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第15章 舞奈の長い日曜日

後日談

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 トラブルが朝から晩まで高級キャンディ缶のように詰めこまれた日曜日。
 舞奈はそれらを辛くも切り抜けて無事に帰宅した。

 そして月曜日。
 舞奈は普段通りに管理人に挨拶しつつアパートを出る。
 通学路代わりの新開発区の大通りを歩きつつ、

「そういやあ昨日のうちに死骸を片づけてくれたんだなあ。さっすが仕事が早いぜ」
 口元に笑みを浮かべ、側で全倒壊したビル跡を眺める。

 昨日は朝っぱらから、米国からの客人だというアーガス氏と廃ビルを探索した。
 その結果ビルは景気よく倒壊し、舞奈たちは2人で屍虫を屠った。

 夜に同じ場所を通った際は暗いし気にならなかったが、死骸は見なかった気がする。
 そんな廃墟の通りを普段通りに通り抜けた後、

「今日もおはようさんっす」
「おはよう舞奈ちゃん」
「舞奈ちゃんは今日も元気ですね」
「ま、おかげさんでな」
 検問の2人の衛兵に普段通りに挨拶し、

「舞奈様、おはようございます」
「いやー舞奈様、昨日はお楽しみでしたね」
「楽しんでねぇよ!」
 普段通りに警備員のクレアに得物を託し、ベティと軽口を叩き合う。

 先日の午後には麗華が誘拐され、舞奈は先んじて廃工場へ赴いた。
 そこにアーガス氏――ミスター・イアソンと愉快な仲間とともに、彼女らも駆けつけてくれた。後片付けはほとんど彼女らがやってくれた。
 そんな2人と別れて初等部校舎へ向かい、

「ちーっす」
「あ、舞奈。昨日はお疲れ様」
「ああ、テック。おはようさん。昨日は恩に着る」
 普段通りに自分の教室を訪れる。
 初等部校舎の一角にある教室は、廃ビルや廃工場と違って怪異や異能力とは無縁だ。
 だが、そんな平和なはずの教室は、

「……ったく今日は今日で何のトラブルだ? 退屈しなくてなによりだよ」
 朝から妙に騒がしかった。

「まあいいや。昨日は報告が遅れてスマン」
 特に騒ぎも気にせずタブレット端末を眺めるテックを見やって小さく詫びる。

 麗華の誘拐を知った舞奈が真っ先に頼ったのがテックだった。
 スーパーハッカーの彼女は麗華の携帯のGPSを調べ、居場所を特定してくれた。
 なのに、その後にいろいろありすぎたせいで、事の顛末を話しそびれていた。
 だがテックはすっきりボブカットの髪を揺らせて、

「いいわ。今、当事者から聞いてたから」
 普段通りに無表情に教室の中央を指差す。

 そこには麗華と桜がいた。
 並べた机の上に2人で並んでポーズなどとっている。
 朝の騒動の原因はこいつららしい。

「――で、わたくしはサィモン・マイナーに命じて悪党どもにけしかけましたの!」
「うんうん! マイちゃんは頼りになるものねー!」
 2人そろってアイドル気取りで会見ごっこをしていたようだ。

 誘拐された昨日の今日で元気だなあと苦笑する。
 まあショックで塞ぎこんだりされるよりはマシだが。

 隣の桜は以前に少しばかり誘拐されたことがある。
 だから先輩気分なのだろう。
 まったく揃って良い面の皮だ。

「桜さん、机に乗ったらダメなのです」
「麗華様も、お母様に知られたら下品だって叱られると思うんですが」
 桜を委員長が、麗華をデニスがたしなめ、

「気をつけないと、滑って机から落ちるんスよー」
 ジャネットが囃し立てる。

 デニスとジャネットは、舞奈に気づいて小さく会釈する。
 麗華が無事に戻ってきた立役者が舞奈だと知っているからだ。
 2人が託した最後の希望を、舞奈は事もなく現実のものにしてみせた。
 だから舞奈も口元の不敵な笑みで答える。

「マイちゃん、あの後にそんなことがあったんだね。怪我とかなかった?」
「ああ。大したことはなかったさ」
「そっか、なら良かった」
 心配そうな園香を安心させるように笑い、

「影浦さんもいっしょだったの?」
「いんや。あいつは帰った……」
 後で全部が終わった後にサメになってやってきたけど、またすぐ帰った。
 無邪気なチャビーの問いに疲れた声で答える。

 昨日の昼頃、影浦さんことKAGEは全裸で舞奈に接触してきた。
 そこを園香とチャビーに見つかり、舞奈は社会的な危機に見舞われた。
 しかも元凶は何ら反省することなく立ち去った。
 後に聞いた話では、彼女はいつもそんならしい。

 ……そんなピンチを思い出して舞奈が再び疲れていると、

「志門! 誘拐犯と戦ったって本当か?」
「どっちが勝ったんだ?」
 男子たちがやってきた。
 話の主役の舞奈が登校してきたのに気づいたらしい。
 事情を知らない男子たちは、麗華の能天気な誘拐劇に興味津々だ。

「悪党どもは、あのレディ・アレクサンドラをけしかけてきましたの!」
 なので机の上で、麗華も良い気分で話を続ける。
 まったく彼女はお嬢様キャラの癖に、中身は桜と変わらない。

「えー。本当かよ?」
「レディ・アレクサンドラってそんな。映画じゃないんだから……」
 麗華にツッコむ男子の様子に、

「有名人なのか?」
「有名って……ディフェンダーズ絡みの映画にはほとんど出てるわよ。敵になったり味方になったり立場は様々だけど、一貫したキャラクター性のせいで人気も上々」
「……そうかい。昨日はじめて見たよ」
 本物をな。
 逆にビックリした様子のテックに、舞奈は口をへの字に曲げて答える。
 昨日、超能力者サイキックサーシャが変身した機械の騎士を見やって麗華が驚いていたのは、常識の範疇外にある異能を目撃したからではなく有名人を見かけたからだったらしい。

 それに、別に映画の有名人の名前を知らなくたっていいだろう。
 そんなのは当人と真剣勝負を繰り広げ、雇い主共々に度肝を抜く妨げにはならない。
 そうやって少しむくれる舞奈に構わず、

「さしもののサィモン・マイナーも、レディ・アレクサンドラが相手では分が悪いですわ。徐々に圧されて大ピンチですの!」
「圧されてねぇ。……ったく、自分好みに話を作りやがって」
「そうだろうとは思ってたわ」
 麗華はいい気分で話し続ける。
 隣でテックが苦笑する。
 舞奈もやれやれと苦笑する。
 何が気に入ったのか、奴らの言い方までマネしやがって。

「そんなピンチに駆けつけたのは、なんと、あのミスター・イアソンですのよ!」
「今度はミスター・イアソンかよ……」
「西園寺おまえ、盛りたい放題に話を盛ってるだろう……」
 麗華の話の大袈裟さに反比例して、男子どもの視線は徐々に冷たくなる。
 まあ聞いただけなら自分も同じ反応をしただろうと舞奈も思う。

「なにおぅ本当ですわ! 高等部の桂木楓と桂木紅葉に! サメまで来ましたのよ!」
「ええっその状況に桂木姉妹に何の関係が……?」
「サメって。いくらなんでもサメはないだろう……」
「有名なものの名前を片っ端から挙げてないか?」
「誘拐されたっていうのも嘘なんじゃ……?」
 さらには話の前提から疑われ始めた。あーあ。
 まあ半分くらいは彼女の普段の言動のせいである。

「麗華様……」
「信用されてないンすよ……」
 デニスもジャネットも苦笑している。

「それはたぶん本当なの! 桜もミスター・イアソンにケーキおごってもらったのー」
「桜さん……」
 フォローのつもりか妄言(実際は本当のことなんだけど)を口走る桜。
 イアソン似の金髪マッチョが本物になる程度は桜の中では日常茶飯事だ。
 男子たちは、そんな桜をも冷ややかに見やる。
 親友の委員長も……同じ表情で見やっている。
 まあ、こちらも仕方がない。

 ふと教室の隅を見やると、みゃー子がカサカサと虫みたいな挙動で壁を登っていた。
 こいつの謎の挙動も、いつものことだ。

 そういえばみゃー子は昨日は何をしていたのだろうか?
 彼女の日曜は穏やかだったろうか? それとも慌ただしかっただろうか?
 まあ舞奈には虫の満足度を確かめる手段も、その必要もない。

 そんな風に皆を見やった後。
 舞奈はやれやれと苦笑しつつ、

「アーガスさ……じゃないイアソンたちが来たのは、あらかた片づいた後だったろ?」
 男子たちと麗華の間に割って入る。

 舞奈が麗華のお友達かどうかは多分に疑問の余地がある。
 正直な気持ちを言えば、麗華の人望の無さをフォローしてやる義理はないと思う。

 だが昨日、舞奈が麗華を取り戻すために戦ったのは事実だ。
 その上で放っておくのも中途半端な気がした。

 加えて麗華に空飛ぶサメを見られたのは舞奈の落ち度と言えなくもない。
 舞奈は裏の世界を知っていて、麗華はそうでないのだから。
 無論、大通りを飛んで来たらしいサメそのものの落ち度は後に追求するとして!

 諜報部から、その前の異能バトルと合わせても記憶操作の必要はないと聞いている。
 だが、それが麗華の信用の無さに根差しているなら、放っておくのも寝覚めが悪い。
 だから、

「片づいた……って、志門がやったのか?」
 言動に信頼のある舞奈の周りに、納得のいく説明を求めて男子が集まって来て、

「いや、明日香が……」
「安倍が!? どうやって?」
「歌で……」
「歌でか……」
 舞奈の答えに、そっと悼むように目を伏せる。

 納得されてしまった……。
 まあ舞奈も本当のことを言ったのだし、疑われても困るのだが。

 人間の誘拐犯の前で、明日香が歌うとどうなるか。
 その地獄絵図を、気の毒なことに彼らは容易に想像できる。
 なので続けてぼそぼそと、

「酷い……」
「誘拐犯だって人間だろ……?」
 何故か犯人に対して同情的な声が聞こえ始めた。
 自分たちが音楽の時間に非人道的な超能力実験を受けている自覚はあるらしい。

 そんな様子を見やって麗華が歯ぎしりする。
 麗華のワンマンショーが、明日香の歌を畏怖する会にすり替わってしまったからだ。
 そんなところに、

「みんな、おはよう」
「……あ」
「げっ安倍!?」
 ドアをガラリと開けて明日香が登校してきて、

「おのれっ! 安倍明日香あぁ!」
 怒り狂う麗華を見やって小首をかしげた。

 そんな風に舞奈と麗華、クラスメートたちが学園生活を満喫している頃。
 統零とうれ町の一角にある【機関】支部の受付で、

「怪人の受け渡しの手続きは以上よぉ~」
「かたじけない」
 小柄で巨乳な受付嬢が、書類の束を差し出す。

 受け取ったのは、黒い法衣を着こんだ少女だ。
 背丈は中学生ほど。
 だが顔の大半を仮面で隠した彼女の名は、ベリアル。
 現在は群馬支部に所属する懲戒担当官インクィジターだ。

 懲戒担当官インクィジター
 その特殊な役職は、異能で人に仇成した怪人への懲戒を任とする。
 多くの場合、それは怪人を従え義のために戦わせることにより実現する。
 そんな彼女の側で、

「今回の件、皆さんの協力に感謝します」
「礼には及ばん。我々は自身の職務を果たしているに過ぎん」
 アーガス氏が生真面目に一礼する。
 ベリアルも平坦な口調で答える。次いで、

「それより貴殿、我が軍門に加わることに異存は無いのだな?」
「こういう扱いには慣れている。それに、これも奴との勝負に敗れた結果だ」
「うむ」
 側のサーシャを見やりもせずに超然とした調子で問いかけ、その答えに頷く。

 怪人を自身の配下と成して懲戒とする懲戒担当官インクィジター
 そんな彼女の今回の僕は、レディ・アレクサンドラことサーシャだ。
 女児誘拐に関与した彼女は事件の全容に対する黙秘を容認された。
 おそらく何らかの事情を知っているのであろう【組合C∴S∴C∴】の差金によって。

 代わりに彼女はベリアルの下、他の怪人や怪異と戦うこととなった。
 彼女の頭に嵌められた輪はベリアルの手による一種のゴーレムだ。
 それは超能力者サイキックであるサーシャの反乱を防ぐ安全装置として機能する。

「それにしても、偶然とはいえ奴と手合わせができるとは羨ましい限りだ」
 黒衣の懲戒担当官インクィジターは長身の超能力者サイキックを見上げる。
 その口元に浮かぶのは笑み。

「……どうだった? 魔法を使わぬ『最強』は」
「まったく恐るべき子供だ。形を持った超能力サイオンそのものと戦っているようだった」
 問いに答えるサーシャの口元にも笑み。
 超能力者サイキックであり、武人でもある彼女にとって、結局のところ勝負のつかなかった舞奈との戦闘は誉だった。
 何故ならサィモン・マイナーは、噂に違わぬ強者だったから。
 そんな自分史に残る名勝負をサーシャは思い出し、

「そういえば、わたしからもひとつ尋ねていいだろうか?」
「何かね?」
 問いつつベリアルの仮面を見やる。
 見下ろす格好になるのは背丈の関係上、仕方がない。

「ドーテーという言葉には如何なる意味があるのだろうか? プリンセスが煽りに使っていたのだが、なにぶん、まだこの国のスラングには疎くてな」
 生真面目なサーシャの問いに、ベリアルは無言で言葉に詰まる。
 超然とした懲戒担当官インクィジターには珍しい(どう言えば……)的なオーラを醸し出す。

 そこで気を利かせたのがアーガス氏だ。
 さりげなくサーシャの耳に口を寄せ、疑問に対する答えを囁き――

――――――!!

 顔面をグーで殴られた。

「ベリアル殿!? 安全装置は!?」
「……それはハラスメントに対する反撃を抑制するものではない」
「ええ……」
 理不尽な扱いに鼻面を押さえながらうめくアーガス氏。
 そんな客人たちの様子を見やって笑う受付嬢。

 忙しい日曜日を乗り切った月曜の午後に、ここでも穏やかな時間が流れていた。

 そして再び蔵乃巣くらのす学園。
 放課後の、高等部校舎の一角にある視聴覚室で、

「……あったわ」
「おっこりゃ懐かしい」
「なるほどこれが。……って、何で保存してあるのよそんなもの」
 テックが操作する端末の画面に動画が映る。
 舞奈は口元に軽薄な笑みを浮かべ、明日香も特に興味なさそうな素振りで見やる。

 讃原さんばら町の一角で、今より少し幼い麗華が車に押しこまれる場面だ。
 相手は背広を着こんだ数人の男。
 そいつらが泥人間の変装だと、今の舞奈は知っている。
 何故なら、その後に泥人間どもは倒され、麗華は無事に救出されたからだ。
 そして麗華は今も舞奈と明日香と同じクラスで女王様キャラをしている。

 そう。
 この動画は2年前の舞奈と明日香を救出劇へと駆り立てた、麗華誘拐の瞬間だ。
 いわば【掃除屋】の輝かしい軌跡の第0回とも言うべきか。
 何とか見れないかと相談したら、テックは快くデータを引っ張り出してくれたのだ。

 ちなみに明日香は初めて見たらしい。
 2年前はテックの話を聞いて、飛び出していった舞奈を見て察したとのことだ。
 流石は民間警備会社PMSCの社長令嬢。小3の頃から判断力が違う。

「けど好都合だろ?」
「まあ、それはそうだけど」
 今になって明日香と共に動画を見やっているのは、思い出に浸るためではない。

「どうだ? 明日香」
「……今のところ、もう一回、最初から見せてもらえる?」
「ええ」
 テックの操作で、画面は小3の麗華様が歩いてくる場面へと変わる。
 そこに、いきなり背広の男たちが跳び出してくる。
 当時の舞奈は、その動作の不自然さで敵が泥人間だと見破ったのだが、

「……間違いないわ。どうしてあの時に奴らを見て気づかなかったのかしら」
 明日香は言って口元を歪める。
 昔の自分が拙く思える、今の明日香の洞察力、知識。
 それが彼女の弛まぬ研鑽と成長の証なのだと気づいているやら、いないやら。

「この泥人間たちは【怪物の大使役マス・チャーム・モンスター】の影響下にあるわ」
 明日香の断言に、今度は舞奈が口元をへの字に曲げる。
 それはケルト魔術に属する術の名だ。
 怪異を操る効果を持つ。

 この界隈でケルト魔術の使い手と聞けば、思い出すのはもうひとりのSランクだ。
 あるいはピクシオンと敵対した魔人エンペラーが脳裏に浮かぶ者もいるだろう。

 たしかにエンペラーは甲冑を着せた大量の泥人間を、この魔術で操っていた。
 なので2年前、実は舞奈にとって泥人間の挙動=操られた泥人間の挙動だった。

 だが彼女ら、彼らは別に現存する唯一のケルト魔術師ではない。
 ケルトの魔術も、呪術も、その成り立ち故に欧州の術者が会得することが多い。
 そして欧州の術者とは、つまりヨーロッパ系の白人だ。

 正直なところ、この予感が外れていて欲しいと舞奈は思う。
 だが、この手の舞奈の思惑に左右されない事情が願い通りになった試しはない。

 そう。
 今回の麗華様の誘拐事件は舞奈(と明日香)の活躍でひとまず一件落着した。

 だが、舞奈も明日香も知らない何らかの企みは、たぶん2年前から続いていた。
 そして、たぶん……まだ終わってはいない。
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