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第16章 つぼみになりたい
日常1
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「じゃあ、次は横に向かって構えてみて」
「こうか?」
「おっ! そうそう! 舞奈ちゃんは動きがシュッとしてるなあ」
運動不足そうなおじさんたちにおだてられ、幼い舞奈はモデルガンを構えて笑う。
2年前、舞奈と明日香が【掃除屋】を始めた頃。
短い期間だが、舞奈は個人で仕事を引き受けたことがある。
内容は【機関】関連企業でのデータ取り。
当時は出会ってまだ間もないフィクサー経由の仕事だ。
舞奈がいるのは乱雑にデスクやパソコンが並んだ小さな部屋。
そこでおじさんたちが作業している側、無理やりに空けたとおぼしきスペースの中心で舞奈は様々なポーズをとっていた。
ポーズの内訳は跳んだり走ったり、銃を構えたり。
ナイフを振ったり突いたり、使ったこともない日本刀(を象った玩具)を振り回してみせたりもした。
そんな舞奈の手足には、小さな機器がベルトで装備されている。
舞奈の動きをモーションキャプチャでデータ化すると、おじさんたちは言っていた。
データは開発中のゲーム(?)に使うらしい。
当時は小3だった舞奈に難しいことはわからなかった。
だが受けた仕事は珍しくて面白くて、楽な割にギャラも良かった。
仕事場にいるのは舞奈以外は皆おじさんだが、脂虫は1匹もいないから臭くはない。
しかも、それなりに美味しくて量のある社員食堂の食券まで支給された。
なので学校帰りや休日に、派遣先に遊びに(仕事をしに)行くのが楽しみだった。
「次はこの標的を順番に狙って撃てるかい?」
「うごかないなら、お安いごようだ! どっちの手で撃ってもいいのか?」
「うん。撃ちやすいほうでいいよ」
「わかった!」
言いつつ舞奈は両手にそれぞれモデルガンを構え、
「はじめてー」
「おう!」
モンスターが描かれた標的代わりの厚紙を次々に捉えて引き金を引く。
軽い音と反動と共に、両手の銃から放たれたBB弾が違わず厚紙に当たる。
「舞奈ちゃんは動きが鋭いなー」
「鋭い上に、律義に弾がぜんぶ当たってる!」
「流石は舞奈ちゃん!」
「これなら標的の位置と関連付けてデータを弄るのも楽だ」
おじさんたちも盛り上がる。
そんな舞奈のちょうど真後ろから、
「お待たせー! 倉庫から空メディアの補充を持ってきたよー」
「おおい、持ちすぎだ! 前見えてないだろうおまえ!」
段ボール箱を山のように抱えたおじさんがやってきて、
「ああっ!?」
「ほら言わんこっちゃない!」
けつまずいて転んだ。
床を這うコードか何かに足を引っかけたのだろう。
そんなおじさんが倒れこんだ先には、標的を狙う舞奈。
背後から倒れこんでくる段ボールおじさんに目を向ける様子もない。
「ああっ舞奈ちゃん!」
「危ない!?」
周囲のおじさんたちが慌てて叫ぶ。
手にしたいくつもの段ボールが派手に宙を舞う。
狭い部屋の片隅が騒然となる。
だが次の瞬間――
「――おっちゃん大丈夫か? ここは足元にいろいろおいてあって危ないな」
舞奈はおじさんをお姫様抱っこしていた。
倒れかかってきたおじさんに気づき、とっさに抱きかかえたのだ。
今ほど最強ではないとはいえ、当時の舞奈にだってその程度は造作ない。
そうでなければエンペラーや奴の刺客との戦いで生き残れなかった。
そんな舞奈にとっては普通の対応に、
「舞奈ちゃん! 大丈夫かい!?」
「怪我はないかい!?」
事情を知らないおじさんたちはビックリ仰天。
舞奈の腕の中のおじさんも何が起こったかわからない様子で目を丸くしている。
「おう! おっちゃんも無事だ。……まーさすがに箱までは無理だったが」
床に空メディアが散らばる中、舞奈だけが不動の佇まいでおじさんを抱いて笑う。
おじさんが跳んできたのは背後からでもわかった。
なぜなら大人の彼らは上背も質量もあるし、むっとするような体温も放っている。
だから正直なところ、周囲のおじさんたちの位置と動きをすべて把握できた。
ひとり転びそうなのも、予想通りにけつまづいたこともわかった。
放っておくと床に激突するのも予測できた。
飛び散った段ボールは人に当たるコースじゃなさそうなので無視した。
「そんなことより舞奈ちゃんが怪我しなくてよかったよ」
「凄い! 流石は舞奈ちゃんだ」
おじさんたちが口々に舞奈を褒め称える中、
「けど、どうやって気づいたんだい?」
ひとりのおじさんが不思議そうに舞奈の周囲を見回している。
何かに背後のおじさんが映ったのだと思ったらしい。
「いんや、そうじゃなくて……」
舞奈は箱のおじさんを立たせながら、自身の鋭敏な感覚を説明しようとする。
だが当時は小3だった舞奈に、呼吸のように当たり前にしていることを口で説明するのは少しばかり困難だった。
当時も今も、舞奈は強者であって賢者ではない。
実際、空気の流れで周囲の状況を察するからくりに気づいたのは4年生のときだ。
その頃は何となくわかるから対処していたにすぎない。だから、
「うーん。何となく背中がむずむずするからわかった……?」
首をかしげながら自分でもよくわからない答えを口走り、
「気配を感じるって奴かな?」
「アニメとかでよくある?」
おじさんたちも釣られて首をかしげる。そんなところに、
「それだ!」
離れた机でぶつぶつ言っていたおじさんが叫んだ。
「触覚によってプレイヤーへの攻撃を事前に伝えるんだよ! こいつはウケるぞ!」
「あーなるほど、そのほうがレーダーで表示するよりフルダイブ感がある」
「プレイヤー視点のゲームは視界外から攻撃されるとけっこうムカつくからね」
すると、あちこちで作業していたおじさんたちが集まって来て、
「けど判定に使う攻撃予測は何処から持ってこよう?」
「攻撃側がモンスターやNPCなら攻撃ロジックから引っぱってこればいいけど……」
「じゃあプレイヤーのときはどうするんだよ?」
「うーん」
皆で何やら話し合って、首を傾げ合った後、
「舞奈ちゃん! その話、詳しく聞かせてくれないかい?」
「食堂のスイーツを食べたいだけおごるから!」
「おおっ! ほんとうか!?」
舞奈と連れ立って食堂に向かった。
食堂でパフェやケーキに囲まれながら、舞奈は良い気分で頭をひねって話した。
おじさんたちは夢中になってメモを取ったり質問したりした。
学校とは真逆に自分が先生になったみたいで面白かった。
当時の舞奈は幼かったから、そのデータが何に使われるかとか考えてもいなかった。
そうこうしているうちに仕事の期間も終わった。
その後におじさんたちと会うことはなかた。
なので、そのうち今回の仕事のことも忘れてしまった。
そんな些細な出来事があった2年ほど後、
「――ラスター! 後ろ!」
萩山の背後から声。
ギターを構え、鋲付きコートを着こんだ萩山の背後に人影が迫る。
青白い肌をして派手なボロ切れをまとった子供ほどの背丈の小鬼だ。
頭上に浮かぶ『GOBLIN』の文字。
それがこの小鬼の呼称だ。
ゴブリンは双眸を血走らせ、錆びたナイフを振り上げる。
無防備なコートの背中めがけて跳びかかりながらナイフを振り下ろし――
「――わかってますって!」
ギターの音色と共に、刃から逃れるように萩山の姿がかき消える。
見えていたかのように。あの幼い最強のように。
……まあ少しばかりタイミングは遅いが。
萩山を狂刃から守った術は【風乗り】。
ギターの音色で発動する悪魔術のひとつ。
だが頭上に名が浮かぶこの世界では術の挙動も少し異なる。
本来ならば風を操る移動術も、転移の術と化していた。
少し離れた場所にあらわれた萩山の頭上にも『LUSTER』の表示。
コードネーム・ラスターこと萩山は続けざまにギターをつまびく。
鮮烈なリフに合わせるように火弾が、小さな紫電が放たれる。
それぞれ【灼熱】【閃雷】。
魔弾をまともにくらってゴブリンは吹き飛ぶ。
頭上の名前と一緒に表示されたHPバーがゼロになる。
そして次の瞬間、醜い小鬼の身体は砕け、光の欠片になって飛散する。
その様は魔法による被造物が崩れ去る様子に少し似ている。
ゴブリンが砕けた後には輝く光の結晶体。
それに触れるとアイテムが手に入るのだが、それは放っておいて、
「お見事。術を用いた戦闘も、だいぶ様になって来ましたね」
「いや、それほどでも」
チャムエルが着こんだ甲冑をカシャカシャと鳴らしながら褒め称える。
ギターをつま弾きながら照れる萩山。
「この調子なら現実の怪異にも問題なく対処できるでしょう」
「恐縮です」
「ですが、貴方はシステムのアシストに少し頼りすぎている気がします。実際の怪異は攻撃のタイミングを知らせてくれたりはしませんよ」
「そうなんですが。その……見ないで避けるの、舞奈さんみたいで格好良いなって」
「気持ちはわかります」
そう言ってチャムエルは笑う。
プレイヤーの触覚を刺激することで視界外からの攻撃を知らせるシステムアシストの由来を、もちろん萩山もチャムエルも知らない。
そんな2人の頭上にも、名前と共に表示されたHPバー。
周囲はファンタジックな西洋風の森の中。
そう。
2人がいるのは現実世界とは異なるバーチャルな世界だ。
高等魔術【精神幽閉】が焼きつけられた魔道具を使ってオンラインサーバーにログインし、対象の精神だけを人為的に作られた世界へ送りこむシステム。
その広大な世界は怪人の幽閉と隔離に用いられている。
怪人が行使した異能力や魔法はバーチャル世界で発動される。
故に現実世界の脱獄の手助けにはならない。
だが、それより頻度の多い用法は娯楽だ。
実は【機関】関連団体が資金の調達手段も兼ね、一般向けのオンライン・バーチャルRPGとして一般市民に提供している。
十分な安全策を施されたバーチャルギアを用い、プレイヤーは偽の世界へ接続する。
そこは術者の魔法が本物だと誤認するほど精巧に作りこまれた異世界だ。
プレイヤーはファンタジー世界を冒険したり、モンスターを倒したりして楽しむ。
魔法を誤認させるための世界なので、魔法を使うための仕組みも完璧。
術者でなくてもゲームで設定されてスキルを使っていくつかの魔法を行使可能だ。
まあ悪魔術等のマイナーな流派の術の再現には少しばかり難があって、高等魔術の似たような術に置き換えられてしまうのだが。
芸術の振興を目的とする魔術結社【ミューズの探索者協会】も全面的にバックアップしているせいで評判も上々。先日は双葉あずさとタイアップもした。
これにより魔力の源となる人間社会でのプラスの感情の増大にも寄与している。
そんなシステムを利用して、術者の戦闘訓練も行われている。
強力無比な魔法を用いた戦闘を、余人に被害をもたらすことなく実施可能だからだ。
しかも未熟な術者が怪異に敗れても、命を失うことはない。
加えて機材は家電屋で買えるゲーム機として流通されている。
「そういえばラスター。貴方は実家暮らしだと聞きましたが」
「あ、はい」
リアルに言及された萩山は照れ隠しにギターをつま弾きつつチャムエルを見やる。
現実世界と寸分違わず同じアバターを操る彼女は、知的な眼鏡もリアルと同様。
だがゲーム内では常に鎧を身に着けている。
全裸だとゲームの規約に反した咎で強制ログアウトさせられるからだ。
拘束用バーチャルギアは捉えた獲物を逃さない。
だが一般用のバーチャルギアは些細な理由を見つけてプレイヤーを解放する。
それが魔法で一般市民を傷つけないための安全策だ。
「もちろん魔法のこと知られないように気をつけてます!」
「ふふ、そこは心配していませんよ」
少しあわてた萩山の言葉に、チャムエルは微笑みを返す。
そもそも彼は学業の側、独学で悪魔術を学んだ。
しかも【協会】の一員となる以前に、定期的に儀式を行っていた時期もある。
家族バレへの対策も手馴れたものだ。
萩山光。
自慢ではないが彼はそれなりに頭は良い。
でなければ大学の医学生にも、悪魔術士にもなれない。
そんな事実を再確認して笑みを浮かべた途端、
「……?」
攻撃も受けていないのに微かな、断続的な衝撃。加えて、
『現実世界のバイタルに異常が発生したため強制ログアウトします』
唐突にあらわれたメッセージと共に、萩山の視界がブラックアウトした。
……そして伊或町の一角にあるボロアパートの一室。
そのまた隅の四畳半。
古びた家具が据え置かれた質素な部屋の一角。
ガッ! ガッ! ガッ!
「うわあっ」
萩山は頭頂への激痛で目を覚ました。
四肢に戻った感覚が、自身が布団の中にいると告げる。
バーチャル世界にログインした時そのままだ。
だが耳元で年季の入った掃除機のモーター音が響く。
ガッ! ガッ! ガッ!
「イタッ! イタッ! イタッ! 痛いッ!」
「やっと起きたかい!」
悲鳴をあげる彼の禿頭に、ふってきたのは母親のダミ声。
地元の大学の医学部に在籍する萩山は実家住まいだ。
兄弟はいないが両親は健在。
立派な子供部屋おじさん候補である。
なので日曜の昼前には他の部屋と一緒に、母親が彼の部屋も掃除する。
忖度はない。
ゲームにでてくるトロルに似た容姿の母親は、今日もログイン中の彼の部屋に勝手に入って掃除機をかけつつ、寝ていた彼の禿頭を掃除機のヘッドで小突いていたのだ。
「痛いよ母ちゃん! やめてくれよ!」
あわてて顔からバーチャルギアを引きはがしつつ跳び起きる。
黒くて分厚いゴーグル状の魔道具(が設置された電子機器)は、取り外す際にもプレイヤーに負担をかけぬよう安全設計がなされている。
だが母ちゃんはそうではない。
「まったく、このぐうたら息子は! 日曜だっていうのに昼間まで寝くさって!」
「違うよ母ちゃん! これはバーチャルギアっていって、サークルの活動で……」
「寝ながらゲームするのが勉強かい!?」
しどろもどろに言い訳するが、母ちゃんは取り付く島もない。
典型的な古い世代の女トロルは、ゲームは子供の玩具だと信じて疑わない。
だから大学生にもなった息子がログインするのが気に入らないのだ。
まあログイン中のプレイヤーの本来の肉体が寝ているように見えるのも事実だ。
だが、それより萩山は大事なことに気づく。
「母ちゃん!?」
萩山は周囲を見回して仰天する。
「部屋が半分ないよ!? 俺の部屋が半分になってるよ!」
見慣れたはずの自分の部屋。
だが今はタンスや机が四畳半の片側に寄せられ、強引に片づけられていた。
「しばらくイリアちゃんが帰国するんだよ! あんたの部屋を半分貸してやんな!」
「イリアちゃんって従妹の……?」
「ああそうだよ! 昔よく一緒に遊んだろ?」
「ああ、俺が小学生のときにな……」
母親の唐突な答えに、思わず遠い目をして記憶を探る。
……萩山の頭にふさふさと髪が生えていた頃――髪で悩むなんて考えもしなかったあの幸せな頃。彼の家には幼い従妹がよく遊びに来ていた。
今にも増して押しが弱くて要求には何でも従う彼に、従妹は割と懐いていた。
家が狭いので夜は萩山の部屋に子供用布団を2枚敷いて寝た。
だが元より片親が外国人だった彼女は、萩山が高等部に進む前に海外へ留学した。
頭も良かったせいか、向こうの学校から編入を強く希望されたらしい。
それ以来、忘れた頃に母親から近況を知らされる意外に接点はなかった。
なので実のところ、今の今まで忘れていた。
「この部屋を半分使うから、仲良くするんだよ!」
「仲良くって!? イリアちゃん、今もう中学生くらいなんじゃ!?」
昔みたいに同じ部屋で寝るのは問題があるんじゃ!?
唐突な話に萩山は驚く。
だがトロルは息子の話など聞きもせず、
「これでジュースでも買ってやりな」
そう言ってコインをぞんざいに投げ寄越す。
それを慌てて受け取った萩山は、有無を言わさず家を追い出された。
……というわけで半刻ほど後。
萩山はとぼとぼと繁華街を歩いていた。
地味なパーカーのフードで頭を隠し、サングラスをかけた姿は割と不審者チックだ。
けれど、いつものことなので今さら気にしない。
従妹のイリアちゃんが到着する予定の駅はこの先にある。
イリアが何時の電車で着くのかは聞いていない。
母親も聞いていないらしい。
しかも「待ってりゃそのうち来るだろ!」と逆切れされた。
たぶん聞いたけど忘れたのだろう。
それより……
「……母ちゃん。100円でジュースは買えないよ」
ポケットから手を出し、押しつけられた100円玉を眺めてため息をつく。
しかも自分の分はないし。
仕方がない、足りない分は自腹かなあとため息をつく。
萩山は栄えある魔術結社【ミューズの探索者協会】中部聖堂のメンバーである。
だが魔術結社の活動は【機関】と違って一切の金銭的報酬はない。
魔力の源たる芸術を守ることができたという事実のみが術者への報酬だ。
なので彼が現金を得る手段は、たまに『Joker』で歌っている出演料のみだ。
わりと自宅住まいだから何とかなってる状況である。
そんな萩山の側を、くわえ煙草の薄汚い背広の団塊男が通り過ぎた。
萩山は思わずむせこんで振り返る。
その目前で、一瞬にして男の姿が消える。
姿なき何かに路地に引きずりこまれたのだ。
萩山の口元に笑みが浮かぶ。
彼は術者であるおかげで認識阻害に少しばかり耐性がある。
さらに今の出来事があらわすものを知っている。
脂虫――悪臭と犯罪をまき散らす人型の怪異は、人間の仇敵だ。
だから【機関】の執行人が狩ることで数を抑えているらしい。
今のも、そういった慈善事業の一環だろう。
……彼らは脂虫を狩るとボーナスが出るらしいが、そのことは考えないようにする。
少し前は、萩山もあの薄汚い怪異を狩っていた。
もっとも今しがたの何者かのような高潔な志によってではない。
偽物の髪を得るための儀式の贄としてだ。
だが、その計画は【機関】の介入によって頓挫した。
今、考えれば最初から許可を得て脂虫を引き取れば問題はなかったのだと思う。
自分はただ儀式の贄が必要で、【機関】は脂虫の数を管理したいだけなのだから。
それでも今の萩山は、さほど髪に執着していない。
あの一件で、髪より大事なものを手に入れることができたから。
萩山が髪を渇望したのは、ハゲを笑われたのが嫌だったからだ。
そんな萩山の目の前で『彼女』は本気で怒ってくれた。「笑うな」と。
必死で生きている彼を笑うなと。
その言葉が髪の代わりに彼の拠り所になった。
偽物の髪ではない、本物の言葉が、彼の善き心の、魔法の礎となった。
術者として現実を改変するための新たな軸足になった。
そして真実の魔法に目覚めた彼は【協会】の一員へと迎え入れられた。
そんな彼女。あの幼い最強が――
「――こんなところで奇遇だな」
「!? 舞奈さん!」
振り返った萩山の前で、何食わぬ表情のまま手を振っていた。
「こうか?」
「おっ! そうそう! 舞奈ちゃんは動きがシュッとしてるなあ」
運動不足そうなおじさんたちにおだてられ、幼い舞奈はモデルガンを構えて笑う。
2年前、舞奈と明日香が【掃除屋】を始めた頃。
短い期間だが、舞奈は個人で仕事を引き受けたことがある。
内容は【機関】関連企業でのデータ取り。
当時は出会ってまだ間もないフィクサー経由の仕事だ。
舞奈がいるのは乱雑にデスクやパソコンが並んだ小さな部屋。
そこでおじさんたちが作業している側、無理やりに空けたとおぼしきスペースの中心で舞奈は様々なポーズをとっていた。
ポーズの内訳は跳んだり走ったり、銃を構えたり。
ナイフを振ったり突いたり、使ったこともない日本刀(を象った玩具)を振り回してみせたりもした。
そんな舞奈の手足には、小さな機器がベルトで装備されている。
舞奈の動きをモーションキャプチャでデータ化すると、おじさんたちは言っていた。
データは開発中のゲーム(?)に使うらしい。
当時は小3だった舞奈に難しいことはわからなかった。
だが受けた仕事は珍しくて面白くて、楽な割にギャラも良かった。
仕事場にいるのは舞奈以外は皆おじさんだが、脂虫は1匹もいないから臭くはない。
しかも、それなりに美味しくて量のある社員食堂の食券まで支給された。
なので学校帰りや休日に、派遣先に遊びに(仕事をしに)行くのが楽しみだった。
「次はこの標的を順番に狙って撃てるかい?」
「うごかないなら、お安いごようだ! どっちの手で撃ってもいいのか?」
「うん。撃ちやすいほうでいいよ」
「わかった!」
言いつつ舞奈は両手にそれぞれモデルガンを構え、
「はじめてー」
「おう!」
モンスターが描かれた標的代わりの厚紙を次々に捉えて引き金を引く。
軽い音と反動と共に、両手の銃から放たれたBB弾が違わず厚紙に当たる。
「舞奈ちゃんは動きが鋭いなー」
「鋭い上に、律義に弾がぜんぶ当たってる!」
「流石は舞奈ちゃん!」
「これなら標的の位置と関連付けてデータを弄るのも楽だ」
おじさんたちも盛り上がる。
そんな舞奈のちょうど真後ろから、
「お待たせー! 倉庫から空メディアの補充を持ってきたよー」
「おおい、持ちすぎだ! 前見えてないだろうおまえ!」
段ボール箱を山のように抱えたおじさんがやってきて、
「ああっ!?」
「ほら言わんこっちゃない!」
けつまずいて転んだ。
床を這うコードか何かに足を引っかけたのだろう。
そんなおじさんが倒れこんだ先には、標的を狙う舞奈。
背後から倒れこんでくる段ボールおじさんに目を向ける様子もない。
「ああっ舞奈ちゃん!」
「危ない!?」
周囲のおじさんたちが慌てて叫ぶ。
手にしたいくつもの段ボールが派手に宙を舞う。
狭い部屋の片隅が騒然となる。
だが次の瞬間――
「――おっちゃん大丈夫か? ここは足元にいろいろおいてあって危ないな」
舞奈はおじさんをお姫様抱っこしていた。
倒れかかってきたおじさんに気づき、とっさに抱きかかえたのだ。
今ほど最強ではないとはいえ、当時の舞奈にだってその程度は造作ない。
そうでなければエンペラーや奴の刺客との戦いで生き残れなかった。
そんな舞奈にとっては普通の対応に、
「舞奈ちゃん! 大丈夫かい!?」
「怪我はないかい!?」
事情を知らないおじさんたちはビックリ仰天。
舞奈の腕の中のおじさんも何が起こったかわからない様子で目を丸くしている。
「おう! おっちゃんも無事だ。……まーさすがに箱までは無理だったが」
床に空メディアが散らばる中、舞奈だけが不動の佇まいでおじさんを抱いて笑う。
おじさんが跳んできたのは背後からでもわかった。
なぜなら大人の彼らは上背も質量もあるし、むっとするような体温も放っている。
だから正直なところ、周囲のおじさんたちの位置と動きをすべて把握できた。
ひとり転びそうなのも、予想通りにけつまづいたこともわかった。
放っておくと床に激突するのも予測できた。
飛び散った段ボールは人に当たるコースじゃなさそうなので無視した。
「そんなことより舞奈ちゃんが怪我しなくてよかったよ」
「凄い! 流石は舞奈ちゃんだ」
おじさんたちが口々に舞奈を褒め称える中、
「けど、どうやって気づいたんだい?」
ひとりのおじさんが不思議そうに舞奈の周囲を見回している。
何かに背後のおじさんが映ったのだと思ったらしい。
「いんや、そうじゃなくて……」
舞奈は箱のおじさんを立たせながら、自身の鋭敏な感覚を説明しようとする。
だが当時は小3だった舞奈に、呼吸のように当たり前にしていることを口で説明するのは少しばかり困難だった。
当時も今も、舞奈は強者であって賢者ではない。
実際、空気の流れで周囲の状況を察するからくりに気づいたのは4年生のときだ。
その頃は何となくわかるから対処していたにすぎない。だから、
「うーん。何となく背中がむずむずするからわかった……?」
首をかしげながら自分でもよくわからない答えを口走り、
「気配を感じるって奴かな?」
「アニメとかでよくある?」
おじさんたちも釣られて首をかしげる。そんなところに、
「それだ!」
離れた机でぶつぶつ言っていたおじさんが叫んだ。
「触覚によってプレイヤーへの攻撃を事前に伝えるんだよ! こいつはウケるぞ!」
「あーなるほど、そのほうがレーダーで表示するよりフルダイブ感がある」
「プレイヤー視点のゲームは視界外から攻撃されるとけっこうムカつくからね」
すると、あちこちで作業していたおじさんたちが集まって来て、
「けど判定に使う攻撃予測は何処から持ってこよう?」
「攻撃側がモンスターやNPCなら攻撃ロジックから引っぱってこればいいけど……」
「じゃあプレイヤーのときはどうするんだよ?」
「うーん」
皆で何やら話し合って、首を傾げ合った後、
「舞奈ちゃん! その話、詳しく聞かせてくれないかい?」
「食堂のスイーツを食べたいだけおごるから!」
「おおっ! ほんとうか!?」
舞奈と連れ立って食堂に向かった。
食堂でパフェやケーキに囲まれながら、舞奈は良い気分で頭をひねって話した。
おじさんたちは夢中になってメモを取ったり質問したりした。
学校とは真逆に自分が先生になったみたいで面白かった。
当時の舞奈は幼かったから、そのデータが何に使われるかとか考えてもいなかった。
そうこうしているうちに仕事の期間も終わった。
その後におじさんたちと会うことはなかた。
なので、そのうち今回の仕事のことも忘れてしまった。
そんな些細な出来事があった2年ほど後、
「――ラスター! 後ろ!」
萩山の背後から声。
ギターを構え、鋲付きコートを着こんだ萩山の背後に人影が迫る。
青白い肌をして派手なボロ切れをまとった子供ほどの背丈の小鬼だ。
頭上に浮かぶ『GOBLIN』の文字。
それがこの小鬼の呼称だ。
ゴブリンは双眸を血走らせ、錆びたナイフを振り上げる。
無防備なコートの背中めがけて跳びかかりながらナイフを振り下ろし――
「――わかってますって!」
ギターの音色と共に、刃から逃れるように萩山の姿がかき消える。
見えていたかのように。あの幼い最強のように。
……まあ少しばかりタイミングは遅いが。
萩山を狂刃から守った術は【風乗り】。
ギターの音色で発動する悪魔術のひとつ。
だが頭上に名が浮かぶこの世界では術の挙動も少し異なる。
本来ならば風を操る移動術も、転移の術と化していた。
少し離れた場所にあらわれた萩山の頭上にも『LUSTER』の表示。
コードネーム・ラスターこと萩山は続けざまにギターをつまびく。
鮮烈なリフに合わせるように火弾が、小さな紫電が放たれる。
それぞれ【灼熱】【閃雷】。
魔弾をまともにくらってゴブリンは吹き飛ぶ。
頭上の名前と一緒に表示されたHPバーがゼロになる。
そして次の瞬間、醜い小鬼の身体は砕け、光の欠片になって飛散する。
その様は魔法による被造物が崩れ去る様子に少し似ている。
ゴブリンが砕けた後には輝く光の結晶体。
それに触れるとアイテムが手に入るのだが、それは放っておいて、
「お見事。術を用いた戦闘も、だいぶ様になって来ましたね」
「いや、それほどでも」
チャムエルが着こんだ甲冑をカシャカシャと鳴らしながら褒め称える。
ギターをつま弾きながら照れる萩山。
「この調子なら現実の怪異にも問題なく対処できるでしょう」
「恐縮です」
「ですが、貴方はシステムのアシストに少し頼りすぎている気がします。実際の怪異は攻撃のタイミングを知らせてくれたりはしませんよ」
「そうなんですが。その……見ないで避けるの、舞奈さんみたいで格好良いなって」
「気持ちはわかります」
そう言ってチャムエルは笑う。
プレイヤーの触覚を刺激することで視界外からの攻撃を知らせるシステムアシストの由来を、もちろん萩山もチャムエルも知らない。
そんな2人の頭上にも、名前と共に表示されたHPバー。
周囲はファンタジックな西洋風の森の中。
そう。
2人がいるのは現実世界とは異なるバーチャルな世界だ。
高等魔術【精神幽閉】が焼きつけられた魔道具を使ってオンラインサーバーにログインし、対象の精神だけを人為的に作られた世界へ送りこむシステム。
その広大な世界は怪人の幽閉と隔離に用いられている。
怪人が行使した異能力や魔法はバーチャル世界で発動される。
故に現実世界の脱獄の手助けにはならない。
だが、それより頻度の多い用法は娯楽だ。
実は【機関】関連団体が資金の調達手段も兼ね、一般向けのオンライン・バーチャルRPGとして一般市民に提供している。
十分な安全策を施されたバーチャルギアを用い、プレイヤーは偽の世界へ接続する。
そこは術者の魔法が本物だと誤認するほど精巧に作りこまれた異世界だ。
プレイヤーはファンタジー世界を冒険したり、モンスターを倒したりして楽しむ。
魔法を誤認させるための世界なので、魔法を使うための仕組みも完璧。
術者でなくてもゲームで設定されてスキルを使っていくつかの魔法を行使可能だ。
まあ悪魔術等のマイナーな流派の術の再現には少しばかり難があって、高等魔術の似たような術に置き換えられてしまうのだが。
芸術の振興を目的とする魔術結社【ミューズの探索者協会】も全面的にバックアップしているせいで評判も上々。先日は双葉あずさとタイアップもした。
これにより魔力の源となる人間社会でのプラスの感情の増大にも寄与している。
そんなシステムを利用して、術者の戦闘訓練も行われている。
強力無比な魔法を用いた戦闘を、余人に被害をもたらすことなく実施可能だからだ。
しかも未熟な術者が怪異に敗れても、命を失うことはない。
加えて機材は家電屋で買えるゲーム機として流通されている。
「そういえばラスター。貴方は実家暮らしだと聞きましたが」
「あ、はい」
リアルに言及された萩山は照れ隠しにギターをつま弾きつつチャムエルを見やる。
現実世界と寸分違わず同じアバターを操る彼女は、知的な眼鏡もリアルと同様。
だがゲーム内では常に鎧を身に着けている。
全裸だとゲームの規約に反した咎で強制ログアウトさせられるからだ。
拘束用バーチャルギアは捉えた獲物を逃さない。
だが一般用のバーチャルギアは些細な理由を見つけてプレイヤーを解放する。
それが魔法で一般市民を傷つけないための安全策だ。
「もちろん魔法のこと知られないように気をつけてます!」
「ふふ、そこは心配していませんよ」
少しあわてた萩山の言葉に、チャムエルは微笑みを返す。
そもそも彼は学業の側、独学で悪魔術を学んだ。
しかも【協会】の一員となる以前に、定期的に儀式を行っていた時期もある。
家族バレへの対策も手馴れたものだ。
萩山光。
自慢ではないが彼はそれなりに頭は良い。
でなければ大学の医学生にも、悪魔術士にもなれない。
そんな事実を再確認して笑みを浮かべた途端、
「……?」
攻撃も受けていないのに微かな、断続的な衝撃。加えて、
『現実世界のバイタルに異常が発生したため強制ログアウトします』
唐突にあらわれたメッセージと共に、萩山の視界がブラックアウトした。
……そして伊或町の一角にあるボロアパートの一室。
そのまた隅の四畳半。
古びた家具が据え置かれた質素な部屋の一角。
ガッ! ガッ! ガッ!
「うわあっ」
萩山は頭頂への激痛で目を覚ました。
四肢に戻った感覚が、自身が布団の中にいると告げる。
バーチャル世界にログインした時そのままだ。
だが耳元で年季の入った掃除機のモーター音が響く。
ガッ! ガッ! ガッ!
「イタッ! イタッ! イタッ! 痛いッ!」
「やっと起きたかい!」
悲鳴をあげる彼の禿頭に、ふってきたのは母親のダミ声。
地元の大学の医学部に在籍する萩山は実家住まいだ。
兄弟はいないが両親は健在。
立派な子供部屋おじさん候補である。
なので日曜の昼前には他の部屋と一緒に、母親が彼の部屋も掃除する。
忖度はない。
ゲームにでてくるトロルに似た容姿の母親は、今日もログイン中の彼の部屋に勝手に入って掃除機をかけつつ、寝ていた彼の禿頭を掃除機のヘッドで小突いていたのだ。
「痛いよ母ちゃん! やめてくれよ!」
あわてて顔からバーチャルギアを引きはがしつつ跳び起きる。
黒くて分厚いゴーグル状の魔道具(が設置された電子機器)は、取り外す際にもプレイヤーに負担をかけぬよう安全設計がなされている。
だが母ちゃんはそうではない。
「まったく、このぐうたら息子は! 日曜だっていうのに昼間まで寝くさって!」
「違うよ母ちゃん! これはバーチャルギアっていって、サークルの活動で……」
「寝ながらゲームするのが勉強かい!?」
しどろもどろに言い訳するが、母ちゃんは取り付く島もない。
典型的な古い世代の女トロルは、ゲームは子供の玩具だと信じて疑わない。
だから大学生にもなった息子がログインするのが気に入らないのだ。
まあログイン中のプレイヤーの本来の肉体が寝ているように見えるのも事実だ。
だが、それより萩山は大事なことに気づく。
「母ちゃん!?」
萩山は周囲を見回して仰天する。
「部屋が半分ないよ!? 俺の部屋が半分になってるよ!」
見慣れたはずの自分の部屋。
だが今はタンスや机が四畳半の片側に寄せられ、強引に片づけられていた。
「しばらくイリアちゃんが帰国するんだよ! あんたの部屋を半分貸してやんな!」
「イリアちゃんって従妹の……?」
「ああそうだよ! 昔よく一緒に遊んだろ?」
「ああ、俺が小学生のときにな……」
母親の唐突な答えに、思わず遠い目をして記憶を探る。
……萩山の頭にふさふさと髪が生えていた頃――髪で悩むなんて考えもしなかったあの幸せな頃。彼の家には幼い従妹がよく遊びに来ていた。
今にも増して押しが弱くて要求には何でも従う彼に、従妹は割と懐いていた。
家が狭いので夜は萩山の部屋に子供用布団を2枚敷いて寝た。
だが元より片親が外国人だった彼女は、萩山が高等部に進む前に海外へ留学した。
頭も良かったせいか、向こうの学校から編入を強く希望されたらしい。
それ以来、忘れた頃に母親から近況を知らされる意外に接点はなかった。
なので実のところ、今の今まで忘れていた。
「この部屋を半分使うから、仲良くするんだよ!」
「仲良くって!? イリアちゃん、今もう中学生くらいなんじゃ!?」
昔みたいに同じ部屋で寝るのは問題があるんじゃ!?
唐突な話に萩山は驚く。
だがトロルは息子の話など聞きもせず、
「これでジュースでも買ってやりな」
そう言ってコインをぞんざいに投げ寄越す。
それを慌てて受け取った萩山は、有無を言わさず家を追い出された。
……というわけで半刻ほど後。
萩山はとぼとぼと繁華街を歩いていた。
地味なパーカーのフードで頭を隠し、サングラスをかけた姿は割と不審者チックだ。
けれど、いつものことなので今さら気にしない。
従妹のイリアちゃんが到着する予定の駅はこの先にある。
イリアが何時の電車で着くのかは聞いていない。
母親も聞いていないらしい。
しかも「待ってりゃそのうち来るだろ!」と逆切れされた。
たぶん聞いたけど忘れたのだろう。
それより……
「……母ちゃん。100円でジュースは買えないよ」
ポケットから手を出し、押しつけられた100円玉を眺めてため息をつく。
しかも自分の分はないし。
仕方がない、足りない分は自腹かなあとため息をつく。
萩山は栄えある魔術結社【ミューズの探索者協会】中部聖堂のメンバーである。
だが魔術結社の活動は【機関】と違って一切の金銭的報酬はない。
魔力の源たる芸術を守ることができたという事実のみが術者への報酬だ。
なので彼が現金を得る手段は、たまに『Joker』で歌っている出演料のみだ。
わりと自宅住まいだから何とかなってる状況である。
そんな萩山の側を、くわえ煙草の薄汚い背広の団塊男が通り過ぎた。
萩山は思わずむせこんで振り返る。
その目前で、一瞬にして男の姿が消える。
姿なき何かに路地に引きずりこまれたのだ。
萩山の口元に笑みが浮かぶ。
彼は術者であるおかげで認識阻害に少しばかり耐性がある。
さらに今の出来事があらわすものを知っている。
脂虫――悪臭と犯罪をまき散らす人型の怪異は、人間の仇敵だ。
だから【機関】の執行人が狩ることで数を抑えているらしい。
今のも、そういった慈善事業の一環だろう。
……彼らは脂虫を狩るとボーナスが出るらしいが、そのことは考えないようにする。
少し前は、萩山もあの薄汚い怪異を狩っていた。
もっとも今しがたの何者かのような高潔な志によってではない。
偽物の髪を得るための儀式の贄としてだ。
だが、その計画は【機関】の介入によって頓挫した。
今、考えれば最初から許可を得て脂虫を引き取れば問題はなかったのだと思う。
自分はただ儀式の贄が必要で、【機関】は脂虫の数を管理したいだけなのだから。
それでも今の萩山は、さほど髪に執着していない。
あの一件で、髪より大事なものを手に入れることができたから。
萩山が髪を渇望したのは、ハゲを笑われたのが嫌だったからだ。
そんな萩山の目の前で『彼女』は本気で怒ってくれた。「笑うな」と。
必死で生きている彼を笑うなと。
その言葉が髪の代わりに彼の拠り所になった。
偽物の髪ではない、本物の言葉が、彼の善き心の、魔法の礎となった。
術者として現実を改変するための新たな軸足になった。
そして真実の魔法に目覚めた彼は【協会】の一員へと迎え入れられた。
そんな彼女。あの幼い最強が――
「――こんなところで奇遇だな」
「!? 舞奈さん!」
振り返った萩山の前で、何食わぬ表情のまま手を振っていた。
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