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第一部 2章 指差して 

第25話

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 陽もすっかり暮れ、タケノリが「おお、くれえなあ」と呑気に呟きながら事前に組み立てておいた携帯ランプを点ける。灯りがぼうっと場を照らし、点けるために傍にいたタケノリの顔に不気味な陰影を生み出していた。そのタケノリの横顔を見つめながら、ユースケはげっぷを漏らしながら「不気味だなあ、タケノリ」と呟いた。タケノリが面白がってランプを手に持ったまま器用にユースケに迫ってきて、ユースケもふざけた悲鳴を上げながら逃げる。
「もう、何やってるんだかお兄ちゃんたち」
「バカはほっときましょ」
 ユリとユズハが呆れたような目線を送ってから、黙々と望遠鏡の準備に取り掛かった。懐中電灯で手元を照らし、折り畳まれたスタンドを組み立てる。その傍でアカリとセイラが小さな灯りを共有するように身を寄せ合って、惑星ラスタージアについて書かれたチラシを覗き込んで情報を確認している。
 それらの傍らからザーッとプラスチック製の食器を水洗いする音が響いてくる。セイイチロウが蛇口の傍にしゃがんで食器を洗い、洗い終えた物をカズキに渡して、それら食器を重ねてゴミ袋にまとめて入れていく。
「ったく、ユースケの奴、好きなもん食えたんだからこっちも手伝えよな」
 カズキが愚痴を零し、セイイチロウが無言で頷く。それを聞いたユースケはわざわざカズキたちの元までやって来て、「ゴクロウサマ」と偉そうに腰をかがめた。後ろをついてきたタケノリの持つ灯りによってセイイチロウたちの手元が照らされ、その眩しさにカズキもセイイチロウも「わっ」と怯む。
「男子どもー。そろそろこっちにいらっしゃあい」
 女性陣が静かになったと思うと、ユズハがそんな風にユースケたちを呼んだ。ユースケとタケノリはそれに素直に従い、くるりと身を翻してユズハたちの方へ向かった。それから少しして、片付け終えたカズキとセイイチロウも、ゴミ袋もそのままに走って後を追う。追いついたカズキが、未だに携帯ランプを持って歩くタケノリに「それ置いてけよ」と突っ込む。タケノリも「ああ……」と思い出したように呟いて、テントの近くにそれを置いてきた。
 ユリが早速望遠鏡を覗き込んでおり、そのすぐ後ろでセイラがそわそわしながら待っていた。アカリがそんな二人を見守り、ユズハはユースケたちのことを白い目で睨んでいた。その視線を無視しようとしてユリの様子を眺めているうちに、「あっ」とユースケはラジオのことを思いだした。ユースケは全速力で携帯ランプの近くまで戻り、自分の荷物を漁ってラジオを取り出す。それから、適当な椅子を持ってユズハたちのところまで戻ってくる。ユリが「うん、惑星ラスタージアもまだ衰退してないみたいだね」と声を高くして縁起でもない感想を漏らしていた。
「あんた、何持ってきたの?」
「へへ、これだよこれ」
 ユズハの問いかけに、ユースケが自信満々にラジオを見せつけた。横にいるタケノリが「おお、そういやそんなもんもあったな」と今更のようにニヤニヤした。自分から言い出したのだからむしろ自分よりも先に思い出して欲しいと思ったユースケである。
「言い出しっぺのくせに忘れるなよ。センスが良いって褒めた言葉を返せ」
「わるいわるい、ははっ」
 ちっとも悪びれた様子のない感じで笑うタケノリを放って、ユースケはラジオを椅子の上に乗せて、慣れた手つきで放送局を探す。時折ザザーっというノイズが走り、いつの間にかユースケの横に並んでしゃがんでいたアカリが「わっ」と驚いた。ユースケは思わずアカリの方を振り向くが、思っていた以上に近い距離にあるアカリの驚いた顔が、やけにスローモーションに動く。ユースケの視線に気がついてアカリがあたふたするも、「続けて」と促してくるが、ユースケはアカリの顔から目を離せないまま、手だけはラジオのつまみを動かしていた。いつの間にか、ユースケがラジオを乗せるために持ってきた椅子を囲うようにして皆が集まってきた。
 やがてユースケの手の先から『惑星ラスタージア』の単語が聞こえてきたのと、ユリが観測し終えてセイラに交代したのはほぼ同時だった。ユリが目を輝かせながらユースケの方に近づいてくる。
「わーお兄ちゃん、イカスことするねえ」
「だろ? もっとお兄ちゃんを頼って良いんだぞ」
「まあでも、そのアイデアもタケノリさんのものらしいけどね」
 余計な一言を付け足してからユリも興奮した様子でラジオの音声に耳を傾けていた。『今年もやってきましたよ、惑星ラスタージアの見える時期が』とやけに声の低いアナウンサーも興奮していた。ユリもいちいちアナウンサーの語りにリアクションしていた。ユースケもテンションが上がってきて、ユリにもっと近くに来るようにと少しずれる。ユリもすんなりと素直にユースケの隣に収まった。反対側にいるアカリは、そんな二人の様子を眩しそうに見つめていた。
「実物を見ながら話も聞くってわけか。センス良いなユースケ」
「まあな」
「実際に提案したのは俺だけどな。手柄を奪うな」
「でも、俺もそれに賛成したわけだから、俺もセンスが良いってことだよな?」
「あ、じゃあ俺もじゃね?」
「あんたたちうるさーい! あんたたちのせいでその肝心のラジオの音声が聞こえないじゃない!」
 ユースケ、タケノリ、カズキが意地汚く揉めていると、ユズハに一喝され、三人はしゅんとなって静まり返った。辺りが静まり返ると、急にラジオの音声が際立つようになり、『それでは、惑星ラスタージアが何故私たちの希望なのかについて、改めて解説をお願いしたいと思います』と話していた。
「私たちの希望って、こういう形してるんだねえ」
 セイラが感慨深そうに呟いて、アカリに代わろうとする。アカリは一瞬躊躇ったようにラジオとユースケ、そして望遠鏡を交互に見るが、やがて決心がついたようにさっと立ち上がって望遠鏡を覗き込む。アカリは「わあっ」と短い歓声を上げる。『惑星ラスタージアは表面の七○パーセントが水で覆われており、これは——』と、惑星ラスタージアの特徴を惑星アースと比較しながら説明していた。
「ラスタージアにも人がいるんだとしたら、向こうもこっちのこと見ていたりしないのかなあ」
 アカリはいかにも穢れを知らないといった感じで、純粋そうにそう言って惚けたように望遠鏡を覗き込んでいる。『惑星ラスタージアにも生命体はおろか、私たちのような人間がいる可能性も十分にあり得ます』とラジオで解説されていた。
 アカリがカズキを呼び出し、望遠鏡の前で入れ替わる。アカリはそのまま再びユースケの横に収まった。途端にアカリの息遣いがやけにはっきりと聞こえ、ほのかなカレーの匂いの奥にアカリ本人のものと思われる柑橘系の優しい香りが漂ってきた。カズキは「ほーほーほーほー」と動物のように鳴き声を繰り返し、熱心に望遠鏡の先にある星を眺めていた。『では、惑星ラスタージアが希望ということですが、実際に我々がこの惑星に移住することは将来可能なのでしょうか?』とラジオの中でアナウンサーが、実際に来ているらしい専門家の人に尋ねていた。専門家の人はえらくしゃがれた声をして、咳払いをいくつかしてからゆっくりと話し始めた。どうも胡散臭いな、という感想をユースケは抱いた。
「もし惑星ラスタージアに行けたら、そしたら俺は何すっかなあ」
 カズキは、まるで遠足のときのおやつをどうしようかと悩む子供のように気楽そうに言いながら、ユズハの肩を叩いた。ユズハもラジオの話に聞き入っているようであったが、渋々といった感じで望遠鏡の前に立つ。しかし、一旦覗き込むと、ユズハは上機嫌に鼻を鳴らしてすっかり見入っているようであった。ラジオでは、しばらく専門家の話が続いて、アナウンサーがうんうんと目に浮かぶような様子で答えており、最終的に、『では、現状ではまだまだ惑星ラスタージアの渡航にはいくつか難しい課題がある、ということですね?』とアナウンサーが専門家の話をまとめていた。
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