34 / 46
第一部
05
しおりを挟むダカッダカッダカッ。
草原を有角馬が駆けていく。
有角馬を走らせるユリアスの横を、ハルは魔法で飛んでいる。
「まさかこのタイミングで、あっちからお出ましとはな!」
ユリアスは険しい顔をしている。
神官からの知らせによれば、今まさに、王都はユリアスを呪った魔物に襲われているのだ。愛国心が強いユリアスは、とても落ち着いてはいられないだろう。
「王都、大丈夫なの?」
「結界があるから、一週間は持ちこたえられるはずだ。いや、それ以上か? ちょうどクリスタル・ナーガを持ち込んだだろう。魔物の襲撃を想定して、備蓄だけなら三か月はもつくらいはあるんだ。収穫後だから、余裕がある」
「人間側には有利なんだね、良かった」
不幸中の幸いだ。
エルドア王国の領土には他にも町や村があるのに、国内で最も人が多い王都を選ぶ辺り、オリハルコン・ナーガは頭が良い。しかも今は収穫祭で、よその町からも商人が集まっているらしい。
「待って、いつも通りとはいかないんじゃない? 今、お祭りでしょ? 人の出入りが多いんじゃ……」
「そうだった! 街道に誰かが取り残されているかもしれない。急ぐぞ!」
ユリアスは有角馬の腹を蹴り、更に足を速める。ハルもなんとかそれについていく。飛翔の魔法に慣れていないせいか、あまりスピードを出せない。
やがて北門に到着すると、城壁の上にいる門番が大声を出した。
「殿下、このまま南門のほうへ移動してください! 街中は祭りでごった返していて、襲撃の混乱に当たるために兵が出払っています。南の街道で旅人が取り残されていて、赤の騎士団が救援に当たっているそうです!」
「分かった!」
指示を受け、ユリアスは再び有角馬を走らせる。
それから三十分ほどかけて南門へ移動する。次第に空が暗くなっていき、黒雲が立ち込め始めた。
「ハル、奴だ! 間違いない!」
「分かるの?」
「ああ、呪いがうずくんだ。呪いをかけた奴が近い証拠だ」
「えっ、大丈夫なの? 痛い?」
「我慢できる。それよりも仲間が心配だ」
ユリアスが自分のことより他人を優先するのは相変わらずだ。しかたない人だと思いながら、ハルは前方を見据えた。黒雲を背にして、紫がかった銀のうろこを持つ大蛇が空を飛んでいる。白い四枚の翼を持つ姿は神がかって見えた。
街道には鎧姿の騎士達がいて、一つのグループは隊商を守っている。簡易結界維持機で結界を張っているようだ。それ以外は武器を持ち、空を見上げている。すでに何人かは地面に倒れていた。
「弓、構え! うてっ!」
指揮をする青年の掛け声とともに、矢がオリハルコン・ナーガへと飛んでいく。
「ガラガラガラ」
オリハルコン・ナーガの哄笑が響き、稲光が走る。ドオンと雷が落ちて、矢を燃やした。そして、こちらにも稲妻を降らせる。
「フェル!」
ユリアスが焦りを含んだ声で叫び、有角馬に乗ったままで杖を掲げる。地面から岩が生えだして、落雷から騎士達を守った。指揮者が振り返り、喜色をにじませる。銀の髪と琥珀の目を持つ、きつい印象の美青年だ。
「殿下!」
だが、そう叫んだ直後、岩が崩れ落ちた。
「くそ、この程度で疲れる……っ」
ユリアスの舌打ちが、ハルには悲しい。
「ごめん、ユリアス。私のせいだから、私ががんばる! 補佐をよろしく」
「任せろ。気を付けろよ!」
ハルは騎士達の前へ出て、空に浮かんだまま、ユヅルを構えた。
「行っけー!」
照準を合わせ、光の矢を放つ。光が弧をえがき、正確にオリハルコン・ナーガに命中する。だが、鱗に矢が弾かれた。
――あははは。その程度かい、人間よ。我は三年前よりも強くなったのだ。人間程度の魔法など、ひねりつぶしてやる!
女の声がそう言うと、オリハルコン・ナーガは大きく羽ばたく。強風が叩きつけられた。
「くぅっ」
ハルは目の前に腕を掲げ、強風を耐える。あちこちで悲鳴が上がり、何人か転んだ。
「落ち着け! 怪我人は結界の中へ。可能なら王都に入れ!」
ユリアスが指示を飛ばし、元気な者が倒れている者を引きずって簡易結界維持機のほうへ行く。
「あいつ、前よりレベルアップしてる」
「前はどうやって対処したの?」
「羽の付け根と目を狙った」
「とりあえず……やってみる!」
ハルが再び弓を構えた時、オリハルコン・ナーガは面白そうにこちらに話しかけてきた。
――おやおや、前に会った王子じゃないか。まだ生きているとはなあ。おかげで我はお前の力を取り込んで、こうして強くなったぞ。
「俺の力を? 魔を呼び寄せる、弱体化の呪いじゃなかったのか?」
――正確には、魔を呼び寄せ、お前から少しずつ力を奪う呪いだ。おかげで傷ついた体も再生した。まさかこれほど長く持ちこたえるとは思いもしなかったが。ここ最近、力の移動が速くなったのでな、そろそろ死んだだろうと来てみたのだよ。
くつくつと笑う声には、邪悪さがある。
ハルの弓を持つ手が震える。つまり、この魔物がここに来るきっかけもハルだということになる。
(いや、ショックを受けてる場合じゃないわ。こいつを倒せば、ユリアスは助かるんだ。私のせいなんだから、私が片を付ける!)
右手に光の矢が現れる。オリハルコン・ナーガの翼の付け根に狙いを定めると、ハルの目には矢が飛ぶ軌跡が見えた。
二矢、続けて飛ばす。
しかし、オリハルコン・ナーガが身をくねらせ、矢がうろこで弾かれた。
――はっはっは。娘、良い腕をしているな。
皮肉っぽく笑うオリハルコン・ナーガ。ハルはこめかみに青筋を立てる。
(ほんっとにムカつくな、この蛇! だけど、そうだ、今のうちに写真を撮っておこう)
こんな時になんだが、そういえばこの魔物の写真はまだだった。ハルは手を構えて、オリハルコン・ナーガを撮影する。
すると、なぜかオリハルコン・ナーガがビクッと震えた。
――な、なんだ? そこの娘、今、我に何をした!
「え?」
ハルは首を傾げながら、もう一枚、撮影した。
――ぎゃああっ
「なんだなんだ、どうしたんだ。それは女神様に献上しているシャシンだろ?」
いつも横で見ていたユリアスだから、この状態がおかしいのは分かるようだ。
「そうだよ。フォトの魔法で写真を撮ってるだけなんだけど」
「こんな時にシャシンを手に入れているのかと突っ込みたいが、あいつ、ダメージがあるようだぞ」
「なんでだろうね? もう一枚」
三回目でも、オリハルコン・ナーガはうめいた。
――どうやって我の魔力を奪っているのだ、貴様ぁぁぁ!
どうやら逆鱗に触れたらしい。オリハルコン・ナーガは吠えるように怒鳴り、こちらに一直線に突っ込んできた。
今まで見たナーガ種よりずっと大きい。小さなお城くらいはあるかもしれない。さすがにひるみそうになるが、ここにはユリアスと騎士達がいるのだと思い、ハルは前へ踏み込んだ。
「ハル!」
驚きの声を上げるユリアスを無視して、ハルは地を蹴った。
「えいやっ!」
――ぎゃうっ。
大きく開けていた口を、顎下から蹴り上げられたオリハルコン・ナーガは上へと跳ねる。ハルはそのまま空中で身をひねり、横面を蹴り飛ばした。
――ぐふぅっ。
巨体はゴムのように飛んでいき、地面にぶつかって土煙を上げる。
「あれ? もしかして、弱ってる?」
思ったよりあっさりと飛ぶものだから、ハルは目を丸くした。後ろを振り返ると、唖然としているユリアスの後ろのほうで、目が合った騎士や商人達が分かりやすくうろたえた。どよっとざわめきが走り、引いているような感じがする。
ちょっと失礼じゃないですかね、その反応!
ユリアスがハルの横に並んだ。
「お前、空を飛ぶ魔法の時みたいに、女神様から何かいただいたのではないか?」
「そうかな? 最近、女神ちゃんに会ってないから分かんない」
女神スポットはそうあちこちにはないのだ。
「まあいい。――皆、好機だ! いっせいに叩け!」
ユリアスが杖を掲げると、騎士達がおうと答える。野太い声の合唱に身をすくめたものの、ハルは油断なく弓を構えた。
――貴様、貴様貴様貴様。許せん! 死ね!
黒雲から落雷が落ちてくる。ハルがとっさにユヅルを上にかざすと、ユヅルが手から離れて、いつかのように大きく広がった。雷が弾かれる。
「お前も雷に打たれろ! オリハルコン・ナーガ!」
ユリアスが杖を目の前に据え、呪文をつぶやく。ドンッと空気をビリビリ震わせ、雷がオリハルコン・ナーガに落ちた。
――ぎゃああああ!
オリハルコン・ナーガの悲鳴が響き、騎士達の追撃が加わる。火の魔法がいくつも飛び、最後に爆発が起きた。
爆風が風に流されて消えてしまうと、そこにはぐったりと地に身を横たえたオリハルコン・ナーガがいた。あちこちから煙を上げている。ぴくりとも動かないので、どうやら致命傷になったみたいだ。
ハルはユリアスに声をかけ、短剣を抜いて、オリハルコン・ナーガの巨体へ走る。
「ユリアス!」
「ああ。皆、手伝え! 核を取り除くぞ!」
ユリアスの号令に、騎士達も慌ただしくオリハルコン・ナーガに近付く。ナーガ種はだいたい喉の辺りに核があるのだが、短剣では刃がとどかない気がする。
「うーん、どこだろう、核……」
ハルがオリハルコン・ナーガの前をうろうろしていると、白猫の姿に戻ったユヅルがタタッと駆けだした。
ちょうどユリアスや他の騎士が魔法で岩を生やし、オリハルコン・ナーガの体をあおむけにひっくり返したところだ。ユヅルはオリハルコン・ナーガの喉の辺りを歩き回り、一か所で声を上げた。
「ミャア」
もしかして……とハルはピンときた。
「ユリアス、こっち! この辺にあるってユヅルが」
「ユヅルが?」
ユリアスは不思議そうにユヅルの足元を見る。
「まあ、ユヅルも女神様の力なんだ、同じ力が分かるのかもしれないな。フェル、この辺を探ってくれ」
「はっ」
指揮者が頷いて、長剣をオリハルコン・ナーガにザクザクと突き刺す。そして、両手のこぶしを合わせたくらいの核が、ボロリと転げ落ちた。
「取れた……」
ハルはへなへなと地面に座り込む。
「倒したのか……?」
ユリアスも呆然とつぶやき、騎士達も顔を見合わせる。勝どきの声が上がる中、ハルはユリアスを見上げる。
「ユリアス、呪いは?」
ユリアスが仮面を外すと、右目の周りの紋様は消えていた。ハルはうるうると目をうるませ、立ち上がってユリアスのほうへ走る。思い切り抱きついた。
「うわぁぁぁん、良かったよぉぉぉっ」
「あぶなっ。ここ、ナーガの上だぞ!」
よろめきながらも踏みとどまり、ユリアスはハルの背をポンポンと叩く。そんな二人を微笑ましく見ていた指揮者のフェルが傍に来て、ユリアスの姿を指摘した。
「でも、殿下。髪と目の色は戻らないんですね」
「そうか……」
「えっ、嘘でしょ! だって、魔を呼び寄せる呪いと弱体化……」
ハルは急いでユリアスの姿を確認して、まったく変わっていないと気付くや、また泣き出した。
「そんなーっ。ひどいよ、魔物の馬鹿ーっ」
「おい、そこまで激しく泣くなよ。オリハルコン・ナーガが言っていただろう、弱体化ではなく力を奪う呪いだ、と。奪われたから戻らないんだろう」
ユリアスが慰めてくれるが、ハルはもう我慢できなくて、その場にしゃがみこんでわんわん泣いた。
オリハルコン・ナーガの襲撃を食い止めた快挙の前でも、ハルは全く喜べなかった。
0
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説

契約結婚のはずが、気づけば王族すら跪いていました
言諮 アイ
ファンタジー
――名ばかりの妻のはずだった。
貧乏貴族の娘であるリリアは、家の借金を返すため、冷酷と名高い辺境伯アレクシスと契約結婚を結ぶことに。
「ただの形式だけの結婚だ。お互い干渉せず、適当にやってくれ」
それが彼の第一声だった。愛の欠片もない契約。そう、リリアはただの「飾り」のはずだった。
だが、彼女には誰もが知らぬ “ある力” があった。
それは、神代より伝わる失われた魔法【王威の審判】。
それは“本来、王にのみ宿る力”であり、王族すら彼女の前に跪く絶対的な力――。
気づけばリリアは貴族社会を塗り替え、辺境伯すら翻弄し、王すら頭を垂れる存在へ。
「これは……一体どういうことだ?」
「さあ? ただの契約結婚のはずでしたけど?」
いつしか契約は意味を失い、冷酷な辺境伯は彼女を「真の妻」として求め始める。
――これは、一人の少女が世界を変え、気づけばすべてを手に入れていた物語。

とある元令嬢の選択
こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のルナリス伯爵家にミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。

追放された宮廷錬金術師、彼女が抜けた穴は誰にも埋められない~今更戻ってくれと言われても、隣国の王子様と婚約決まってたのでもう遅い~
まいめろ
ファンタジー
錬金術師のウィンリー・トレートは宮廷錬金術師として仕えていたが、王子の婚約者が錬金術師として大成したので、必要ないとして解雇されてしまった。孤児出身であるウィンリーとしては悲しい結末である。
しかし、隣国の王太子殿下によりウィンリーは救済されることになる。以前からウィンリーの実力を知っていた
王太子殿下の計らいで隣国へと招かれ、彼女はその能力を存分に振るうのだった。
そして、その成果はやがて王太子殿下との婚約話にまで発展することに。
さて、ウィンリーを解雇した王国はどうなったかというと……彼女の抜けた穴はとても補填出来ていなかった。
だからといって、戻って来てくれと言われてももう遅い……覆水盆にかえらず。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
拝啓、愛しの侯爵様~行き遅れ令嬢ですが、運命の人は案外近くにいたようです~
藤原ライラ
ファンタジー
心を奪われた手紙の先には、運命の人が待っていた――
子爵令嬢のキャロラインは、両親を早くに亡くし、年の離れた弟の面倒を見ているうちにすっかり婚期を逃しつつあった。夜会でも誰からも相手にされない彼女は、新しい出会いを求めて文通を始めることに。届いた美しい字で洗練された内容の手紙に、相手はきっとうんと年上の素敵なおじ様のはずだとキャロラインは予想する。
彼とのやり取りにときめく毎日だがそれに難癖をつける者がいた。幼馴染で侯爵家の嫡男、クリストファーである。
「理想の相手なんかに巡り合えるわけないだろう。現実を見た方がいい」
四つ年下の彼はいつも辛辣で彼女には冷たい。
そんな時キャロラインは、夜会で想像した文通相手とそっくりな人物に出会ってしまう……。
文通相手の正体は一体誰なのか。そしてキャロラインの恋の行方は!?
じれじれ両片思いです。
※他サイトでも掲載しています。
イラスト:ひろ様(https://xfolio.jp/portfolio/hiro_foxtail)

久しぶりに会った婚約者は「明日、婚約破棄するから」と私に言った
五珠 izumi
恋愛
「明日、婚約破棄するから」
8年もの婚約者、マリス王子にそう言われた私は泣き出しそうになるのを堪えてその場を後にした。

【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる