女神さまだってイイネが欲しいんです。(長編版)

草野瀬津璃

文字の大きさ
33 / 46
第一部

 04

しおりを挟む


「わ、私が原因って……」

 言葉を飲み込むなり、ハルの顔からすーっと血の気が引いた。
 ユリアスを助けたいと思っていたのに、ユリアスの呪いを早める原因がハルなんて言われたせいで、足元がガラガラと崩れ落ちていく気分だ。
 声が震えたのに気付いたのだろう、ユリアスがハルをなだめる。

「ハル、落ち着け。ひとまず、座ったらどうだ。俺より倒れそうな顔をしているぞ」
「う、うん」

 ハルが長椅子に座りなおすと、隣にユリアスも腰を下ろす。向かいにはグレゴールが座した。
 グレゴールは懸念を浮かべた暗い表情のまま切り出す。

「失礼しました。ハル様がというより、女神様のお力が原因というべきかもしれません」
「どういうことですか、叔父上」

 ユリアスはこんな時でも冷静だ。ほとんどどっしり構えているので、ハルはあまりユリアスが慌てるところ見たことがないと気付いた。

「ハル様は女神様の加護をお持ちで、魔物もまた、女神様のお力の欠片です。呪いも、邪悪なる力といえど、女神様の欠片でもあります。ですから、祈法でもって呪いを抑え込むこともできる。大きな目で見れば、どれも同じものなんです」

 グレゴールの説明はこの世界の真理だ。
 ハルは必死に話を整理する。

「つまり、私が持ってる加護は女神ちゃんのエネルギーで、呪いも女神ちゃんのエネルギー。同じものだから……」
「ええ。ハル様の持つお力は強い。傍にいることで、呪いに影響するのだと思います」
「そんな……」

 ショックだ。助けるどころか、ハルの存在がユリアスを追いつめていたなんて。
 涙があふれ出して止まらない。うぇっとしゃくりあげながら泣くハルに、ユリアスが優しく声をかける。

「おい、泣くな。お前は悪くないだろう?」

 そんなふうに言われると、余計に涙腺がゆるむ。ハルはぶんぶんと首を振る。

「私、小さい頃にいじめられたって話したよね? あの時、本当は友達にも味方になって欲しかったの。だから、ユリユリを友達として助けたら、あの時の自分も少しは報われる気がして……」

 涙が頬をぼろぼろと零れ落ちて、敷物にしみを作る。

「ヒーロー気取りで、馬鹿みたい。全然助けられてないじゃん。ユリユリ、本当にごめん。ごめんねぇ……ぶっ」

 ぺこぺこと頭を下げていると、肩を引かれて、固いものに顔から飛び込んだ。ハルは今度は痛みで涙を浮かべる。なんだこれはともがくと、後ろ頭を押される。
 うわ、ちょっ、痛いんですけど!
 なんとか顔をずらすと、シャツが見えた。

「ああ、本当に馬鹿だ。お前は」
「うぇっ!?」

 ユリアスに抱擁を受けていると気付いて驚いたハルだが、慌てて思い直す。友達同士の慰めあいだろう、たぶん。それより気になる言葉があった。

「馬鹿って、あの、ね……」

 抗議の声は尻すぼみになった。ユリアスはからかうような声のわりに、優しい顔をしていたのだ。

「お前は間違いなく俺を助けてくれた。孤独のまま死ぬのだと諦めていたんだ。上手く笑えなくなっていたのに、今ではどうだ、自然と笑みが浮かぶんだ。これがどれだけすごいことか分かるか?」

 ハルとしっかり目を合わせ、ユリアスは噛みしめるようにして言葉を選ぶ。

「ユリユリ……」

 確かに、最近のユリアスの表情は豊かになってきた。変化を知っているから、ハルはこの説得に胸を射抜かれた。

「俺はこんな風にさすらうまで、自分がどれだけ他人に必要とされたいと思っていたか、まったく知らなかった。気付いたところで遅い。呪いはどうしようもなかったからな。あの魔物は、俺が最高に調子が良い時でやっと追い払えたんだ。弱体化した今では、とても倒せない」

 ユリアスは目を伏せて、自嘲を込めてつぶやく。

「周りには大丈夫だと言ったが、本当は寂しかったし、助けて欲しかった。でも俺は、いつも助ける側だったから、助けてもらい方が分からなかったんだ」

 恥ずかしそうに苦笑を浮かべ、その顔が笑みに変わる。

「ハル、お前が手を差し伸べてくれたこと、本当に感謝している。ありがとう」

 ポンポンと頭を軽く撫でられたのが駄目押しだった。泣けてしかたがない。そして、そんなふうに言えるユリアスは強い人だと再認識した。
 他人に弱みを見せるのは、もっとも難しいことだ。きっとこう言うのは勇気が必要だっただろう。ハルを慰めるために、心の内を話してくれたのだと思うと、胸が熱い。

「ありがとう、ユリユリ。ううん、ユリアス。私も、ユリアスに助けてもらって良かったよ」

 ごしごしと袖で涙をぬぐいながら、ハルは姿勢を正す。そして改めて右手を差し出した。

「……ああ」

 ユリアスも握手を返してくれた。
 そんな二人のやりとりに、グレゴールももらい泣きして、ハンカチで目元を覆っていた。



 今日は神殿に泊まっていくように言われ、隣あった客室をあてがわれた。
 ハルはメロラインに会いに行こうかと思ったが、なんとなく気乗りしなくて窓から庭を見ていた。コスモスに似た花が咲いている。
 そこにユリアスが顔を出した。

「おーい、ハル。叔父上が菓子を用意してくれたぞ。こっちの部屋に来い」
「お菓子? 行く!」

 この神殿勤めの料理人は、とても料理が上手いのだ。ほとんど反射的に返事をして、すぐに扉のほうに向かったものの、なんとなくユリアスから離れた場所で立ち止まる。ユリアスがけげんそうに片眉を上げた。

「なんだ、お前が近づくと呪いが加速するのを気にしてるのか。今更だろう」
「う、うん。ごめん」

 ユリアスのほうに気を遣わせてしまった。

(駄目だなあ、私)

 調子が狂ってしまい、溜息をつく。

「ハル、お前の良いところは馬鹿みたいな明るさだろうが」
「はー? 馬鹿みたいな明るさって何よ。失礼しちゃうわね」
「というか、お前がしおらしくしてると、女みたいで怖い」
「私、女ですけど! なんだと思ってたのよ!」

 あまりの失礼さに言い返し、頬を膨らませる。するとユリアスが笑った。

「それでいいんだよ」
「むぅ……」

 そんな風に笑われると、ハルも怒りが長続きしない。しかたないなあと少し負けた気分でユリアスについていく。こちらの客室も、ハルの部屋とあんまり変わらない内装で、青で統一されている。部屋の左側にあるテーブルに向かい、ハルは菓子を見て歓声を上げる。

「おいしそう! グレゴールさんってば太っ腹~」

 ケーキ、カップケーキ、クッキーといろんなものが置かれている。甘ったるい良い香りがした。
 さっそく席について、ハルは遠慮なく茶菓子を満喫する。ユリアスはあんまり甘い食べ物を好まないので、豆入りのクッキーをいくつかつまんだ程度だ。余ったクッキーとカップケーキはハルの部屋に運んでもらった。
 お腹がふくれて満足したハルは、紅茶を飲みながら、なんとなくユリアスを眺める。呪いについて気になることがあった。

「ねえ、ユリアス。その呪いを写真に撮ってもいいかな?」
「え? この呪いをか?」

 ユリアスは意外そうに目をみはり、カップをソーサーへ戻す。

「加護と魔物、呪いは同じものなんでしょう? 未熟な世界にしか魔物がいないなら、魔物がもたらす呪いも同じかもしれない」
「なるほど、その理屈なら頷けるな。いいぞ。どうすればいい?」
「えーと、せっかくだから明るい場所で撮りたいわ。こっちに来て」

 ハルは窓のほうへ向かい、ユリアスを手招く。ユリアスを窓の傍に立たせると、彼は緊張しているように見えた。動きがぎこちない。

「どうしたの?」
「女神様にシャシンを献上するんだろう? 身構えるに決まってるだろ。女神様だぞ、女神様!」
「はいはい、分かったから。はい、仮面を外して」
「分かった」

 ユリアスは仮面をつかむ。ハルは前から気になっていたことを思い出した。

「そういえば、その仮面ってどうやって固定してるの?」

 ユリアスが走ったり跳んだりしてもまったく外れないのに、固定するための紐のようなものすら無い。不思議だ。

「仮面にかけられている祈法が、呪いに反応してくっついているんだ」
「ふーん……?」

 なんだかよく分からないが、魔法的な力が作用しているらしい。さすがはファンタジー世界の常識だけあって、ハルには突飛に思えた。
 このやりとりで少しだけ緊張がやわらいだようだ。仮面を外したユリアスは、若干眉が寄っているものの、さっきよりマシだ。

「ユリユリ、固いよ~。好きな人とかいないの? はい、思い浮かべて」
「急に無茶を言うな。ええと、好きな人……?」

 困惑した後、ユリアスの表情がやわらぐ。ハルは手を構え、フォトの魔法で何枚か写真を撮った。すぐに夢幻フォルダでチェックする。

「うんうん。良い顔してるよ、オッケー」
「それなら良いが」

 すぐに仮面を付け、ユリアスは首を傾げる。
 ハルはというと、夢幻フォルダを操作して、「女神へ送信」ボタンを押した。

「よーっし、できた。反応が良いといいね!」
「ああ。俺にはそのシャシンとやらが見えないのが残念だな」

 夢幻フォルダが見えないのに、ハルの手元を覗くしぐさをして、ユリアスは残念そうに肩を落とす。一方で、ハルはふふっと噴き出してしまう。

「ユリアスってば、好きな人がいるんだね。良い顔してるから、にやにやしちゃうわ。王子だから、婚約者さんとか?」
「この状態でいるわけがないだろう。呪いを受けた後に婚約破棄されたんだ」
「え……、あ、ごめん。調子に乗りました!」

 ハルは泡をくって頭を下げる。思い切り地雷を踏み抜いてしまった。

「そもそも、だ。婚約者がいるなら、女と二人旅などしない」
「ユリアス、真面目だもんねえ。そうだね」
「とりあえずお前のことを考えてみたんだ」
「へ!?」

 突然、投下された爆弾に、ハルの心臓ははねた。友達だと思っていた相手に告白されたのだと思うと、さすがにびっくり……

「馬鹿みたいな笑い方を思い浮かべると、俺も素直に笑顔になるぞ」
「うわぁー、うれしくない!」

 はい、修正ー。まったくロマンスの欠片もありませんでした。

「そうだな。お前のことは好きだぞ」

 友達として、ですね。はいはい。

「うん、私もユリアスのことは好きだよ~」

 もちろん友達として、である。

「……ハル、意味を分かってないだろう」
「うん? 分かってるけど?」

 ハルが首を傾げた時だった。廊下を慌ただしく駆けてくる足音がして、扉がバタンと開く。神官の女が血相を変えて叫んだ。

「大変です、殿下、ハル様。王都に、例の魔物が現れたそうです!」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

追放された聖女は旅をする

織人文
ファンタジー
聖女によって国の豊かさが守られる西方世界。 その中の一国、エーリカの聖女が「役立たず」として追放された。 国を出た聖女は、出身地である東方世界の国イーリスに向けて旅を始める――。

異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました

小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。 しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!? 助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、 「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。 幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。 ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく! ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー

クラス召喚されて助かりました、逃げます!

水野(仮)
ファンタジー
クラスでちょっとした騒動が起きていた時にその場に居た全員が異世界へ召喚されたみたいです。

慈愛と復讐の間

レクフル
ファンタジー
 とある国に二人の赤子が生まれた。  一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。  慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。  これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。  だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。 大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。  そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。  そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。  慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。  想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……

ラストアタック!〜御者のオッサン、棚ぼたで最強になる〜

KeyBow
ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞 ディノッゾ、36歳。職業、馬車の御者。 諸国を旅するのを生き甲斐としながらも、その実態は、酒と女が好きで、いつかは楽して暮らしたいと願う、どこにでもいる平凡なオッサンだ。 そんな男が、ある日、傲慢なSランクパーティーが挑むドラゴンの討伐に、くじ引きによって理不尽な捨て駒として巻き込まれる。 捨て駒として先行させられたディノッゾの馬車。竜との遭遇地点として聞かされていた場所より、遥か手前でそれは起こった。天を覆う巨大な影―――ドラゴンの襲撃。馬車は木っ端微塵に砕け散り、ディノッゾは、同乗していたメイドの少女リリアと共に、死の淵へと叩き落された―――はずだった。 腕には、守るべきメイドの少女。 眼下には、Sランクパーティーさえも圧倒する、伝説のドラゴン。 ―――それは、ただの不運な落下のはずだった。 崩れ落ちる崖から転落する際、杖代わりにしていただけの槍が、本当に、ただ偶然にも、ドラゴンのたった一つの弱点である『逆鱗』を貫いた。 その、あまりにも幸運な事故こそが、竜の命を絶つ『最後の一撃(ラストアタック)』となったことを、彼はまだ知らない。 死の淵から生還した彼が手に入れたのは、神の如き規格外の力と、彼を「師」と慕う、新たな仲間たちだった。 だが、その力の代償は、あまりにも大きい。 彼が何よりも愛していた“酒と女と気楽な旅”―― つまり平和で自堕落な生活そのものだった。 これは、英雄になるつもりのなかった「ただのオッサン」が、 守るべき者たちのため、そして亡き友との誓いのために、 いつしか、世界を救う伝説へと祭り上げられていく物語。 ―――その勘違いと優しさが、やがて世界を揺るがす。

最難関ダンジョンをクリアした成功報酬は勇者パーティーの裏切りでした

新緑あらた
ファンタジー
最難関であるS級ダンジョン最深部の隠し部屋。金銀財宝を前に告げられた言葉は労いでも喜びでもなく、解雇通告だった。 「もうオマエはいらん」 勇者アレクサンダー、癒し手エリーゼ、赤魔道士フェルノに、自身の黒髪黒目を忌避しないことから期待していた俺は大きなショックを受ける。 ヤツらは俺の外見を受け入れていたわけじゃない。ただ仲間と思っていなかっただけ、眼中になかっただけなのだ。 転生者は曾祖父だけどチートは隔世遺伝した「俺」にも受け継がれています。 勇者達は大富豪スタートで貧民窟の住人がゴールです(笑)

処理中です...