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第一部 2章 指差して 

第24話

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 標高の低い山とはいえ頂上から眺める景色は相変わらず爽快で、自分が偉い人間になったような高揚感に満たされた。風が強く吹き抜け、服が汗で湿った身体に張り付く。ユースケは向かってくる風を精一杯吸い込もうと、胸を膨らませた。
「こんな低い山でも良い眺めなんだから、もっと高い山になるともっと爽快なんだろうなあ」
「きっと、私たちの想像もつかないような景色が世界にはいっぱいあるんだろうね」
 アカリは自身の短い髪を撫でながら遠くを見つめた。こうして見下ろすと、案外近くにユースケとユズハの家々が見え、その奥に小さな森が広がっていた。ユースケの家に向かい合って佇んでいる飛行機は遠くから見るともはや緑一色で、機体の白い部分は見えにくくなっていた。森を超えて遠くにこじんまりとした住宅街やら建物が並んでおり、その中央らへんに建っている学校が小さく目立っていた。ユースケはもしかしたらあの賑やかな街も見えるかもしれないと見渡すが、地平線となってその先は途切れていた。地平線の先にある世界を目にしてきたんだという興奮が今更ながらに湧き上がってきた。
「石でも投げてみるか」
「人がいたら危ないよお」
「それに俺の家に当たって穴でも開けてみろ、ただじゃ済まさねえからな」
「ユースケの家に届くぐらい投げられたらなあ、きっと楽しいんだろうなあ」
 ユースケとカズキでふざけたことを言い合い、アカリが穏やかに宥めるやり取りをしているうちに、誰からともなくその場に三人並んで座った。遠くで鷹の声が聞こえてきて、顔を上げ探してみると、近くの高い山の中腹ら辺を飛んでいた。
「惑星ラスタージアにも、こんな景色が広がってるのかなあ」
 アカリが独り言のように言って空を仰いだ。今日から見えるという惑星ラスタージアは、最後の大戦によって衰退し始める前の惑星アースと自然環境が酷似しているということは周知の事実だった。
「むしろ、俺たちみたいに山に登ってその景色を眺めてる人たちもいるかもしれないぜえ」
「ああ、確かに! そうだとしたら、すごいロマンチックだなあ」
 カズキの発言にテンションを高くしたアカリは、嬉しそうに前方に広がる風景に視線を戻した。しかし、アカリの瞳は確かに笑っているのに、どこか深く切ない雰囲気を宿しているような気がした。
「それなら惑星ラスタージアに行ける日が来ても、きっと皆で仲良くできるね。争いなんて良くないもん」
「俺たちが生きている間に行けるのかねえ」
「宇宙って泳いで進めねえのかな」
「馬鹿かユースケ。宇宙って光の速さで進んでも十年とかもっとかかるんだろ?」
「だったら光より早く泳げば良いんじゃね?」
 二人は次第に馬鹿バカ言い合うようになってきたが、ふとユースケが思い出したようにアカリの方を見ると、二人の諍いなど聞こえていないかのように穏やかな顔つきで相変わらず景色を眺めていた。アカリがユースケの視線に気がつくと、小さく「えっ、あっ」と動揺を漏らしながら髪を撫でる。その仕草が自身を落ち着けるのか、すっと動揺を押し殺し、しんみりした顔になった。その表情の変化に、ユースケは少しドキッとした。
「でもさ……ここにいる私たちも、惑星ラスタージアにいる誰かも、同じようなことをしているってのは素敵なことだと思うんだ。人ってどこに行っても同じような物を求めて、同じように感じて生きているって証拠みたいな感じがする」
 ユースケを見つめて話し始め、次第にその視線を前方に戻していった。アカリのその語りは、不思議と心にすっと落ちていくような神秘的な響きを持っており、山の下に広がる風景を眺めるアカリの横顔はどこか儚かった。ユースケは、伸ばすつもりはなかったが、たとえ手を伸ばしたとしても、何故かその手はアカリのことを掴むことが出来ないような妙な空気感を感じた。ユースケを挟んでアカリと反対側に座るカズキはそんな雰囲気に気づかないで「なんか、すっごいこと言うなあアカリ」と呑気に感心していた。
 その後も、話題が飛び飛びになりながらだらだらと話し、途中ユースケが「逆立ちして見たらこの風景どう見えるんだろうな」と発言したことで、ユースケを支えられる身長の持ち主であるセイイチロウを呼び連れてその挑戦をしたりして過ごしていた。そのうちに陽が少しずつ傾き始め、ユースケたちの影を長くしていった。
 もう十分寛ぎ終えたのか、ユズハがタープの下から離れてユースケたちの方を見つめながら仁王立ちしていた。アカリが最初にその視線に気がつき、ユースケたちにそのことを伝えてアカリはユズハの方へ向かった。ユースケはユズハに睨まれると何かあると疑ってしまう癖がついていたため、呼ばれているわけでもないからと行きたがらなかったが、カズキもセイイチロウも薄情にもユースケを置いてアカリの後を追いかけていったので、ユースケも最後尾を渋々と歩いた。きちんとユースケが来るまで待ってから、ユズハが口を開いた。
「さて、と。今晩何を作るか決めましょ。タケノリ、ユリたちも呼んできてよ」
 ユズハに呼びかけられ、それまでタープの下で敷いたマットの上で寝ていたタケノリが欠伸をしながら立ち上がり、よろよろしながらユリたちの方へ向かって行った。眠かっただろうに、それでもユズハの指示に文句ひとつ言わずに従うタケノリにユースケは感心していた。
「というかちょっと待てって。今から考えるの? あれ、材料どうすんの?」
「同じ材料からでもいくつか料理作れるでしょ。一応カレー作るつもりで持ってきたけど、それ以外にもいくらか使えそうなもの持ってきたから。カレー以外が食べたい人もいるかもしれないし」
 カズキが動揺したのをユズハが宥めようと説明するが、言い終える前にユースケが「カレーが嫌な奴なんかいえねだろ!」と怒鳴る。ユズハはユースケの声など初めから聞こえてなかったかのように無視して、「じゃ、皆。何か食べたいものとか作ってみたいものとかある?」と改めて質問した。ユースケが「カレー」と即答するが、ユズハが迷惑そうに顔を顰めて「カレー以外に考えがある人」と付け足した。
「はいはい、皆で囲って食べる鍋は美味しいと思います」
 アカリが元気よく発言する。それに対してユズハもにこやかに微笑んで「鍋ね、分かった」と答える。ユースケとしては納得がいかなかったが、その後のカズキの「ラーメン」という意見が「あんた馬鹿でしょ」と速攻で切り捨てられているのを見てユースケも満面の笑みになった。逆にセイイチロウは考え過ぎているのか、しつこく「うーん」と唸るばかりで意見が出てこないでいた。ユースケとしては、そんなセイイチロウのぼんやりとして慎重な所が好きだったが、ユズハから見て好印象かと言われればきっとそうではないだろうなと思い、何だか可哀想になってきた。
 ユリたちもやって来て、ユズハの説明を受けて真っ先にユリが「カレー食べたいな」と発言した。ユースケは飛びつかん勢いでユリに抱き着こうとしたが、「ひっ」と悲鳴を上げられながらすんでのところで躱され、ユースケは顔から地面にダイブしてしまった。頭上で「カ、カレー以外に何かある?」とユズハが震えた声でユリに尋ねていたが、ユリは特に何も思いつかないようであった。ユズハの困った顔が目に浮かぶようで、ユースケ地面を顔に埋めながらほくそ笑んだ。
「私は無難に野菜炒めとかも食べたいけど、皆で一緒に食べるってことだし、それなら私も鍋にして食べたいかな」
 セイラがアカリの意見に賛同して、ちょうどカレーと票数が同じになった。ユースケは、いつまでもうーんと唸っているセイイチロウに見切りをつけて、縋るような思いでタケノリを睨みつける。シスコンのタケノリのことだから、セイラの意見に何も考えずに賛同するものと思ってユースケは必死に目で念を送ってみる。タケノリがそのユースケの視線に気がつき、考え込むような素振りでじっと見つめ返しながら、やがて「俺はどっちでも良いから、じゃんけんで決めれば良いんじゃないか?」と提案した。真っ向から妹のセイラの意見を否定することなく、かといってユースケの執着心も届いたのかそれも最低限無碍にはしない形の案に、ユースケも良しとすることにした。ユズハも融通が利かないというか、変に義理堅いというか、あくまで中立の立場を守っており、ぐぬぬと唸りながらもアカリとユースケの手を引っ張った。ユズハが二人に目で、じゃんけんするように促す。
「よしっ。アカリには悪いけど、ユリのためにも負けられねえなあ」
「あんたはどう考えても自分のためでしょうが……」
 ユズハが横で呆れながらも、そっと二人から離れる。ユースケは拳を作って顔の横まで持ち上げて、もう片方の手でその拳を握って力を込めた。アカリもユースケの気迫に圧されて、同じように拳を掲げて大切そうにその拳を握った。目が合うと、アカリは緊張したように笑みを零す。
「よし、最初はグー、じゃんけん、——」
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