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第一章 棒人間の神様とケモナー

怪しい露店

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 とくに何かを買うわけでもななく、にぎやかな祭りの雰囲気を楽しんでいる。

 食べ物を売っている露店からは、美味しそうな匂いが漂ってくる。だが、料理長のハンクから「坊ちゃま。料理は…俺のだけ。あとは、ダメ。お腹、痛くなる」って言われて、一回も食べたことないんだよな…確かに、ケルンが食べるには、味が濃そうなんだよ。酒のつまみだろうし。

 店を冷やかしながらも、昼時までは開けている画材屋で、筆などを購入していると、良い商品が入るかもしれないという、耳よりな情報を店主が教えてくれた。屋敷に届ける時にでも、詳しく聞くとしよう。

 街をふらふらと歩いて、露店をみてまわっていると、ある露店にふと、目が吸い込まれる。

 ボロボロの御座ござのようなものをひき、商品であろうか。でもガラクタ同然の割れたグラスなんかも、置いている。骨董品の露店?ごちゃごちゃしていて、けれど、わくわくしてくる。

 掘り出し物の予感!と、ケルンの感情と俺がまた一致した。

「カルド!あそこに行こう!」
「はい、坊ちゃま。参りましょう」

 カルドの手を握ったまま、走りだす。
 誰も立ち止まらない露店の前に立つと、カルドが店主のローブをまとった、性別も年齢も分かりにくい人に声をかける。

「店主、失礼する。少々、品物を見せてもらう」

 カルドが声をかけると、フードの中の顔がよくみえる。
 シワだらけのお婆さんだった。瞳が薄い灰色のまるで、魔女のような雰囲気がある。
 けれど、どこか上品にも思えるので、仮装しているのかもしれにあ。祭りだし、怪しい雰囲気は必要なんだろう。

「いいよ…ヒヒっ…このババの品物は、なかなかのもんだよ…ヒヒっ…」

 笑い方が、魔女っぽいな、おい。

「たくさんあるねー」
 ゴ…ガラクタもな。

「ヒヒっ…坊っちゃん…お好きな物を手にとって、ゆっくり見ていきな…気に入ったら、買ってくださいな…ヒヒっ…」

 魔女みたいなお婆さんがそういいながら、ニタニタと、笑っている。

「この袋の中身は何ですかー?」

 ガラクタの中にやたらと綺麗なものがあると、自然と目がひかれる。
 茶色に、金糸だろうか?金色の模様が縫い付けてある小袋を指差す。

「これはね…エルフの秘薬だよ。どんな呪いも傷もたちまち治してしまうのさ。偉大なる神ボージィン様の加護を得た、エルフの女王が、作った秘薬さ…」

 棒神様ぼうじんさま!凄い!っと、ケルンに流されそうになるが、胡散臭い。カルドも胡散臭いと思っているようだ。だが、まぁ…買おうか。ちょっと、わくわくしてるし。

「こっちは何ですか!この綺麗な石!母様の目とおんなじなの!」

 ガラクタ…もう明らかにゴミだとわかる割れた皿や、花瓶をどかしていると、ちょうど、金貨ほどの大きさの真っ赤なビー玉のような石が見えた。

「ほぅ…坊っちゃん、お目が高いね。ヒヒっ…秘薬に続いて、それを見つけるとはね…それは、古竜王の涙さ。古竜王が、生涯で一度だけ流す涙。持つだけで、癒しをもたらすとある神殿の秘宝さ」

 神殿の秘宝?まさか盗品か?ってか、嘘くせぇ。
 しかし、ケルンは凄い!凄い!とおおはしゃぎなようだ。

「この二つ下さい!おいくらですか?」

 安かったら、買ってもいいかな?ぐらいには、どちらも話としてはいい。父様や母様、屋敷の人に自慢する!っていうケルンの気持ちもまぁ、わかる。

 結局、俺もケルンも同じだからな。俺も、いいかもしれないと思っている。

「金貨二枚でいいよ。坊っちゃんならね」

 偽物なら、ゴミに金貨二枚は高すぎるし、本物なら安すぎる。まぁ、露店に本物を置くわけがないだろうし、ここは諦めて、別なものを。

「はい!金貨二枚!」
「まいどあり…ヒヒっ…いい買い物になったね…」

 くっ…負けた。感情の高ぶりを抑えきれなかったか。

 財布から嬉々として金貨二枚を取り出して、お婆さんに渡してしまった。
 まぁ、子供にとっては、ガラクタも宝物だ。カルドも止めはしなかったし。これも、勉強だ。
 宝物として、宝箱にしまっておこうと、ポケットから、宝箱を取り出してしまう。

 宝箱は、十五センチに満たない、幾何学模様きかがくもようが刻んである箱で、この箱は本当の意味で宝箱だ。

 父様が誕生日にくれたものだからというのもあるが、なんと、この箱は物がどんなに大きくても、どれほどいれても重たくならないという、魔法の箱なのだ。

 何でも、知り合いに頼んで作ってもらった箱に、収納の魔法をかけているからだとかで、大変重宝している。

 宝箱にしまうと、お婆さんの近くに隠すように置かれている小箱に目が吸い込まれる。

「お婆さん、その小箱の中身は何ですか?」
「驚いたね…坊っちゃんは、どれだけ目利きがあるんだい?…残念だけど、これは売り物じゃないんだよ」
「見せてもらえませんか?」

 いぶかし気にしながら、箱をケルンから遠ざける。それでもケルンはまっすぐにお婆さんを見つめた。

 カルドが不思議そうな顔でケルンをみる。確かに、いつものケルンらしくはないな。だけど、かなり気になるんだ。ざわめきというか、言葉にならない何かがある。

 じっとみていると、お婆さんは折れてくれた。

「いいよ…だけど、触れないようにね。持ち主以外には、懐かない子なんだよ」

 渋々といったように、小箱をケルンに渡す。さっそく、中を見てみると、小さな刀…いや、彫刻刀…平刀がそこには入っていた。木工用の彫刻刀だろうか?それにしては、刃が厚すぎるような気もする。何より、持ち手の先が丸く、木槌を打てるような作りになっていた。

 ノミなのか?しかし、ノミにしては、小さい。

 深い緑色の…この世界にあるのかは知らないが、全てが翡翠で出来たような彫刻刀だった。

「綺麗な緑色!でも、刃先まで緑色?見るだけで、使えないのかな?」

 翡翠のノミなんて、あっても使えないから、これは美術品なんだろうか。
「綺麗だねー」
 そうだな。なんの石だろうな?

「何だって!そんな!」

 ひったくるように、小箱をケルンの手から奪い、信じられないものをみた顔をしたあと、呆然としたようにいう。

「まさかね…そうかい…お前さんもとうとう…」

 お婆さんは、少し涙ぐんでいた。まるで、肩の荷がおりたみたいだ。
 不思議に思っていると、先ほどまでの魔女のような雰囲気ではなく、どこか気品を感じさせる瞳がそこにはあった。

「坊っちゃん。これはね…エルフの女王が、心から愛した、とっても優しくて…争いが嫌いで…ただ、物を作ることが大好きだった…偉大なドワーフの王の彫刻道具さ。これ一本で材質も問わず、持ち主の考えをくんで、形を変える、万能の彫刻道具さ」

 材質も問わず、一本で足りてしまう彫刻道具…便利だな。魔法のかかっている道具なんだろうか。

「たくさんの作品を作って、たくさんの人達を喜ばしたドワーフ王の相棒さ」

 人を喜ばす。ただそれだけが、どんなに難しく、どれほど自分も嬉しくなるか。四歳児でしかないケルンにもわかったようだ。

「すごいねー!王様!やさしいね!」
 喜ばそうという気持ちがなければ、作品なんてできないもんな。

「だけど、戦争に使われるようになってしまってね…自分の作品をほとんど、壊したそうだよ。もう、争いには使わせないと…エルフの女王にいって、これを、渡したあと、すぐに病で亡くなったんだよ」

 戦争に自分の作品を使われる…ドワーフといえば鍛冶だ。剣に彫刻したりすることがある。剣の耐久が下がるのだが、この世界では線、つまりは模様をつけた剣は、魔法の効果を付与しやすい。

 棒神様の世界だからか、模様をつけた剣の効果は高いそうだ。

 それで、争いをされる…争いで使われる物だから仕方ないとはいえるが、王様の立場でどれほど苦しんだろうか。争いをしたくなくても、国を守るためならば、争わねばならなかったんだろうな。心労による病死だろう。

「坊っちゃん、よかったら…これを譲ろう。この子も、そろそろ仕事をしなきゃならんようだ。お代は…この子をたくさん使って、人を喜ばしてやっておくれ」

 お婆さんはそういって、小箱をケルンに渡す。

 ケルンは何もいえず、俺もケルンに提案もできず、ただ、頷いただけだった。

「まったく、ボージィン様の導きなのかね…ヒヒっ…このババにも、わからないことは、まだこの世にあるもんだねぇ…」

 しみじみとそういったお婆さんは、また、魔女のような笑いをあげた。
 気のせいだろう。でも、小箱が、不思議な温もりと、今は少し重く感じる

「さ、もう店じまいだよ…頑張りな」

 そうお婆さんの言葉を聞いた後、カルドといつの間にか馬車の前にいた。

「あれぇ?」
「なんと…これは…」
 
 今まで見たことがないような張り詰めた顔のカルドを横目に、なんともいえない気持ちになった。興奮とは違う、ドキドキとした、そう不思議なものを目の当たりにしたときの高揚感。
 買い物はすませていたし、問題はないんだが、なんとも不思議な体験となって、俺たちは足早に帰宅した。
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