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第16章 つぼみになりたい
日常2 ~銃技&悪魔術vs悪魔術
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今週の日曜日も、舞奈は旧市街地を訪れていた。
金曜の学校帰りに『太賢飯店』の割引券をもらったので、使いに来たのだ。
張の店では舞奈も度々(ツケで)飯を食う。
だが他の客を見かけたことはほとんどない。
だからか店に人を集めようと努力している張を労うのも悪くないと思った。
それに日曜日ならバイトしているはずの梓たちと話もできる。
先週のようなトラブルを見越して少し早めに家を出た。
なのに道中では誰が狩っていったやら毒犬一匹あらわれない。
おかげで飯屋が開店する前の時間帯に着いてしまった。まったく……。
なので仕方なく繁華街をぶらついていると、萩山と出くわした。
聞くと留学先から戻ってくる従妹を迎えに駅へと赴く道すがららしい。
まあ店が開くまで時間もある。
目的もなく人気のない朝の街をぶらつくより、知人につき合う方がマシだろう。
それに舞奈は女の子が大好きだ。
彼の従妹ちゃんとやらを、知人の店でもてなすのも悪くない。
ついでに彼がいるなら食事代も割引ではなくおごりになるやもと言う算段もあった。
大学生の萩山は、小学生の舞奈より大人だ。
そして舞奈の中で、大人は子供に飯をおごるものだ。
そういう訳で、舞奈は萩山と並んで繁華街を歩く。
ひょろっとした彼が、若ハゲをパーカーのフードで隠した姿は不審者そのものだ。
しかもサングラスまでかけているし。
正直なところ、いつ職務質問をされてもおかしくない。
だが彼と同じ【協会】の高等魔術師は全裸ストッキングで街を徘徊する。
それに比べれば服を着てるだけ偉いと舞奈は思う。
「……そういやああんた、前に見た時より腹が出てないか?」
「そうすか?」
「ああ。動作も鈍くなってる。【協会】じゃあ戦闘訓練はできんのか?」
「訓練は受けてるんすけど、バーチャルでしかしてなくて……」
「いや、ばーちゃんじゃなくて若い奴とやれよ」
そんなどうでもいい話をしながら歩きつつ、少しばかり昔のことを思い出す。
萩山と最初に出会ったのも件の駅だ。
小夜子の慰安旅行に同行した帰りに、脂虫を捌いていた彼に出くわした。
その時は執行人のヤニ狩りかと思って見逃した。
だが後日、【機関】からの依頼と調査により彼が無許可の脂虫殺害犯だと知った。
彼は育毛の儀式のために脂虫を斬り刻んでいたのだ。
そして、すったもんだの末に彼と戦って、その結果、彼は自身のハゲを受け入れた。
後に彼は【協会】の一員となったらしい。
……あの時には散々な苦労をさせられた。
だが今日は特に何事もなく駅に着いた。
当然だ。
そんなに毎回トラブルに巻きこまれてはたまらない。
「そういやあ、そのイリアちゃんは何時の電車で来るんだ?」
「それが、ちゃんと聞いてなくて……」
「しょうがないなあ。ジュースでも飲みながら、のんびり待つか」
「それなら俺が……おごりま……しょうか……?」
「……そんな泣きそうな顔で甲斐性見せようとせんでも、飲み物くらい自分で買うよ」
やれやれと苦笑する。
そしてジャケットのポケットに手をのばしながら……ふと目を細める。
電車の時間がわからないのが気にいらない訳ではもちろんない。
ジュースが自腹だからという訳でも。
どこからともなく糞尿のようなヤニの臭いがするのだ。
近くに脂虫――悪臭と犯罪をまき散らす喫煙者がいる。
そういえば萩山との最初の出会いも脂虫がきっかけだった。
悪臭に気づいた舞奈が木陰にできていた結界を覗くと、彼が育毛の儀式をしていた。
脂虫は人に似てはいるが人ではない、怪異の一種だ。
だから贄にするのは構わんが、散らかしっぱなしが問題となり舞奈の出番となった。
だが、まあ今回はそれとは関係ないだろう。
別に萩山氏といっしょでも、いっしょじゃなくても脂虫とは遭遇する。
あの薄汚い害虫どもが、執行人が狩っても狩っても沸いて出て街を徘徊するからだ。
そんなことを考えつつ、何気を装いながら油断なく周囲を見回して――
――ドサリ
「……おい」
目前に脂虫が転がってきた。
くわえ煙草の薄汚い団塊男だ。
手足はない。根元からもがれている。
芋虫のように気味悪く蠢きながら、唇に煙草が癒着させたままうめいている。
「久々に従妹と会う前におめかしするのは構わんが、前に勝手に狩って揉めたろ?」
「ええっ!? 俺じゃないっすよ!」
ジト目で見やる舞奈の前で、萩山はサングラス越しにもわかるくらい狼狽する。
「だいたい、あたしは育毛の儀式の手伝い方とか知らんぞ」
「誤解っす! そもそも、こういうふうにカットすると、あの儀式には使えないんす」
「そうなのか?」
「あ、はい。縛り上げるかなんかして人の形を残したまま拘束して、こう……」
「へえ。……いや今はそれはどうでもいい」
すらすらと説明する萩山に思わず感心しつつ、舞奈は自分のすべきことを思い出す。
脂虫を斬り刻んだ何者かを探すことだ。
いくら脂虫がどこにでも沸くとはいえ、ひとりでに手足がもげたりはしない。
正直なところ知人の中で最も疑わしいのは隣のハゲだと思った。
だが本気で驚いている萩山も身に覚えはないようだ。
それに加え、よくよく見やると脂虫の四肢の断面がただれている。
薬品か何かで溶かしたらしい。
それは萩山のスタイルではないように思える。
医学生の彼は脂虫の四肢を、術で強化したメスで落としていた。
なので2人して首をかしげる。
そんな2人の周囲の景色が、
「……!?」
いきなり変容した。
空は夜闇へと変わる。
足元の道路にはシャープな白いラインが描かれ、隣り合った木立と自転車置き場が地面ごと消失して高架のハイウェイと化す。
道の左右に空いた虚無には、代わりに高層ビルが立ち並ぶ。
先ほどまで朝の駅前だったそこは、一瞬にして摩天楼のステージへと変容した。
「結界か?」
「気をつけてください舞奈さん! これ【小さな小さな世界】っす」
「あんたが使ってた奴か? こんな派手にもできるんだな」
油断なく身構えながら、萩山の言葉にふむとうなずく。
舞奈たちを閉じこめる形で悪魔術による戦術結界が張られたらしい。
以前に萩山が行使した同じ種類の結界は、周囲の景色に溶けこみ不可視化した。
内側からも外の景色がそのまま見えた。
なので舞奈の優れた感覚無くしては結界の存在そのものがわからなかった。
だが、あれは彼流に術をアレンジしていたのだろう。
なるほど決め舞台ではパンクな容姿にこだわる割に、日常生活では必死で禿頭を隠したがる彼らしいと思わなくもない。
だが今はそれより、
「舞奈さん!? あれ!」
見やるとハイウェイの向こうから、小さな人影が歩いてきた。
黒いフード付きマントを羽織り、ギターを構え、鳥のくちばしのようなペストマスクをはめている。
人影は、異様な風体に思わず身構える舞奈と萩山の前で立ち止まり……
「Hi! ヒカル! わたしと勝負するデス!」
快活な声とともにマスクをはずす。
その下からあらわれた顔は、美しい碧眼の少女のそれだ。
年の頃は中学生くらいか。
マントのフードがはがれ、目が覚めるような金髪が広がる。
そうしながらも、手元のギターは軽快なリフを奏でている。
ギターの装飾のセンスが、萩山が以前に使っていたそれに少し似ている気がする。
結界の主は、おそらく彼女だ。
「イリアちゃん!?」
「Yes! お久しぶりデス! ヒカル!」
萩山は驚く。
その様子を見て、してやったりとイリアは笑う。
「ビックリしましたか? 一本前の電車で着いて、準備してマシタ」
「……驚いてるポイントはそこじゃねぇ」
舞奈は思わずツッコみをいれる。
性格はあまり似ていないようだ。
「あんたが悪魔術士だったってのは初耳なんだが」
「俺も初めて聞いたっす……」
萩山と2人そろってまじまじと金髪少女を見やる。
「Yes! わたしもヒカルが悪魔術士だったと帰国してから聞きマシタ! なので、わたしからもヒカルにsurpriseデース!」
「いや、サプライスが過ぎるだろう」
やれやれと肩をすくめつつ、周囲に広がる夜の摩天楼を見渡す。
正直なところ、なかなかの絶景だ。
ひょっとしたら桂木姉妹が暮らすマンションの高層階からなら似たような景色が見れるのかもしれないが、それでも、これほど煌びやかにはならない気がする。
どうやらイリアは萩山に懐いているらしい。
おそらく彼女の住む街で見られるであろう夜景を、彼に見せたかったのだろう。
まあ魔法を使うのだから彼女も魔道士のはしくれだ。
行動の根幹には何らかの形の善意がある。
「……で、こいつは余りか?」
先ほど足元に転がってきたカット脂虫を指差す舞奈と、そして萩山を見やり、
「ヒカル! わたしと勝負するデス!」
「ええっ、勝負!?」
「Yes! お互いにArch Demonを作って、戦わせるデス!」
イリアも手に提げていた袋から脂虫を放り落とす。
見やると先ほどの脂虫と同じように四肢が溶かされている。
「男子が好きな携帯のゲームみたいな奴か……?」
舞奈は思わず苦笑する。
なるほどイリアはサプライズついでに腕試しがしたかったらしい。
若く血気も盛んな術者の考えとしては自然だ。
なので人気のない早朝の、さらに早めに着いた空き時間で脂虫を確保して、ショータイムとゲームの準備をしたのだろう。
……たまたま出くわした脂虫を見て思いついた可能性も否定はできないが。
「hurry up,hurry up! 早くArch Demonを作るデース」
「しょうがないなあ」
萩山も苦笑する。
まあ、この甘さと言うか付き合いの良さが、従妹に懐かれる秘訣なのだろうか。
ふと自身とリコの関係が脳裏をよぎる。
……リコにはもう少し常識的に育って欲しいが。
それはともかく萩山は手品のようにどこからともなくギターを取り出し、構える。
その様を見やってイリアは「Oh!」と驚く。
舞奈は笑う。
今は亡きジャックから受け継いだ展開式のギターに、彼もだいぶ慣れたらしい。
――Welcome to Purgatory.
――I aaaaaaam, Demon Load.
2人が同時に歌い出したのは、おなじみの『DEMON∵LOAD』。
示し合わせた訳でもないだろうに選曲が同じ。
しかもピッタリハモっている。
流石は従兄妹同士の、しかも同流派の術者といったところか。
「集えベルフェゴール! ルキフグス! アドラメレク! リリス!」
萩山は大気を2つめの口にする【風歌】を使って歌いながら叫ぶ。
同時に先ほどまで木立があった虚空から土くれが飛来し、高速道路の向こうから水が尾を引き飛んでくる。結界に取りこまれた駅舎に水道があったのだろう。
周囲が輝いて熱と冷気の元素も喚起され、森羅万象に潜む魔力が集結する。
そして目前の切断された怪異を依り代にして混ざり合い、
「バールよ俺に力を! あらわれやがれ! アークデーモン!」
叫びと共に、女性に似た仮初の身体を形作る。
複数のデーモンを【屍操り】で操る脂虫/屍虫を核に合成したハイブリッド。
何度か見たチャムエル型のデーモンだ。
対してイリアも、
「Belphegor! Lucifugus! Adramelek! Lilith! come here!」
萩山と同様に賦活した元素を自身の脂虫と合体させ、人間サイズのデーモンを造る。
その容姿はアメリカ映画のヒーロー、ミスター・イアソンに似ていた。
――切り立った崖の頂きに立つ!
――神さえ恐れる異形の王!
重なり合う2つの歌声。
同時にデーモン・チャムエルは左右の手に炎と氷の長杖を形作る。
左の杖は、大気中から集めた冷気と氷を武器の形に成型する【氷の武具】。
右手は熱を炎の武器と化す【灼熱掌】。
以前に舞奈たちにけしかけてきた時と違って得物が剣から長杖へと変わっているのは本物のチャムヘルへのリスペクトか。
――DEMON LOAD!!
――DARK STAR EMPEREOR!!
続けざまに【風乗り】を操り、滑るように敵へ襲いかかるのは以前と同じ。
――瞳に地獄の炎を宿し!
――頭上には嵐を呼ぶ男!
対してデーモン・イアソンは本物と同じ巨躯で身構える。
動きのクセも本物と似ている。
丸太のような太い腕の先の無骨な掌が、相手と同じ炎と冷気の色に輝く。
力比べをするつもりだ。
――DEMON LOAD!!
――BLACK ARTS MASTER!!
次の瞬間、2人のデュエットにあわせるように2体のデーモンが激突する。
氷の剣を熱の掌が、炎を剣を冷気の掌が受け止める。
氷があぶられ一瞬で蒸気になって周囲に広がる。
白い爆炎のような蒸気の霧の左右から、巨漢と女が跳び出して構える。
チャムエルの手に得物はない。
――千億の悪魔の群を連れて!
――冥府の底からやってきた!
次いでデーモン・チャムエルは両手に新たな得物を作る。
今度は右手に【暴雷拳】による放電する稲妻の杖。
左手には【堅岩杖】でアスファルトを砕いて急造した岩石の杖。
対するデーモン・イアソンも両の掌をかざして施術する。
本物の【念力撃】に似た感じに掌の先にプラズマの塊が形成される。
萩山の杖よりまばゆく輝くそれは、雷撃の呪術【堕天の落雷】。
――繋がれた愚かな人間どもを!
――悪魔の力に染めるため!
今度はデーモン・イアソンが身体強化にものを言わせて跳びかかる。
手にしたプラズマ塊を押しつけて攻撃するつもりか。
周囲の魔力から形作られた呪術の雷撃は、術者から離れても減衰は軽微。
なのに手にした得物を打撃に用いるのは本物へのリスペクトか。
対してデーモン・チャムエルは雷の杖の先に【堕天の落雷】を生成する。
同時に地面をさらに抉り、岩石杖の先に【堕天の落岩】の岩塊を成形する。
勢いの乗ったデーモン・イアソンのプラズマ塊を、チャムエルは杖の先に創造した2つの元素の塊で受け止める。
電気と岩の塊が、まばゆく輝くプラズマ塊に圧されて砕ける。
だがイアソンのプラズマも、長く伸びた岩の杖に受け止められて消える。
同時にデーモン・チャムエルの周囲の地面が放電する。
プラズマ塊を構成するエネルギーを、杖を伝わせて地面に逃がしたか。
チャムエルとイアソンは、再び同時に跳び退って身構える。
なるほど萩山の方が物理法則を利用した搦め手には明るいらしい。
流石は大学生。
だがデーモンを操る魔力そのものの強さでは圧倒的に負けている。
術と魔力の扱いに秀でるのは男ではなく、老人や少女。
その差は努力によって縮めることはできるがゼロにはならない。
正直なところ、このままでは萩山が単純に力負けして終わるだろう。
それでイリアは気が済むだろうし、萩山も負けに拘泥はしないだろうが――
――王も貴族もデタラメばかり!
――自分の嘘に縛られて!
――真実なんて語れやしない!!
「なあ、ちょっと彼に手を貸していいか?」
「いいデスよ!」
舞奈の申し出に、金髪少女は軽く答える。
物事をあまり深く考えない性格なのだろうか。
あるいは舞奈と同じように――勝負は切迫したほうが面白いと思ったか。
そして舞奈は考える。
相手がデーモン同士の決闘を望んだということは、本体へのダメージを気にせず全力で腕試しがしたいということだろう。
そこに生身で割って入るのも無粋な気がする。
ならば、どうしようかと思った途端、
「舞奈さん! こいつを使ってください!」
短いリフと共に、舞奈の目前で空気が揺らぐ。
目に見えないが舞奈の鋭敏な感覚では明確に知覚できる何か。
それは拳銃の形をしていた。
手に取ってみると、舞奈の愛銃とほぼ同じ握り心地だ。
デーモンに持たせるための【魔風拳《キリング・フィスト》】の応用だろうか。
そんな銃の握り心地を確かめながら舞奈は笑う。
魔法の銃を撃つのは始めでじゃない。
同時にデーモン・チャムエルも【水波剣】による水の杖を形作る。
だが1本。
何かの策かと訝しむ舞奈に、
「付与魔法をたくさん維持すると、集中力がもたないデスからね!」
「なるほどな」
イリアの説明に納得する。
彼は舞奈のために、自分のリソースを裂いてくれたという訳か。
……まさか先ほどイリアが舞奈の申し出を快諾したのは、単純に敵の手数が増えるわけではないと理解していたからだろうか?
「なら期待を裏切らないくらいのサポートはしてやるぜ」
舞奈は見えない銃を構える。
それでも確かに手の中に存在する、魔法の武器を。
――騎士も勇者も身勝手な奴さ!
――力と名誉に酔いしれて!
――他人の痛みなど知りやしない!!
イアソンの掌に、チャムエルの杖の先に波打つ水の塊が形作られる。
どちらも水を操り槌と化す【堕天の落水】。
そして次の瞬間、両者は地を蹴って駆ける。
デーモン・イアソンは身体強化にまかせた脚力で。
デーモン・チャムエルは風に乗って。
――神も坊主もボンクラ揃い!
――象牙の塔に引きこもり!
――下々のことなど見もしない!!
同時に舞奈もデーモン・イアソンを銃口に捉えて引鉄を引く。
3年前に使っていた魔法の2丁拳銃、マンティコア戦で使ったビームガンと同じように、反動もなく弾体が射出される。
撃ち出されたのは【魔弾】と同等な空気の弾丸。
風弾は拳銃弾とほぼ同等のスピードで飛び、正確無比に舞奈の狙いを穿つ。
即ち水塊を保持するデーモンの手元。
――DEMON LOAD!! AWAKEN FORCES HERO!!
「Oops!」
イリアが驚愕に叫ぶ。
舞奈は笑う。
デーモンと攻撃魔法の接続点。触れただけで敵を打ち据える元素のパワーを自身には被害を及ぼさないように保持するには実は特別な技術が必要になる。
故に接点は迎撃に対する弱点に成り得る。
基本的に魔力を遠距離に投射できない妖術師が向き合わなければならない隙。
その欠点を補うべく、慣れた術者は拳を相手に突きつけてから施術することも多い。
あるいは弱点は小さく、狙って撃っても当たらないという考え方もある。
だが、その判断が有効なのは相手が舞奈じゃない場合だけだ。だから、
――神も王も勇者もみんな叩きのめして!
――我が足元にひれ伏させてやる!
デーモン・イアソンの手元で魔法の水塊がゆらぎ、しぶきになって飛び散る。
その隙にデーモン・チャムエルの杖の先の水球が、巨漢の逞しい腹筋を捉える。
直後、至近距離から水球が『発射』されて巨漢を吹き飛ばす。
――本当のことを言ってやる!
――貴様らに痛みを教えてやる!
――俺様が世界を変えてやる!!
2人の術者がデュエットを締めくくる。
同時にマッチョなデーモンの身体を構成する火水風地の元素が飛散する。
そしてコアになっていた脂虫がドサリと地に落ちる。
「ヒカル! Greatデス!」
ギターをかき鳴らしながらイリアは笑う。
「デーモンの操作も正確で、戦い方もcleverデシタ!」
「いやそんな、イリアちゃんこそ凄かったよ。その……パワフルだった」
「Thank you デース!」
萩山も照れ隠しにリフをつま弾く。
なんというか警戒心のない近距離で屈託なく笑うイリアと並ぶと、そんな金髪少女をじっと見下ろす長身パーカー+サングラスがよりいっそう不審者チックに見える。
まあ、従兄妹同士で仲が良いのは何よりだ。
そう思って舞奈が笑った途端、
「それより! Youは何者デスカ?」
「ああ、志門舞奈だ」
「Oh! Simon!」
「……あんたもか」
いきなり舞奈も詰め寄られ、柄にもなく少し引き気味に自己紹介する。
舞奈の名字に反応するのは外国人あるある。
聖書の登場人物の名前と同じだからだ。
「シモン! Amazingデース! さっきのshotは偶然じゃないデスネ!」
「まあな」
舞奈もニヤリと笑ってみせる。
萩山とは異なり小学生の舞奈からすると彼女の顔は少し見上げる位置になる。
だが屈託のない声と笑顔に好感が持てるのは事実だ。
「シモンはヒカルのteacherですか?」
「あんた……ひょっとして従妹になめられてないか?」
やれやれと苦笑しながら萩山を見上げる。
だがまあ、萩山をサポートしつつも肝心なところで決めてみせたのだから、そう思われるのもあながち間違いじゃないともいえないか。そんなことを考えつつ、
「……まあいいや。それより大事なことがある」
ふと気づいてイリアと萩山を交互に見やる。
イリアが術を解除したのか、周囲は元の駅前に戻っている。
萩山もデーモン・チャムエルの維持を止めたようだ。
「えっ?」
「What?」
首をかしげる2人を見やり、
「おまえら、こいつをどうするつもりだ?」
人気のない駅前の路地に転がる脂虫の死骸を指差し、舞奈は口をへの字に曲げた。
金曜の学校帰りに『太賢飯店』の割引券をもらったので、使いに来たのだ。
張の店では舞奈も度々(ツケで)飯を食う。
だが他の客を見かけたことはほとんどない。
だからか店に人を集めようと努力している張を労うのも悪くないと思った。
それに日曜日ならバイトしているはずの梓たちと話もできる。
先週のようなトラブルを見越して少し早めに家を出た。
なのに道中では誰が狩っていったやら毒犬一匹あらわれない。
おかげで飯屋が開店する前の時間帯に着いてしまった。まったく……。
なので仕方なく繁華街をぶらついていると、萩山と出くわした。
聞くと留学先から戻ってくる従妹を迎えに駅へと赴く道すがららしい。
まあ店が開くまで時間もある。
目的もなく人気のない朝の街をぶらつくより、知人につき合う方がマシだろう。
それに舞奈は女の子が大好きだ。
彼の従妹ちゃんとやらを、知人の店でもてなすのも悪くない。
ついでに彼がいるなら食事代も割引ではなくおごりになるやもと言う算段もあった。
大学生の萩山は、小学生の舞奈より大人だ。
そして舞奈の中で、大人は子供に飯をおごるものだ。
そういう訳で、舞奈は萩山と並んで繁華街を歩く。
ひょろっとした彼が、若ハゲをパーカーのフードで隠した姿は不審者そのものだ。
しかもサングラスまでかけているし。
正直なところ、いつ職務質問をされてもおかしくない。
だが彼と同じ【協会】の高等魔術師は全裸ストッキングで街を徘徊する。
それに比べれば服を着てるだけ偉いと舞奈は思う。
「……そういやああんた、前に見た時より腹が出てないか?」
「そうすか?」
「ああ。動作も鈍くなってる。【協会】じゃあ戦闘訓練はできんのか?」
「訓練は受けてるんすけど、バーチャルでしかしてなくて……」
「いや、ばーちゃんじゃなくて若い奴とやれよ」
そんなどうでもいい話をしながら歩きつつ、少しばかり昔のことを思い出す。
萩山と最初に出会ったのも件の駅だ。
小夜子の慰安旅行に同行した帰りに、脂虫を捌いていた彼に出くわした。
その時は執行人のヤニ狩りかと思って見逃した。
だが後日、【機関】からの依頼と調査により彼が無許可の脂虫殺害犯だと知った。
彼は育毛の儀式のために脂虫を斬り刻んでいたのだ。
そして、すったもんだの末に彼と戦って、その結果、彼は自身のハゲを受け入れた。
後に彼は【協会】の一員となったらしい。
……あの時には散々な苦労をさせられた。
だが今日は特に何事もなく駅に着いた。
当然だ。
そんなに毎回トラブルに巻きこまれてはたまらない。
「そういやあ、そのイリアちゃんは何時の電車で来るんだ?」
「それが、ちゃんと聞いてなくて……」
「しょうがないなあ。ジュースでも飲みながら、のんびり待つか」
「それなら俺が……おごりま……しょうか……?」
「……そんな泣きそうな顔で甲斐性見せようとせんでも、飲み物くらい自分で買うよ」
やれやれと苦笑する。
そしてジャケットのポケットに手をのばしながら……ふと目を細める。
電車の時間がわからないのが気にいらない訳ではもちろんない。
ジュースが自腹だからという訳でも。
どこからともなく糞尿のようなヤニの臭いがするのだ。
近くに脂虫――悪臭と犯罪をまき散らす喫煙者がいる。
そういえば萩山との最初の出会いも脂虫がきっかけだった。
悪臭に気づいた舞奈が木陰にできていた結界を覗くと、彼が育毛の儀式をしていた。
脂虫は人に似てはいるが人ではない、怪異の一種だ。
だから贄にするのは構わんが、散らかしっぱなしが問題となり舞奈の出番となった。
だが、まあ今回はそれとは関係ないだろう。
別に萩山氏といっしょでも、いっしょじゃなくても脂虫とは遭遇する。
あの薄汚い害虫どもが、執行人が狩っても狩っても沸いて出て街を徘徊するからだ。
そんなことを考えつつ、何気を装いながら油断なく周囲を見回して――
――ドサリ
「……おい」
目前に脂虫が転がってきた。
くわえ煙草の薄汚い団塊男だ。
手足はない。根元からもがれている。
芋虫のように気味悪く蠢きながら、唇に煙草が癒着させたままうめいている。
「久々に従妹と会う前におめかしするのは構わんが、前に勝手に狩って揉めたろ?」
「ええっ!? 俺じゃないっすよ!」
ジト目で見やる舞奈の前で、萩山はサングラス越しにもわかるくらい狼狽する。
「だいたい、あたしは育毛の儀式の手伝い方とか知らんぞ」
「誤解っす! そもそも、こういうふうにカットすると、あの儀式には使えないんす」
「そうなのか?」
「あ、はい。縛り上げるかなんかして人の形を残したまま拘束して、こう……」
「へえ。……いや今はそれはどうでもいい」
すらすらと説明する萩山に思わず感心しつつ、舞奈は自分のすべきことを思い出す。
脂虫を斬り刻んだ何者かを探すことだ。
いくら脂虫がどこにでも沸くとはいえ、ひとりでに手足がもげたりはしない。
正直なところ知人の中で最も疑わしいのは隣のハゲだと思った。
だが本気で驚いている萩山も身に覚えはないようだ。
それに加え、よくよく見やると脂虫の四肢の断面がただれている。
薬品か何かで溶かしたらしい。
それは萩山のスタイルではないように思える。
医学生の彼は脂虫の四肢を、術で強化したメスで落としていた。
なので2人して首をかしげる。
そんな2人の周囲の景色が、
「……!?」
いきなり変容した。
空は夜闇へと変わる。
足元の道路にはシャープな白いラインが描かれ、隣り合った木立と自転車置き場が地面ごと消失して高架のハイウェイと化す。
道の左右に空いた虚無には、代わりに高層ビルが立ち並ぶ。
先ほどまで朝の駅前だったそこは、一瞬にして摩天楼のステージへと変容した。
「結界か?」
「気をつけてください舞奈さん! これ【小さな小さな世界】っす」
「あんたが使ってた奴か? こんな派手にもできるんだな」
油断なく身構えながら、萩山の言葉にふむとうなずく。
舞奈たちを閉じこめる形で悪魔術による戦術結界が張られたらしい。
以前に萩山が行使した同じ種類の結界は、周囲の景色に溶けこみ不可視化した。
内側からも外の景色がそのまま見えた。
なので舞奈の優れた感覚無くしては結界の存在そのものがわからなかった。
だが、あれは彼流に術をアレンジしていたのだろう。
なるほど決め舞台ではパンクな容姿にこだわる割に、日常生活では必死で禿頭を隠したがる彼らしいと思わなくもない。
だが今はそれより、
「舞奈さん!? あれ!」
見やるとハイウェイの向こうから、小さな人影が歩いてきた。
黒いフード付きマントを羽織り、ギターを構え、鳥のくちばしのようなペストマスクをはめている。
人影は、異様な風体に思わず身構える舞奈と萩山の前で立ち止まり……
「Hi! ヒカル! わたしと勝負するデス!」
快活な声とともにマスクをはずす。
その下からあらわれた顔は、美しい碧眼の少女のそれだ。
年の頃は中学生くらいか。
マントのフードがはがれ、目が覚めるような金髪が広がる。
そうしながらも、手元のギターは軽快なリフを奏でている。
ギターの装飾のセンスが、萩山が以前に使っていたそれに少し似ている気がする。
結界の主は、おそらく彼女だ。
「イリアちゃん!?」
「Yes! お久しぶりデス! ヒカル!」
萩山は驚く。
その様子を見て、してやったりとイリアは笑う。
「ビックリしましたか? 一本前の電車で着いて、準備してマシタ」
「……驚いてるポイントはそこじゃねぇ」
舞奈は思わずツッコみをいれる。
性格はあまり似ていないようだ。
「あんたが悪魔術士だったってのは初耳なんだが」
「俺も初めて聞いたっす……」
萩山と2人そろってまじまじと金髪少女を見やる。
「Yes! わたしもヒカルが悪魔術士だったと帰国してから聞きマシタ! なので、わたしからもヒカルにsurpriseデース!」
「いや、サプライスが過ぎるだろう」
やれやれと肩をすくめつつ、周囲に広がる夜の摩天楼を見渡す。
正直なところ、なかなかの絶景だ。
ひょっとしたら桂木姉妹が暮らすマンションの高層階からなら似たような景色が見れるのかもしれないが、それでも、これほど煌びやかにはならない気がする。
どうやらイリアは萩山に懐いているらしい。
おそらく彼女の住む街で見られるであろう夜景を、彼に見せたかったのだろう。
まあ魔法を使うのだから彼女も魔道士のはしくれだ。
行動の根幹には何らかの形の善意がある。
「……で、こいつは余りか?」
先ほど足元に転がってきたカット脂虫を指差す舞奈と、そして萩山を見やり、
「ヒカル! わたしと勝負するデス!」
「ええっ、勝負!?」
「Yes! お互いにArch Demonを作って、戦わせるデス!」
イリアも手に提げていた袋から脂虫を放り落とす。
見やると先ほどの脂虫と同じように四肢が溶かされている。
「男子が好きな携帯のゲームみたいな奴か……?」
舞奈は思わず苦笑する。
なるほどイリアはサプライズついでに腕試しがしたかったらしい。
若く血気も盛んな術者の考えとしては自然だ。
なので人気のない早朝の、さらに早めに着いた空き時間で脂虫を確保して、ショータイムとゲームの準備をしたのだろう。
……たまたま出くわした脂虫を見て思いついた可能性も否定はできないが。
「hurry up,hurry up! 早くArch Demonを作るデース」
「しょうがないなあ」
萩山も苦笑する。
まあ、この甘さと言うか付き合いの良さが、従妹に懐かれる秘訣なのだろうか。
ふと自身とリコの関係が脳裏をよぎる。
……リコにはもう少し常識的に育って欲しいが。
それはともかく萩山は手品のようにどこからともなくギターを取り出し、構える。
その様を見やってイリアは「Oh!」と驚く。
舞奈は笑う。
今は亡きジャックから受け継いだ展開式のギターに、彼もだいぶ慣れたらしい。
――Welcome to Purgatory.
――I aaaaaaam, Demon Load.
2人が同時に歌い出したのは、おなじみの『DEMON∵LOAD』。
示し合わせた訳でもないだろうに選曲が同じ。
しかもピッタリハモっている。
流石は従兄妹同士の、しかも同流派の術者といったところか。
「集えベルフェゴール! ルキフグス! アドラメレク! リリス!」
萩山は大気を2つめの口にする【風歌】を使って歌いながら叫ぶ。
同時に先ほどまで木立があった虚空から土くれが飛来し、高速道路の向こうから水が尾を引き飛んでくる。結界に取りこまれた駅舎に水道があったのだろう。
周囲が輝いて熱と冷気の元素も喚起され、森羅万象に潜む魔力が集結する。
そして目前の切断された怪異を依り代にして混ざり合い、
「バールよ俺に力を! あらわれやがれ! アークデーモン!」
叫びと共に、女性に似た仮初の身体を形作る。
複数のデーモンを【屍操り】で操る脂虫/屍虫を核に合成したハイブリッド。
何度か見たチャムエル型のデーモンだ。
対してイリアも、
「Belphegor! Lucifugus! Adramelek! Lilith! come here!」
萩山と同様に賦活した元素を自身の脂虫と合体させ、人間サイズのデーモンを造る。
その容姿はアメリカ映画のヒーロー、ミスター・イアソンに似ていた。
――切り立った崖の頂きに立つ!
――神さえ恐れる異形の王!
重なり合う2つの歌声。
同時にデーモン・チャムエルは左右の手に炎と氷の長杖を形作る。
左の杖は、大気中から集めた冷気と氷を武器の形に成型する【氷の武具】。
右手は熱を炎の武器と化す【灼熱掌】。
以前に舞奈たちにけしかけてきた時と違って得物が剣から長杖へと変わっているのは本物のチャムヘルへのリスペクトか。
――DEMON LOAD!!
――DARK STAR EMPEREOR!!
続けざまに【風乗り】を操り、滑るように敵へ襲いかかるのは以前と同じ。
――瞳に地獄の炎を宿し!
――頭上には嵐を呼ぶ男!
対してデーモン・イアソンは本物と同じ巨躯で身構える。
動きのクセも本物と似ている。
丸太のような太い腕の先の無骨な掌が、相手と同じ炎と冷気の色に輝く。
力比べをするつもりだ。
――DEMON LOAD!!
――BLACK ARTS MASTER!!
次の瞬間、2人のデュエットにあわせるように2体のデーモンが激突する。
氷の剣を熱の掌が、炎を剣を冷気の掌が受け止める。
氷があぶられ一瞬で蒸気になって周囲に広がる。
白い爆炎のような蒸気の霧の左右から、巨漢と女が跳び出して構える。
チャムエルの手に得物はない。
――千億の悪魔の群を連れて!
――冥府の底からやってきた!
次いでデーモン・チャムエルは両手に新たな得物を作る。
今度は右手に【暴雷拳】による放電する稲妻の杖。
左手には【堅岩杖】でアスファルトを砕いて急造した岩石の杖。
対するデーモン・イアソンも両の掌をかざして施術する。
本物の【念力撃】に似た感じに掌の先にプラズマの塊が形成される。
萩山の杖よりまばゆく輝くそれは、雷撃の呪術【堕天の落雷】。
――繋がれた愚かな人間どもを!
――悪魔の力に染めるため!
今度はデーモン・イアソンが身体強化にものを言わせて跳びかかる。
手にしたプラズマ塊を押しつけて攻撃するつもりか。
周囲の魔力から形作られた呪術の雷撃は、術者から離れても減衰は軽微。
なのに手にした得物を打撃に用いるのは本物へのリスペクトか。
対してデーモン・チャムエルは雷の杖の先に【堕天の落雷】を生成する。
同時に地面をさらに抉り、岩石杖の先に【堕天の落岩】の岩塊を成形する。
勢いの乗ったデーモン・イアソンのプラズマ塊を、チャムエルは杖の先に創造した2つの元素の塊で受け止める。
電気と岩の塊が、まばゆく輝くプラズマ塊に圧されて砕ける。
だがイアソンのプラズマも、長く伸びた岩の杖に受け止められて消える。
同時にデーモン・チャムエルの周囲の地面が放電する。
プラズマ塊を構成するエネルギーを、杖を伝わせて地面に逃がしたか。
チャムエルとイアソンは、再び同時に跳び退って身構える。
なるほど萩山の方が物理法則を利用した搦め手には明るいらしい。
流石は大学生。
だがデーモンを操る魔力そのものの強さでは圧倒的に負けている。
術と魔力の扱いに秀でるのは男ではなく、老人や少女。
その差は努力によって縮めることはできるがゼロにはならない。
正直なところ、このままでは萩山が単純に力負けして終わるだろう。
それでイリアは気が済むだろうし、萩山も負けに拘泥はしないだろうが――
――王も貴族もデタラメばかり!
――自分の嘘に縛られて!
――真実なんて語れやしない!!
「なあ、ちょっと彼に手を貸していいか?」
「いいデスよ!」
舞奈の申し出に、金髪少女は軽く答える。
物事をあまり深く考えない性格なのだろうか。
あるいは舞奈と同じように――勝負は切迫したほうが面白いと思ったか。
そして舞奈は考える。
相手がデーモン同士の決闘を望んだということは、本体へのダメージを気にせず全力で腕試しがしたいということだろう。
そこに生身で割って入るのも無粋な気がする。
ならば、どうしようかと思った途端、
「舞奈さん! こいつを使ってください!」
短いリフと共に、舞奈の目前で空気が揺らぐ。
目に見えないが舞奈の鋭敏な感覚では明確に知覚できる何か。
それは拳銃の形をしていた。
手に取ってみると、舞奈の愛銃とほぼ同じ握り心地だ。
デーモンに持たせるための【魔風拳《キリング・フィスト》】の応用だろうか。
そんな銃の握り心地を確かめながら舞奈は笑う。
魔法の銃を撃つのは始めでじゃない。
同時にデーモン・チャムエルも【水波剣】による水の杖を形作る。
だが1本。
何かの策かと訝しむ舞奈に、
「付与魔法をたくさん維持すると、集中力がもたないデスからね!」
「なるほどな」
イリアの説明に納得する。
彼は舞奈のために、自分のリソースを裂いてくれたという訳か。
……まさか先ほどイリアが舞奈の申し出を快諾したのは、単純に敵の手数が増えるわけではないと理解していたからだろうか?
「なら期待を裏切らないくらいのサポートはしてやるぜ」
舞奈は見えない銃を構える。
それでも確かに手の中に存在する、魔法の武器を。
――騎士も勇者も身勝手な奴さ!
――力と名誉に酔いしれて!
――他人の痛みなど知りやしない!!
イアソンの掌に、チャムエルの杖の先に波打つ水の塊が形作られる。
どちらも水を操り槌と化す【堕天の落水】。
そして次の瞬間、両者は地を蹴って駆ける。
デーモン・イアソンは身体強化にまかせた脚力で。
デーモン・チャムエルは風に乗って。
――神も坊主もボンクラ揃い!
――象牙の塔に引きこもり!
――下々のことなど見もしない!!
同時に舞奈もデーモン・イアソンを銃口に捉えて引鉄を引く。
3年前に使っていた魔法の2丁拳銃、マンティコア戦で使ったビームガンと同じように、反動もなく弾体が射出される。
撃ち出されたのは【魔弾】と同等な空気の弾丸。
風弾は拳銃弾とほぼ同等のスピードで飛び、正確無比に舞奈の狙いを穿つ。
即ち水塊を保持するデーモンの手元。
――DEMON LOAD!! AWAKEN FORCES HERO!!
「Oops!」
イリアが驚愕に叫ぶ。
舞奈は笑う。
デーモンと攻撃魔法の接続点。触れただけで敵を打ち据える元素のパワーを自身には被害を及ぼさないように保持するには実は特別な技術が必要になる。
故に接点は迎撃に対する弱点に成り得る。
基本的に魔力を遠距離に投射できない妖術師が向き合わなければならない隙。
その欠点を補うべく、慣れた術者は拳を相手に突きつけてから施術することも多い。
あるいは弱点は小さく、狙って撃っても当たらないという考え方もある。
だが、その判断が有効なのは相手が舞奈じゃない場合だけだ。だから、
――神も王も勇者もみんな叩きのめして!
――我が足元にひれ伏させてやる!
デーモン・イアソンの手元で魔法の水塊がゆらぎ、しぶきになって飛び散る。
その隙にデーモン・チャムエルの杖の先の水球が、巨漢の逞しい腹筋を捉える。
直後、至近距離から水球が『発射』されて巨漢を吹き飛ばす。
――本当のことを言ってやる!
――貴様らに痛みを教えてやる!
――俺様が世界を変えてやる!!
2人の術者がデュエットを締めくくる。
同時にマッチョなデーモンの身体を構成する火水風地の元素が飛散する。
そしてコアになっていた脂虫がドサリと地に落ちる。
「ヒカル! Greatデス!」
ギターをかき鳴らしながらイリアは笑う。
「デーモンの操作も正確で、戦い方もcleverデシタ!」
「いやそんな、イリアちゃんこそ凄かったよ。その……パワフルだった」
「Thank you デース!」
萩山も照れ隠しにリフをつま弾く。
なんというか警戒心のない近距離で屈託なく笑うイリアと並ぶと、そんな金髪少女をじっと見下ろす長身パーカー+サングラスがよりいっそう不審者チックに見える。
まあ、従兄妹同士で仲が良いのは何よりだ。
そう思って舞奈が笑った途端、
「それより! Youは何者デスカ?」
「ああ、志門舞奈だ」
「Oh! Simon!」
「……あんたもか」
いきなり舞奈も詰め寄られ、柄にもなく少し引き気味に自己紹介する。
舞奈の名字に反応するのは外国人あるある。
聖書の登場人物の名前と同じだからだ。
「シモン! Amazingデース! さっきのshotは偶然じゃないデスネ!」
「まあな」
舞奈もニヤリと笑ってみせる。
萩山とは異なり小学生の舞奈からすると彼女の顔は少し見上げる位置になる。
だが屈託のない声と笑顔に好感が持てるのは事実だ。
「シモンはヒカルのteacherですか?」
「あんた……ひょっとして従妹になめられてないか?」
やれやれと苦笑しながら萩山を見上げる。
だがまあ、萩山をサポートしつつも肝心なところで決めてみせたのだから、そう思われるのもあながち間違いじゃないともいえないか。そんなことを考えつつ、
「……まあいいや。それより大事なことがある」
ふと気づいてイリアと萩山を交互に見やる。
イリアが術を解除したのか、周囲は元の駅前に戻っている。
萩山もデーモン・チャムエルの維持を止めたようだ。
「えっ?」
「What?」
首をかしげる2人を見やり、
「おまえら、こいつをどうするつもりだ?」
人気のない駅前の路地に転がる脂虫の死骸を指差し、舞奈は口をへの字に曲げた。
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