こっちもだ。ひょっとしたらもう町にはいないのかもしれない」
「くそっ、いったい何がどうなっているんだ!早く見つからないと、万が一戦にでも巻き込んでしまったら…」
この時、三つの街道を超えた先に、小さな後ろ姿が巷に走っていくのをカイは気づいた。
「あっ!兄貴!そっち!子供の一人がいたような気がするっ!」
「なんだってっ」
走り出す二人は先ほどの後ろ姿があった場所につくと、子供はまた別の街角へと消えていく。町を行き来する人たちを避けては、二人は段々と町の中心から離れていく。
「はぁ…はぁ…ちょっとおい!待ってくれよ君!」
カイの叫びを介せず、その子はやがて城壁の小さな出入り口から町の外にある林へと走っていく。
「どこへ行こうってんだよっ」
カイ達もすぐに追って林へと入ると、子供の後ろ姿はすでに林の奥に走っていた。
「ちょ、なんてすばしっこいんだ…って兄貴っ」
町から出て人目を憚る必要もなく、ウィルフレッドは素早く疾走して一瞬にその子の傍へと駆け付けてはその肩を掴んだ。
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「ああ、館の子供のジフだ。ジフ、しっかりしろジフっ」
ウィルフレッドは軽くジフの体を揺らすと、の目が徐々に明るくなっていく。
「う、うん…あれ…オオカミさんと、バンダナのお兄ちゃん…?」
ようやく意識が戻ったと二人は安心のため息をする。ウィルフレッドはまだ意識が朦朧としているジフの前に跪いては優しくその頭を撫でる。
「もう大丈夫だジフ。ケガはないか?」
「う、うん」
カイもまたまだ意識が朦朧としているジフの隣に屈む。
「おまえ、なに勝手に館から出てるんだよっ?ほかの子はどこなんだ?昨日の夜に何があったんだっ?」
「わかんない…僕どうしてここにいるの?ほかのみんなは?」
少し不安がっているジフをウィルフレッドは安心させるようにその肩に手を置く。
「俺たちも他の子を探している最中なんだ。朝起きたら君も含めて全員、館からいなくなってたから。ジフ、君は昨日の夜寝た後何か起こったのか覚えてるか?」
ジフは俯く。
「ええと…よく覚えてない…ただ、夢の中で、歌みたいの聞こえた気がする…」
「歌だって…?」
その意味をカイが理解しようとする時、ウィルフレッドはハッと周りの異常に気付いた。
「カイ!ジフ!離れろ!」
「「うわあっ!?」」
二人を突き放すと同時に、林の陰から無数の鎖が飛び出してはウィルフレッドを拘束した。
「兄貴っ!」「オオカミさん!」
カイとウィルフレッドは周りを見る。黒装束に踊る悪魔の模様、黒頭巾の顔に描かれた赤い目。不気味な身のこなしの人々が次々と陰から歩み出ては三人を囲んだ。
「邪神教団…っ!やっぱてめぇらの仕業かっ!」
「うわあん、オオカミさん…っ!」
「ぐっ…」
カイに守られているジフは鎖にがんじがらめとなったウィルフレッドに呼びかける。ギチギチと締めてくる鎖に耐えては立ち上がると、彼はすぐさまスキャン機能を屈指して周りを確認する。
(完全に囲まれてる…、木の上で隠れてるやつを含めると20人ぐらいか。しかしこいつら…)
彼らが発するただならぬ雰囲気とその風貌に、今まで遭遇した信者達とは訳が違うとすぐに察した。だが。
「おおおっ!」
ウィルフレッドが雄たけびを上げ、その目が人外の赤に染める。体を強く捻って腕に力を入れる。
「かあっ!」「うおっ!」
強烈な一喝とともに鎖は易々とちぎられ、ウィルフレッドはすかさず数本の鎖を掴んでは力に任せたまま引っ張った。あまりの速さで手離すのが遅れた教団兵数名が逆に鎖に引っ張られて空を舞うっ。
「おおおおっ!」「ぐああっ!」
迅雷の如き飛び出したウィルフレッドの回し蹴りが、正拳が次々と飛来する教団兵の急所へと命中し、さっそく数名の教団兵が倒れてしまう。
「オオカミさんすご~い!」「さっすが兄貴だっ!」
「! カイっ、後ろ!」「なっ、やっべ!」
ウィルフレッドの警告でカイはすぐ後ろへと音もなく接近した教団兵に気づき、慌てて懐のナイフを抜き出すっ。
「!」
バキンと鈍い金属音が鳴り、ギリギリ後退した教団兵が装着していた鋼鉄製のカギ爪があっけなく切断された。
「す、すげえ…」
低い駆動音を発する超振動ナイフの鋭利さに驚いて固まるカイ達、教団兵はすぐさま替えの短剣を抜いたが、そのナイフを警戒してすぐに攻撃には出なかった。
「ジフ、俺の傍から絶対に離れんなよっ」「うんっ」
ジフをかばいながらこの前ウィルフレッドが指導したとおりにナイフを構えるカイ。
(念のためこのナイフを持ってきて正解だぜ。こいつらの動きじゃ弓で戦うのは無理だしな)
包囲を突破してカイのところに行こうとするウィルフレッドを、教団兵が次々と針やナイフの飛び道具を投擲し、カギ爪や短剣による近接戦を仕掛けていく。
「甘いっ!」
だがそれで彼を止めるはずもない。剣を一本抜いては飛び道具を悉く弾き、タイミングを見計らって斬撃を敵兵に食らわす。
ドーネが鍛えた黒剣の一閃が襲い掛かる最も近い教団兵を両断する、はずだった。
「なっ!?」
まるで霞を切ったように、教団兵がいた位置には両断された黒い布しかなく、相手はすでにバックステップで遠い後方へと後退していた。
「おおおっ!」
他に襲い掛かる敵兵をも切り払うも、全てさっきのように布や霧だけを切るだけに終わった。
(目くらましか、ならっ)
ウィルフレッドは目の索敵機能をフル稼働させ、再び襲い掛かる教団兵の姿をしっかりと捉えた、その時。
パンッ!
「がっ!?」
突如、教団兵が投げた何かがウィルフレッドの前に爆発し、きらきら輝く金属の欠片が彼の周りに飛散する。
「兄貴っ!?」「オオカミさん!」
「ぐっ、これは…!」
ウィルフレッドのサイバネアイに激しいノイズが走り、索敵機能が阻害される。
(対サイボーグ用ジャミングチャフ?ギルがあげたんだなっ!)
ぐらつくウィルフレッドに、リーダーと思しき教団兵がくいっと指で指示する。黒装束全員が飛び道具や爪、短剣を総動員して彼に襲い掛かり、リーダーである教団兵も両手に短剣を構えて切りかかるっ。
「兄貴っ!」
「舐めるなっ!」
カッと目を見開くウィルフレッドは、視界が阻害されたとは思えないほどの鋭い斬撃を繰り出し、次々と飛び道具と教団兵を切り払ってゆく。たとえ目の機能が無力化されても、彼の鍛え抜かれた戦闘センスはそれを補って余りあるほどだった。
「ぎゃっ!」
一人、ウィルフレッドの神速な斬撃に先ほどのように脱することができなかった教団兵一人がついに捉えられて絶命する。リーダー格と思われる教団兵もまた間一髪でかわすも、顔を覆うマスクがかすめられ、剝がれてしまう。
「ぬっ!」
連続バク転でウィルフレッドから距離を取る教団兵たち。ウィルフレッドはもう一度カイの方を確認すると、彼を囲むのは数名の教団兵だけとなり、敵の殆どが彼に集中しているのを確認した。
「兄貴!こっちは俺がなんとかするから、そっちの方に集中してくれ!」
カイに頷いては自分と対峙する教団兵に専念するウィルフレッド。先ほどマスクを斬られたリーダー格の大きな傷跡がついた顔が露になり、その冷たく鋭い眼を自分に向けていた。
(…あいつ…)
彼の雰囲気から何かを感じ取るウィルフレッド。彼は、自分と同じ裏の世界で生き、戦いのために鍛え抜かれた人間、つまり教団の精鋭か特殊部隊に違いない。
「…貴様たちか、館から子供をさらったのはっ?俺達をここまで誘って始末する魂胆だったのか?」
その男は答えず、ただ静かに両手の短剣を構えた。
(余計な会話はしないか。なかなかの工作員だな)
元より慢心をしないウィルフレッドはさらに身を引き締め、もう一本の剣を抜く。鈍く光る黒い刀身に木々の隙間を縫って入る日の明かりが照らすと、彼と教団兵が一斉に動いた。
【続く】
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