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第一部 2章 指差して 

第23話

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 ユースケが起き上がって皆の様子を確認すると、ユズハがセイイチロウに持ってもらっていたリュックを「ありがとうね」とお礼を言いながら受け取り、自身の持っていたキャリーケースと山頂に用意されているセットと合わせてキャンプの準備に取り掛かっていた。ユズハにリュックを手渡したセイイチロウは、お礼の言葉に表情がふやけるも、すっかり疲れ果てた様子でそのままふらふらと歩いていくとリュックを放り投げてうつ伏せに倒れこんだ。せっかく格好つけてユズハの荷物を持ったのに、あんな情けない姿を晒してしまってもよいのだろうかとユースケは勿体なく感じていたが、当のユズハはまったく見ていなかった。ユースケの傍にいたアカリもユズハが取り組んでいるのに気がついた。
「あ、それじゃあ私、ユズハちゃん手伝ってくるね」
「お、おう……」
 アカリが柔らかく微笑みながら、ユースケに確認するように手を振る。ユースケも戸惑いながらも手を振ってアカリを見送る。ユズハを見ていて感覚が麻痺していたが、やはり女子の背中というのは小さく、アカリの背中も頼りなさそうに細かった。その背中を見送っているうちに、「俺も手伝った方が良いよな……?」と独り言ちた。
 視界の端でカズキが蛇口をひねって豪快に水を浴びていた。その後ろでタケノリが、皆から受け取ったのか、人数分はありそうな折り畳み式の水筒を持ち運んで、水を汲もうと待っていた。ユリとセイラはセイイチロウが寝転がっている横に備えられているベンチにハアハア言いながら腰かけていた。その間にも、ユズハとアカリは着実にテントを組み立てていってる。カズキに混じって水を浴びたい気分もあったが、ユースケはユズハたちの手伝いをすることに決めた。
「あら、あんたは呑気に空でも眺めてて良いのよ」
「お前、俺を馬鹿にしてるだろ」
「いつも手伝わないのに、今日に限ってどんな心境の変化なのかなって」
 互いに憎まれ口を叩き合いながら、手だけはてきぱき動かし準備を進める。アカリも二人の諍いにはすっかり慣れた様子で、何が面白いのか嬉しいのか、二人が言い合っているのを聞いている間、幸せそうな笑みを絶やさなかった。
 ユースケがタケノリと低学年時代の頃からの仲であるように、ユズハはアカリと低学年時代の頃からの仲だった。七歳から十二歳までの間の低学年時代ではほとんど習い事のような規模の学び舎しかなく、そこに少ない人数で集まって授業を受けたり遊んだりしていた。地理的に一番遠いユースケとユズハが通う学び舎には、カズキやセイイチロウ、ユミはおらず、タケノリとアカリ以外には他数名しかいなかった。
 低学年時代の頃も、そこまでユズハとアカリの仲は今ほど良くなかったようにユースケには見えた。今ほどべったりとした関係になるきっかけとなったのは、十三歳になってからの高学年時代、今の学校に通い始めてから起きたユズハへのいじめがきっかけだったように思っていた。
 ユースケも背が高かったが、それで虐めてくるような男子はまずいなかった。それに対して、女子で背が高いということは、女子はもちろん、背の低い男子にとっても色々な感情があるようで、とにかく当時から女子としては背の高かったユズハは、場所が学び舎から学校に移ると嫌がらせを受けるようになった。女子からは下駄箱に下品な贈り物をされたり、男子には面と向かって口汚く罵られてきた。ユースケからしてみれば、女子は怖い生き物として映る一方で、男子に関しては恥ずかしい奴らとしか思えなかったが、自分と思いや考えを共有していると思っていた幼馴染みにはダメージが大きかったようであった。図太いと思っていたユズハの心はユースケほどには図太くなく繊細で、一つ一つの出来事がユズハの心を大きく揺さぶっていた。当時の阿呆な頭ながら、ユースケはそこで初めて、本人にはどうしようもない特徴はこんなにも人を傷つけるものなのだと理解した。むしろ、幼馴染みで張り合うことの多かったユースケに合わせるようにしてユズハの背も高くなったような感覚があったので、ユースケは自分のせいでユズハが傷ついてしまっていると責任感を感じてしまっていた。
 そのときユズハの心の支えになってくれたのがアカリだった。アカリは、ユズハがどんなに虐められてもユズハの傍を離れなかった。元々ユズハを虐めている人はそんなに多くなかったが、当時のユズハからしてみれば傍観者然して何もしてくれない人たちに対しても恨みがましい気持ちを抱いていたであろう。そんなユズハにとって、傍にいて離れないアカリの存在がどれだけありがたかったことか、ユースケはその後の仲の良さを見てつくづく感じている。学年が上がり、ユズハと一応は仲の良いユースケの周りに、運動神経抜群で男前なタケノリや、ユースケに負けず劣らず背の高い無口なセイイチロウ、そしてユースケと同じようにトラブルメイカーかつお調子者で人気のあるカズキが集まったことで、ユズハに手を出すとどんなことが起こるか分からないという雰囲気が出来上がり、次第にいじめはなくなっていた。しかし、ユースケはユズハの心を支えたのは間違いなくアカリであると確信しており、感謝してもしきれなかった。一学年に二クラスしかない学校ではあるが、幸いなことに先生が気を利かせてくれたのか、いじめをしていた人たちとユズハたちは違うクラスになっていった。ユズハも段々と持ち前の明るさと毒舌的な態度を取り戻し、手芸部にも入り、穏やかで、愉しそうな学校生活を送れるようになった。
 テントを起こし、ペグも地面に埋めて固定して出来上がると、ユースケは早速と言わんばかりにテントの中へ入っていこうとするが、ユズハに耳をつままれる。
「テントは男子禁制、女子の空間ですから入らないでください」
「はあ? じゃあ俺は何のために手伝ったんだよ!」
「私たちのためでしょ? ねえ、アカリ」
 不自然に声を高くしてユズハがアカリに微笑みかけると、アカリもそのノリに乗って「ねえ♪」と笑顔で答えた。ユズハだけならどんな言い争いになろうともテントの主導権を握るつもりでいたユースケだったが、アカリまでユズハの側に着いたことで逆らえなくなり、さっさと退散することにした。去ろうとするユースケの後ろから「あ、まだテーブルとか望遠鏡とかの組み立て残ってるから」とユズハが呼び止めようとしてくるが、ユースケは無視してカズキの方に向かった。しかし、タケノリが向かいから歩いてきたと思うと、「お前手伝わないなら俺手伝ってくるわ。適当に遊んどけ」と告げてすれ違い、そのままユズハたちの方へ向かって行った。

 ひとしきり水浴びしても、まだ沈みそうにない陽光が山頂を熱く照らし、地面を濡らした水があっという間に蒸発していく。ユースケがカズキと一緒になって水を浴びたり横になってぐったりしているセイイチロウにふざけて水を掛けている間に、タケノリがユズハたちと協力して大きな布を支柱によって支えて展開したタープや、その下に折り畳み式のテーブルや椅子を並べ終えており、ユズハたちは日差しから免れてくつろいでいた。ユリとセイラもユズハと一緒になってその下に避難していた。アカリはユリとセイラの分も含めた寝袋をテントにせっせと運んでいた。
「おーいタケノリ、こっち来ないのかよお」
「悪い、ちょっと疲れたからここで涼んでる。セイイチロウで遊んでくれ」
 カズキがテントの下でくつろぐタケノリに呼びかけるが、タケノリは椅子に座ったまま動こうとしなかった。ワンテンポ遅れてセイイチロウが「……俺でってなんだ、俺でって」と力なく反論した。
「良いよ、あそぼあそぼ」
 寝袋を運び終えたのか、テントから出てきたアカリがユースケたちに駆け寄って、代わりにとでも言わんばかりにウキウキさせていた。ユースケとカズキは目を合わせ、女の子も交えて水を掛けるのも何だか悪いような気がして、カズキが「じゃあとりあえずあっち行って景色眺めてようぜ」と提案した。その提案にもアカリは嬉しそうに頷き、ユースケたちは広々とした山頂の端の方にある、ちょっと盛り上がっているところまで走って行った。
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